6-5


 大門だいもんけいは、冷たい瞳で、辺りを見渡した。



『まったく……、情けない。仮にも総統の親衛隊を名乗る者たちが、この程度の相手に対して、一体なにを苦労しているのですか』


 エビルセイヴァーの元にある光の柱から出てきた、いつもの黒いビジネススーツ姿の契さんが、そう呟いた瞬間、緻密な魔方陣が展開されたかと思えば、周囲でワープ装置を守っていた少女たち五人と、彼女たちを狙い、暴れていた八咫竜やたりゅうの構成員たちとの間に、絶対的な障壁を生み出し、区分する。


 それだけで、結局は戦闘員や怪人の集まりである八咫竜の大軍勢は、契さんたちに手を出すことが、不可能になっていた。


契約けいやく解放かいほう


 その言葉と共に、見事なお手並みで安全を確保した契さんの姿が、彼女の魔方陣によって、見る見るうちに変化していく。


 その美しい肌は、深い海を思わせる青へと染まり、キチッとしたスーツが光の粒となって消えたかと思えば、魔素エーテルによって生成された、刺激的な漆黒のボンテージが、彼女の豊満な胸を、くびれた腰を、見事なヒップを包み込む。


 まるで悪魔を思わせる、ヤギのような角を頭に生やし、その金色に輝く瞳は、全てを見透かすように、あやしくきらめく。


 この姿こそ、我らがヴァイスインペリ最高幹部が一人……。


 悪魔あくま元帥げんすいデモニカ、その人だ。


『そちらこそ、ちょっと来るのが、遅いんじゃありませんか!』

『初めての転送先に対する詳細な設定と、確実なワープを可能にするための調整は、ジーニアの仕事です。私に文句を言うのは、お門違かどちがいでしょう』


 頼りになりすぎる援軍の登場に、少し余裕が出てきたのか、どこかホッとした様子を見せながらも、彼女にしては珍しく、軽く突っかかるエビルピンクを、デモニカは余裕の表情で、なくいなしてしまう。


 というか、かつては悪の組織と、正義の味方に分かれて戦っていた相手ですけど、今はもう仲間なんですから、もう少し、仲良くしてください。


『それにしたって、後から来て、美味しいとこ持ってくなんて、なんだかズルい!』

『とはいえ、助かったのは事実です。ここは波風立てずに、我慢しておきましょう』


 敵陣に飛び込むのではなく、他のメンバーを守るように動いていたので、デモニカの張った障壁の内側に、上手く収まることができたエビルレッドが、同じく、無事に仕事をやり遂げたエビルブルーと、愚痴を言い合っている。


 みんな元気そうで、俺としては安心なのだけど、なにやら刺々しい空気を感じて、別の意味で、肝が冷えてしまいそうです。


『なんて強固な防壁なの……、相変わらず、魔術の腕は凄いのね。性格は悪いのに』

『もう全部、あのおっぱい悪魔だけで、いいんじゃないですかね……』


 エビルグリーンの言う通り、デモニカが一瞬で構成してみせたのは、複雑な紋様もんようが幾重にも重なり合った、圧倒的な密度を誇る魔方陣だ。一見するとカーテンのように薄いが、その強度は折り紙付きである。


 実際に、いまだ彼女たちの周囲でうごめいている八咫竜の大軍勢は、自我を奪われているということもあるのだろうが、まるで幽鬼かゾンビのように、ガリガリと障壁に爪を立てるのが、精一杯のようだった。


