4-8


 全てを赤く染める夕焼けの時間も、そろそろ終わろうとしている。


 オレンジ色に輝く海の上、俺たちがいる海岸から、かなり離れた場所にて、まるで影絵のように浮かぶ三隻の船が、今回のターゲットだ。


「みんな、分かってると思うけど、やりすぎないように」

「うん、大丈夫! 任せてよ!」

「そうそう! ピンクの言う通り! 大船に乗ったつもりでいなさいって!」


 頼もしくサムズアップしてくれた桃花ももかこと、エビルピンクと、頼もしい笑みを浮かべているエビルレッド……、火凜かりんに続いて、他のみんなも頷いてくれたので、俺は、とりあえず安心して、魔方陣の構成を始める。



 この戦いの目的は、まず第一に、敵の船を奪い、俺たちのものとすることだ。


 そのため、勝利したはいいけれど、相手の船を沈めてしまったでは意味がないし、損傷を与えすぎて、航行不能にしてしまうような攻撃も、避けなければならない。


 まあ、相手は三隻もいることだし、一隻でも残せばいいのかもしれないが、今後のことを考えたら、海上戦力は、少しでも多く確保しておきたいのが本音なので、丁度いい機会ということで、ここは頑張ろう。


 そして、さらに条件を付け加えるならば、例え、あの海賊船を無傷で手に入れたとしても、当然ながら、俺たちだけでは船の操縦なんて、できるわけがないので、海賊を倒すにしても、手加減は必要になってくる。


 とはいえ、俺たちが力を合わせれば、それほど難しい問題でもないだろう。



「あーっ! ちょっと! あいつら、逃げようとしてるわよ!」

「おっ、本当だ。これは、急いだ方がいいな」


 エビルイエローこと、ひかりの言う通り、先ほどは、まるで倒せるものなら倒してみろと言わんばかりだったトライコーンの海賊団が、果たして本当に逃げようとしているのか、それとも自分たちの得意なフィールドに、こちらをさそもうとしているのかは分からないが、さらに沖に出ようとしているのが、確認できた。


 しかし、あの程度の速度と距離なら、奴らの目的がなんにせよ、まだ追いつける!


「よっと!」


 俺は、構成していた大小さまざまな魔方陣を、同時に複数展開し、この海岸から、奴らの船団まで繋ぐ足場として使うため、飛び石のように設置する。


 本当ならば、この海全てをおおってしまうような、超巨大な魔方陣でも構成できればよかったのだけど、カイザースーツを維持するために意識をいている今の俺では、なかなか難しいものがあったので、安全策を取らせてもらった。


 そのわり、この魔方陣は誰の目にも見えるように、可視化されているので、足場として使う分には、問題ないはずだ。もちろん、強度も高めているし。


「――よし! 行くぞ!」


 自分でつくり出した足場に乗り移った俺に続いて、事前の打ち合わせ通り、接近戦の得意なエビルピンクに、エビルレッド、それからエビルイエローが飛び出した。


 遠距離攻撃に長けているエビルブルーのあおいさんと、支援と防御のスペシャリストであるエビルグリーンの樹里じゅり先輩、それから、狭い海上に出るよりは、動きやすい海岸の方が力を発揮しやすい竜姫たつきさんが後方からの援護で、朱天しゅてんさんは、その護衛だ。


『それでは、みなさんお気をつけて。後ろは任せてください』

「ああ、頼んだよ!」


 すでに全力で、標的である海賊船へと向かっているために、距離が離れてしまったエビルブルーの静かな声が、それでも普通に、俺たちの耳に届いているのは、事前にみんなへ配っておいた極薄型通信機……、シークレットスキンちゃんのおかげだ。


 今回の作戦上、どうしても二つのチームがバラバラになってしまうし、制圧すべき海賊船も複数あるということで、スムーズな意思疎通のためには、お手軽な通信手段が必要だったわけだけど、どうやら上手く機能しそうで、一安心である。


 後は、ただ真っ直ぐに空を駆ければ、あの海賊船まで、もうすぐに……、って!


