7-3


「はあ~、立派なもんだ~」


 まるで、どこかの田舎から出てきたばかりの、おのぼりさんのように、ほうけた声を上げてしまった俺の目の前には、なんとも立派なビルが、堂々とそびえ立っていた。


 これこそ、壊滅してしまった俺たちの地下本部の直上に存在していた、悪の組織の隠れみのである巨大複合企業、インペリアルジャパン本社ビル跡地に、みんなの尽力によって建設された我らの新たな根城……。


 そう! ヴァイスインペリアル中央総本部ビルである!


 ……ということらしい。


 実は俺も、ここまで完成した様子を、この目で見るのは初めてだったりするので、こうして見事に、驚いてしまったわけだけど。


統斗すみと様のご活躍により、数多くの悪の組織が、傘下さんかに入りましたし、それらの上に立つ我らの本拠地が、あのままというわけにもいきませんので、皆で頑張りました」


 わずかな期間で築き上げた、この成果に、俺の横にいるけいさんも、いつものように、クールな表情を浮かべているけど、その様子は、どこか誇らしげだった。


「いやはや、それはもう本当に、ありがとうございます……」


 しかし、そんな素晴らしい部下たちの頑張りと、それによる見事な成果に対して、総統であるはずの俺は驚きの余り、なんとも間抜まぬけな声を漏らすのがやっとである。


 いや、本当に凄いよ、これ。


 先ほど祖父ロボに言われて、契さんと一緒に、のこのこと見物に来たわけだけど、予想以上の出来栄できばえに、正直なところ、驚いてしまっている。


 俺とエビルセイヴァーのみんなが、竜姫たつきさんや朱天しゅてんさんと一緒に、八咫竜やたりゅうの総本山を目指して西へと向かってから、色々とあったとはいえ、まだそれほど時間は経っていないというのに、まるで雨後うごたけのこのように、にょきにょきと立派なビルがそそり立っている様子は、圧巻ですらあった。


 こそこそまさに、悪の組織の技術力。


 まったく普通では考えられない速度で、かといって手を抜くこともなく、こうして俺が見上げるほどの建築物を、完璧に造り上げたのだから流石という他ない。


 確かに、超高層ビルと言っても過言ではなかったインペリアルジャパン本社ビルと比べると、およそ半分ほどの高さではあるけれど、秀逸なデザインのおかげで、これまではビジネス的なオフィスビルだったのに、どこか芸術的なおもむきを感じさせる。


「ああいう設計って、誰がやってくれたんですか?」

「そういう仕事は、全てマリーが、自分でやってますね」


 おお、契さんはさらりと教えてくれたけど、いやはや、流石はマリーさんだ。普段は少しおっとりしてるというか、のんびりしてるし、部屋の片付けが苦手だったり、ちょっとだけ、だらしないところがあったりするけども、こういう実用性をそなえながらも、遊び心にんだデザインができるのは、見事な才能である。


 やっぱり、あの人って天才なんだなぁ……。


「基地機能にかんしましては、現在改修中の地下に、全てを集約させる予定ですので、地上部分は、我々の住居となっております。あの最上階が、統斗様のお部屋で、その下の階は、私と千尋ちひろとマリーが使います。それと、一応は、エビルセイヴァーの使う部屋も用意していますが、それはまあ、どうでもいいことでしたね」


 なるほど、ヴァイスインペリアルの構成員たちが、今まで寮として使っていた高層マンションは倒壊してしまったので、これが新たな住処すみかというわけか。


 うん、それは大切だ。これまでは、まだ使える周囲の建物を使ったり、色々と工夫してしのいではいたけど、やっぱり、ちゃんとした自分の住処があるかどうかは、今後の活動のモチベーションにもかかわる問題である。


 まあ、幸いなことに、俺やエビルセイヴァーたちは、自宅の方が無事だったので、こうして、わざわざ住居を用意してもらわなくても、大丈夫なのだけど、そこは悪の組織としての面子めんつというか、一応は総統に幹部という、重要なポジションにいる人間なので、気を使ってくれたのかもしれない。