 しかし、おっぱい悪魔ってなんだ、エビルイエロー。命知らずか。


『やれやれ、せっかく助けてあげたのに、ずいぶんな言われようですね。こうなっては仕方ありません。この場で全員、始末してあげましょうか』


 いや、なにが仕方ないんですか、デモニカさん。


 というか、割と本気で魔方陣の構成を組み上げるの、やめてください。


『あれあれー? なんだか見たことない年増が、いきなり出てきたよー?』

『あらあらー? なんだか恥ずかしい格好をしたオバサンが、突然出てきたよー?』


 しかし、どうやら本物の命知らずは、障壁の外側にいたようだ。


 自分たちの置かれた状況が、よく分かっていないのか、八岐衆やまたしゅうの中でも最弱の部類に入るのだろう、阿香あか華吽かうんの二人組が、デモニカを挑発している。


 あの余裕が、一体どこからくるものなのか、俺にはサッパリ、分からない。


『はあ……、久方ひさかたぶりに統斗すみと様とお会いできると思っていたのに、こんな無礼な小娘たちの相手をしなければいけないなんて、面倒どころか、憂鬱ゆううつですね』


 当然ながら、そんな安っぽい罵倒には興味を示さず、それどころか意にも返さず、デモニカは物憂ものうげに、色っぽいため息をついている。


 そう、馬鹿にされて怒るのは、少しでも、相手のことを認めている時だけだ。


 大海たいかいを、悠然ゆうぜんnと泳ぐクジラは、そこらを漂う微生物に、どう思われていようとも、なにを感じることもない。


『あははー! 恥知らずな年増が、なにか言ってるね?』

『うふふー! 無知なオバサンが、なにかできると思ってるのかな?』


 恥知らずなのも、無知なのも、自分たちの仲間を洗脳するなんて真似をした上に、今もまったく現状が分かっていない、阿香と華吽たちのことだと思うのだが、どうも奴らには、自覚症状というものがないらしい。


 まあ、そんなことは、どうでもいいことではある。

 

『とりあえず、嫌な仕事は、さっさと済ませてしまいましょうか』


 デモニカがその気になれば、全ては一瞬で、決してしまうのだから。


『こんな小物に披露するのは、本当に勿体もったいないですが、これも少しでも早く、統斗様と再会するためです。いたかたありません』


 いつもの通り、まるで氷のように冷たい表情で、敵対者を見据えるデモニカだが、そこから受ける印象は、これまでとは、まるで違う。それは、彼女とは長い付き合いのある俺でさえ、見たことがないような光景だった。



 悪魔元帥デモニカの全身から、凍えるような青い炎が、あふす。



『――契約けいやく覚醒かくせい!』


 その瞬間、デモニカを中心に、目もくらむような魔素が渦巻き、弾け飛ぶ。


 見事なプロポーションを誇る彼女の肢体したいを、より扇情的に見せる妖艶なボンテージから、デモニカが契約している悪魔……、リリーが操る情欲の炎が燃え盛り、まるで豪奢ごうしゃなドレスのように、悪魔元帥を幻想的にいろどった。


 そして、その背中に展開された四つの魔方陣から、黒く、捻じ曲がった悪魔の腕が這い出して、その指先にともした炎を、漁火いさりびのように天に掲げる。


 悪魔の炎で、全身を包み込みながらも、だがしかし、しっかりと開かれたデモニカの瞳には、確固たる理性が輝いている。


 それは、これまでデモニカが本気を出した時のような……、悪魔に主導権をゆだねるように、異形の中で、赤子のように眠る姿とは、まるで違う。


 むしろ、その逆。


 悪魔に人が支配されるのではなく、人が悪魔を支配する……。



 悪魔元帥デモニカの、大門契の、新たなる姿だ。



『さて、それでは、始めましょうか』


 それだけ。


 ただそれだけ、デモニカがささやいた瞬間に、彼女たちがいる広大な平原が、またたきするよりも早く、青白い炎に包まれて、燃え上る。


 そこは、決して狭くない……、なんとかドーム何個分とか表現されても、おかしくない広さなのだが、そんなことは関係ない。デモニカが大地に展開した、それ以上に巨大な魔方陣から吹き上がる炎によって、全てが一瞬で、青に染まった。


『な、なによこれ! う、嘘よ! こんなの嘘に決まってる!』

『あ、ありえない! な、なんで! こんなのありえない!』


 阿香と華吽が悲鳴を上げているが、それは別に、平原が炎に包まれた結果として、八咫竜の構成員たちも、あの激しく燃え上がる青い炎に。飲み込まれてしまったことを心配しているわけではない。


