6-7


 才円さいえんマリーは、ご機嫌だった。



「それじゃ~、始めましょうか~」


 俺が設置したワープ装置から、まるでスーパーモデルのように、その長く細い美脚を見せつけるようにして、白衣をひるがえしながら、マリーさんが歩み出る。


英知えいち解放かいほう~」


 楽しそうに、嬉しそうに、無邪気な笑顔を見せてくれたマリーさんが、ワープ装置が発生させている光の柱から、彼女自身が開発した超兵器の数々を呼び出し、その身にまとうように、装着していく。


 銀色のメカの群れが、夕日を反射して輝きながら、まるで複雑なパズルのように、驚くべき速度で組み上がり、巨大な蜘蛛のような造形ぞうけいをした、多脚型の兵器へと変貌へんぼうげながら、マリーさんと一体化する。


 あの姿こそ、まさに人と機械の融合体と呼ぶに相応しい、彼女にしかしえない、規格外の天才が、その英知を詰め込んだ悪の象徴……。


 無限むげん博士はかせジーニアだ。


「そして~、そのまま~」


 まるで、船首象フィギュアヘッドのように、巨大なメカに組み込まれたジーニアが、満面の笑みを浮かべると共に、彼女によく似合っている知的な眼鏡が、きらりと輝く。


 どうやら、しみは、なしのようだ。


英知えいち覚醒かくせい~!」


 その瞬間、ジーニアを囲んでいた機械の山が、気の遠くなるような極小サイズへ、目にも止まらぬ速度で分割され、まるで銀色のきりのように、周囲へと広がる。


 そう、あれこそ、ジーニアが造り出した広域こういき多目的戦略たもくてきせんりゃくユニット……、クレイジーブレイン君の真の姿……。あのちょっとした物置程度の大きさがある兵器の正体は、それぞれ独立した、肉眼では確認不可能な、マイクロマシンの集合体なのだ。


 そんな、まさしく文字通り、数えきれないほど無数のメカを、ジーニアはその意思だけで、思うがままに、自在に操る。


 流動的に、まるで竜巻のように渦巻くマイクロマシンが、ジーニアの身体を空中に持ち上げ、それ自体が、まるで一個の細胞のように脈動したかと思えば、そのまま、膨れ上がるように形を変えて、巨大な人型を形成する。


 この森に生えた大木と並び立つほどの、かすみのような銀色の巨人……。


 それこそが、天才科学者ジーニアの、新たなる超兵器だった。


「このっ! 蒼琉そうりゅうの邪魔は、させませんえ……!」

「はいはい~、そっちこそ~、統斗すみとちゃんの邪魔は~、やめてよね~」


 強烈な存在感を示したジーニアに向けて、空孤くうこが護符を投げつけ、そこから鬼火を放ったが、巨人の形をしながらも、その内部では常に高速で荒れ狂っているマイクロマシンによって、あっさりと吹き飛ばされる。


 そう、あの二人の実力差は、明白だ。


「くっ! この、この!」

「うんうん、それはいわゆる、無駄な足掻あがきってやつよね~」


 その着物の隙間から、空孤が複数の護符を取り出し、闇雲に投げつけているけど、効力を発揮する前に、ジーニアの操るマイクロマシンによって浸食され、あっという間に、塵芥ちりあくたしている。


 あの調子では、例え百年経ったとしても、空孤の攻撃が、ジーニアを傷付けることはないだろう。


「こ、これなら、どうでありんす!」


 自らの不利を悟ったのか、焦った顔をした空孤が、この森の至るところに仕掛けてある護符に干渉し、なにやら大規模な占術せんじゅつを、仕掛けようとしている。


 だがしかし、その行動は、遅すぎたと言わざるをえない。


「はい、残念でした~」

「……な、なんでっ!」


 もうすでに、この森の全域には、ジーニアが操るマイクロマシンが行き渡り、そこかしこに仕掛けられた護符を見つけ出し、ズタズタに引き裂いてしまっている。


 そう、あの極小の機械は、その一つ一つが、ジーニアの目であり、耳であり、鼻であり、口であり、手なのだ。まさに星の数ほどの機械から送られる、常人ならば脳が焼けるどころか、ぐずぐずに溶けて消えてもおかしくない、膨大すぎる情報の渦を、毎秒毎秒、的確に処理し、まるで身体の一部のように、自在に操る。


