4-9


 どこまでも青いはずの大海原を、まるで燃やすように、赤く染めていた夕焼けも、そろそろ沈もうとしている。


 最後の力を振り絞るかのように、一際ひときわまぶしく輝いた夕日に照らされ、荒波の上を、驚くほど静かに浮かんでいる海賊船の甲板上というのは、なるほど、確かに劇的で、ドラマティックですらあった。


 雌雄しゆうを決するには、丁度いい舞台だろう。


「さあ、お子ちゃま総統! 海の藻屑もくずになる、覚悟はいいかな?」

「そっちこそ、濡れた犬のように震える準備はできたかな? 船長さん」


 伊達男を気取りたいのか、妙に芝居がった口調と仕草を繰り返す、どう見ても時代錯誤な、とってもカリビアンな海賊然とした男……、トライコーンの海賊団を率いる渦村かむらの軽口に、俺も適当に応じながら、チャンスをうかがう。


 あんなにも、ふざけているように見えるのに、ほとんど隙がないというのは、厄介といえば、厄介だった。


「はん! 減らず口だけは……、一丁前いっちょうまえのようだな!」


 それが開戦の合図とばかりに、渦村が振り上げた舶刀はくとう……、伝説の海賊、黒ひげが使っていたとか自慢していたカットラスの刃が、鈍く光る。


 その瞬間、眼下の海面が逆巻き、沸き上がった海水の柱が、何本も何本も、まるで触手のようにウネウネとうごめきながら、この船を取り囲む。


「ほうら! これでも喰らいな!」


 渦村の掛け声と共に、数えるのも面倒なくらいに大量な海水の触手が、一斉に俺を狙って、不規則な軌道で迫りくる。


 イメージとしては、タコとかイカの足に近いだろうか。ハッキリ言うと、あんまり見ていて気持ちのいい光景ではなった。


「へえ、ずいぶんと、手の込んだ水遊びだな」


 とはいえ、この程度の攻撃ならば、かわす必要すらない。


 よく見れば、あの触手のような水流は、まるでドリルのような高速回転をしているようだが、この程度の攻撃ならば、いくら突かれようが、打たれようが、ダメージを受けるようなカイザースーツではないのだ。


「ふんっ! だったら、こいつだ!」


 このままでは、らちが明かないと悟ったのか、渦村がカットラスを振るうと同時に、水流は動きは変えて、今度は俺をからめとるように、捕縛しようとしてくる。


 うん、やっぱり、あの実に海賊らしいけど、骨董品にしか見えない剣こそが、渦村の海を操る力にとって、重要な役割を果たしていると考えて、間違いなさそうだ。


「なんだ、今度は水芸か? 意外と芸がないな」


 とりあえず、鬱陶うっとうしくまとわりついてくる水流を、カイザースーツの表面に展開している魔方陣を炸裂させることで吹き飛ばしつつ、俺は次の一手を考える。


 ここまでの所見しょけんだと、やはり、この海賊団の肝というか、奴らが悪の組織として、自由に暴れることができているのは、海を操るという渦村の超常能力が、大きな要因であることは、間違いないだろう。


 でなければ、こんな旧式というか、骨董品レベルのガレオン船が三隻だけで、海賊行為なんて働けるわけがない。おそらく、渦村が潮の流れを変化させて、自分たちの船を加速させるか、標的の船を足止めしてるか、もしくは、その両方を行っているとでも考えないと、到底不可能な所業だ。


 つまり、あの渦村という男を確保して、協力させないと、この戦いで勝利しても、手に入るのは、あくまでオンボロな海賊船だけ、ということになってしまう。


 少しでも早く、しかも、今回手に入れた船を使って、八咫竜やたりゅうの支配地域に攻め込みたい俺たちからすれば、その結果は、あまりよろしくない。


 やはり、どうせなら最大利益を狙うべき、なんだけど……。


「だったら、こいつはどうかな!」


 向こうの攻撃は、俺に対して特に効果を上げていないというのに、まだ余裕を崩さない渦村が、そのご自慢のカットラスを振り回した瞬間、それまで暴れていた水流がぜたかと思うと、まるで細かい雨粒のように、辺りを覆った。


