6ー6
『
ワープ装置が発生させている光の柱から飛び出してきた千尋さんは、そのまま空を飛ぶように駆け出しながら、即座に戦闘態勢を整える。
彼女の気合に応えて、爆発的に増大した輝く
千尋さんのトレードマークである安いジャージが弾け飛び、その美しい肌を
いつもはチャーミングな笑顔を見せてくる彼女の顔も、百獣の王を思わせる風貌へと変化して、
あの姿こそ、
『な、なんだ! いきなり出てきて、なにを……!』
『ほらほら、レオリア様の邪魔しちゃ、ダメっスよ!』
『……残念だけど、遊びは終わり……』
『悪いけど、行かせないわよん!』
位置関係的に、敵対者の中では、ワープ装置のもっとも近くにいた
いや、そもそもの話として、あの牙戟では、我らが誇るヴァイスインペリアル最高幹部を止めることなど、到底不可能な話なのだが。
そう、レオリアが、あそこにいる目的は、奴ではない。
『どっせーい!』
『ぬう……!』
そう、あの
『ほらほら、こっちはオレがやるから、あんたは向こうだろ!』
『……ああ、任せてやる!』
それまで、白奉の攻撃に耐え続けていた
直前までは、今回の作戦に、かなり難色を示していたのだが、それでもなんとか、納得はしてくれているようだ。
そのまま予定通り、朱天さんは素早く後方へと下がり、ローズさんたちによって、足止めされている牙戟へと、一瞬で肉迫する。
『朱天! こうなったら、貴様は、俺が……!』
『邪魔だ! 三下!』
いきなり攻め込まれた牙戟が、まとわりついていたローズさんたちが離れたもこともあって、迎撃の意思を見せるが、もう遅い。
すでに朱天さんは、持っている巨大な金棒を、限界まで振りかぶっている。
『黙って、寝ていろ!』
『ぐええええっ!』
そのままの勢いで、力強く振り下ろされた朱天さんの一撃を、牙戟は両手に持った
なんだか、朱天さんの金棒が叩きつけられた大地が、大きくひび割れているように見えるが、まあ、牙戟は回復力が高いのが持ち味のようだし、ああ見えて、ちゃんと加減はされてるだろうから、死ぬようなことはないだろう。……多分。
『ふん……、それで、本当にあいつなら、なんとかできるというのか?』
『あらん、もちろんよん! レオリア様なら、不可能はないわん!』
かくして、結果だけ見れば、あの場における敵対勢力の内、あっという間に半分を取り除けたということになるのだが、朱天さんとローズさんが会話を交わしつつも、まったく警戒を解いていないことからも分かるように、本質的な脅威というやつは、まったくもって、去ってはいない。
あのように、牙戟を一蹴してしまえる朱天さんでさえも、あのままなら、手も足も出ないのが、白奉という規格外の存在なのだから。
奴を倒せない以上、こちらが全滅する危険性は、いつまでも残ったままなのだ。
『……あの男の差し金か』
『あの男ってのが、誰のこと言ってるのか分からないけど、それが
これまでだったら、朱天さんの動きを察して、素早く牙戟を助けに動いたであろう白奉が、その場に留まって、レオリアを警戒するように、油断なく構えている。
どうやら、向こうも分かっているようだ。
目の前の存在が、自らを倒し得る力を、持っていることに。
『ふっ、そうか……、そうだろうな……』
『あん? なにが
あの巨岩のような老兵にして珍しく、口角を上げて静かな笑みを浮かべている白奉に対して、どうやら俺のことを馬鹿にされと感じたのか、レオリアがピリピリとした怒気を発しながら、まるで獲物に飛びかかる獣のように、体勢を低くした。
夕日が反射して、キラキラと
『いやなに、ただ少し、こちらの司令官殿と比べて、
『へっ、それはそうだろう、なっ!』
お互いに、獰猛な笑みを浮かべながら、同時に駆け出した白奉とレオリアが、正面から激しく、ぶつかり合う。
そして、死闘の幕が、切って落とされた。
『ふっ!』
『むんっ!』
まさに、電光石化。
一瞬で、目にも止まらぬ速度にまで加速したレオリアが、掻き消えるように白奉の側面に回り込み、尋常ではない量の命気が込められた、必殺の拳を突き出したのに、それにすら反応した奴の手甲によって、完璧に防がれてしまう。