 それこそが、ジーニアの強さであり、無二の才能だ。


 空孤の占術は不発に終わり、夕焼けの森に、むなしい悲鳴だけが、響き渡る。


「悪いけど~、あんまり相手する気もないから~、ここまでね~」

「――っ! きゃああああ!」


 マイクロマシンが常に動き回っていることで、その内部にいる様子が、外からでも見えるジーニアが、薄く笑うと同時に、彼女をおおっている銀の巨人が、ゆっくりと、恐怖をあおるような速度で、驚愕に固まっている敵対者へと、手を伸ばす。


 もはや、なにもできない空孤に、あらがすべは、残っていない。


「本当は~、あなたってば~、統斗ちゃんに対する暴言が多かったから~、八つ裂きにしてあげてもいいんだけどね~。今回は~、生かして捕らえろってことだから~、これくらいで~、勘弁してあげるわ~」


 のんびりとした声で、物騒なことを言いながら、目が笑っていないジーニアの意思を反映してか、極小機械の集合体である巨人が、乱暴に空孤を掴み、握り締めた。


「あ、あばばばばばばっ!」


 そのまま巨人に持ち上げられた空孤が、その圧力と衝撃……、そして、超速で稼働したマイクロマシンの発生させた電撃をまともに喰らい、悲鳴を上げる。


 どうやら、向こうは決着が付いたようだ。


「う~ん、みんな凄いなぁ」


 あの圧倒的なジーニアだけではない。デモニカも、レオリアも、俺も知らなかった新たな力と、見事なまでの手並てなみで、最高の結果をもたらしてくれた。


 俺は、目の前にせまった斬撃を鼻先で避けつつ、思わず感嘆してしまう。


「うふふ~、デモニカもレオリアも、もちろんアタシも~、この前の~、マモンとの戦いで~、統斗ちゃんには~、みっともないとこ見せちゃったから~、あれから~、頑張って鍛え直したの~」


 なるほど……、いやしかし、元々みんな、規格外の強さを誇っていたというのに、そこからさらに強くなろうとするなんて、並大抵の苦労ではないはずだ。俺はみんなの心意気に感動しつつ、眼前まで迫っていた刺突しとつを、横に避ける。


 うんうん、やっぱり努力って、大切なんだなぁ。


「いやー、素晴らしいですよ! みんな最高! 素敵! 愛してる!」

「えへへ~、もっと褒めて、褒めて~!」


 素直に感謝を伝えるだけで、ジーニアは可憐に頬を染めると、恥ずかしそうにしながらも、冗談めかして、おねだりなんてしてくれる。


 いやあ、可愛いなぁ。

 

 まあ、彼女がうつろな巨人の中にいて、その巨人が伸ばした手の先で、空孤が痺れている様子が見えてしまうのが、景観的には、残念といえば残念だけど、それを抜きにしても、俺の心はほっこりと……。