「じゃあ、あっちの建物も?」

「はい。どれも組織の人間が使うマンションになっておりまして、それぞれ地下で、現在増設中の基地と繋がっております」


 この中央総本部ビルの周辺には、似たようなデザインの建物が、いくつかあるわけだけど、その使い道は、どうやら俺の想像通りだったようだ。


 国家守護庁こっかしゅごちょうのせいで、全国にいたヴァイスインペリアルの構成員たちも、この街に集合することになったし、やはり、それだけの居住区は必要だろう。


「ちなみに、あちらの白い建物が、マリーの管轄する開発研究棟かいはつけんきゅうとうで、向こうの黒い道場の方が、千尋が統括する総合警備部そうごうけいびぶになります」

「おおっ! もうそんな、重要拠点まで!」


 契さんが優雅に手を差し伸べた方向には、新築だということが一目で分かるほど、キラキラと輝いて見える立派な建造物が二つ、ここからは少し離れた場所で、堂々とその存在を主張していた。


 そう、この辺りは、悪魔マモンの攻撃によって、もっとも大きな被害が出たことで廃墟同然になっていた場所だったので、多くの一般企業が撤退してしまい、その結果として、大量の瓦礫と共に、大量の土地も余っていたので、だったら、そのスペースを活用しようと、こうして俺たちが、好き勝手に使ってしまったわけだけど……。


 これまでとは違い、地上に大きな超高層ビルが一つあるだけではなく、ある程度の余裕を持った間隔で、それぞれの用途を持った建築物が、統一感のあるデザインで、使いやすいように並んでいる様子は、ここだけで、まるで一つの街のようである。


 まさにこれこそが、俺たちヴァイスインペリアルの、新たな拠点というわけだ。


「でも、これだけ大規模な突貫とっかん工事こうじは、大変だったでしょう?」

「ええ、みんな本当に、よく頑張ってくれました……。特に千尋は、自ら荒れ果てた現場の整地から、怒涛どとうのような建築作業もこなしながら、作業に参加してる者たちを引っ張り、陣頭じんとう指揮しきまで行っていましたから、これだけ早く目途めどったのは、彼女の頑張りがあってこそですね」


 うーむ、なるほど。


 いつもは少し豪快すぎるというか、あまりに竹を割ったような性格すぎるために、大雑把にも見られかねない千尋さんだけど、その裏表のない快活かいかつな性格と、最高峰の実力に裏付けされた抜群の行動力によって、部下からの信頼は抜群だ。彼女が先頭に立って、はたったというのなら、この素晴らしい成果も納得である。


 やっぱり千尋さんは、頼りになるなぁ。


「そうだったんですか……。みんなには、いくら感謝しても、しきれませんね」

「ふふっ、統斗様にそうおっしゃっていただけましたら、皆も喜びますよ」


 なんて、穏やかな笑みを浮かべている契さんだけど、彼女だって今回の一件では、ずいぶんと苦労したはずだ。


 ただでさえ、苦しい台所事情だったのに、それをやりくりして、プレハブみたいな基地で頑張ってた組織が、ここまでやってこれたのも、そして、これほどまでに見事な再建の一歩を踏み出せたのも、契さんの管理能力に頼っている部分は、大きい。


