7-2

「攻めるべきか、守るべきか、それが問題じゃ……」


 まるで、どこかの悲劇の主人公のように、重苦しく口を開いた祖父ロボの意見は、しかしまったく、これからの俺たちにとっては、重要なことだった。


 本当に、俺たちヴァイスインペリアルにとって、運命を分ける決断となるだろう。


「攻めるにしても、無策というわけにはいかんだろう……」

「守るにしても、綿密なプランが必要よね」


 もうすっかり俺たちの前線基地へと生まれ変わった、この街の市庁舎の地下にある少し前まで正義の味方が使っていた秘密基地の会議室にて、難しい顔をしながらも、どっかりと腰を下ろしている俺の親父と母親の様子がどうっているのは、二人とも最近まで、この基地をひきいる重要なポジションにいたからだろうか。


 なんにせよ、これから本格的にことかまえることになる相手のことを考えれば、ここにいてくれるだけでも、非常に頼りになるというか、安心できる。


 実の両親を相手に、そんなことを思うのは、なんだか恥ずかしいけれど。


「うーん……、どうするかなぁ……」


 祖父と、親父と、母親に囲まれながら、避けられぬ命題に、俺は頭を悩ませる。


 この会議室にいるのは、先代のヴァイスインペリアル総統であり、新米である俺にとっての御意見番のようなことをしてくれている祖父ロボと、元・正義の味方側陣営である国家守護庁こっかしゅごちょう関係者として、別角度の視点を持っている親父と母さんに、最終的な決定権を持つ、悪の総統である俺が揃っていた。


 なんというか、はたから見ると、ただの家族会議に見えるからもしれないが、残念なことに、ここで話される議題は、そんなにお気楽なものではない。


 俺たち悪の組織が、最大の宿敵である正義の味方と、どのように戦っていくのか、決めなくてはならないのだから。



 状況は、ずいぶんと分かりやすくなっていた。


 最後に残っていた巨大な悪の組織である八咫竜やたりゅうが、俺たちヴァイスインペリアルの軍門ぐんもんくだったことにより、大勢たいぜいは決したと言ってもいいだろう。


 悪魔マモンと、奴の手足としていた悲劇の悪の組織……、ワールドイーターが、俺たちの手によって壊滅したことにたんはっした勢力争いは、これまでギリギリたもっていた悪と正義のバランスを見事に崩し、分かりやすい二極化をまねいた。


 こちらの勢力が大きく拡大したことにより、国家守護庁は俺たちの街に対する包囲を解除し、県境けんざかいを最前線として、分かりやすいにらいへと変化している。


 この国を中心から真っ二つに分けて考えた場合、西から南を、俺たち悪の組織が、東から北を、正義の味方がせいしたと考えて、大筋は間違いはない。


 ただし、これはあくまでも、悪の組織と正義の味方の戦いという意味での勢力図でしかないというのが、厄介といえば、厄介な話なのだけれども……。



「攻め込むにしても、いきなり敵の本拠地で決戦だー! ってわけにもいかないし」

「……そうだな。そんなことしても、意味はない」


 俺の嘆息に、陰鬱な顔をした親父も同意してくれたけど、おそらく、こちらも同じような表情をしていることを考えると、素直に喜ぶ気にはなれなかった。


 そう、状況は分かりやすくなったが、単純という訳ではない。


 正義の味方の、国家守護庁の総本部は、ここから小一時間も電車に揺られれば到着してしまうような近場の、この国の首都にあるのは分かっているが、俺たち悪の組織としては、だからこそ、軽々けいけいに攻めることができないのだ。


 悪の組織と、正義の味方が激突すれば、大規模な戦闘になることは分かっている。そう、分かり切っている。しかも、それが最終決戦ともなれば、なおのことだ。


 要するに、そんな激しすぎる戦いで、国の中心ともいえる首都が大きなダメージを受ける……、どころか、万が一にでも壊滅状態となってしまうような事態は、俺たち悪の組織としても、決して望むところではないのである。


 死力を尽くして、厳しい戦闘を勝ち抜き、勝者になったとしても、手に入れたのが瓦礫がれきの山では、まったくもって意味がない。骨折り損のくたびれ儲けだ。


 誰もいない荒野で、一人で王様を気取りたいなら、そもそも、こんなに苦労なんてする必要はない。なんだったら、自分の部屋の真ん中で、俺が神だと叫んでいれば、それで十分というやつだろう。


 俺たちの目的は、あくまで征服であって、殲滅せんめつではないのだ。


 だったら、それなりの手順を踏んで、しかるべき成果を手に入れなければ、ここまで頑張った意味がない。俺たちは悪の組織なのだから、その辺りはむしろ、どこまでも強欲に求めていくべきではないだろうか。