「この、こっちを無視、するな!」

「ああ、はいはい、分かった、分かった」


 どうやら、流石にないがしろにしすぎたようだ。


 笑みを忘れて、怒りの形相で斬りかかってきた蒼琉を適当にいなしつつ、俺は空に浮かんだモニターや、ジーニアの様子を見るのをやめて、正面から向かい合う。


 みんなは、もう大丈夫みたいだし、俺もそろそろ、自分の仕事に戻るとしますか。


王統おうとう創造そうぞう!」


 俺は再び、新たなカイザースーツをつくし、まとう。


 これだけで、損傷もなにも関係なく、いつでも新品同様の状態に戻せるのだから、我ながら、便利なものである。


「……チェストッ!」

「よっと」


 必殺の気合と共に、凄まじい勢いで、真っ直ぐこちらに踏み込んできた蒼琉の斬撃を、少しだけ身体を後ろに引くことで、空振りに終わらせる。


 そのまま、もう一撃、二撃、三撃と、少年剣士は刀を振りまくっているが、残念なことに、そのどれもが、むなしくくうを切るだけだ。


「くっ、どうして……、当たらない!」


 どうしてと言われても、答えは簡単だ。


 俺の目には、蒼琉の動きが、ハッキリと見えているし、その見えた動きに、即座に対応できるだけの身体能力も、そなえている。


 ならば、あとは落ち着いて行動すれば、相手の攻撃なんて、当たるはずがない。


「まさか、さっきまでは手を抜いて……!」

「いやいや、そんなことないって、もっと自分に、自信を持てよ」


 とはいえ、だからと言って、俺が先ほど、この天才少年剣士にぶった切られ、自慢のカイザースーツを破壊されたのは、揺るぎない事実である。


 いやあ、まいった、まいった。


「お前の剣術は、それはもう、凄いもんだよ、感心した。お見事、お見事」


 実際問題、蒼琉の腕は、かなりのものだ。


 俺が刀で打ち合おうとしても、まともに攻め込むことすらできなかったし、わざと斬らせたとはいえ、あのカイザースーツにダメージを受けたのは、純粋に、奴の腕が良かったせいである。


「本当に、俺なんかじゃ、手も足もでなかったしさ」


 まあ、俺は剣術どころか、学校の体育で、剣道すら習ったことはないわけだけど、なにもできなかったのは、事実である。


 なんともはや、悪の総統としては、情けない話だ。いやはや、反省、反省。


「というわけで、ここからは、少し本気を出して……」


 さて、それでは始めしょうか。


「俺なりのやり方で、やらせてもらおうか!」


 反省を、さっそくかして、リベンジマッチと洒落しゃれこもう。


「そら、いくぞ!」

「くっ!」


 俺は、周囲の魔素エーテルと、自らの命気プラーナを混ぜ合わせ、蒼琉が使っている刀と、同程度の長さ、大きさをした棒状の物体を、右手に三本、左手に三本、それぞれ指の間に挟むようにして創り出し、特に躊躇ためらうことなく、目の前の敵に向けて、投げつける。


 当然ながら、その程度の攻撃は、蒼琉がたくみに振るう刀によって、あっさりと弾き飛ばされるわけだが……。


 それはこちらの、狙い通りだ。


「なっ……!」

「ほらほら! 驚いてる暇なんてないぞ!」


 蒼琉の刀によって、確かに振り払われたはずの棍棒が、俺が周囲に展開した魔方陣にからめとられ、蒼琉を囲むように、空中で停止する。


「そらよ!」

「ぐうっ!」


 まるで、かごに捕らわれた鳥のように、如実に動きを制限された蒼琉の隙をついて、さらに二本の棍棒を創り出し、見よう見まねの二刀流で攻め立てながら、俺は魔方陣を操り、空中の棍棒を移動、回転させて、こちらの邪魔にはならないようにしつつ、逃げようとする少年剣士の動き出しを潰して、える。


 うむ、好機。


「続いて、こんなのは、どうだ!」

「つっ、うわあっ!」


 このチャンスを逃すまいと、俺はさらに魔方陣を追加して、なんとか、こちらの隙を見つけて、体勢を立て直そうとしている蒼琉の逃げ道を、執拗しつようふさいでいく。


 もはや、進退きわまった蒼琉は、俺の攻撃を避けようとするたびに、奴の周囲に機雷のように配置した魔方陣に引っかかり、軽めの衝撃波を喰らい続けるような状況だ。


 さて、そろそろか。


「どうした! 隙だらけだぞ」

「くうううっ!」


 流石に、目に見えて消耗してきた蒼琉に向けて、俺は一気に接近し、構えもなにもありはしない、ただ本能のままに振り被った棍棒を、フルスイングする。


「よい、しょっと!」

「うわああああ!」


 そして、必然的に俺の一撃を喰らった蒼琉が、叫び声を上げながら吹き飛び、近くの大木にぶつかって、倒れ込んだ。


「まっ、こんなもんだろ」

「うっ、ううっ……」


 とりあえず、思い通りの状況になったので、俺は全ての魔方陣を解除して、ついでに棍棒も消し去って、地面に倒れたままの蒼琉に向けて、わざと余裕をアピールするように、軽い調子で話しかける。


