5-4


「ほらほら、なにのんびりしてるのよ! もう! 置いてっちゃうわよ、統斗すみと!」

「おーい、そんなに急ぐと危ないぞ、ひかり」


 キラキラと輝く太陽に照らされて、パタパタと走り回るひかりを見ていると、なんだかハラハラしてしまうが、同時にどこかで、ホッとしてしまう。


 やっぱり、あの小さな女の子は、これくらい元気な方がいい。


「もう、ひかりちゃんったら! ふふっ、統斗君も、困っちゃうわね?」

「ええ、まったくですよ、樹里じゅり先輩」


 そんなことを言いながら、俺は隣にいる楽しそうな先輩と、心から笑い合う。天気もいいし、こうして気の置けない二人と、仲良く散歩できるのは、文句なく幸せだ。


 本当に、あのお空からこちらを照らすお日様に、感謝したい気分である。


「よーし! 今日も一日、頑張るぞー!」


 これこそ、まさに、絶好の、悪の組織日和というやつだった。




 ローズさんの用意してくれた隠れ家……、として使っているラブホテルで、一夜を明かした俺たちは、すっかりと体調を整えて、新たな作戦を開始している。


 ちなみに、俺は昨夜は一人で眠った。あのホテルには、部屋数も十分にあったことだし、これから巨大な八咫竜やたりゅうとの最終決戦にのぞむというのに、そうそううわついては、いられない。


 そもそも、昨日の夜に桃花たちが、誰が俺と一緒の部屋になるかなんて言い合っていたのだって、本気ではない。彼女たちも、戦士なのだ。状況は分かっている。


 あれは、どちらかといえば、八咫竜の本拠地に近づくごとに、段々と落ち込んで、元気を失くしてしまっている竜姫たつきさんを励ますために、あえていつもの調子で大騒ぎすることで、少しでも彼女を笑顔にしてあげたかったのだろう。……多分。


 とにもかくにも、相も変わらず、みんなで盛り上がった俺たちは、その後一緒に、ローズさんの手料理に舌鼓を打って、和やかな雰囲気で、それぞれ身体を休め、十分にリフレッシュしてから、とりあえず情報を集めるために、動き出していた。


 今回の作戦は、まずは俺と、樹里先輩と、ひかりの三人で行うことになっている。あまり人数を増やしても、動きづらくなるだけだから……、というのは方便で、本当の目的は、残ったメンバーに、竜姫さんと朱天しゅてんさんが無茶をしないための、抑止力として働いてもらうためだ。


 自分たちを裏切った相手が、近くにいるという状況では、あの二人が独断専行してしまう可能性は否めないし、そんな危険な真似をさせるわけにはいかないので、そのためのケア……、というわけではあるのだけど、本気を出した竜姫さんにかかれば、誰に気付かれることなく抜け出すことなんて、それこそ造作もないだろう。


 なので、俺がみんなに頼んだのは、見張りではなく、説得だ。言い方は悪いけど、能力で止められない以上、相手を情で縛るのが、もっとも効果的ではある。


 ここは焦らず、みんなで一緒に動いた方が、最後には、いい結果に繋がると、竜姫さんと朱天さんが納得して、信じてくれると、俺たちも信じるしかない。


 そして、その信頼を勝ち取るためにも、ここで下手を打つわけにはいかない……、というわけなのだった。




「って、そういえば、統斗。ひかりたちは、ここでなにすればいいのよ?」

「もう、あんまり慌てちゃダメよ。まだ作戦は、始まったばかりなんだから」


 キョロキョロと辺りを見渡しながら、てくてくと戻ってきたひかりを、樹里先輩がたしなめているが、別に怒っているわけではない。


 流石に、隠れ家の場所がバレてしまうと、色々と面倒なことになるので、出発してから今までは、完全に気配を殺して動いていたので、いつも騒がしいひかりにとっては苦痛だったのだろうけど、ここまで、よく我慢してくれたのだから。


「とりあえずは、なにもしなくていい……、というか、いつも通りでいいさ」


 ここは、俺たちのラブホテルから、かなり距離の離れた場所にある商店街。


 平日の午前中ということもあって、あまり利用者の姿は見えないけれど、まったくいないというわけでもない。もう営業を始めているお店が多いけど、まだシャッターを閉めたままの店舗もあって、全体的には、少しさみしい印象だ。


 とはいえ、俺たちの作戦を実行するには、このくらいが丁度いい。


「なにそれ? 意味分かんなーい!」


 俺からの曖昧な返答に、ひかりは首をかしげながらも、深く聞き直すことはせず、再び商店街の中を、パタパタと駆け回りだしたけど、その様子は、とても目立つ。


 そう、なるべく事を荒立てず、目的を達成するためには、それくらいで十分だ。


「うふふっ、それじゃあ、私たちも、行きましょうか?」

「そうですね……、あっ、えっと、樹里先輩?」


 というわけで、そんなひかりに負けないように頑張ろうと、歩き出した瞬間、隣にいた先輩の左手が、俺の右手を、そっと掴んだ。


 いや、掴むだけではない。そのままスルリと、自然な動きで、それぞれ長い彼女の指を、こちらの指の間に滑り込ませて、しっかりと絡めてしまう。


 いわゆる、恋人つなぎの完成だった。


「……だって、いつも通りの方が、いいんでしょ?」


 いかん、いつもは大人っぽい樹里先輩が、そのほっぺたを赤くしながら、不意打ちに驚いてしまった俺に向かって、少しねるように唇を尖らせている姿は、まったく致命的なくらいに、可愛らしい。


