7-1


 頭が痛い。


 それは残念なことに、困難な状況に追い込まれて、対応に困っていることに関する比喩表現ではなく、現実的な身体的症状として、頭の奥が、ズキズキと痛む。


 いわゆる、厄介な頭痛というやつだ。


「さてと……」


 しかし、この不調の原因は分かっている。


 つい先日、神器と呼ばれる謎の物体から、俺が手に入れた新たな二つの超常的な力というやつが、まだ身体に……、というか俺という存在に、馴染なじんでいないからだ。


「それでは、ちょっと頑張りますか!」


 だから俺は、まだ日も高い内から、こうして独りで、目に見えて復興が進んでいる俺たちの街の片隅かたすみに用意された瓦礫がれきの集積場にて、気合を入れる。


 そう、やっぱりこういう時に必要なのは、自らを鍛え直すこと……。



 つまり、特訓である。



「うーむ……、やっぱり、ちょっとしんどい……」


 とはいえ、血沸ちわ肉躍にくおどる特訓といえど、今回の目的は、より強い力を得るために、肉体をイジメ抜くのではなく、今ある力を制御するために、感覚をますことにあるために、それほど派手なことをする必要はない。


 まずは、真偽しんぎのほどは分からないけど、とりあえず八尺瓊勾玉やさかにのまがたまと呼ばれていた謎の古臭い装飾品から得た力に慣れようと、俺はこれまで意識的におさえつけていた感覚のふたを開け、意識を研ぎ澄ます。


 それだけで、世界は劇的に変わって見えた。


 いや、本当に。


「というか、ううっ……、気持ち悪い……」


 力を解放したといっても、あくまで限定的に、この瓦礫が山のようにまれている集積場の内側にだけ感覚を伸ばしたというのに、一瞬で脳ミソがパンクしてしまう。


 どこになにがあるのか……、どころの話ではない。あまり広くはない空間ではあるのだけれど、そこに存在する全ての物体が、どこでどんな格好で存在しているのか、その物体の状況は、状態は、構造は、素材は、分子構造は、原子のらめきは、果たしてどうなっているのか、もうハッキリと、嫌になるほど、よく分かる。


 分かりすぎて、一瞬で頭の中がパンクして、どうにかなってしまいそうだ。あふれる情報の濁流が、俺の小さな脳ミソの中で荒れ狂い、閃光のように瞬き続け、本当に、こうして立っているのが、精一杯なわけだけど……。


 とはいえ、それは逆に言えば、気の遠くなるような情報の暴力を受けながら、俺は自らの意識をたもって、まだ立っていられるということでもある。


 つまり、まだまだ望みは十分というわけだ。


「……さて」


 人知を超えた膨大な情報の渦に、そこそこ自分が慣れてきたと判断した俺は、それまで解放していた八尺瓊勾玉の力をしぼみ、瓦礫の山の一部に向ける。


 イメージとしては、やはりカメラのピントを絞る感覚に近いだろうか。どこまでも無尽蔵に増え続ける情報の中から、必要なものだけを選び、整理し、利用する。


 まったく、非常に面倒で、かつ困難を極める工程だが、これくらいできなくては、残念ながら話にならない。


「よっと」


 うずたかく積まれた瓦礫の中から、ボロボロに壊れた電子レンジに向けて、適当に狙いをつけた俺は、この身体の内に眠る、もう一つの異質な力……、八咫竜やたりゅうとの決戦をて手に入れた、天叢雲剣あまのむらくものつるぎから得た力を解き放ってみる。


 その結果、俺の肉体を中心に、波紋のように広がった破壊という概念そのものが、タイムラグもなく収束し、目標を跡形もなく……、消し去ったのはいいだが。


「……失敗、だよなぁ」


 狙ったのは、あくまで電子レンジだけだったはずなのに、細かい塵のように砕けて空に散ったのは、その周囲の瓦礫の山ごとだった。


 あえて範囲を小さく決めてから、慎重に試してみたのだが、これではあきらかに、やりすぎという他はない。


「やれやれ……」


 かなり残念な結果に、俺は思わず溜息をついてしまう。


 どうやら、新たに手に入れたばかりの力が馴染むには、やっぱり、もう少し時間が必要なようで、気が抜けない。


 特に、使いこなせなくても、俺自身の体調が、すこぶる悪くなるだけの八尺瓊勾玉の力はまだしも、天叢雲剣の方は、制御に失敗してしまうと、色々と危険すぎる。


「うーむ、困った」


 確かに、望んだものを問答無用で破壊してしまえる力というのは、それだけ聞けば非常に強力だけれども、使いこなせなければ、無用むよう長物ちょうぶつでしかない。


 悪いけど、可能ならば相手の被害も最小限に抑えた上で勝利したい俺からすれば、ここまでの破壊力は、ハッキリ言って過剰性能オーバースペックすぎるのだ。


 悪の総統のくせに、なにを甘いことを考えてるんだと思われてしまうかもしれないけれど、これはなにも、人道的な意味合いだけで言っているわけではなく、もう少し打算的な目論見もくろみでもある。