「ほ~ら、噛み砕かれな!」

「いててっ」


 そして、得意げな渦村が、カットラスを振り回すと同時に、俺の全身に小さな痛みがピリピリと走る。


 どうやら、辺りに漂っている海水が、カイザースーツの隙間から入り込み、こちらの肌をチクチクと攻撃しているようだ。微妙に痛い。


「はっはっはっ! まるでピラニアにむさぼられるような恐怖を、味わうがいい!」

「おい、ピラニアは淡水魚だろ。せめて鮫とか言えよ、そこは」


 ついでに、残念ながら威力の方は、猫がひっかくよりも弱いというのが、俺の正直すぎる感想である。ピラニアなんて、誇大広告もいいところだ。


「ふん! そのままジワジワと削り殺されたくなければ、さっさと降参しな!」

「いやいや、これ別に、そんなたいした攻撃じゃないだろ」


 悪いけど、この程度では、鰹節かつおぶしを削り切るのだって難しそうだ。


 確かに、ちょっとだけ肌を切られて、軽く血でもにじんだのか、ヒリヒリと痛いが、それだけだ。それ以上、傷が深くなることもないし、広がるでもない。


 つまり、あれはただのハッタリだ。


 そもそも、俺の超感覚ちょうかんかくが、これっぽっちも危険を感じていないし。


「多分だけど、あんたが操れるのは、純粋な海水だけで、そこに不純物が混ざると、もうダメなんだろ? 血や汗、それに、唾なんかもアウトか。じゃないと、傷がこれ以上深くならない理由や、俺の喉やら肺に、海水を送り込んで、窒息させたりしない説明が、つかないもんな?」


 今の状況で、俺のことを即座に倒せる手段があるのなら、追い詰められている渦村にとっては、それを使わない選択肢なんてないのだ。時間をかければかけるだけ、奴の仲間は倒されて、ここに俺の仲間がやってくる可能性が高くなる。


 まあ、あの渦村が、状況も分からない本物のバカか、もしくは状況もかえりみない本物のサイコパスなら話は別だが、ここまでの印象では、そのどちらでもない。


 だったら、答えは一つ。単純に、そんなことはできないのだ。


「――チッ!」

「ついでに、あんたが集中してないと、狙った場所に、狙った効果を発揮することは不可能……、ってところかな?」


 舌打ちした渦村の殺気が、こちらを向いた瞬間、俺が素早く後ろに下がると、目の前に広がる海水の粒の群れの中で、一瞬前まで俺がいた一部だけが、細かく振動する様子が、よく見えた。


 そう、あれだけ自在に海を操ってみせていた渦村なのに、俺との戦闘が始まると、こことは別の海賊船を襲撃しているエビルピンク、レッド、イエローに対して、俺にしたように海水の触手で攻撃を仕掛けることもなく、そして、海岸からこちらを援護してくれているエビルブルー、グリーン、竜姫たつきさんと朱天しゅてんさん向けて、なんらかの対策を講じようともしていない。


 その有様がなによりも、奴の力の及ぶ範囲は、同時に奴の意識の及ぶ範囲であるということを、如実にょじつあらわしていた。


「それじゃあ、今度はこちらから」

「あ、危なっ!」


 お返しとばかりに、俺が魔方陣を展開し、奴のカットラスに向けて放った魔弾を、渦村は慌てて、大袈裟なくらいオーバーなリアクションと共に、まるで、その古臭い剣をかばうように、避けてみせた。


 いや、あれは実際に、あのカットラスを、庇っているのだろう。


 確かに渦村の超常能力は強力だが、無敵ではない。さらに、先ほど奴自身が言っていたことが真実なら、伝説の海賊である黒ひげが使っていたという、あのカットラスこそが、渦村の能力をブーストしている特別な道具ということになる。


「そんなに、そのカットラスが大切か!」

「はんっ! だったらどうした!」


 それを確かめるために、見た目だけ派手で、威力は極力抑えた魔弾で試してみたのだが、あれだけ必死になるということは、どうやらビンゴか。


 だとすれば、問題は一つだけ。


 あのカットラスが、渦村にどれだけの力を与えているのかは分からないが、もしもあの剣を失ったことで、奴の能力が大幅に弱まって、もう海を操れませんなんてことになったら、こちらが損をしてしまう。できることなら、渦村と一緒に、あの伝説の武器とやらも同時に確保するのが、ベターだ。


