6-3


 それはまさに、決戦と呼ぶに相応ふさわしい光景だった。



 燃えるような夕焼けに照らされて、まるで、この広大な平原を埋め尽くすように、見事に整列している八咫竜やたりゅうの構成員と、彼らの先頭に立って、泰然たいぜんとこちらを睨んでいる六人の幹部……、八岐衆たちの背後には、雄大な龍剣山りゅうけんざんひかえている。


 その様子は、実に威風堂々としていて、まったくもって素晴らしい。


 ただし……。


『ふははははっ! 貴様らの動きなぞ、私にはお見通した!』


 あの空中に投影された、巨大なモニターの中で、分かりやすく調子に乗りながら、高笑いを上げている失礼な男……、裏切り者の八岐衆やまたしゅうを率いる黒縄こくじょうが、大威張おおいばりの様子で、こちらを見下してさえいなけば、の話だが。


『ふんっ! マヌケにも正面から攻めてくるとは、どうやら万策尽きたようだな! なあ、無能なシュバルカイザーよ!』


 あいわらず、笑えるほど絶好調な黒縄を映しているモニター内の様子を見るに、奴がどこかの室内にいることは分かるので、どうやら今回も、あいつ自身が、戦場に出るようなことは、しないつもりらしい。


 とはいえ、ここまでは予想通りだ。


 そして、この平原で俺たちを迎え撃ってもらうために、ここまで特に隠れることもせず、わざと奴らに見つかるように移動してきたのだから、狙い通りでもある。


『はははっ! さて、そんな怪人が三人増えたところで、なにか変わるのかね?』


 なるほど、どうやら向こうも、ある程度はこちらの情報を掴んでいるようで、まだ異形の姿になる前のローズさんたちを見て、黒縄が再び笑う。


 しかし、わざわざ俺が連れていた戦力を、そこまであなどってくれるとは、どうやら奴は、俺たちヴァイスインペリアルのことを、かなり下に見てくれているようだ。


 いやはや、実にありがたい。


『……それにしても、朱天しゅてん。まさか貴様が、そんな奴らの言いなりとはな。まったく八岐衆ともあろう者が、なんとも情けない話じゃないか。見損なったぞ』


 そして、かつての同僚の姿を見つけたらしい黒縄が、相手を小馬鹿にしたように、わざとらしく見下してくるが、その目は決して、笑っていない。


 当然だ。朱天さんの実力は、奴にだって、痛いほど分かっているはずなのだから。


「そいつは残念だったな。こちらとしては、貴様のような下劣な男が、恥知らずにも喜びいさんで、いちくびおさまったときから、見損ないっぱなしだよ」


 もちろん、だからと言って朱天さんも、言われっぱなしというわけじゃない。堂々と黒縄を見据みすえる様子は、どちらが本来の意味で、八岐衆という集団の中で上の立場にいるべきなのか、如実にょじつに表している気すらする。


 うんうん、本当に、頼もしい限りです。


『はっ! まあいい……、それで、姫様はどうした? お姿が見えないようだが?』

「彼女みたいな重要人物を、こんな生臭い戦場に、連れてくるわけないだろ、そんなことも分からないのかよ。本当に、残念な奴だなぁ」


 それでも体裁ていさいつくろおうというのか、無駄に余裕ぶった態度を見せる黒縄を、俺は適当に挑発しておくことにする。


 奴にはたっぷりと、頭に血を上らせてもらっておいた方がいい。


 しかし、それにしても、あのバカは本気で、竜姫たつきさんが直接出てくると思っていたのだろうか? だとしたら、まったくお笑い草だ。


 彼女の出番は、こんなくだらない争いの、後にこそあるというのに。


『……そうか。それなら、遠慮は無用ということだな!』


 どうやら、あっさりと堪忍袋の緒が切れたらしい黒縄が、ヒステリックな叫び声を上げるのと同時に、俺たちと対峙している八咫竜の大軍勢から、分かりやすい敵意が立ち上り、痛いくらいの殺気が溢れ出す。


 どうやら、奴が自己満足するためのおしゃべりは、ここまでのようだ。


 それでは、やりますか……!


