6-2


 そして、運命の一日が始まった。



「うっス! ただいま到着しましたっス!」

「……お待たせしてしまって、申し訳ないです、はい……」

「いえいえ、全然大丈夫ですよ、サブさん、バディさん。よく来てくれました」


 俺は待ち人二人を出迎えて、すでにみんなが待っている会議室……、として使っている隠れ家の空き部屋に案内する。



 さあ、これでとりあえず、最低限の準備は整った。



 時刻は、もうすでにおやつどき。夜はしっかり眠ったし、朝もゆっくり過ごした。お昼もしっかりみんなで食べたし、食休みもバッチリだ。俺たちのコンディションは万全だし、やる気も十分である。


 そして、決戦に臨む前にしては、緊張しすぎていないというのも、良い点だろう。


「あっ、そうっス! 今回の作戦には関係なさそうっスから、先に報告しちゃうと、例の謎の老婆については、色々調べたけれど、なんにも分からないっス!」

「……なんの成果も得られませんでした。というか、本当にいくら調べても、素性は分からないし、家族の有無すらつかめないし、戸籍があるのかすら怪しい……」


 つまり、こうして目的地への道すがら、雑談をする程度の余裕はあるわけだ。


「なるほど、了解です。やっぱり、あの老婆には注意が必要そうですね……」


 サブさんとバディさんの二人には、この前、たまたま立ち寄った神社で遭遇した、伝説の案内役という胡散臭い肩書きを名乗っていた謎の老婆について、調査をお願いしていたのだけど、どうやら、めぼしい成果は得られなかったようだ。


 とはいえ、分からなかったということ自体が、貴重な情報になることもある。


 普段は適当に見えるが、サブさんにしても、バディさんにしても、優秀な諜報員であることは、間違いない。そんな二人が、全力で調べたというのに、まったくなにも出てこないなんて、普通だったら、ありえない。


 つまり、あの不気味な老婆は、やはり尋常な相手ではないということだ。


「まあ、その件に関しては、今は置いておくとして、二人がここに来るまでに見た、八咫竜やたりゅうの様子とかは、どんな感じでした?」


 とはいえ、今は正体不明の老婆よりも、目の前に迫っている問題の方に、注力するべきだろうと、俺は問題を棚上げして、聞きたいことを尋ねることにする。


 これから戦う相手の動きは、少しでも知っておきたいのが人情だ。


「そうっスねえ……。これまでかなり厳重だった警戒網は、すっかり解かれて、もうスカスカだったっス!」

「……多分、総統たちが、もう中にいると分かったから、外からの侵攻を警戒するんじゃなくて、戦力を内側に向けたんだろうね……」


 うーむ、そうなると、八咫竜も俺たちとの決戦に備えて、戦力を集めていると考えた方がいいだろう。


 とはいえ、そのおかげで、サブさんとバディさんがあっさりとこちらに合流できたのだから、それほど悲観する状況でもないわけだけど……。


「あっ、着きました。ここですよ」


 なにはともあれ、目的の部屋に到着したので、俺は特に気負うでもなく、あっさりと扉を開いてしまう。そう、こんなところで、まごまごしている時間はない。


 さてさて、それでは始めようじゃないか。


「あっ、来たわねん、サブ、バディ! さあ、統斗ちゃん! こっちの準備は、もうすっかり整ってるわよん!」


 俺たちのことを、豪快に出迎えてくれたローズさんの後ろには、エビルセイヴァーのみんなに、竜姫たつきさんと朱天しゅてんさんも揃っている。


 全員、過度に緊張しているわけでも、油断して気が抜けているわけでもない、気合が入りながらもリラックスしているという、非常に良い表情をしていた。


 うん、これなら大丈夫だろう。


「よし、それじゃあ、最後の確認を始めよう」


 俺は頼もしい仲間たちの顔を見渡しつつ、部屋の中央にあるテープルに置かれた、八咫竜の本拠地である龍剣山りゅうけんざんの周囲を、簡易的に表した地図に指を落とす。


 ここからが、大事なところだ。

 

「昨晩、実際に偵察した結果、この山の周囲に広がっている森には、八岐衆やまたしゅう空孤くうこが張り巡らせた罠が、山ほど仕込まれているのが分かった。対処不可能って訳でもないけれど、ここを主戦場にすると、色々と面倒なことになりそうだ」