「国家守護庁の動きは?」

「マインドリーダーの二人から受けた定期報告だと、少なくとも本部では、まだ特に大きな動きは見られないみたいね」


 俺の質問に答えてくれてた母さんの表情には、特に焦りは浮かんでいない。いつものように、呑気のんきにすら思える余裕の笑みである。


 このあいだから、正義の味方を裏切って、悪の組織の諜報員として、色々と情報を流してもらっている兄妹には……、正確には、その妹には、問答無用で相手の心を読んでしまうという、とんでもない能力がそなわっている。


 そのすじからの情報なら、まず間違いはないだろうし、万が一にも、彼らが俺たちを裏切ったときのことを考えて、外側からも敵の本拠地を監視した上での判断ならば、それを疑う意味はない。組織のトップとしては、みんなの意見を信じるだけだ。


「うーん、そうなると……」


 だとすれば、もう少し慎重に考えても、いいのかもしれない。


 俺たち悪の組織が、そう単純には、正義の味方とことかまえられないように、正義の味方の方にも、それほど簡単には、こちらに攻め込むことができない事情というやつがあることも、また確かなのだ。


 まず前提として、正義の味方を統括とうかつしている秘密機関の国家守護庁は、この平和な国の中で、悪の組織なんて物騒な連中が暗躍していることを、なにも知らない国民を不安にさせないという建前のために、徹底的に隠したがっている。


 そのため、奴らとしても、隠蔽が追いつかないような大規模すぎる戦闘は、あまり望むところではないはずだ。


 さらに言えば、俺たち悪の組織という存在が、ただ国家に対してあだなすだけの存在ではなく、この国の経済活動に、がっつりと根ざして、食い込んでいるというのも、大きいと思われる。


 そう、俺たちは悪の組織を名乗り、それなりの活動を繰り広げる一方で、そのための資金集めとして、表向きは真っ当に働いていたりする上に、しっかりと巨額の税金なんかもおさめているのだから、そんな俺たちを無策で排除してしまうのは、向こうにとっても、うま味がないだろう。


 今までは、大幅に弱体化してしまった我らがヴァイスインペリアルだけど、みんなの努力のおかげもあって、急激な復興は進んで、かなり持ち直してきたし、これまで下落していた株価も、徐々に回復してきている。


 さらには、流石に大昔から存在する組織らしく、自分たちの使っている本拠地周辺だけではなく、全国各地に広大な土地を所有して、巨万の富を築いている八咫竜と、こうして提携したことにより、その基盤はさらに大きく、盤石ばんじゃくになった。


 国家守護庁としては、悪魔マモンが消えたことによって、すっかりからになっていたワールドイーターの隠れ蓑……、巨大貿易企業であるワールドフューチャーを事実上乗っ取り、首都に本社を移して、まるで、なにもなかったかのように利益を上げ続けているように、ここまで巨大になった俺たちの勢力も、できれば無傷で差し押さえ、自分たちで管理したいはずだ。


 なんとも面倒な話だけど、悪も正義も、互いに自らが得る利益を考えた場合には、どちらも迂闊うかつに動くことができないというのが、現状である。


「さて、どうする統斗すみと、決めるのは、お前じゃが」

「ああ、分かってる」


 そう、確かに面倒な話だが、それでも俺は、悪の総統として自分で考えて、決断を下さなければならない。それが、俺の責任というやつだ。


 やはり、この状況でもっとも厄介なのは、正義の味方を、国家守護庁を倒したからといって、全てが終わるわけではない、ということだろう。


 先ほど挙げた勢力図なんて、結局のところは、水面下の話でしかないのだ。どこをどこが抑えたなんて言ったところで、実際のところは、そんな荒事あらごととは関係のない、なにも知らない普通の人々が、普通の生活を送っているだけなのである。


 だから、例え正義の味方を倒したとしても、その存在すら知らない者たちからしてみれば、そんなことには意味がない。自分たちの支配を世間に知らしめたいのなら、それこそ、そのあとに国会議事堂でも占拠して、今日からここは、俺たちの国だとでも宣言するしかないのだろう。