「カルバリン砲かよ!」


 どうやら、こちらの動きに気付いたらしい海賊たちが、どう見ても趣味で使ってるとしか思えない、これぞパイレーツといわんばかりのガレオン船から、これまた趣味で使ってる以外の理由は思い浮かばない旧式の大砲を、バカスカと撃ちまくる。


 巨大な砲丸が、まるで雨のように、奴らの船へと接近する俺たちに降り注ぐ。


 しかし、だからといって、なんということはない!


『――任せて! マジカル! フォーリッジ・シールド!』


 海岸にいるエビルグリーンが、そうとなえた瞬間、直進を続ける俺たちを守るように吹き荒れた一陣の風が、敵の砲撃を全て、あらぬ方向へとらしてくれた。


『総統たちは、私が守るわ!』

「ありがとう! このまま突っ切ります!」


 自分たちを守ってくれるエビルグリーンに感謝しつつ、俺たちは一直線に敵船へと向かう。悪いけど、あんな旧時代の武器で揺らぐほど、彼女の防壁は甘くない!


「あのコスプレ野郎の相手は、俺がする! みんなは、残りの二つを!」

『了解! レッド、イエロー、いくよ!』


 あっという間に接近に成功した俺たちは、瞬時に甲板上の状況を見極め、それぞれ自分の役割を果たすため、別の船へと強襲する。


 俺は、あの海賊団の船長……、渦村かむらの姿が確認できた黒い帆船に単独で乗り込み、エビルセイヴァーの三人は、その近くに浮かんでいる別の船へと降り立った。


『マジカル! メデゥーズ・シューター!』


 敵船にはもちろん、大量の戦闘員や怪人がひしめいているわけだが、そんなものは関係ない。エビルピンクが両手に構えた桃色の二丁拳銃の放つ魔弾によって、まるで木っ端のように吹き飛んでいった。


『一気にやるよ! マジカル! ヴォルカン・アーム!』


 エビルレッドが気合を入れると共に、凄まじい炎が彼女の両腕から立ち昇り、その灼熱が込められた、まさしく烈火の如き一撃によって、イカやらタコやらの姿をした怪人たちが、次々に崩れ落ちていく。


『かかってこーい! マジカル! カナリー・フラッシュ!』


 そしてエビルイエローは、自らが放った閃光により混乱した敵の隙間を縫うように駆け回り、船上を混乱のるつぼへと叩き落としながら、縦横無尽に暴れている。


 さらに……。


『……いきます! マジカル! バミューダ・アロー!』


 遥か彼方の海岸にいるエビルブルーが、その正確な射撃で、あくまでも、海賊船は傷付けず、その乗組員だけを、冷静に狙い撃つ。



 あの様子なら、向こうは彼女たちに任せてしまって、なんの問題もないだろう。



「それでは、俺も自分の仕事をするとしますか!」


 あちらの船と同じように、俺が乗り込んだ海賊船にも、当然ながら敵は山ほどいるわけだけど、エビルセイヴァーのみんなに、負けてはいられない。


 青い全身タイツの上に、いかにも海賊の下っ端みたいな恰好をしている戦闘員が、これまた海賊らしく、マスケット銃を撃ってきたり、曲刀で斬りつけてくるけれど、そんなものは、避ける必要すらないし、それは、あのあきらかに海産物がモチーフであろう怪人共の攻撃だろうと、同じことだ。


 俺はカイザースーツの装甲に任せて、相手のあらゆる動きを無視し、ただ強引に、思うがままに、拳を振るい、蹴りを放ち、投げ飛ばし、関節を決め、たおし、吹き飛ばし、蹴散らし、叩きのめす。