 確かに、デモニカの炎に飲み込まれた戦闘員や、怪人たちは、その場にバタバタと倒れてしまっているが、その原因が、地獄の業火でその身を焼かれているからとか、そんな物騒な話ではないのは、見ればわかる。


 あれだけ激しい炎にさらされているというのに、彼らの肌が焼けるどころか、平原で風にそよぐ草でさえも、少しも延焼していない。当然ながら、魔素によって生み出された炎によって、周囲の空気が消費され、酸素不足になったわけでもない。


 そう、奴らにも、見えているのだ。分かっているのだ。


『そ、そんな! わたしたちの魔法が!』

『ま、まさか! あたしたちの魔法が!』


 あれはただ、奴らが八咫竜の構成員たちにほどこした洗脳が、デモニカの驚異的な魔術によって、呆気あっけなく解かれているだけなのだということを。 


『これが、魔法? やれやれ……、ふざけるのも大概にして欲しいものですね』


 あわてている阿香と華吽を、冷たく一瞥いちべつしながら、デモニカが嘆息たんそくする。


『こんなもの、児戯じぎと呼ぶのも、おこがましい』


 その瞬間、全ては決した。


 相手の心を奪い、縛り、自在に操るという、阿香と華吽による外道の魔術は、悪魔の炎によって、あっさりと燃え尽き、掻き消える。


 どれだけ複雑な魔術だろうと、デモニカの手にかかれば、それを解除するなんて、赤子の手をひねるよりも簡単なことだった。


『あ、あああああ……!』

『う、ううううう……!』


 突然の窮地きゅうちに驚愕した様子の阿香と華吽が、再び手駒を増やすために、魔術の糸を伸ばしているが、そんな脆弱なものは、いまだに八咫竜の皆さんを燃や続けて……、いや、守り続けている青の炎に、触れるそばから崩壊してしまう。


 悪いけれど、あの二人とデモニカでは、その実力に、天と地ほどの差があるのは、明白だった。


『ほら、あなたたちにも手柄を立てさせてあげますから、さっさとトドメを刺して、汚名返上でもしてなさい』

『もう! 本当に、一言余計です!』


 自分の仕事は済んだとばかりのデモニカに、残りを丸投げされたエビルピンクが、仲間たちと手の平を重ね合わせたけど、どうやら、これまでの辛い防衛戦のせいか、それとも別の要因か、みんなの中で、かなりのストレスが貯まっていたようだ。


『……マジカル! ダークネス・バズーカ!』


 エビルセイヴァーによる、これまでの鬱憤うっぷんを晴らすかのような必殺の一撃が、うなりをげて、倒すべき敵へと向けて、突き進む。


『きゃあああー!』

『いやあああー!』


 巨大な力の渦に飲み込まれて、阿香と華吽は悲鳴を上げながら、大きく吹き飛び、落下地点で倒れ伏すと、そのまま動かなくなった。


 特に命に別状はないはずだが、あれだけのダメージを受けたら、とりあえず、もうしばらくは、起き上る事すら、できないだろう。


『さて、今後ちょろちょろと動かれても面倒ですし、あなたたちのくだらない魔術は、封じさせてもらいましょうか』

『ああっ……』

『ううっ……』


 うめき声を上げながら、倒れ込んままの阿香と華吽に、デモニカが目を向けた瞬間、気の遠くなるほどに精密な魔方陣が二人を包み込み、刻まれる。あの構成を見る限りでは、もはやデモニカの許可がなければ、あの二人は魔術の発動すら不可能だろう。


 そう、特に波乱も、番狂わせも無く、俺の狙い通りに、勝負はついた。


『ああ……、早く統斗様とお会いして、この身体の火照ほてりを……』


 こうして、大きな懸念材料だった八咫竜の構成員が洗脳されている問題は、我らが頼れるデモニカの……、契さんのおかげで、あっさりと解決したのだった。


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