 誰かの命を奪ってしまえば、そこには必ず、ろくでもない因縁を生むことになってしまう。恨みを買って、怒りにさらされ、命を狙われるなんて、そんな気の滅入めいる面倒事に巻き込まれてしまうのは、いくら俺が悪の総統といえども、本意ではない。


 どうせなら、もっとスマートに、例え悪の限りを尽くそうと、誰に気兼きがねすることなく、枕を高くして眠るのが、俺の目標なのだから。


「まっ、これから、これから」


 確かに、この伝説の神器に眠っていた二つの力は、とんでもなく強力なものだが、切り札というやつは、使いこなせなければ意味がない……、どころか、下手をすれば自滅をまねく、死神にすらなりかねない。


 というわけで、こんなところで立ち止まってはいられない。やるべきことを、やりたいようにやるためには、それなりの努力というやつが必要だ。


 悪の総統らしく、自分の我儘わがままを、押し通すためにも。


「それでは、頑張りますか!」


 俺は気合を入れ直して、キリキリと痛む脳ミソを抑えつけながら、再び適当な周囲の瓦礫に狙いを定め、破壊の力を解き放つ。今度は力を絞りすぎたせいで、バラバラになるはずだったコンクリートの塊が、まるで穴の開いたチーズのように無残な格好になってしまったが、構うことはない。


 思い通りに成功するまで、何度でも繰り返せばいいだけだ。


 なるほど、これは確かに、どちらも伝説と呼ぶに相応ふさわしい強大な力であり、人知を超えているといっても過言ではないが、俺の感覚を信じるならば、望むがままに操ることだって、決して不可能ではないはずだ。


 というか、そもそも自ら望んで得た力だというのに、それに振り回されているようでは、ただの間抜まぬけである。


「それにしても、三種の神器っていうなら、似たような力を持つ古臭い道具が、まだもう一つあるってことなのかな……」


 なんて、益体やくたいもないことを考えながら、俺は自らの身体に、みるみると蓄積されていく疲労やらダメージを、命気プラーナで強引に回復しつつ、訓練にいそしむのだった……。




「あっ、統斗すみとくん! ここにいたんだね!」

「あれ? 桃花ももか?」


 はてさて、すっかり辺りの瓦礫をちりにして、集積場を更地さらちにした俺が、やっと一息ついていると、嬉しい訪問者がやって来てくれた。


 彼女のニコニコ笑顔には、いつも癒されているけれど、極限まで神経を張り詰めていた今の俺にとっては、なによりのご褒美だ。


「どうした? なにかあったのか?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど……」


 本当なら学校も始まっている時期で、指定の制服でもおかしくないのだけれども、残念ながら我がいとしの高校は、まだ休校中のために、可愛らしい私服を見せてくれている桃花の元に、俺は駆け寄る。


 うん、多少疲れたし、頭の奥は痛い気がするけど、特に問題はないな。


「今後のための、対策会議を開くから、統斗くんにも来てほしいって」

「あっ、そうか」


 お昼ご飯を食べて、ちょっと時間が空いたから、こうして俺は、独りで地道な特訓に勤しんでいたわけだが、どうやら夢中になりすぎたようだ。


 そういえば、そろそろそんな話をすると、釘を刺されていたのに、携帯の呼び出しにも気が付けなかったようだ。いかん、いかん。


「分かった。すぐ行くよ」


 俺は自己鍛錬を切り上げて、みんなの元へ向かうことにする。


 あくまでも、自分の本分というやつが、悪の組織の頂点に立つ者だということは、忘れてはいけない。


 そうと決まれば、善は……、いや、悪は急げだ。


「えへへーっ、統斗くんと二人きり―。そうだ! 今度は一緒に特訓しようよ!」

「おっ、それはいいな!」


 ああ、この笑顔を守るためなら、俺はなんだってしてみせよう。


 本当に、こうして満面の笑顔を見せてくれる桃花と、仲良く並んで歩くのは、悪の総統なんてしている俺にとっては、張り詰めがちになる心を、ホッと落ち着けることができる、なんとも幸せな時間である。


 ……だけれども。


「ふう……」


 俺の口からは、思わずため息が漏れていた。



 これからのことを決める、か。



 どうやら、これはまた、頭痛の種が増えそうな雲行きだった。


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