 この調子なら、こちらもそれほど時間は、かからないだろう。



 さて、こうして二隻を同時に攻め落としてる俺たちなわけだが、敵船は全部で三隻なので、単純に一隻余る計算になってしまう。


 しかし、それもやはり、問題にはなりえない。


『……まいります! 見ててください、統斗すみとさま!』

「ええ、お願いします、竜姫さん!」


 残念だけど、この沖にある海賊船からでは、海岸にいる彼女の姿をハッキリと確認するのは、流石に難しいけども、そのはずむような声と、その次の瞬間に起きた情景を確認すれば、竜姫さんが頑張ってくれていることは、一目瞭然だ。


 なぜなら、この荒れ狂う海の底から、突然立ち昇った光の龍は、龍脈の巫女である彼女の舞によって顕現けんげんし、暴れ回っているのだから。


「おおー、これは壮観そうかん……」


 竜姫さんが操る巨大な龍が、美しいとすら思える雄大な軌道を描いて、奴らの保有する海賊船の中で、唯一無事だった最後の一隻に、思い切り体当たりをするが、実体を持たないエネルギーの塊である龍がぶつかっても、船体には、傷一つつかない。


 その代わり、あの船にいる乗組員のみなさんは、純粋な力の奔流ほんりゅうに飲み込まれ、あらがうこともできず、バタバタと倒れ込んでいるわけだけど……。


 まあ、竜姫さんには、手加減してくださいねと頼んでいるので、あれはただ、気絶しているだけのはずだ……、多分。


「チッ! あっちの奴らの仕業かよ!」


 俺と同じ船の甲板上で、せわしなく周囲の状況を探っていた渦村だが、どうやら、あの光り輝く龍による、問答無用すぎる攻撃を、一体誰が行っているのが、目ざとくも気が付いたようだ。


 まあ、俺たちが全員で攻め込まず、あの海岸に人を残した上に、それでも複数人でやって来たはずが、人員を割いて先が、三隻中二隻だけだったことを考えれば、最初から残りの一隻は、海岸に残った人物に任せる手はずだったというのは、バレバレといえば、バレバレなのかもしれない。


「だったら、こいつだ!」


 状況を理解したらしい渦村が、ニヤリと笑うと、その手に握る湾曲わんきょくしたやいばを持つ西洋刀……、カットラスを海岸に向けて、横薙ぎに一閃した。


 すると、次の瞬間、ただでさえ荒れていた海が、脈打つように震えたかと思えば、見る見るうちに隆起りゅうきし、恐ろしい高波となって、竜姫さんたちへと襲い掛かる。


 流石に、あれだけの質量に迫られてしまうと、エビルグリーンの障壁であっても、押し返すことはおろか、方向をらすことすら難しい。


 それにしたって、これはどう考えても、普通ならありえない海の動きだ。やはり、あの海賊団の船長には、なんらかの海に関する超常能力があるのか、それとも、あのこれ見よがしに使っているカットラスに、なにか秘密があるのか……。


 なんて、俺が呑気のんきに考えていられるのには、もちろん理由がある。


『この程度の水遊びで、姫様に触れられると思ったか!』


 シークレットスキンちゃんを通して、朱天さんの怒号どごうが聞こえた瞬間、海岸を飲み込もうとしていた恐ろしい海の壁が、凄まじい轟音と共に、弾け飛ぶ。


 そう、あの鬼神のごとき護衛役がいる限り、竜姫さんがいる海岸には、強固な防衛線が張られていると考えて、まったく差し支えない。


 俺なんかが心配でもしようものなら、それこそ朱天さんに怒られてしまうだろう。


「なっ!」

「まあ、そりゃ驚くよな」


 驚愕の声を上げている渦村の後ろから、俺もその様子を見ていたが、確かに、あの圧倒的なまでに巨大だった津波が、一瞬で吹き飛ぶ様子は、驚きというよりも、感動すら覚える荘厳そうごんさがあった。