 ただでさえ、八咫竜は防衛が得意な組織なのだから、こちらから攻め入ろうとするときに、少しでも相手に有利な条件に向かって踏み込むのは、避けたいところだ。


 ここは、せっかく得た情報を、有効に活用した方がいい。


「だから、今回は正面の平原から攻め込んで、奴らを釣り出す。散々挑発しておいたから、俺たちが姿を見せれば、向こうから喜び勇んで出てきてくれるだろう」


 そして、せっかく打った布石ふせきも、ちゃんと使っていこうじゃないか。


「ここでは、エビルセイヴァーのみんなに頑張ってもらうけど、気を付けてくれよ」

「うん! わたしたちに任せて、統斗すみとくん!」


 お互いに、やるべきことは分かっている。それは決して、楽ではないが、俺の言葉に頷く桃花ももかには、確かな自信と、使命感が満ちている。


 うん、本当に頼もしい。


「それでは、いっちょ頑張りますか!」

「ええ、奴らに一泡吹かせて差し上げましょう」


 それは、気炎きえんを上げている火凜かりんや、真顔で物騒なことを言うあおいさんも、同様だ。


「もう、みんな無理しちゃダメよ?」

「ふっふーん! ひかりちゃんの凄さ、見せてあげるわ!」


 不敵な笑みを浮かべている樹里じゅり先輩に、相変わらずなひかりにも、もはや風格すら漂っていると言っていい。


 本当に、いつの間にか、みんなすっかりと悪の女幹部らしくなってしまって、俺としては、嬉しいやら寂しいやら、複雑な気分である。


「それから、朱天さんにも協力してもらいますから、お願いしますね」

「……ああ、今回ばかりは、任されてやる」


 そして、八咫竜と決着を付けるために、今回は総力戦となる。


 俺のことは気に入らないだろうけど、事前にこちらから提案した作戦に、一応納得してくれた朱天さんが、それでも頷いてくれた。


「竜姫さんは、大勢たいぜいが決するまで、後方で待機していてください」

「はい! 申し訳ありませんが、皆様にお願い致します!」


 しかし、残念ながら此度このたびも、竜姫さんは戦場に出る予定がない。


 単純に言ってしまえば、彼女の力は強すぎるのだ。大勢おおぜいを蹴散らすには無類の力を発揮するが、相手のほとんどが、本当だったら竜姫さんを支持しているというのに、自我を奪われ、洗脳された八咫竜の構成員である以上、どうしても大混戦になることが目に見えている戦場では、彼らを避けて、無傷で助けることは、難しい。


 可能な限り、八咫竜という組織そのものを、無傷で取り戻すためにも、ここは彼女には我慢してもらって、俺たちに任せてもらうのが、ベストな選択だと判断する。


 そして、それに納得してくれたからこそ、竜姫さんは、あんなにしっかりと頷き、笑顔でいてくれるのだ。


 だから、俺たちは絶対に、負けるわけにはいかない。


「ええ、どうか安心して、待っててください。それから、この龍剣山の裏側辺りに、例の抜け穴があるんですよね?」


 そのためには、事前にできることなら、なんでもするべきと、俺は、先ほど聞いたばかりの、八咫竜の中でも最高機密に属するらしい内部情報を、地図上で確認する。


 龍剣山の裏側……、深い森を避けるように、平原を大回りした先にある、山肌から伸びた小さな川の根元に、それはあるらしい。


「はい。万が一の時に、大事な人間を逃がすために用意された、秘密通路の出口が、そこになります。山肌を掘り抜いて、そのまま川を下り、海に出られるようになっているのですが、この脱出路の存在を知っているのは、私と八岐衆だけになります」


 うん、こういう時に、これから戦う相手の本陣について、詳しい内情を知っている人間がいてくれると、非常に助かる。


 まあ、内情を知っているどころか、竜姫さんは、八咫竜のおさな訳だけど。


「よし、それじゃあ、そこも有効活用させてもらいましょうか」


 とにもかくにも、大事なのは、この竜姫さんと八岐衆だけが持っているという極秘の情報を、俺たちの勝利のために、どう使うかということだ。


 なんにせよ、慎重に動く必要がある。


「統斗ちゃん! こっちの準備も、万端よ~ん!」

「おっ、流石ですね、ローズさん!」


 そして、当然ながら、入念な下準備も、かかせない。


 あまり乱暴に扱える代物ではないけれど、まさか戦場に着いてから、向こうで呑気のんきに組み立てるわけにもいかないので、何事においても器用なローズさんに、こうして事前の用意を頼んでおいたわけである。


 わざわざ、海の向こうから運んで来たリュックの中身は取り出され、三つのスキーケースの中身と組み合わさって、完成品になっているわけだが、ここからの扱いは、細心の注意を払うことにしよう。


 この負けられない一戦において、この秘密兵器こそが、作戦のかなめなのだから。


「じゃあ、コレは俺と、エビルセイヴァーと、ローズさんたちが受け持ちますので、それぞれタイミングを見計らって、慎重に使いましょう」


 とはいえ、これで準備は整った。


 やれるだけの手は打ったし、考えられるだけの策はった。ここまできたら、全身全霊を尽くして、挑むだけだ。


「それでは、後はそれぞれ打ち合わせ通りに動きながら、臨機応変ってことで」

「ジーク・ヴァイス!」


 俺のつたない号令に、みんなが応えてくれる。

 それだけで、この絶対に負けるわけにはいかないと、身体の芯が熱くなる。


 そう、俺たちは、負けるわけにはいかない。


 確かに、ハードルは高いが、自らが望んだ、最高の結果を得るためには、時として厳しい苦難に立ち向かう必要がある……、なんてことは、とっくの昔に分かってる。


 それでは、始めよう。


 俺たちヴァイスインペリアルが、全てを手に入れるために……。


「さーてと、行きますか!」


 ここからが、本番だ。


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