『ぬんっ!』
『おっと!』
そして、その瞬間、白奉の手甲が
だがしかし、我らが破壊王獣だって、負けてはいない。その危険を即座に察知した彼女は、素早く拳をズラし、むしろ、その衝撃を利用して、自身の動きを加速させ、次なる一手に打って出る。
『……見事な命気だ』
『へえ、知ってるんだ! なんだよ、物知りだな!』
空気を切り裂くような回し蹴りを、再び自らの手甲を使って受け止めながら、白奉は的確に、レオリアが使う力の根源を、あっさり言い当ててみせた。
その姿には、僅かな揺らぎも見られない。まさに
『長く生きれてれば、多くを知る機会があるものだ……』
『なるほどね! だったら、人生の先輩に、色々教えてもらうとしましょうか!』
猛獣のように攻め立てるレオリアを、大岩のような白鵬が防ぎ続ける。
『だったらっ!』
『――甘い!』
打撃ではなく、投げか関節を狙おうとしたのであろうレオリアの腕が、動き始める瞬間を、白奉は正確に狙い撃ち、叩き落とす。
『――そこだ!』
『ふんっ!』
しかし、その一瞬……、相手の腕が伸びた、その刹那を狙って、レオリアが放った必殺の蹴りを、ギリギリで受けながら、白奉は変わらず、防御に徹する。
戦況は、どちらの有利に傾くこともなく、ただただ重苦しい激突音だけが、何度も何度も、繰り返されるだけだった。
『……貴殿は、一体なんのために戦っている!』
『はあ? そんなの、統斗のために、決まってんだろ……!』
幾度目かの激突を繰り返し、この戦いとは関係のないことを、いきなり問いただし始めたのは、意外なことに、あの
攻撃の勢いそのままに、激情をそのまま吐き出すレオリアに向けて、かの老兵は、なにかを確かめるように、絞り出すように、続ける。
『あの男は、それだけの……、これほどの力を持つ
『ふんっ! なんだよ、いきなり!』
それは、これまでの落ち着いた印象が強い白奉からは想像できない、色々な感情が混ぜこぜになったような険しい表情と、厳しい口調だった。
その姿を……、その様子を見れば、誰にだって、一目瞭然だ。
奴は本気で、その答えを、知りたがっている。
『あの男の、なにを信じる! 力か! 頭脳か! 立場か!』
『そんなもん、決まってるだろ!』
それが分かったからなのか、必死の攻勢を続けるレオリアも、白奉と同じように、本気の顔で、本気の声で、自らの思いを……、拳を繰り出す。
『愛だよ!』
『……ふっ、そうか!』
レオリアの、真っ直ぐすぎる拳を受け止めながら、白奉は笑う。
だけど、それは決して、相手を見下した笑みではない。
その程度のことは、俺にも分かる。
あれは、なにかを受け入れた男の顔だった。
『そっちこそ、なにを信じて、こんな戦いをしてるんだ!』
『我は、我の信念に
問答は仕舞いとばかりに、再び防御を固めようとする白鵬に、今度はレオリアの方から、一歩踏み込む。
『はっ、その信念ってやつに従って、主人を裏切ったってわけか! そいつは、またずいぶんと、ご立派なことで!』
目に見えて加速したレオリアが、相手の
完全に
『……
『はあ? なんだよ、いきなり!』
これまでになく、強い調子で
『そんな人間が、この程度の妨害を受けて、敗北するはずはない……!』
そう吐き出す白奉の目には、揺るぎない覚悟が渦巻いている。
つまり、本気というわけだ。
どうしようもないほどに、奴は本気だ。
『天叢雲剣に選ばれた、あの男の
それこそが、理由。
白奉という武人が、裏切り者の汚名を
八咫竜の未来のために、己を殺し、自らを人ではなく、一つの試練に
その決断に、どれほどの覚悟が必要だったのか、俺には想像もできない。
『そんな……』
自らも、白奉に裏切られた側だというのに、かつての師匠の心中を察してか、朱天さんが辛そうに、その瞳を
そして、夕焼け空に投影されたモニターを、俺と同じように見ているであろう
分かるけど、俺にはサッパリ、分からない。
この二人を、こんなにも悲しませてまで、そんなことをする必要が、あったのか?