 この船からでは距離がありすぎて、よく見えなかったのだけれども、おそらく朱天さんは、あの素晴らしい奇跡を、彼女の武器である巨大な金棒の一振りで起こしたと思われるのだから、恐ろしい限りだ。


 まあ、それはそれとして……。


「ななっ、なんだと!」

「おっと、やっと気付いたか?」


 ようやく、俺が奴のすぐ後ろで、のんびりと立っていることに気が付いたらしく、慌てた様子で振り返った渦村の顔は、面白いくらいに引きつっていた。


 悪いけれど、あのコスプレ船長が、余裕ぶってよそ見をしているうちに、この船にいた他の海賊たちには、みんな仲良く、夢の世界へ旅立ってもらった。


 まあ、旅立つ先が、あの世じゃなかっただけ、幸運だったと思って欲しい。


「さあ、どうする? 個人的には、降参するなら、今しかないと思うけど?」

「……ふっ、そいつはどうかな?」


 こちらからの妥当な提案にも、追い詰められた渦村は、不敵な笑みを崩さないが、もうすでに、この船には奴の味方はいないし、残りの二隻にしても、俺の仲間たちの活躍によって、遠からず制圧されることになるのは、火を見るよりも明らかだ。


 それでもまだ、笑っていられるというのなら、そいつは余程の大物か、余程のバカのどちらかだろう。


「まあ、そいつがなんだか、なにがどうだか知らないけれど、とりあえず、今すぐに降参して、こちらの傘下に入るなら、場合によっては、俺たちが手に入れた海の管理などなどを、あんたに任せることも、やぶさかではないという提案だけは、先にしておいてやるから、よく考えてくれ」


 なんだか面倒になってきたけれど、当初の目的は、忘れてはいけない。


 とりあえず、俺たちの目的は、海賊団の壊滅ではなく、あくまで懐柔なのだということを再度伝えるために、いくらか態度を軟化させ、まだ交渉の余地があるのだと、思わせておくことにする。


 まあ、色んな意味で駄目そうだったら、こんな口約束はもちろん破棄だけど。そもそも、相手に有利なことを言ってるようで、確実なことはなにも言ってないし。


 そう、悪の総統である俺は、もちろんこうやって嘘だってついちゃう、悪い奴なのである。ふっふっふっ……。


「悪いが、興味がないな。いいか? 海賊ってのは、自由なもんなんだ。誰かの下について、そいつの命令で動くなんて、それはもう海賊じゃないのさ」


 なんて、妙に格好いいことを言っている渦村だが、その目は常に、せわしなく周囲を見渡しながら、自分だけでも助かろうと、逃げ道を探しているようにも見える。


 うーん、なかなか読めない男だ。


「それに、別にあんたのしもべにならずとも、全ての海は、すぐに俺のものだから、そんな取引は、聞く必要すらないね」


 追い込まれているというのに、ペラペラとこちらに話しかけながら、不敵な笑みを浮かべている海賊船のキャプテンは、なぜか余裕を見せている。


 なにか秘策でもあるのかと、とりあえず、逃がさないようにだけ注意しようとした俺に、渦村は続けた。


 そう、続けた。


「なぜなら俺は……、海賊の王になる男なんだからな!」


 ……はい?


 えっ? なにその、ありったけの夢をあつめて、探し物を探しに行くみたいな、ギリギリの称号。


 いきなり、そんなこと言われても、ついていけないじゃないか。


「……なんだ、その、海賊の王って。なにをどうやったら、そんなトンチキな存在になれるんだ? 海賊最強トーナメントでも開かれて、その頂点に立てばいいのか? それともやっぱり、ひとつなぎな感じの財宝でも見つけるの?」