 これくらいした方が、向こうも、こちらとの実力差を、痛感してくれるはずだ。


「分かってると思うけど、このように、こっちは簡単に、そちらの命を奪える」

「く、くそっ……!」


 例えば、俺が創り出したのが、切れ味鋭い刃を持つ凶器だったならば、今頃、この少年はズタズタどころか、バラバラになっていたことだろう。


 もしくは、俺の展開した魔方陣の効果が、ただの衝撃波ではなく、触れた相手を、木っ端微塵に吹き飛ばすような爆発だったら、粉々に砕けていただろう。


 そんなことは、蒼琉ほどの実力者なら、まさに痛いくらい、実感しているはずだ。


 だからこそ、あのいつも笑顔だった少年は、ああしてくやしそうに、地面に拳を叩きつけているのだろうから。


「さあ、どうやら今回は、こちらの勝ちみたいだけど、どうする? 続けるか?」


 とはいえ、俺には別に、先ほど挙げたような残酷な手段で、この少年剣士を、どうにかしてしまうようなつもりは、さらさらない。


 そう、こんなにも面倒で、回りくどい戦闘を繰り広げている目的は、ただ一つ。


 俺には、絶対に勝てないと、したがうしかないと、相手に分からせることにある。


「僕は、僕は……!」


 しかし、ボロボロになりながも、刀を杖のように使って立ち上がった蒼琉の目は、こちらへの敵意で満ちている。


 どうやら、まだあきらめていないようだ。


「僕は、王になるんだ! こんなところで、負けてたまるか……!」


 なるほど、野望に燃えるのは、悪の組織にぞくする者として、悪いことじゃない。


 だけれども、野望に目がくらみ、現実を受け入れず、ただ無謀むぼうに突っ走るのは、勇気ではなく、愚行ぐこうというやつだ。そんなことでは、どの道遠からず、痛い目を見ることになるだろう。


 うーん、これも若さか……。


「やれやれ、仕方ないな」


 まあ、向こうの方が年下といっても、年齢的には、それほど違わないだろうけど、こうなってしまっては、やることは一つだ。


 悪の組織の頂点に立つ者として、この若者を教え、導いてやろうじゃないか。


「ほら、来いよ」

「……っ!」


 俺は無防備に手を広げ、特に罠を用意するでも、迎撃の構えを取るでもなく、ただ単純に、向こうが攻めてくるのを待つ。


 それを見て、馬鹿にされたとでも思ったのが、一瞬で、蒼琉の顔が怒りで染まり、明確な殺気を放ちながら、凄まじい勢いで、地を蹴った。


「――チェストオオオオ!」


 素晴らしい加速を見せて、真っ直ぐに突っ込みながら、大上段に構えられた刀を、ただ全力で振り下ろす。


 それはまさに、蒼琉にとって、渾身の一撃なのだろう。


「ほいよっと」

「なっ……!」


 しかし、残念ながら、俺には全て、


 だったら、あとは簡単だ。


 こちらの脳天目指して、真っ直ぐにせまってくる蒼琉の刀に狙いを定め、その刀身に向けて、俺は手の平を微妙に前後にズラしながら、まるで拍手をするように、全力で叩きつける。


「これぞ、真剣白刃くだき! ……なんてね」


 その衝撃に耐えきれず、蒼琉の刀はあっさりと、甲高い音を立てながら、俺の両手が交差した部分から、ぽっきりと、へし折れた。


「そ、そんな……! 僕の、僕の刀が……!」


 その手に残った残骸と、地面に落ちた刀の欠片を見比べながら、まるで、追い詰められた小動物のように、蒼琉は、震えながら後ずさる。


 どうやら、効果は覿面てきめんのようだ。


「まあ、よく頑張ったよ。えらい、えらい」

「あ、ああ、ああああっ……!」


 刀と一緒に、その心まで折れてしまったのか、怯えた様子の蒼琉が、声にならない悲鳴を上げている。


「ほらほら、まだ若いんだし、そんなに気落ちしないでさ」

「く、来るな! 来るなあ!」


 しかし、あくまでフレンドリーに近づく俺に向けて、折れた刀を振り回す姿を見てしまうと、どうも薬が効きすぎたのではないかと、むしろ心配になりそうだ。


「それじゃあ、この敗北をかてに、ぜひとも頑張って、成長してくれよな!」

「う、うわああああー!」


 とはいえ、やれるだけのことはやったことだし、ここからは、彼の努力と根性に、期待することにしようじゃないか。


 大丈夫、悪の組織の人間ならば、ここからきっと、再起さいきしてくれるはずである。


「――はっ!」

「ぐうっ……!」


 俺が繰り出した、大量の命気がこもった拳をまともに喰らい、もはや天才剣士としての面影すら感じられない蒼琉は、抵抗もできずに、ばったりと昏倒こんとうする。


 つまり、決着というわけだ。


 まあ、目が覚めた後に、この少年剣士が、一体どういう反応をするのかは、分からないけれど、とりあえず、無事に生け捕りにすることは、できたわけだし、最低限の目的は果たせたわけで、まずは一安心である。


