6-4
戦況は、目まぐるしく変化する。
「まあ、ここまでか……!」
その周囲に広がる森の中へと、侵入を果たしたはいいが、一歩足を踏み入れた途端に感じた、猛烈な違和感に従って、俺はその場に足を止めて、背負っていた荷物を、その場に下ろして魔方陣で包み込む。
これ以上の闇雲な逃亡は、意味がない
俺の後ろから迫っている気配は、二つ。あれだけ大量の敵に囲まれていながらも、その包囲網から抜け出したこちらを追って来たのは、本当にそれだけだ。
とはいえ、昨晩ここで行われた戦闘において、その大量の戦闘員が
「あれ? 鬼ごっこは、もうおしまいですか?」
「ふふふっ、本当に、つまらない男でありんすねえ」
ほどなくして、こちらに追いついた
一見すると、ぷらぷらと刀を振って遊んでいるだけに見える蒼琉だが、そこには、微塵の隙もない。下手に奴の間合いに踏み込むのは、なかなか危険な行為だろう。
その後ろに控えている空孤は、楽しそうに笑いながらも、この広大な森に、事前に設置していたのであろう大量の護符に干渉し、俺の方向感覚を狂わせる……、確か、
とりあえず、この二人をなんとかしないと、話は進まない。
『ふはははっ!
そんな、これからどう動くか、
『貴様が派手に動き、囮にでもなって、その内に
どうやら、物事が自分の思い通りに運んでいると確信したようで、まったく分かりやすいくらいに、ご機嫌らしい。
『見よ! 貴様の間抜けな作戦が招いた、この
そして、得意満面な黒縄が、凶悪な笑みを浮かべながら、その指を鳴らした途端、この夕焼けのキャンパスに、新たに三つの巨大なモニターが投影される。
そう、三つだ。
そのうちの一つは、この森の中で、蒼琉と空孤のコンビと対峙している、俺の様子を映し出している。
そして、残りの二つに、映し出されている光景は……。
『どうした、朱天。そのままで、我に勝てるはずがなかろう』
『くうっ……!』
事前に打ち合わせていた通り、森を大きく迂回して、龍剣山の裏側を目指していた朱天さんが、小さな水の流れが見える川岸で、遂に
なんとか強引に、朱天さんは、その手に持った巨大な金棒を、渾身の力を込めて、全力で振り下ろすが、両手を交差させ、万全の構えの白奉が、まるで盾のような手甲を使って、あっさりと受け止めてしまう。
『さあ、どうする! アレを使うか! それだけの価値が、あの男にはあるのか!』
『――つっ! ぐっ、かはっ!』
そしてそのまま、受け止めた金棒を弾き返した白奉は、今度は手甲から伸びている凶悪な爪を使って、まるで虎のように、猛然と朱天さんに襲い掛かる。
似たような大鎧を着込んでいるというのに、その動きは残酷なほどに、白奉の方が早く、重い。その猛攻を受けて、朱天さんはどうすることもできず、防戦一方だ。
『流石の師匠だぜ! オラオラ! お前らも、さっさとくたばっちまいな!』
『ぐえーっス! これは結構、しんどいっス!』
『……危ない、ひひひっ! 痛い痛い……!』
『もう、二人共! もうちょっと踏ん張りなさ……、きゃん!』
そのすぐ側では、両手に
そこまでローズさんが運んでいた荷物を置いて、全員で協力することで、なんとか
これが、二つ目のモニターで繰り広げられている激闘。
そして、最後の一つでは……。
『あははーっ! 弱っちいって、哀しいわよね!』
『うふふーっ! 調子に乗ってた分だけ、可笑しいわよね!』
『くうっ!』
圧倒的な物量によって、絶え間なく攻められ続けられるのだ。いくら相手が格下といえども、永遠に耐え続けるなんて、不可能に決まっている。
いくらエビルセイヴァーといえど、あれだけの人数に囲まれてしまうと、ピンクが地面に下ろしたケースを中心に、その場で耐えるのが、精一杯の様子だった。
それはまったく、俺にとっては、見たくない光景の数々だ。
『ふははははっ! どうだ! 未熟な貴様の、甘すぎる作戦のせいで、大事な仲間が死んでいく様子は!