 つまり、これは本当に、ヴァイスインペリアルが一丸いちがんとなって成し遂げたと、胸を張って言える偉業なのだった……。


「って、あ、あの、どうしたんですか、契さん?」


 なんて、ちょっぴり感動してしまい、棒立ちになっていた俺に向かって、隣にいる契さんが、いきなり、なんに脈絡もなく、その身をそっと寄せてきた。


 彼女の体温が、この冬の寒さの中で、ふわりと近づく。


「うふふ、統斗様……」

「な、なんでしょうか?」


 こちらの肩に、優しく置かれた契さんの美しい手のひらに、なんだかドキドキしてしまって、声が上ずってしまった。


 ううっ、とっても良い匂いがするよう……。


「いえ……、ふふふっ。ただ少し、またここから、統斗様と共に歩めると思ったら、嬉しくなってしまいまして……」


 俺の胸に、そっと寄り添う契さんは、いつものように、ビジネススーツをピシッと着こなしているけれど、こうして密着してしまうと、やっぱり、とっても柔らかい。


 それは、俺をドキドキさせると共に、どこか安心させてくれる、ぬくもりだった。


「……そうですね。俺も、同じ気持ちです」


 思えば、悪魔マモンとの死闘によって、完膚かんぷなきまでに俺たちの本部が破壊されてから今まで、どうにも落ち着かなかったというか、浮足立っていた気がする。


 それは、状況が最悪だったということもあるけれど、やっぱり、俺たちの基地が、拠点が、帰るべき場所が、無くなってしまっていたという喪失感も、大きい。


 こうして、見上げるほど立派な、キラキラと輝くような建物は、俺には勿体ないと思うけど、ここが俺だけではなく、俺たちみんなの家だと思えば、これほど嬉しく、誇らしいことはないだろう。


 俺たちは、確かに一度、倒れたのかもしれないけれど、こうして再び、立ち上がることが、できたのだ。


 さあ、またここから、始めよう。


「統斗様……」

「契さん……」


 俺と同じ気持ちなのか、幸せそうに頬を緩めている契さんが、とろけるように、その目を閉じたので、彼女の魅力的にくびれた腰に手を回して、引き寄せる。


 彼女がなにを望んでいるのか、今さら分からない俺ではないし、それから、まあ、幸いなことに、ここには俺たち以外の人はいないわけで、これくらいなら……。


 なんて考えた、その時だった。


「こんなところで、はじ外聞がいぶんもなく、なにしとるんだ、お前らは……」


 冬の寒さも厳しい青空の下で、ぴったりと寄り添い合っていた俺と契さんに向け、まるで冷や水を浴びせかけるように、心底どこまでもあきれたような口ぶりで、一人の女性が、割って入ってきたのは。


 その突然やって来た人物の、アイパッチに隠れていない左目が、まるで地獄の釜の底のように冷え切っているのを見てしまい、俺の背筋に、冷や汗が流れる。


 な、なんで、八咫竜の朱天さんが、ここにいるんだ……?


「なんですか、鬼女。邪魔しないでください。きませんね」

「うるさい、魔女。もうちょっと、節操せっそうというものを学べ」


 氷の彫像のように固まってしまった俺を、それでもぎゅっと抱き締めながら、鋭い目をした契さんが、まるで邪魔者を追い払うように、朱天さんに冷たく当たるけど、向こうだって、負けてはいない。


 さっきまで、キラキラと輝いていた辺りの空気が、一瞬でチクチクとした、険悪な空気に沈んでいくのが、目に見えて分かる……。


 しかし、鬼女て……、魔女て……。


「はあ、男を知らない堅物かたぶつは、これだから」

「はっ、つつしみも知らない痴女が、よく言う」


 あっ、まずい。


「……どうやら、死にたいようですね。だったら最初から、そう言ってください」

「……まったく、そんなに無様ぶざま肉塊にくかいになりたいなら、その望みを叶えてやるぞ」


 険悪を通り越して、緊迫感すら漂い出した空気に、俺の背筋を流れていた冷や汗がかわききり、代わりに全身が震え出すのを感じる。


 いかん、せっかく新しく建てたばかりの本部が、また壊滅してしまう……!


「え、えっーと、なにか御用ですか、朱天さん?」

「ふん。自分が、お前に、用があるわけがないだろう」


 この空気を、なんとか変えようと声をかけた俺に、冷たすぎる視線を向けながら、あきらかに機嫌の悪い朱天さんが、それでも口を開いてくれた。


 よかった……、なんとか最悪の事態だけは、避けられそうだ。


「お前に用があるのは、お前には勿体もったいないことに、我らが姫様だ」


 しかし、どうやら、このまま俺たちの新しい拠点を見て回り、のんびりするというわけには、いかないようである……。


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