『なるほど、なるほど、なるほどね! ははっ、どうやらオレは、あんたのことを、買い被ってたようだぜ!』
『なに……?』
どうやら、俺と同じ気持ちらしいレオリアが、白奉の覚悟を笑い飛ばす。
それは本当に、全てを吹き飛ばしてしまうほど、素敵な笑顔だった。
『要するに、信じるかどうか、自分で決めるのが恐いから、考えるのも、感じるのもやめて、楽な方に逃げたってだけだろ!』
迷いのないレオリアの全身に、命気が
『それで忠臣
レオリアの主張が正しいのか、白奉の覚悟は、本当に間違っているのか、それは、誰にも分からない。分かるはずなど、あるわけがない。
だけど、そんなことは関係ない。
自分の意思を、思いを、最後まで信じて、貫いてこその、悪の組織なのだから。
『さあ、オレがあんたをぶん殴って、そのボケた頭を、覚まさせてやるよ!』
『ぬっ!』
自らを信じる……、そんなレオリアの強さに応えるように、彼女の中で、爆発的に膨れ上がった命気に押されて、白奉が僅かに、ほんの僅かに、後ろへ下がった。
『確かに、あんたは強い! ちょっと前のオレだったら、この勝負、どうなってたか分かんないな!』
レオリアの表情は、自信に満ち満ちている。
それは
『しかーし! 今のオレは、一味違うぜ……!』
あれは、絶対的な強者としての、揺るぎない自負と、譲れない覚悟だ。
『――
命気という力は、それを使う者の意思によって、その強さを決める。
レオリアの全身を包む、白銀に輝いていた獣毛は、光の領域にまで昇華され、神秘的に揺らめき、チリチリと空気を震わせながら、その圧倒的な密度を示す。
しかし、その変貌で、なによりも目を引くのは、彼女の背中で羽ばたく、まるで、猛禽類のような、
百獣の王の背中に、大空の王者の翼が生えている。
それこそが、レオリアが心から信じる、最強の姿だった。
『――はっ!』
『――ふん!』
刹那、光の獣と化したレオリアの姿が、掻き消えたかと思った瞬間、白奉の気合と共に、数えきれないほどの轟音が、辺りを揺らす。
レオリアによって、まさに光の速さで繰り出される破滅的な一撃と、信じられないことに、その場を動かない白奉が、全て防ぎ切っている。
それはまさに、驚異的な光景だった。
あれだけの
『小細工は……!』
『意味がないな……!』
動きを止めたレオリアと、その場を動かなかった白奉が、正面から睨み合う。
二人の力量は、とんでもない領域で、
無数のフェイントも、駆け引きも、意味を成さない。もはや、そんなもので崩れるような段階は、遥か彼方に置き去られている。
このまま小競り合いを続けていても、勝負はつかない。
そんなことは、あの二人ならば、誰よりも分かっているはずだ。
だったら、どうするべきなのか。
答えは、いつだって
『――いくぜ!』
『……来い!』
小細工抜きで、ただただ愚直に、互いの全力をぶつけ合う。
それしかない。
『うおおおおりゃあああああ!』
『ぬううううううううううん!』
最強の
そんなものは、決まっている。
折れた方が、最強ではなかった。
砕けた方が、無敵ではなかった。
ただ、それだけの話だ。
『――っ!』
それは、どちらが息を呑む音だったのか。
遠くから見てるだけの俺には、分からない。
分からないが、勝負はまさに、一瞬だった。
『――オレの、勝ちだ!』
『ぐおおおおおおお!』
レオリアの拳が、白奉の盾を砕き、打ち抜く。
そう、勝敗は、決したのだ。
これまで、その場から動く姿なんて、想像すらできなかった白奉の巨体が、大きく後ろに弾け飛び、夕焼けが反射する小川に突っ込んで、水しぶきを上げながら、抵抗すらできずに、ただ無力に地面を転がる……。
『……ふ、ふふっ、負けたか……』
ようやく、動きが止まった白奉が、流れる水に身体を浸しながら、大の字になって倒れ込み、天を
あのレオリアの一撃を受けても、まだ意識があるなんて、驚嘆するほかしない。
しかし、流石にもう、戦う力までは、残っていないようだった。
『さあ、殺せ……。我の役目も、もう終わりだ……』
まるで、それが裏切り者としての、自らの責任だといわんばかりに、悟ったような表情を浮かべた白奉が、薄く笑う。
それは、覚悟を決めたといえば、そうなのかもしれない。
『はあ? 嫌だよ。っていか、自分の役目を、勝手に決めて、勝手に終わるな』
しかし、そんな白奉に対して、レオリアは呆れたように肩を竦めるだけで、一向にトドメを刺そうとはしない。
当然だ。
俺は、そんなことをさせるために、あの場に彼女を送り込んだわけではない。
『それじゃ、うちの統斗からの伝言だ。よく聞けよ!』
レオリアならば、必ず勝利を掴み取り、大事なことを伝えてくれると、信じたからこそ、
『あんたは、これから死ぬまで、オレたちヴァイスインペリアルが、こき使ってやるから、せいぜい長生きするんだな! だってさ』
俺の気持ちを、俺の覚悟を、届けてくれと。
『……ふ、ふははっ、はは、ふははははっ!』
それまでの、岩のように凝り固まっていた仏頂面を破顔させ、正面から、正々堂々と敗れた白鵬は、夕日が照らす空に向かって、ただ笑う。
『そうか、そうだな……』
その表情は、これまでの白奉からは想像ができないほどに、穏やかなものだった。
もしかしたら、あの笑顔こそが、彼にとって、本当の素顔なのかもしれないな。
『どうやら、真の意味で、我らは敗北したようだ……』
『ええ、そうかもしれません……』
裏切った側と、裏切られた側に分かれていた、かつての師弟……。
白奉と朱天さんが、少しだけ、だけど確かに、笑い合う。
どうやら、俺の目的は、無事に果たされたようだ。
『さーて、任務完了! よっしゃー! 早く会いたいぜー! 統斗ー!』
こうして、今回の作戦において、最大の
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