ああ、確かに黒縄の言う通り、ここにいる限り、他の場所で行われている戦いに、今さら割り込むことは不可能だし、それはまた、どこの場所からでも同じだろう。
だが、そんなことは、分かっている。
そう、分かり切っている。
『はははははっ! さあ、そこで自らの無力を悟り、歯噛みしながら死ぬがいい!』
「やれやれ、黒縄さんは、相変わらずうるさいなぁ」
奴の罵倒に対して、特に反論しない俺に向け、さらに調子に乗り続けている黒縄に対して、あっさりと肩を
八岐衆の中には、身分の差はないとはいえど、一応は、黒縄の方が
まあ、気持ちは分からないでもないけれど。
「さて、残念ですけど、そういうわけですので……」
とはいえ、だからといって、別に気が合うというわけでもない。
無邪気な笑顔の蒼琉は、特に
そして……。
「僕のために、死んでください」
地を蹴り、爆発的な加速と共に、真っ直ぐにこちらに向けて、斬りかかってきた。
「おいおい、そんなこと言われて、はい分かりました、なんていう奴がいるかよ!」
「いやだなぁ。そんなこと言わないで、さっさと僕に倒されて下さいよ」
縦に裂くような斬撃を、横にズレることで避けた俺に向けて、目にも止まらぬ切り返しを繰り出しながらも、蒼琉の顔には涼しい笑顔が浮かんだままだ。
童顔というか、実際に俺よりも幼いであろう少年なのに、簡単に人を死に追いやるであろう、危険な光を宿した刀の動きには、少しの迷いも見られない。
「というか、お前のためにって、なんだよ! 意味不明だぞ!」
「あれ? もしかして、理由が知りたいんですか? 仕方ないなぁ……」
こんな
その一閃、一閃を、紙一重で回避しながら、俺はなんとか相手の間合いから逃れるために、距離を取ろうと、大きく動く。
「いえね、簡単な話なんですけど、なぜだか分からないけれども、
「ああ? それが、どうしたんだよ!」
なぜだか分からない、なんて言われても、その件に関しては、俺の方が、まったく分かっていないわけだけど、今は、そんなことを言ってる暇はない。
相変わらず、ニコニコと笑みを浮かべながらも、どこか不満そうに、口を尖らせる蒼琉の刀から身を
「だからですね、あなたを、こうして剣で倒せば、もしかしたら、今度こそ
だが、相手の進路を塞ぐように、空中に機雷のように仕掛けた魔方陣は、その発動の瞬間に、少年剣士の手によって、
奴にも魔素が見えている……、というよりは、むしろこちらの敵意を感じ取って、鋭敏に反応した結果という印象を受ける。どちらにせよ、驚異的な反射速度だ。
しかし、それにしたって、蒼琉の言ってることは、滅茶苦茶だ!
その手段が正しいかどうかなんて、どこにも確証はないだろうに、まるで夢を語るみたいに、その瞳をキラキラと輝かせている少年は、自分に都合のいい展開が起きることを、完全に信じきっている。
「――っ! つまり、お前の目的は……!」
「ええ、そうですよ。天叢雲剣を手に入れて、王になることが、僕の夢です」
あっさりと、自らの野心を口にしながら、まるで、そうなることが当然みたいに、蒼琉は無邪気に、刀を振るう。
どうやら、その
やっぱり、裏切った八岐衆も、別に一枚岩というわけではないようだ。
「うふふっ、それでこそ、わっちが見込んだ、全ての頂点に立つ男……! ああっ、なんという美丈夫! 見事でありんすよ、蒼琉!」
そして、ここにいる空孤は、どうやら蒼琉の野望に大賛成な様子だった。
なるほど、二対一という有利な状況にも関わらず、先ほどから、静観を決め込んでいたのは、蒼琉の妄言を実現させるために、この少年の手によって、俺という怨敵を倒させるためだったようだ。
しかし、なるほど……。
つまり、これこそが、この二人が竜姫さんを裏切った、最大の要因というわけだ。
「というわけですので、会ったばかりで申し訳ありませんが、さっさと僕に……」
剥き出しの野心を笑顔に伸せて、蒼琉は再び、その長い刀を両手で強く握りしめ、大上段に構えた。
そして……!
「斬られてくださいよ!」
「ちいっ!」
ゾッとするほど真っ直ぐに、こちらの身体を正中線から切り分けようとする斬撃を回避しつつ、俺は意識を切り替える。
そろそろ、こっちからも動くべきか……!
「……だったら!」
「へえ、もしかして、僕と剣術で張り合う気ですか?」
俺はカイアースーツと同じ要領で、自らの命気と、周囲の魔素を使って、一振りの刀を創り出し、蒼琉と対峙する。
とりあえず、取り回しを考えて、そこそこの長さにしてみたけれど……。
えっと、柄を両手で握る時は、右手と左手、どっちが上だっけ?
「面白いなぁ……。じゃあ、見せてもらいましょうか……」
そんな俺に向けて、蒼琉は楽しそうに笑いながら、夕日を反射し、血に濡れたように凶悪な輝きを見せる刀を、ゆっくりと構える。
どうやら、やる気は十分のようだ。
「天叢雲剣に選ばれた男の、剣さばきってやつをね!」
そして、
「どうしました? 動きが鈍いですよ!」
「くっ!」
とはいえ、実際のところは、剣戟なんて呼べるほど、緊迫した、互角の打ち合いになるわけもない。
蒼琉の素早い連撃を、なんとか鼻先で避けつつ、こちらからも、斬りかかってみたはいいけれど、あっさりと
「それ、それ!」
「こ、の!」
ほとんど密着しているような体勢なのに、長い刀を器用に操り、滑るようにこちらの四肢を切り裂こうとする蒼琉の斬撃を、なんとか自分の刀を使って、弾き返すことには成功するが、次がない。
こちらからは、攻め込めない!