 というか、この現代に、そんな王様を決めるくらい海賊がいるのか。世の中って、俺が考えてるより、広いんだなあ……。


 なんて、少しだけ現実から目をらし始めた俺に、なおも渦村は続ける。


 続けやがった。


「財宝が近いな。だが、正しくはない!」


 まずい。


 なにかの笑えない冗談かと思ったら、完全に本気の目だ。


「海賊の王とは、すなわち、全ての海をべる者! それはつまり、この世界の夜と月を支配しているという伝説の神……、月読命つくよみ神器じんき八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを手にすることで得られるという、恐るべき力を得た者ってことだ!」


 芝居がかった仕草で、朗々と語る渦村の姿は、その海賊然とした格好と相まって、それなりの説得力があるというか、非現実的なら非現実的なりに、なかなか聞かせるものがあるとは思う。


 思うのだが……。


「……はあ?」


 やっぱり、言ってる意味が、分からない。


「いや待て、なんで夜と月の神の力を得ることが、全ての海を統べることになる?」


 まったく持って、話が見えない。


 いやそれよりも、つい先ほど聞いたばかりの、月読命と八尺瓊勾玉なんて単語が、この海賊の口から出てきた方に、違和感を覚えてしまう。


 なんだ? ただの偶然か?


「はん! 無知な貴様に教えてやるがな、大昔から月っていうのは、海と密接な関係があるんだよ。潮の満ち引きとか。そして夜ってやつは、船乗りにとっては天敵だ。なんといっても、危ないからな」


 しかし、こちらを小馬鹿にするように、ヘラヘラと適当なことを言っている渦村の様子を見るに、まともに話を聞き出せるかは、微妙なところか。


「……というか、そもそも、その勾玉まがたまをゲットして手に入るっていう……、なんだ、恐るべき力? ってやつで、一体どんなことができるんだよ?」


 なんというか、もう正直、こいつの相手をするのは疲れてきたのだけれども、とは言え、気になるといえば、気になる話なので、俺は頑張って、会話を続けてみる。


 確かに、俺もさっき怪しい老婆から、月読命やら、それに関する三種の神器の話は聞いたけれども、そこでは特に、それを手に入れた者が海を統べるなんて話は、出てこなかった。あくまでも曖昧あいまい……、そう、曖昧な話でしかなかったのだ。


 なので、もしかしたら、この海賊はなにか、俺の知らない重要な事実を知っているのではないかと、そう思ったのだけれども……。


「知らん!」

「なんでだよ! じゃあ、あんたはどうして、そのよく知りもしないモノを手に入れたら、海賊の王なんて名乗れると思ってるんだよ!」


 思い切りあっさりと、腹が立つほどイイ笑顔で、断言されてしまった。


 その様子を見る限りでは、本当になにも、まったく全然、その月読命の神器とやらを手に入れたらどうなるか、知らないのかもしれないと思ってしまう。


 本当に、一体なんなんだ、この男は……。


「ふっ、教えられたのさ……、運命の女にな!」

「それはまた……、頭の痛くなるようなことを言い出しやがって……!」


 キザったらしいポーズなんて決めながら、明後日の方向に高笑いを上げている渦村を見ていると、なんだかもう、全てがどうでもよくなって、最大火力で、この船ごと吹き飛ばしてやろうかって気分に……。


「まあ、運命の女といっても、見た目はただの小汚い老婆なんだけどな。俺の趣味ではないので、そこは勘違いしないように」


 ……って、老婆?


 それって、やっぱり……。


「まさか、その老婆って、黒い巫女服の……?」

「なんだ、知ってるのか。そうそう、それで確か自分のことを、伝説の案内役だとか名乗っていたな」


 ……特徴的な服装に加えて、名乗っていた肩書きまで一致したとなると、やはり、結論は一つしかないだろう。


 つまり、先ほど俺たちが遭遇した老婆と、あの渦村に伝説の神器とやらの話を吹き込んだ運命の女とやらは、同一人物ということになる……、のだけれども。


 正直、意味が分からない。


「なんで、そんな怪しい老婆の言葉なんて、信じてるんだよ……」


 確かに、俺もあの老婆については、不気味なものを感じていたし、その正体や目的なんかは、気になるところではある。


 しかし、今はそれよりも、あんなどう見たって怪しい、怪しいが服を着ているような相手の言葉を鵜呑うのみにしている渦村の方が気になるというか、意味が分からない。


 大丈夫か、あいつ?