「マジカル! エビルチェンジ!」


 素早く反応した桃花ももかたちが、それぞれ高々と手をかかげ、戦いのためのキーワードを口にした瞬間、彼女たちの全身は輝き、妖艶な漆黒のドレスを纏った、悪の戦士への変身を完了させる。


鬼炎きえん万丈ばんじょう!」


 炎のような揺らめきに包まれて、その肌を紅く染め、額に見事な一本角を生やし、大柄な武者鎧のような装甲を着込んだ朱天さんが、地面から巨大な金棒を引き抜き、その重武装からは信じられない速度で、大地を駆ける。


「変……、態!」


 ローズさんたちが雄叫びを上げると共に、各々の腰に巻かれたベルトのバックルを強く打ちつけると、彼らは一瞬で、不気味な黒い霧に包まれて、その肉体を、まるで複数の獣が混じり合ったような姿へと、生まれ変わらせる。


 ローズさんは、山羊と獅子と蛇の特徴を兼ね備えた、キメラ怪人。

 サブさんは、虎と狸と猿が混じり合ったような、鵺怪人。

 バディさんは、ジャガーとコウモリとサソリで、マンティコア怪人。


 我らがヴァイスインペリアルの誇る怪人たちが、それぞれの役割を果たすために、全力で動き出す。


「――王統おうとう創造そうぞう!」


 そして俺自身も、自らの命気プラーナと、周囲の魔素エーテルを混ぜ合わせ、最高のカイザースーツを創り出し、最善を尽くすため、まずは心を落ち着ける。


 そう、これは決して、負けるわけにはいかない戦いだ。持ってきたスキーケースを背負い直しながら、俺は気合を入れ直す。


『やれ! 我らに逆らう不遜ふそんやからを、叩き潰せ!』

「さあ……、始めるぞ!」


 黒縄の怒号と、俺の号令が重なり合い、それが開戦の合図となった。



 よし、ここからが、本当の勝負だ……!



白奉びゃくほうは朱天を倒せ! 残りは適当に、雑魚共を蹴散らしてみせろ!』


 圧倒的な数の差によって、まるで津波のように押し寄せる八咫竜の大群に、あっという間に飲み込まれ、バラバラに分断された俺たちの頭上で、高みの見物を決め込む黒縄から発せされたらのは、あまりに大雑把な命令だった。


 だけど、それも当然か。奴にしてみれば、俺たちの中で明確に脅威なのは、かつて実力主義の八岐衆の中で、自分よりも上の立場にいた朱天さんだけで、残りの相手ときたら、つい昨日の戦いで、あっさりと撃退することができたのだから。


 ここは確実に、自分の中で、もっとも厄介だと思う相手を、最強の手札で潰そうとするのが、道理といえる。


『師匠! ……いや、白奉! どうしてあなたまで、姫様を裏切った!』

『……その答えを、お前が知って、どうするというのだ』


 こちらを狙う、大量の敵に囲まれているために、俺がいる位置からは、他のみんなの様子を、直接確認することはできないが、事前に装着している極薄型通信機……、シークレットスキンちゃんのおかげで、声だけは確認できた。


 どうやら黒縄の命令通り、あの厄介極まりない、屈強な体躯と堅牢な守備を誇り、飛び抜けた実力を保持し続けている規格外の老兵は、朱天さんとぶつかったようだ。


『この、鬱陶うっとうしいぞ! 邪魔するな! この怪人野郎共が!』

『まあまあ、そんなこと言わないで、しばらく付き合うっス!』

『……あんまり好みじゃないけど、ちゃんと相手してあげる……、ひひっ!』

『ほらほら! サブもバディも、気合入れなさいよん!』


 そしてローズさんたちは、事前の打ち合わせ通り、この大混戦の中でも離れることなく、三人一緒になって、あの半裸の大男……、八岐衆の六の首にして、白奉の弟子である牙戟がげきの相手をすることに、どうやら成功したようだ。


 後は、俺と同じケースを持っているローズさんの判断に、任せよう。


『あはははっ! 今度こそ、捻り潰してあげるわー!』

『うふふふっ! 今度こそ、叩き潰してあげるわー!』


 自らの意思を奪われた八咫竜の戦闘員や怪人たち……、その全てを、大軍の中央で操っている二人組……、八咫竜の七の首と八の首、阿香あか華吽かうんが、耳障りな高笑いを上げている。


『ブルー! 援護をお願い! あたしが突っ込んで、かく乱するよ!』

『了解です、レッド。グリーンとイエローは、サポートを』

『任せて! マジカル! フォーリッジ・シールド!』

『どんどんかかってこーい! マジカル! カナリー・フラッシュ!』


 そんな過剰な大軍勢を、真正面から相手にしながら、エビルセイヴァーの面々は、それでも敵をむやみに傷つけることなく、見事にさばいて見せているが、このままの状態では、じりじりと数の暴力に削り殺されるのは、目に見えていた。