「隙あり!」
「なっ!」
まるで身体の一部のように、蒼琉が操る刀の
つまり、今の俺は、完全に、がら空きの状態だ。
「――チェストオオ!」
その刹那の隙を逃さず、再び一瞬で大上段に構えた蒼琉が、恐るべき気迫と共に、まるで稲妻のような
「なんのっ!」
俺はなんとか、横に流れた刀を引き戻し、相手の攻撃の軌道に割り込ませることに成功したが、まったく意味がない。まるで抵抗などできず、俺の刀は、あっさりと、両断されてしまう。
そして、そのまま……。
奴の斬撃は、俺のカイザースーツを、真っ二つに切り裂いた。
「……っ!」
必殺の一撃を受けて、俺の身体は大きく吹き飛び、地面を跳ねて、無様に転がる。
「
そして、そのまま動かない俺を見て、物騒な刀を肩に担いだ蒼琉が、笑いながら、自らの勝利を宣言した。
なるほど、それは正しい行動かもしれない。
誰の目から見ても、この剣戟の勝敗は明白だ。
奴の勝ちで、俺の負け。
『ふっ、ふふ……! はははっ! はーっはっはっはっ! 死んだ! 死んだか! あれだけ大口を叩いておいて、なにも
憎き俺が倒れ伏した様子を見たのか、喜色満面の黒縄が、人の上に立つ者としての
おそらく、自分の思い通りに事が運んで、笑いが抑えられないのだろう。
ああ、俺には、その気持ちがよく分かる。本当だ。
だって……。
まさか俺も、こんな簡単に、計画通りに事が運ぶだなんて、思わなかった。
『……むっ? な、なんだ! なにが起きて……!』
倒れた俺のすぐそばで、いきなり
時間はたっぷり、稼がせてもらった。
「あれ? どうしたんだよ、そんなに慌てちゃって」
致命の一撃を受けたはずの俺は、あっさりと立ち上がりながら、自らの成果を確認するために、天を
この
そして、この
どうやら、みんなの方も、上手くやってくれたようだ。
「そんな! 確かに決まったはず……!」
「おいおい、ちょっと冷静に考えれば、分かるだろ?」
三本の光の柱を確認して、安心した俺は、余裕を持って、こちらも驚きのあまり、笑顔すら忘れてしまっている蒼琉に、種明かしをしてやることにする。
「袈裟切りをまともに受けた人間が、吹っ飛ぶわけがないだろう? ただ単に、俺が自分から、後ろに飛び退いただけだよ」
そう言いながら、俺は切り裂かされたカイザースーツを解除して、こちらが完全に無傷な様子を見せてやる。
そう、つまりは単純に、俺は蒼琉の斬撃を見切り、相手がこちらを討ち取ったと、勘違いしてくれるように、わざとカイザースーツだけを切らせて、手応えを残してやっただけという、簡単な話だ。
「いやはや、人間っていうやつは、自分が有利なら、有利なほどに、足元が見えなくなるものらしいな」
そう、俺がこんな面倒なことをしたのは、ひとえに時間を稼ぐため。そして、少しでも奴らの目を、俺たちが持っていたケースから、
特に俺の場合は、他のみんなと違い、単独行動だったので、わざわざ魔方陣を展開して、地面に置いた荷物に、防壁まで張っていたのだが、これはどうやら、取り越し苦労だったようだ。
本当に、人間調子に乗りすぎると、こうして簡単に、足元をすくわれてしまうと、八岐衆のみなさんにも、分かっていただけただろうか。
『シュバルカイザー! 貴様……、一体なにをした!』
「さあ、なんだと思う? 当てて見せろよ、お山の大将」
残念ながら、部外者の黒縄には、なにが起きているのか、理解できないだろう。
だけど、それも当然だ。この技術を確立し、実用できるのは、世界広しといえど、俺たちヴァイスインペリだけなのだから。
これさえ使えば、どれだけ離れた場所にいようと、関係ない。本来ならば数時間、数日かかる場所であろうと、こうして出口さえ用意してやれば、まさに一瞬で、どれだけ遠く離れていようと、一瞬で到着できてしまう、夢の超技術。
これこそ、つまり、
いわゆる、ワープというわけである。
「まあ、分かったところで、もう遅いんだけどな」
天を貫く、三本の光の柱から、それぞれ一人づつ……、合計三つの人影が、物理的な距離を超越して、この戦場に降り立った。
彼女たちこそ、俺が信じる、俺が待ち望む、俺が愛する、ヴァイスインペリアルの最高戦力……!
『それでは、
『よーし! やるぜー、やるぜー! やっちゃるぜー! オレに任せろー!』
「うふふ~、久しぶりだから~、思いっ切り~、暴れちゃうわよ~」
これが、俺の切り札だ……!
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