5-7


「うーん、やっぱり大きい……、というか、広いなぁ……」


 その山は、のぼったばかりの月に照らされて、夜の闇の中でも、まるで浮かび上がるようにして、どこか神聖で、圧倒的な存在感を示していた。


 あれこそが、龍剣山りゅうけんざん

 巨大な悪の組織である八咫竜やたりゅうの、文字通り、総本山であり……。



 今夜の戦場である。



 楽しい昼食をとり終えた俺たちは、ゆっくりと食休みをして、しっかりと気持ちと体調を整えてから、のんびりとローズさんの運転で目的地へと向かって、きっちりと安全を確認してから降車し、慎重に行動を開始していた。


 あくまでも、俺たちの目的は偵察だけど、だからこそ、こちらも万全の状態で挑まなければ、話にならない。こんな局面で、被害を出すわけには、いかないのだから。


 というわけで、ローズさんには、敵に発見されないと確信できる場所で、帰りの足を用意してもらいながら、俺はみんなと一緒に、八咫竜に補足されるギリギリの場所に陣取って、最後の確認に入っていた。



「今回の目的は、あくまでも、敵の戦力をはかることにある。だから戦闘になっても、決して無理はせずに、のらりくらりとやり過ごして、できるだけ情報を集めること」


 作戦決行の前には、意思統一が不可欠だ。事前に話し合って決めていたことでも、こうして全員で集まって、声を出して確認することで、目的意識を共有して、士気を高めると同時に、緊張する心を落ち着けて……。


「えーっ、そんなのつまんなーい!」

「おい、いきなり意思統一を乱して、士気を下げるんじゃない」


 というわけで、このように、いきなり不満そうに頬を膨らませながら、反対意見をのたまうのは、やめてください、ひかりさん。


 まあ、こういう不満を、事前に解消するというのも、ブリーフィングでは、大事なことになるわけだが。


「そうだよ、ひかり! これはもう、みんなで決めたことでしょう?」

「はーい! わがまま言って、ごめんなさ~い!」


 というか、注意した桃花ももかに、甘えるように抱きついているひかりを見るに、あれはただ、敬愛する先輩に、構って欲しかっただけのように見える。


 というか、間違いない。


 というか、そんなことで、無駄な時間を取らせないでほしい。


 というか、話を続けよう。


「えーっと、それで……、本作戦における行動範囲は、龍剣山の周りに広がる森の中に限定される。近くの平原に出てしまうと、遮蔽物が少なくて撤退が難しくなるし、竜姫たつきさんたちからの情報によると、龍剣山そのものには、地下を走る龍脈りゅうみゃくを利用した防壁が、常に張り巡らされてて、突破するのは面倒そうだから、今回は除外だ」


 俺は気を取り直して、隠れ家であるラブホテルにて、全員で散々話し合った上で、満場一致で決められた作戦を、もう一度、噛んで含めるように、繰り返す。


 スムーズな作戦進行のためには、こういう細かい積み重ねが重要なのだ。最初からつまずいた感はあるけれど、俺の心は、まだ折れてはいない。


「つまり、直接的な戦闘を行うためには、敵をこちらに引き付ける必要がある……、というわけですね」

「ああ……、ありがとうございます、あおいさん」


 しかし、少しだけ脱線してしまったけれど、この作戦が重要で、かつ危険であるということは、みんな分かっているはずだ。


 だからこそ、こうしてポンポンと正解を返してもらえると、それだけで、安心してしまうところがあるのは、否めない。


「だから、そのためには、わざと敵に見つかるっていうのが手っ取り早いけど、そこはやっぱり、慎重に動かなくちゃね」

「うんうん、火凜かりんの言う通りだ」


 いや本当に、打てば響くとは、このことか……!


 なんて、いちいち感動しているわけにもいかないので、ここは冷静に、話を続けることにしよう。


「というわけで、敵に発見される確率を上げながら、かつどんな状況でも対応できるように、チームは二つに分ける。五人揃うことで、もっとも実力を発揮できるエビルセイヴァーには、全員で動いてもらって、俺は単独で行く」