 しかし、今の渦村は、自分の力が通じない俺に対して、かなり強い警戒心を抱いてしまっているようにみえる。少なくとも、自らの生命線であるカットラスは、なにがなんでも守ろうとするだろう。


 このままでも、強引に渦村を取り押さえることは可能だと思うけど、そこで下手に抵抗でもされて、万が一にでも、カットラスが破損するような、不慮ふりょの事故が起きるリスクは、可能な限り避けるべきだ。


 ならば……。


「つまり、あんたは、その傷付けてはいけない剣を、手放したくないってことだ!」

「……うん? いや、まあそうだが、お前はいきなり、なにを言ってるんだ?」


 いきなり俺の口から発せられた、過剰にも思える確認に、渦村が気持ち悪そうに、首をかしげているが、だからといって、どうということもない。


 これは別に、奴に聞かせているわけじゃないのだから。


「――火凜かりん!」

『はいよ! お任せ!』


 シークレットスキンちゃんを通じて、俺の声を聞いた火凜は、細かい打ち合わせをする必要もなく、こちらが望んだとおりに、隣の海賊船から、激しい炎を巻き上げ、俺と渦村がいる甲板上へと注ぎ込む。


「うわっち!」


 素早く移動した俺は、火凜の炎に巻き込まれることはなかったが、不意をつかれた渦村は、奴の操る海水の群れと共に、真っ赤な濁流に飲み込まれ、悲鳴を上げた。


 そうすると、当たり前の化学反応として、この周囲に漂う水の粒が蒸発し、激しく水蒸気が立ち上ることになる。


 まさしく、俺の狙い通りに。


「な、なんだ、目くらましのつもりか!」


 渦村の推察は、おおむね正しい。


 ただし、奴の目から、意識かららしたいのは、俺の姿ではないけれど。


「さあ、それはどうかな?」

「くっ、そこか!」


 わざと相手に聞こえるように、少し大きめに出した俺の声に、視界を奪われた渦村が敏感に反応し、反射的に、奴が頼りにしている伝説の武器を振りかざす。


 そうして、高々と掲げられたカットラスに、水平線へと消えていく夕日の、最後の輝きが反射して、眩しいくらいに輝いた。


 そう、それだけで、十分だ。


「――なっ!」


 その刹那の瞬きを逃さず、遥か彼方かなたの海岸から放たれた、青く輝く光の矢が、息をむほどに美しい軌道を描いて、まるで吸い込まれるように命中し、渦村の手元からカットラスを弾き飛ばした。


 俺の声がした方向とは、まったく別の角度から直撃した、突然の攻撃に、マヌケな渦村が驚愕しているが、もう遅い。


 抜群の威力調整によって、まったく損傷することなく宙を舞った剣が、クルクルと回転しながら、海賊船の甲板に突き刺さる。


『……お粗末でした』

「いやいや、お見事でしたよ、あおいさん!」


 そう、さながら那須与一なすのよいちの伝説がごとく、遠く離れた海岸から、船の上の小さすぎる標的を、見事に射止めた葵さんに感謝の言葉を捧げつつ、俺は霧の中で、オタオタとカットラスを探している渦村に速攻で接近し、手際よく取り押さえる。


 ついでに、魔方陣による拘束を施せば、目的は達成だ。


「さて、勝負はついたと思うんだけど、どうする?」

「……ふっ、どうやら俺の目に、狂いはなかったようだな。オーケー! 見事だ! お前たちの望む場所なら、どこへでも連れて行ってやろう!」


 ようやく敗北を認めたらしい渦村が、無駄な抵抗するのをやめて、なぜかニヒルに笑いながら、まるで最初からそれが目的だったみたいに、こちらの健闘をたたえだす。


 いや、なんであんたの方が、俺たちを試したみたいになってるんだよ……。


「まあ、話が早いのは、いいんだけどさ……」


 チラりと周囲の状況に目をやれば、ここだけでなく、残りの海賊船二隻の制圧も、頼りになる仲間たちのおかげで、無事に完了したようだ。


 やれやれ、これで今回の目的は、達成されたと考えていいだろう。


 もちろん、まだ渦村たちトライコーンの海賊団を、完全に信用することはできないけれど、これだけの実力差を示せれば、とりあえず、足として使う分には、問題ないはずだ。奴らは得意なフィールドであるはずの海上で、これだけコテンパンに負けたのだから、そうそう無茶なことをして、致命的なトドメを刺されるよりは、こちらの要求を呑むことを選択するくらいには、賢いことを期待しよう。