「そ、そうですね。それじゃあ、一緒に歩きましょうか」

「ふふふっ、統斗君と、こんなにくっ付けるなんて、嬉しい……」


 俺としては、こんなに嬉しいお誘いを、断る理由なんて、あるはずがなかっただけなんだけど、樹里先輩は顔をほころばせると、さらにこちらに密着してきた。


 しっかりと繋いでいた手を引き寄せて、ぎゅっとこちらの腕を抱き締めて、先輩は本当に楽しそうに、息がかかるほど近くで、花のような笑顔を見せてくれる。


 確かに、まだこんなに日も高い街中で、ここまでべったりと寄り添っている男女というのは、大いに目立つ。目立つに決まっている。でも、だけど……。


 ううっ、ダメだ。ドキドキしてしまう……、


「あーっ! ちょっと、統斗! 作戦中なのに、なにデレデレしてるのよ!」

「はい、本当に、ごめんなさい……」


 そんな情けない俺のことを、戻ってきたひかりが、プンプンと怒っているが、当然である。悪の総統である俺が、こんな気の抜けたことをしていて、いい訳がない。


 うーん、本当に、反省しきりの毎日である。


「もう、仕方ないわね! 罰として、ひかりにあのお店のお団子、おごりなさい!」

「いや、それはなんでだよ」


 まあ、もっとしっかりしろと言われるのは分かるのだけど、それとこれとは話が別というか、どうやらむしろ、そっちの方が本題だったようだ。


 ひかりが指差した先にあるのは、店先で買い物ができそうな和菓子屋さんである。


「ねー、いいでしょー! お願い―! お財布持ってきてないのー!」


 当然ながら、難色を示した俺に対して、ひかりは駄々をこねるように、樹里先輩がいる右手とは反対側……、こちらの左手にしがみついて、まるで子供みたいに、恥も外聞もなく、おねだりしてきた。


 なんというか、それはそれで微笑ましいのだけれども、こいつも、あと少ししたら高校二年生になるんだよなぁ、とか考えると、色々と心配になってしまいそうだ。


 ……なってしまいそうだけど。


「まあ、いいか」


 そんな彼女を、憎からず思っているのは、誰よりも俺自身なのだから、仕方ない。俺は右側に大人っぽい樹里先輩、左側に子供っぽいひかりをくっ付けて、ぞろぞろと和菓子屋さんに向かい、御所望の串に刺さったみたらし団子を一本、買ってやる。


「ほら、もうすぐお昼なんだから、あんまり食べ過ぎるなよ」

「わーい! ありがとー!」


 お目当てのものが手に入って、ご機嫌なのか、素直に喜んだひかりが、満面の笑顔で受け取った串団子を、もぐもぐと頬張った。


 その様子は、どこか小動物を思わせる愛らしさである。


「……んむっ! えへへー、それじゃ、統斗にも、ちょっとだけ分けてあげる!」

「おうっ」


 大体三分の一くらい食べ終えたところで、ひかりは無邪気に笑いながら、それまで自分が楽しんでいた串団子を、ずいっと俺に差し出してきた。


 こういう時は、変に拒否したりせず、そのまま好意を受け取った方が、彼女の機嫌をそこねないですむというのが、これまで俺が学んできた教訓だ。


「……うむ、柔らかい」

「そんでー、甘じょっぱーい!」


 俺の左腕に抱きつきながら、残りのみたらし団子を頬張っているひかりは、本当に楽しそうで、こっちの心までウキウキしてしまう。


 こんな笑顔が見れるなら、ポケットマネーでお菓子を買ってやるくらい、安いもんだと思えてしまうのだから、ひかりも得な奴である。


「あら、統斗君、口元にタレがついちゃってるわよ?」

「あっ」


 なんて、ちょっとぼんやりしていたら、こちらも優しく微笑んでいる樹里先輩が、その細い指を伸ばして、俺の口の端っこ辺りを、さっとぬぐってしまう。


 そして、そのまま、まったく躊躇ちゅうちょする様子も見せず、その指を、彼女は自らの口の中へと、運んでしまった。


「あむっ……、うん、美味しい」

「もう、不意打ちは勘弁してくださいよ、先輩」


 なんというか、妙に扇情的な樹里先輩に、やっぱりドキドキしてしまう俺である。


 いやはや、まったく、こんな調子では、また周囲から浮いて、目立ってしまう。



 まあ、それが狙いなんだけど。



 今回の作戦の目的は、八咫竜の構成員を捕まえて、向こうの内部事情を、なんとか聞き出すことにあるわけだが、そのためには、まず、当たり前だけど、その八咫竜の構成員というやつを、実際に見つける必要がある。


 とはいえ、いくらここが敵地だといっても、むしろ俺たちの方から、目を輝かせて敵を探し回っていたら、八咫竜を無駄に警戒させて、逆に目標を見つけるのが難しくなることだってありえるだろう。


 だったら、どうすればいいのか? これは別に、悩むような問題じゃない。


 前述の通り、ここは敵地なのだ。だからこうして、ただ普通に、なんにも気付いていませんよという風を装って、普段通りにしていれば、八咫竜だって馬鹿ではないのだから、俺たちのことは、バッチリと見つけてくれるはずだ。


 そう、俺たちはただ、相手が見つけやすいように、少しだけ目立ってやればいい。


 そうすれば、このように……。


「あららー? おバカな敵対者さん、はっけ~ん!」

「あれれー? マヌケな侵入者さん、み~つけた!」


 獲物の方から、出てきてくれるというわけである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る