「はい、おしまいっと」

「きゃ~、統斗ちゃん、格好いい~!」


 それぞれの役目を、無事に果たした俺とジーニアが、互いの健闘を称え合い、喜びを分かち合う。まだ作戦途中だが、これくらいなら、浮かれてもいいだろう。


 なぜなら、これにより、八咫竜やたりゅうを裏切った七人の八岐衆やまたしゅうのうち、見事に六人を捕縛ほばくしたことになるのだから。


 そう、つまり、残る敵は、あと一人……。


『馬鹿な、こんな、こんな馬鹿なことが……!』


 空に投影されたモニターの中で、頭を抱えている黒縄こくじょうだけである。


「いいや、馬鹿はお前だ」

『な、なんだと! シュバルカイザー、貴様! 私のどこが……!』


 それでは、最後の決着に向けて、もうひと頑張しましょうか。


「いや、そりゃ馬鹿だろ。お前がもう少しでも、まとも指揮をれれば、ちょっとは結果も違ったかもしれないのに、こちらの思惑おもわくは見抜けず、状況も分からず、有効な作戦も立てられず、咄嗟とっさの対応もできないって、どれだけ目がくもってるんだよ。憎い俺が倒せると思って、もしかして、舞い上がっちゃったかな?」


 まあ、そのちょっとは違う結果ではなく、こちらにとって、最良の戦果を勝ち取るために、これまで色々と布石ふせきを打ったりして、頑張ってきたのが俺たちなのだが。


 しかし、結果は出た以上、俺たちが上手うわてだったと誇るよりは、お前のミスだと指摘してやる方が、黒縄のような、無駄にプライドの高い人間にとっては、屈辱的なはずなので、あえてこういう物言いをしてみる。


『……黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ……、黙れ!』


 ほら、あっさりと喰いついてきた。というか、仮にも指揮官の立場にいる人間が、そんな簡単に、安い挑発にひっかかるなよ。


 だからこうして、致命的な見落としをするというのに。


『……むっ、なっ、あれは……!』


 どうやら、ようやく黒縄の奴も、気が付いたようだ。


 すでに戦いが終わった平原の方で、なにが行われているのかを。 


『みんな、聞いてください! 今回の騒動は、八岐衆の裏切りに端を発した、八咫竜の不始末です! 全ては、私の未熟さがまねいたことですが、この窮地きゅうちを助けてくれたのは、ヴァイスインペリアルのみなさんであり、私はこれからも、この深愛なる仲間たちと、手を取り合っていきたいと……!』


 そこには、洗脳を解かれたばかりである八咫竜の構成員たちに向けて、デモニカの展開した拡声器のような効果を持つ魔方陣を使い、周囲の皆に状況を説明しながら、必死に訴えかけている竜姫たつきさんの姿があった。


 そう、追い込まれた黒縄が、馬鹿みたいに頭を抱えている間にも、こちらの作戦は進行中なのである。


『ひ、姫様だと……!』


 その通り。


 確かに、俺たちは今回の作戦で、上手いこと八咫竜の皆さんを助けたことになるのだろうが、それでもやはり、部外者は部外者なのだ。あの場でいきなり、お前たちを助けてやったのだから、言うこと聞け! なんて言っても、広がるのは、混乱と困惑ばかりで、下手をしたら、反感を買って、暴動が起きるかもしれない。