 いざとなったら、またぶん殴るだけだし。


「……っと、もうすっかり暗くなっちゃったな」


 そうこうしている間にも、どうやら、大分時間が経ってしまったようだ。



 太陽は沈み、月が支配する、夜の時間が訪れた。



「じゃあ、さっさと陸地に戻ろう……」


 流石に、真っ暗な海をいつまでも漂っている気にもなれず、俺は甲板に転がる渦村を起こして、海賊船を海岸へと向かわせようとした、のだけれども……。


「……うん? 緊急通信?」


 俺の耳の裏に貼られたシークレットスキンちゃんが、特定のリズムで、細かく振動し始める。確か、このパターンは、かなり火急かきゅうの要件だったはずだ。


 この場にいる全員とは、すでに通信で繋がっているので、この連絡は、ここ以外の場所から、ということになる。


 なんだ? なんだか、胸騒ぎが……。


「もしもし?」

『おお、統斗すみと! よかった、繋がったか!』


 どこか、嫌な予感を覚えて、慌てて通信に出た俺を出迎えたのは、珍しく、焦った様子を隠そうともしない祖父ロボだった。


 俺の中で、まるで腹の奥を掴まれたような圧迫感が、一段と強くなる。


「いきなり、どうしたんだよ? そっちで、なにかあったのか?」

『……あった。だが、落ち着いて、よく聞けよ』


 どうしても、心が急いてしまう俺に、まるで忠告でもするかのように、祖父ロボは重苦しく、本当に重苦しく、口を開いた。


国家こっか守護庁しゅごちょうの奴らが、ワシらの街に、攻勢を仕掛けてきおった!』


 それは、未熟な俺だって、起こりうると予測していた事態だった。もうとっくに、覚悟なんて決めたいたはずだし、できる限るの対策は、してきたはずだ。


 だがしかし、いつもは太々ふてぶてしい祖父ロボの声に、確かな焦燥を感じてしまい、俺の中の不安は、さらに大きく膨らんでしまう。


「なっ! 大丈夫なのかよ!」

『安心せい、ワシらは問題ない。じゃが……、あやつら、無茶苦茶しよる!』


 みんなが無事だというなら、良い報告のはずなのに、その声は、いつもの祖父ロボらしくない、剥き出しの怒りに満ちていた。


 俺の背筋に、ざわざわといずるような悪寒が走る。


「お、おいおい! どんだけヤバい正義の味方が……!」

『いや、今回は正義の味方は来ておらん……、来ておらんが……!』


 そして、無様ぶざまにも心を乱してしまった俺に、自分の中の怒りを押し込めるように、祖父ロボが、苦虫を噛み潰したような声で、告げた。


『やつら、ワシらの街に、山ほどミサイルをぶっ放しおってからに!』


 その言葉を、その事実を、俺は簡単には、受け入れることができない。


 いや、理解が追いつかないといった方が正しい。というか、意味が分からない。


 本当に、訳が分からない!


「……ミ、ミサイルって! そっちは、そっちは今、どうなってるんだよ!」


 いきなり飛び出した物騒すぎる兵器の名前と、そこから簡単に想像できてしまう、凄惨な結末に、頭の中が一気にぐちゃぐちゃに乱れるのが分かる。


 分かるが、制御できない! 最悪な光景ばかりが、浮かんでは消えて、吐き気すらこみ上げてくる。本当に、一体、なんなんだ……!


『だから、落ち着け! 幸い、こっちの防備もそこそこ整っておったし、最高幹部の三人も、全力で対応しておる! この街に、被害は出とらん!』


 確かに、確かにミサイルというのは、強力な兵器ではあるが、俺たち悪の組織からしてみれば、決して対処できない攻撃というわけではない。


 さらに、けいさんに千尋ちひろさん、マリーさんまで揃っているとなれば、なおのことだ。


 だけど、だけど……!