「それはな、すでに実績があるからさ! なにを隠そう、この俺の力を高め、自在に海を操ることすら可能にする伝説の武器……、伝説の海賊、黒ひげが使ったという、伝説のカットラスの存在を教えてくれたのも、その老婆だったからな!」


 いや、伝説伝説、うるさいよ。お前は、伝説大好き人間か。


 というか、あの老婆が語る伝説って、この国のものだけじゃなくて、もしかして、世界規模なのか。流石は、伝説の案内役……、とでもいうべきなのだろうか?


「はっはっはっ……、ワールドイーターのせいで、最近は暇だったからな。面白半分の暇つぶしと思って探し、見つけたこのカットラスだったが、その力は本物だ!」


 ひ、暇つぶしって……、いいのか、それで?。


「つまり、今回の情報も、本物の可能性が高いってことだ!」


 ああ、もう、本人が納得してるなら、なんでもいいんだけどさ……。


「はいはい、そうですか……。それで、その伝説の勾玉が、この海にあると?」


 あまりに適当というか、ちゃらんぽらんとした受け答えに、渦村がこちらをまどわすために嘘をついているのか、それとも、まさか本気で本当のことを言っているのか、判別がつかない。


 こうなったら、とりあえず聞くことだけ聞いて、確かめるのは、後にしよう。


「そうだ! まあ、どこかのマヌケな組織は、壇ノ浦だんのうらなんかを探してるようだがな。まったく、ご苦労なことだ。潮の流れもあるっていうのに、いつまでも同じ海にあるわけがないだろう? お分かり?」


 うるせーよ。お分かりじゃねえよ。なんも分からねえよ。


 だが、だがしかし、渦村がいうマヌケな組織とは、八咫竜のことであり、その巨大な悪の組織が、月読命の神器についての情報を持っているということは、八咫竜の長をしていた竜姫さん本人の口から聞いたので、分かっている。


 つまり、その伝説の勾玉とやらには、それだけする価値がある、というわけか。

 

 なるほど、三種の神器が一つ、八尺瓊勾玉も、八咫竜が保有している天叢雲剣あまのむらくものつるぎと同じように、なにか特別な意味か、力を持っている可能性は、高そうだ。


 さて、今はとりあえず、それだけ分かれば、十分だろう。


「強き力を持つモノは、運命の糸をたぐり寄せ、みずから使用者を選ぶ……、ははっ、その老婆の言葉だけど、なかなかいいこと言うよな?」


 それまで、ふざけるだけだった渦村の雰囲気が、変わる。


 どうやら、おしゃべりの時間は、ここまでのようだ。


「なぜなら、俺こそが、その伝説の運命に導かれた、海賊の王なんだからな!」

「おっと」


 なんの前触れもなく、渦村が素早く振り下ろしたカットラスを避けつつ、俺は最後の確認をするために、距離を取る。


「……それが答えってことで、いいのかな?」

「そうだ! お前を倒してしまえば、なにも問題ないってな!」


 さっさと降伏しろという、こちらからの優しい提案に対する、これが答えだというのなら、俺はむしろ、安心してしまう。確かに、渦村の言う通りだ。


 相手を倒してさえしまえば、なにも問題ない。


 三種の神器である八尺瓊勾玉の行方だとか、謎の老婆の目的だとか、正体だとか、気になることは多いけれど、そんなことは関係ない。


 俺たちの目的は、最初から、このトライコーンの海賊団を叩きのめし、自分たちの戦力として、組み込むことなのだから。


「いいだろう……、存分に、相手をしてやる!」


 それでは、この海賊の王様とやらを、せることにしましょうか!


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