『みんな、もう少しだけ、踏ん張って!』


 ここもやはり、大事なケースを持っているエビルピンクが、鍵になる。


「よいしょっと」


 俺は八咫竜の戦闘員たちが突き出してきた槍の群れを回避しながら、細かく周囲の状況を確認しつつ、次にどう動くのか、即座に決める。


 作戦は、続行だ。


 確かに数は多いし、洗脳されているにしては動きの統率もとれているが、それでも自我を奪われた弊害へいがいというのは、少しだが出てきている。


 要するに、隙があるのだ。俺は四方八方から飛び出す、様々な武器による攻撃を、ギリギリで回避しながら、ちょっとづつ目的の方向へと移動を繰り返す。


 無理に相手を打ち倒さずとも、それくらいのことはできる余裕がある……。


 はずだったのだけれども。


「チェスト!」

「うおっと」


 壁のような八咫竜の戦闘員の群れが、一瞬で割れたかと思えば、その隙間から飛び出してきた着流しに陣羽織を羽織った少年の斬撃を、俺は少し大袈裟なくらいに飛び退いて、回避する。


「……なるほど、俺の相手は、あんたたちか」

「ええ、そうなりますね」


 今まさに、こちらのことを切り殺そうとしたにも関わらず、邪気のない笑顔を見せながら、その手に握った凶悪な刀を構え直しているのは、若くして八岐衆の四の首に収まった天才剣士、蒼琉そうりゅうだ。


 そして、もう一人……。


「おやおや、今回はどこかに隠れてなくても、いいのかな?」

「ええ、わっちの罠を、二度も逃れた無礼者の最後というやつを、直接見てやろうと思いまして……、ねっ!」


 まるで花魁おいらんのような豪奢な着物を着崩して、その肩どころか、豊満な胸の谷間まではっきりと曝け出している狐耳の女性は、八岐衆の五の首である空孤くうこだが、前から姿を確認したことはあったけど、こうして直接対峙するのは、初めてか。


「――ふっ!」


 空孤が投げてきた護符から発生した狐火を避けながら、俺は手の平の上に魔方陣を構成し、魔素を凝縮した弾丸を、目の前にいる八岐衆の二人に向けて、無秩序に撃ちまくりながら、さらに距離を稼ぐため、辺り一面ひしめいている八咫竜の構成員たちによる攻撃を躱しつつ、ルートを探る。


『……ちっ! 朱天を逃がすなよ、白奉!』


 当然ながら、蒼琉と空孤の手によって、あっさりと斬り飛ばされ、弾き返されてしまった俺の魔弾が、空中でパラパラと、音を立てて派手に明滅した瞬間、空に浮かぶモニターの中で、黒縄が忌々いまいまし気に吐き捨てた。


 どうやら、朱天さんは動き出したようだ。


『あっ! 自分もお供しますよ、師匠! この、だから邪魔すんなって!』

『そんな連れないことは、言わないで欲しいっスね!』

『……まだまだ、終わらない……』

『さあさあ、逃がさないわよ~ん!』


 思った通り、まるで小判鮫のように、朱天さんを追った白奉を、さらに後追いする動きを見せたのであろう牙戟を、追走するローズさんたちの声が聞こえる。


 ならば、こっちも急がないと。


「…………」

「おっと、どこに行こうとしてるんですか?」

「あらあら、そちらでいいのかしら? ふふふっ」


 ただひたすらに回避行動を取る俺に向けて、散漫に繰り出される八咫竜の戦闘員や怪人たちによる攻撃の隙を縫い、少しづつ、少しづつ、この大軍勢の内側から、抜け出そうとしているこちらを、的確に妨害するのではなく、付かず離れず絶妙な距離を保ちながら、蒼琉と空孤が追ってくる。


 だが、それも当然か。


 なぜなら、刀を使う蒼琉にしても、大規模な幻覚を相手に見せることを得意とする空孤にしても、こんな足の踏み場もないような、意思を持たない人形のような味方が密集している戦場よりも、もっと開けた場所の方が、動きやすいはずだ。


 しかも、俺が向かっている先が、少なくとも空孤にとっては、奴らにとって有利であると言い切れる、入念な準備がほどこされたフィールドなのだから、なおのこと。


『ふははははっ! どうしたシュバルカイザー! 大仰おおぎょうに攻め込んできた割には、無様ぶざまに逃げることしかできないか! はーっはっはっはっはっ!』


 その通り。


 不愉快な黒縄の言う通り、八咫竜の包囲網から、なんとか抜け出した俺は、夕日に照らされながら、ただ逃げる。


 奴らの総本部……、龍剣山に向けて、まるで万策尽きて、特攻を仕掛けるように、たった一人で、真っ直ぐに走り出す。


 そう、蒼琉と空孤に追われながらも、逃げて、逃げて、逃げ続け……。


「さーてと……」


 俺はようやく、深い深い森の中へと、飛び込んだ。


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