『……まだ、な』


 そんなことは、新米の俺なんかよりも、余程分かっているであろう祖父ロボの固い声が、俺の不安を加速させる。


「まだって……!」

『範囲が広すぎる! 初撃は耐えたが、あれ以上の物量で攻められると、防衛ラインを突破される可能性が高い! くそっ、やつら、ワシらの基地だけ狙い撃ちしとればええものを、無差別にバカスカと……!』


 祖父ロボの苛立ちは、怒りは、本物だ。


 それがなによりも、証明している。


 証明して、しまっている。


『このままじゃと、一般市民に被害が出かねん! 今は組織の人間が総動員で、安全な場所に避難誘導しとるが、それも間に合うかどうか……!』


 まさにそれこそが、今まさに起きている、現実なのだと。


『……覚悟だけは、しておけよ』


 祖父ロボからの、その忠告は、俺だけに向けられたものではない。


 この通信は、この場にいる全員に、共有されている。


『す、統斗くん……』

「――っ!」


 不安そうな声を漏らしている桃花ももかを、俺は励ましてやることすらできず、ただ後悔と共に、息をのむしかない。


 火凜も、葵さんも、樹里じゅり先輩も、ひかりも、みんなざわめいているが、当然だ。


 俺たちの街には、彼女たちの家族が、いるのだから。


「……くっ!」


 いきなり突き付けられた現実に、理解が追いつかない。


 俺たちヴァイスインペリアルの正体は、もうすでに国家守護庁にバレている。そのために、いつ攻撃されてもおかしくないということは、分かっていたし、実際に攻撃された時のための準備は、入念に重ねてきた。


 確かに、今の俺たちの状況は、万全とは言えないけれど、それでも、凡百ぼんぴゃくな正義の味方が、いくら攻め込んでこようとも、跳ね返せるだけの対策は、十分にっているという自負はある。


 いや、今回の襲撃だって、俺たちヴァイスインペリアル自体は、全員で無事に乗り切ることは、十分に可能だろう。そこに疑いの余地はない。


 ただ問題は、国家守護庁の奴らが手段を選ばず、悪の組織である俺たちだけを狙うのではなく、その周辺に住んでいるだけの、なにも知らない一般人までも、無慈悲に巻き込むような、恥知らずな攻撃を、行ってきたというだけで。


「ふざ、けんなよ!」


 国家守護庁は、当然だが、国の機関だ。しかも、正義の味方の指揮までしている。


 そんな組織が、まさか悪の組織が蔓延はびこってるといえど、自国の領地に、ミサイルをうち込むような真似をするなんて、考えもしなかったのは、俺の甘さかもしれない。


 だけど、それにしたって! こんな手段も選ばない、掟破りな真似は、俺たち悪の組織の領分だろうが!


「なにか、なにか手はないのか……!」


 しかし、いくら焦燥に任せて、思考を巡らせても、答えは出ない。


 まだワープが使えない今の状況だと、物理的に遠く離れた場所にいる俺たちでは、文字通り、手も足も出せない。それでも祖父ロボが連絡してきたのは、こちらの助力を求めたのではなく、あくまでも、なにが起きても動揺しないように、心構えをしておけという、忠告なのだろう。


 だけど、このままここで、指をくわえて待ってるなんて……!


「どうする、どうする……」


 だけど、いくら自問自答を繰り返しても、答えは出ない。


 それこそ強引に、魔術を使って、無理矢理ワープを再現することも考えたが、前に一度だけ成功したあれは、あの悪魔に、極限まで追い込まれたからこそ起こせた奇跡でしかない。もう一度やろうとしても、それは成功する確証なんてなにもない、分の悪すぎる賭けになってしまうことは、この焦り切った脳ミソでも、自覚できる。


 空間を超越するワープというのは、それだけ危険な技術なのだ。下手すれば、目的の場所に行けないどころか、転送に失敗して、肉体がバラバラに分解されてしまうということだって、十分にありうる。助けに向かうはずが、その前に、自分が消滅してしまいましたなんて、笑い話にもなりやしない。


 そもそも、それだけの危険をおかして、不安定なワープを強行するにしても、転移先の安全を確認できなければ、どんな事故が起きるのか分からず、リスクが高すぎる。


 今の俺たちに可能なのは通信だけだということが、本当にやまれてならない。もっとしっかりと、準備をするべきだったか……! 



 せめて、せめてこの目で直接、向こうの状況を確認したい……!