 しかし、そこに竜姫さんがいれば、話は違う。げんに、あの広大な平原を埋め尽くすほどの八咫竜構成員に広がっているのは、安堵と同調の空気に他ならない。


 あれこそが、八咫竜の長である竜姫さんにしかできない、彼女の役目だ。


 人を打ち倒すなんてことは、実は簡単なことであり、そんなことは、少し力がある者ならば、誰にだって、できてしまう。


 そう、本当に難しいのは、人をまとめ上げることなのだ。


「ああ、本当に、見事なものだよな。お前程度じゃ、一生かかっても、ああいう風に誰かの上に立つのは、無理だろうから、よく見とけよ」

『ふ、ふざけるな、それ以上、私に無礼な口を……!』


 無礼もなにも、事実を教えてやってるだけだというのに、黒縄の奴は、なぜか顔を真っ赤にしながら、逆上している。


 まったく、お笑い草だ。


「だってお前は、自分の部下でさえ、洗脳しなきゃ、まともに動かせないんだろ? そんな男が、どの口で、反論なんてするんだよ」

『こ、こいつ……!』


 結局のところ、それが全てでしかない。


 奴の無能さは、奴自身の行いが、もうハッキリと、証明してしまっている。あんな手段に頼るようでは、三下もいいところだ。


「それじゃあ、これからそっちに向かうけど、恐かったら、逃げてくれていいぞ」

『な、なに……?』


 そんな黒縄に向けて、俺は、さらに挑発を重ねる。


「だからさ、緊急脱出用とかいう、秘密の通路とやらは、こっちからは使わないし、ふさいだりもしないから、好きにしろって言ってるんだよ」


 わざと小馬鹿にしたような俺の態度に、敏感に反応した黒縄から、こちらに向けての怒気と、見え見えの殺意があふす。


 本当に、分かりやすい。


「俺たちは、正面から堂々と乗り込んで、そんなマヌケな臆病者から、八咫竜を取り戻すことにするからさ」

『こ、この……!』


 少しつついてやれば、このように、簡単に怒りで我を忘れてくれるのだから、こちらとしては、大助かりである。


「それじゃあ、逃げるなら、早くしろよ。どこか目立たないところで、これから一生日陰ひかげで生きるというなら、無理に探し出すようなことは、やめてやるよ」

『だ、黙れ! 誰がそんな、無様ぶざまな真似を……!』


 まあ、しないだろうな。


 ここまで言われてしまっては、それと同じ動きをすることは、奴の無駄なプライドというやつが、許さないはずだ。


「ああ、そうかい。だったら、別にいいさ。そこで大人しく、待ってろよ」


 それでは、そろそろ行きますか。


「お前を狙う、俺たち全員の到着を、さ」

『ぐ、ぐう……』


 この決戦に、終止符を打つために。


「そうそう、それから、まだそっちに残っている八咫竜の構成員を人質にして、交渉の材料にしようとか、そういう、しょうもない、不愉快なことはするなよ」

『な、なんだと……?』


 最後に、いくら黒縄でも、流石にそこまで恥知らずな蛮行ばんこうにはおよばないと思うが、釘だけは刺しておく。


 面倒の種は、横着せずに、事前に潰しておくのが一番だ。


「もしも、そんな真似をするのなら、お前の姿を、視界に入れた瞬間に、この世から蒸発させてやるから、覚悟しろ」

『く、くそ! くそ、くそ、くそくそくそくそくそくそくそ! くそがああ!』


 どうやら、侮辱ぶじょくされたとでも思ったのか、まるで断末魔のように、意味のないことを絶叫しながら、黒縄は空に浮かぶモニターを、全て消し去ってしまった。


 まあ、これだけやれば、十分だろう。


「統斗ちゃん~、お疲れさま~」

「ジーニアこそ、手伝ってくれて、ありがとう!」


 さて、ここでの作戦も一段落したということで、マイクロマシンが渦巻く、巨人の形を解除して、そのスレンダーな肉体の周囲に、まるで銀色の霧のようにただよわせたジーニアが、こちらに駆け寄って来てくれた。


 うん、そのいつも通りな様子に、なんだかホッとしてしまう。


「それじゃ、みんなと合流しますか」

「はーい、行きましょ~、行きましょう~」


 こうして、目的を達成した俺とジーニアは、気絶している蒼琉と空孤を担ぎ上げ、当初の予定通り、意気揚々と、竜姫さんたちが待っている平原へと向かうのだった。



 さあ、いよいよここからが、大詰めというやつである。


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