 まあ、チームといっても、俺は一人なわけだけど、安全面を考慮するならば、下手に戦力を分散しすぎるよりも、これくらい思い切った方がいいだろう。


 妥協はするべきではないが、敵が相当の手練てだれの集まりであることは分かっているのだから、油断もするべきではない。


統斗すみと君……、気を付けてね……」

「大丈夫ですよ、樹里じゅり先輩。これは別に、正面から戦うための編成じゃなくて、偵察が目的です。敵と遭遇しても、作戦通り、適当に相手をしますから」


 このチーム分けに、最後まで強く反対してくれていた樹里先輩が、心配そうに俺の顔を見つめているので、彼女を安心させるためにも、思い切り笑ってみせる。


 だけど、これは別に、無理をしているわけじゃない。


 これまでの長い経験からか、エビルセイヴァーは五人全員が揃うことで、それぞれが本来持っている実力以上の力を発揮する……、チームプレイに長けている。


 それに引き換え、最初から悪の総統として、単独でも戦えるように鍛えられてきた俺は、どちらかといえば、一人で好き勝手に動く方が慣れている。


 それを考えれば、別行動するならば、これが最適解のはずだ。


「それに、離れて動くといっても、作戦行動中は、シークレットスキンちゃんで通信できますから、なにかあったら、連絡を取り合って、臨機応変に対応しましょう」


 当たり前の下準備として、俺は、この前支給された極薄型の通信機を、もうすでに全員に配って、装着してもらっている。その程度の備えは、していて当然だろう。


 これは決して、遊びではないのだから。


「さて、これが最後の確認だけど、今回はあくまでも、敵を倒すことは避ける方向で動いていく。特に、阿香あか華吽かうんには、中途半端に手を出すくらいなら、まだこちらが押されてるフリでもして、調子に乗ってもらった方が、都合がいい。それから、その二人に洗脳されている八咫竜の構成員たちも被害者だから、できるだけ怪我をさせるようなことは、したくない」


 とりあえずは、それが理想だ。


 この作戦の目的は、今後のための布石を打つことにある。


 だけど……。


「とはいえ、それはあくまでも、俺たちが戦闘を、完全にコントロールできるという条件が満たされてこそだ。万が一にでも、なにか危険がありそうだったら、そのことは忘れて、全力で対処する。今回の作戦は、全員で無事に帰還するというのが、絶対に忘れちゃいけない目標だ」


 理想は理想であり、布石を打つといっても、限度はある。


 確かに、可能ならば八咫竜の人間全員が、無事で済むような結果を得たいし、そのためならば、多少の無茶をする覚悟もあるけど、だからといって、俺たちに致命的な被害が出ても絶対に……、なんて、言うつもりはない。


 悪いけど、これだけは、絶対に譲れない一線だ。もちろん最善は尽くすけど、どうしようもない状況におちいったのならば、俺は迷わず、大切な仲間を選ぶ。


 以上が、悪の総統である俺が、俺の責任で考えた、俺の決定になる。


「……それでいいな?」

「うん、大丈夫だよ!」


 最後の確認を終えても、桃花の表情からは、なんの気負いも感じられない。本当に頼もしいというか、流石というべきだろう。


 だからこそ、俺も安心して、命令を下すことができるのだ。


「よし! それじゃあ、始めるか!」

「ジーク・ヴァイス!」


 さあ、ここからが本番だ。


「マジカル! エビルチャンジ!」


 その瞬間、桃花が、火凜が、葵さんが、樹里先輩が、ひかりが、光の粒子に包まれながら、エビルセイヴァーへと姿を変える。


「みんな、用心しろよ!」

「統斗くんも、気を付けてね! よーし、頑張るよー!」


 見送る俺に手を振りながら、エビルピンクとなった桃花が駆け出す。


「うーん、燃えてきたー! やってやるぞー!」


 片手をグルグルと回しながら、エビルレッドこと火凜も、それに続く。


「それでは、作戦を遂行します……」


 二人に遅れないように、静かに後を追ったのは、エビルブルーである葵さんだ。


「あんたの方こそ、ヘマするんじゃないわよ!」


 余計なことを言いながら、笑顔のひかりが……、エビルイエローが走り出す。


「無理だけはしないでね、統斗君……!」


 エビルグリーンの仮面の下から、心配そうにこちらを見ていた樹里先輩が、それでも責任を果たすために、仲間たちと共に、戦場へと向かう。


「さてと、俺も行きますか……!」


 ここからは、みんなと、そして自分自身を、信じるしかない。


 俺は俺の責任を果たすため、最善を尽くすため、月に向かって、ただ吼える。


「――王統おうとう創造そうぞう!」


 俺は、俺自身が最強だと信じる鎧を身にまとい、暗い森へと、飛び込んだ。

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