「な、なんだ! 海から、なにかが……!」


 俺が強く、強く、そう願った瞬間、渦村が叫んだ通り、夜の闇に染まった海から、その水面を突き破り、なにかが飛び出してきたかと思うと、そのまま一直線に、俺の手の平に収まる。


「――っ、こ、これは?」


 俺は、このまるで、アラビア数字の九の形にも似た物体を、強く握り締めながら、確か、前にも似たようなことが、八咫竜の本部である龍剣りゅうけんざんの頂上で、自分の身に起きたことを思い出していた。


「そ、そいつは、八尺瓊勾玉やさかにのまがたま! なんで、お前に!」


 激しく動揺している渦村の言葉が、どこまで本当かは、分からない。

 これが本物か、偽物かすら、分からない。


 しかし、そんなこと真偽しんぎは、伝説の真贋しんがんは、関係ない。


 ただ、この手の中に、驚くほどびったりと納まった勾玉には、この状況を打破するだけの力が込められていることは、直接手にした俺自身が、世界中の誰よりも、確信している。これならば、なんとかなると、俺自身の超感覚が、訴えかけている。


 だけど、だけど……。


「どうやって使えばいいんだよ!」


 剣ならば、振るえばいい。鏡ならば、映せばいいのだろう。


 でも、勾玉って、勾玉って、どうすれば……!


「いや、落ち着け、落ち着け、俺……!」


 必死に空転する俺の脳内で、どこかで聞いた言葉が浮かび上がる。


 そう、外見や形は、関係ないんだ! 大切なのは、その本質……。


 例えば、先ほどから渦村が使っている剣には、海を操る力があるようだが、それはなにも、その形が、必ずしも剣である必要は、ないはずだ。


 海を操るという力が込められているのなら、それこそ、羅針盤でも、ベルトでも、アクセサリーでも、オールだっていい。外見が剣であることと、海を操る力そのものには、なんの因果関係もないのだから。


 ただ単純に、その力が、剣という器に宿っているというだけで。


「だったら……!」


 俺の決意に応えるように、伝説の神器かもしれない勾玉が、大きく震えた。


 まるで勾玉自身が、この窮屈きゅうくつな場所から出してくれと、願うように。


「……概念がいねん掌握しょうあく!」


 俺は高密度の魔方陣を展開し、強引に干渉することで、その外装を分解しながら、そこに秘められた力の本質……、勾玉に封じ込まれた概念そのものを抽出し、自らの魔術を経由して、俺自身へと取り込む。


神器じんき創造そうぞう!」


 そして、この掴み取った概念を再展開し、自分が一番信じている、自分が一番使いやすい装備……、カイザースーツへと組み込み、構成する魔素エーテル命気プラーナをさらに上乗せすることで、もっともその力が発揮させる形へと、変化させる。


「――シュバルカイザー・ツクヨミ!」


 漆黒だったカイザースーツの全身は、まるで深い海の底か、もしくは宇宙の深淵を思わせる、吸い込まれるような黒い青へと染め上がり、全体的に丸みを帯びた重装甲が追加され、まるで鎧武者のようなフォルムになると、最後に追加されたのは、頭部で輝く、まるで満月のような形をした、巨大なセンサーだった。


「……ぐっ、ぐうう!」


 その瞬間、いきなり濁流のように流れ込んできた情報の嵐に、俺はうめき声を上げることしかできない。


 見える、見える、見えてしまう……!


 この目で見える範囲だけではない。まさに、この世の全て……、森羅万象あらゆるものが、視覚情報として雪崩れこみ、俺の脳ミソをかき乱す。


 あまりの負荷に、脳細胞が弾け飛び、シナブスが焼き切れるような衝撃で、眩暈めまいが止まらないが、まだだ。俺はまだ、意識を手放したりしていない。


 だったら、それは、耐えられるってことは、制御できるってことだろ……!


「そ、そこだ……!」


 今にも飲み込まれそうな意識に、大量の命気を最高速で巡らせて、ギリギリで繋ぎ止めながら、俺は荒れ狂う情報の大海から、必要な光景だけを、なんとかサルベージすることには、成功した。


「がっ、ぐっ……!」


 正直、今にも脳髄のうずいが焼き切れそうだ。


 時間がないのは、自分が一番よく分かってる。だから、俺が必死になって見つけたのは、見慣れた俺たちの街ではない。もっと根本的な、今まさに、脅威となっている場所だ。そう、ここさえ叩けば、問題はなくなる……!