 しかし、そんなことをしたところで、巻き起こるのは、無駄な混乱と反発だけで、そこからまた長いこと、面倒な事態の収拾に追われるのは、目に見えている。


 理想としては、むしろ民衆の方から、俺たちの支配を望むくらいの状況が望ましいわけだけど、それはまあ、高望みしすぎというものだ。


 だったら、今は後々のことまで考えて、将来的に、スムーズな征服を行えるようにするための、下準備くらいの気持ちが、いいのかもしれない……。


 なんて、いくら考えたところで、正しい答えは出てこない。


 この問題が、真に厄介なのは、どれだけ頭を悩ませたところで、明確な正解なんて出てくるわけがない、ということにある。


 学校のテストじゃないのだから、その選択が正しかったのか、間違っていたのか、それは全てが終わってからじゃないと、分からない。分かりようがない。


 ……だったら、全ては自分のやりやすいように、決めた方がいい、か。


 うん、こうなったら、腹をくくろう。


「……こちらからは、まだ仕掛けない。相手の動きを待って、それを上手く利用することで、俺たちに有利な状況を作り出そう」


 これが、俺の出した答えだ。


 腹をくくるなんて言いながら、微妙に消極的で恐縮だけれど、今の俺にとっては、ベストとはまではいかなくても、よりベターな選択だと思っている。


 攻めるか守るかでいえば、どうしたって攻める方がリスクが高いし、今の状況では博打にも等しい。その賭けに失敗して、泥をかぶるのが俺だけなら、もう少し無茶なことも考えるかもしれないが、この決断には、俺の大事な人達の運命もかかっているとなれば、少しでも安全な方を選ぶ。


 そう、これは例え相手が、どんな仕掛けをしてこようとも、俺たちならば、それを見極めた上で、せんを取ることができると、信じた上での決断となる。


 それだけの実力を、経験を、俺たちは積んできたつもりだ。


「そうか。ふむ、分かった。しばらくは、じゃな」

「ああ、でいい」


 俺の決断を、得に否定することもなく、祖父ロボはいつものように不敵な調子で、ニヤリと笑った。


 どうやら、新旧悪の総統の思いは、一緒のようだ。


「……それなら、今の内から、色々と用意をしておくか」

「正義の味方の傾向と対策なら、私たちにお任せね!」


 いつも通り仏頂面な親父と、ニコニコ笑顔の母さんも、こうして、俺の決定を受け入れてくれている。


 だったら、もうやることなんて、決まっていた。


「それじゃ、これからのための、会議を続けよう」


 後は、この決断が正解となるように、みんなで最善を尽くそうじゃないか。




「ふう……、まあ、こんなところかな」


 かくして、実に悪の組織らしい、真面目な話し合いを終えた俺たち家族は、一応の目途めどが立ったということで、やれやれと会議を切り上げた。


 まだ日も高い内に、それなりに話がまとまったのは、幸いだったと言えるだろう。


「他になにか、議題とかある?」


 めの確認をしながら、俺は広げていた資料や書類を片付けて、祖父ロボに渡してしまうことにする。これも立派な機密文書なので、気軽に持ち出すことはできない。


「ああ、そうじゃ、そうじゃ。ぶっ壊れとったワシらの地下本部の上にも、ようやくそれらしい基地ができたから、あとけいにでも、案内してもらっとけ」

「うん、分かったよ」


 分厚い紙の束を受け取った祖父ロボからの提案に、俺はあっさりと頷く。


 八咫竜を筆頭に、色々な悪の組織と協力関係を結んだ関係で、最近は、その調整に追われて書類仕事に忙殺ぼうさつされてしまい、この建物で缶詰め状態だったので、ほとんど外にも出られなかったし、これは、丁度いい機会というやつだろう。


「あっ、そうだ。統斗、あなた夕飯はどうするの?」

「うーん、まだ分かんないかなぁ……」


 というわけで、最近は色々と忙しく、食卓を家族で囲むようなことも、どうしても少なくなってしまっているので、俺としても、久しぶりに母さんの手料理を食べたいのだけれども、こればかりは、どうにも言えない。


 何分なにぶん、悪の総統なんてやっていると、いつ何が起きるのか、分からないのだ。


「……たまには、ゆっくりしたらどうだ?」

「ふんっ! 暇なお前と違って、統斗は忙しいからの! おー、親がまともな職にもいてないと、子供が苦労するわいな!」


 なので、珍しく心配そうな親父の言葉は嬉しい……、のだけれども、それを聞いた祖父ロボが、まったくいつもの調子で、突っかかり始めてしまった。


 ああ、もう本当に、この二人は……。


「……なんだと?」

「なんじゃ! やるのか!」


 まるで子供みたいに、激しく顔を突き合わせてながら睨み合う実の親子から、俺は静かに距離を取ってしまうことにする。


 さっきまで、悪の組織らしく、割と真面目な話し合いをしてたんだけどなぁ。


「あらあら、また始まっちゃったわね?」

「はははははっ……」


 こうして、もはやすっかりと家族の空気に戻ってしまった会議室にて、楽しそうに笑っている母さんと並びながら、俺は苦笑いするしかないのであった……。



 まあ、俺にとってはこっち方が、ずっと気が楽なわけだけど。


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