「って、なんだよ、ここ!」


 遠く離れた場所のはずなのに、まるで直接この目で見ているような、奇妙な感覚の中で見た風景は、あからさまなくらい、怪しかった。


 そこは、道路も通っていない山の奥……、巧妙に偽装を施された敷地の中で、大小様々な種類のミサイルが、所狭しと配置され、今まさに発射されそうになっているという、言い訳無用な、しかも、どう見ても非正規の軍事施設だ。


 そこには、誰もいない。誰もいないのが、


 完全に自動制御された兵器の数々が、自らの出番を、いまや遅しと待っているように見えるが、それは同時に、万が一誰かに見咎みとがめられたときに、あくまで人為的ではなく、制御関係の故障だとでも言い張るためか。


 だが、そんなことは、どうでもいい。


「……誰か、こっちを、見ているな!」


 極限まで研ぎ澄まされた俺の超感覚が、何者かの視線を感じ取り、それに反応した新たなカイザースーツが、その相手を文字通り、見つけ出す。


 それは、遥か上空……、成層圏すら突き抜けて、この夜空に輝く星の海に紛れて、静かに浮かぶ人工衛星を通して、先ほど見たのとは、どこか別の基地の司令室らしき場所から、じっとこちらを見ている、軍服を着込ん壮年の男が見える。


 その見るからに軍人然とした男の瞳が、まるで俺たちのことを、実験動物でも眺めているかのように、冷たく光る様子すら、ハッキリと。


「――調子に、乗るなよ!」


 その瞬間、俺は沸き上がる怒りに任せて、偉そうに超上空から俺たちを見下ろしていやがる人工衛星の周囲に、可能な限りの魔方陣を大量に展開し、そのまま押し潰すように叩きつけて、圧壊してしまう。


 ってことは、干渉できるってことなんだよ!


「うおおおおおおおおお!」


 そしてそのまま、人工衛星の残骸に貼り付けた魔方陣に使用している魔素を、最高硬度で物質化し、巨大な隕石へと創りかえながら、俺は右手を、高々と掲げる。


「喰らえ……!」


 そして、この掲げた右手を、俺たちの街へと向けたミサイルが待機している基地のある方向へと、振り下ろすと同時に、夜空に浮かぶ隕石が、それに引きずられるようにして、動き出す。


 引力も、重力も、大気圏突入の衝撃も、空気抵抗も関係ない。魔術で繋がった巨大すぎる物体は、俺の思うがままに、俺が望む通りの軌道を描き、夜空を無慈悲に切り裂きながら、空から落ちる。



 次の瞬間、俺が創り出した流れ星が、俺の願いを叶えるために、大地を穿うがった。



『だ、大質量物体の地上への落下を確認じゃと? おい統斗、なにをしたんじゃ!』


 衝撃、閃光、爆発、炎上……。


 その全てを、この目でとらえ、目標の完全な消失を確認した俺に、驚きの声を上げた祖父ロボへ、詳しい説明をするだけの余力は、残されていなかった。


「……じいちゃん、国家守護庁に向けて、声明を出してくれ。それ以上、舐めた真似をするようなら、今度はお前らの頭上に……、この国の首都に、もっと大きな……、お月様を叩き落としてやるってさ……!」


 もちろん俺には、そんな一文いちもんとくにもならないようなことをするつもりはないが、実際に基地を一つ吹き飛ばされた直後なら、この脅しは、十分に効果があるはずだ。


 というか、もう今の俺では、こんな姑息な手を指示するくらいが、限界だった。


『お、おう、分かった! なんにせよ、よくやったぞ、統斗!』


 祖父ロボとの通信を切りあげながら、俺はカイザースーツを解除する。


 全身に拭い難い疲労感は残っているし、頭の奥も痛いが、意識を失うようなことがなかっただけ、運が良かったのかもしれない。自分の足で立っていられるのは、奇跡のような結末だ。


「……はぁぁぁ」


 冬の冷たい潮風と、寄せては返す波の音が、火照ほてった身体に染み渡る。


 よかった……。

 本当に、よかった……。


「なんとか、なったか……」


 そして、満天の星空を見上げると……。


「ああ、綺麗だ……」


 まるで瞳のような、大きな月が、ただじっと、こちらを見ていた。


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