4-7


 それはまた、異様な光景だった。


 サブさんから、今回のターゲットであるトライコーンの海賊団をおびき出すことに、先ほど成功したとの連絡を受けた俺たちは、再び全員揃って、さっきは無駄足だったかと思われた海岸まで、舞い戻ってきていた。


 そこが決戦の地となったのは、もしかしたら、俺たちの戦力を考えたサブさんが、少しでも戦いやすい場所を選んでくれたのかもしれないけれど、個人的には、ただの偶然だと思っている。あの人に、そんな気づかいができるはずがない。


 なんにせよ、それなら下見が無駄にならずにすんだし、場所も近いということで、大急ぎでやって来た俺たちを待ってきたのは、しかし、一言で言ってしまえば、非常に奇妙な状況だった。


「はっはっはーっ! ごぼっ! どうしたどうしたっス! げぼっ! 海賊のくせに情けないっスね! げぼがぼっ!」


 まず目につくのは、見事なバタフライ泳法を披露しながら、異様な速度で縦横無尽に冬の海を泳ぎまくるサブさんだ。


 しかも、なにやら大声で叫んでいる上に、その姿は水着姿ではなく、いつもと同じ白のタンクトップにズボンという、決して泳ぐには向いていない格好にも関わらず、まるでトビウオのように跳ねまくる様子には、恐怖すら感じてしまう。


 というか、ぶっちゃけキモい。


「くそっ、ちょこまかと! おい、そっちに回り込め! 絶対に逃がすな!」


 そして、そんなサブさんを追いかけているのは、複数の木製ボートだ。一見して、エンジンなどは積んでいない、ただの手漕ぎボートなのだが、冬の海特有の荒波にも負けず……、いやむしろ、その波に後押しされるように、不自然な軌道を高速で描きながら、怒号どごうと共に追跡を続けている。


 さらに、その複数の小舟と呼んでもいいボートに乗っているのは、大半が青い全身タイツの上に、白黒ボーダーのシャツを着込んで、ご丁寧に頭には、黒い生地に白いドクロマークがプリントされたバンダナを巻いている、明らかに海賊を意識しているであろう戦闘員の群れだというのだから、目も当てられない。


 夕日に照らされた海の上では、そんな悪夢のような追いかけっこが繰り広げられているわけなので、当然と言えば当然かもしれないが、今はこの海岸に、俺たち以外の人影は、まったく見えなかった。


 おそらく、誰かいたとしても、みんな逃げ出したのだろう。まったく、それこそが賢い選択であると、うなずかざるをえない。


 あんな意味不明の集団には、誰だって関わりたくないのが、道理というやつだ。


「がばぼっ! あっ! げぶっ! 統斗すみと様、ごふっ、来たっスねー! げぼごぼ!」

「ああ、うん……、そりゃまあ、ねえ……?」


 もちろん、その誰だってには、俺だって含まれるわけだが、だからといって、ここで無視を決め込むわけにもいかない。我慢、我慢である。


 というか、なぜそんなに激しく泳ぎながら、しかも、そんなに咳き込んでるのに、そんなに笑顔で話ができるんですか、サブさん。正直、恐いです……。


「おいおい、お前ら、まったく、なにをいつまでも遊んでるんだ?」

「ああっ! しまったっス! いや~ん、まいっちんぐっス!」


 なんて、俺がドン引きしているすきに、ボートの群れの最後尾に控えていた小さな舟から、なにやら聞き馴染みのない男の声がしたかた思ったら、周囲の海が逆巻さかまいて、まるで触手のようにうごめき、サブさんを捕獲してしまった。


 しかし、なんとも超常的な現象ではあるのだが、捕まっているのが屈強というか、暑苦しさの塊みたいなサブさんでは、驚くよりも先に、気持ち悪いなと思ってしまう俺を、一体誰が責められるだろうか?


「うおー! お見事です、船長!」

「違う! 違う違う違う! お前ら、いつも言ってるだろうが!」


 せ、船長……?


 いや、まあ、確かに、あれは誰がどう見ても、海賊団のトップだろうし、そのこと自体には、異論なんてあるはずもない。まさに、一目瞭然だ。


 だって……。


「この俺のことは、キャプテンと呼べ! お分かり?」


 あの船長の格好、どこかで見たことあるんだもの。


 その頭にかぶったシックな海賊帽子に、ダボっとした白木綿のシャツ……、その上から羽織っている使い古した丈長たけながのベストと、これまた大きめのズボン。そして実に海賊らしいデザインのキャプテンコートまでは、まあ許そう。ここは日本で、しかも完全に時代錯誤だが、あれは海賊として、古典的な格好ではある。


 でも、帽子の下からチラリの見える渋い赤色のバンダナとか、どれだけ量が多いんだと言いたくなるような長髪を編み込んで作られた、長すぎるドレッドヘアーであるとか、その口ひげもだけど、あごひげも髪と同じく、長く伸ばされ編み込まれている上に、そこに装飾品まで付けられている様子には、既視感きしかんを覚えずにいられない。


 しかも、ご丁寧にも奴の目の下にあるクマは、いやにハッキリしているというか、もうあきらかに、メイクして黒くしてるだろ、それ。


 というか、お分かりってなんだよ。


 なんでそんなに、カリビアンな感じのパイレーツなんだよ!


「ね、ねえ、統斗くん……。あれって……」

「やめよう……。アレには、迂闊うかつに触れてはいけない……」


 桃花ももかの困惑は、俺にも痛いほど分かるが、残念ながら、これ以上の詮索せんさくは、俺たちにとっても、あまりいい結果をもたらしそうにない。


 ここは華麗にスルーした方が、色んな意味で、お互いのためである。


「うわー、あそこまでいくと、偶然じゃないよねえ……」

「私もあの映画は見ましたが、流石に意図的と見るべきでしょう」


 俺も火凜かりんとまったく同意見だが、その話を広げるのは、よくないと思います。それから、あおいさん。映画とか、言わないでください。


「ぷぷぷーっ! コスプレよー! コスプレ男がいるわー!」

「だめよ、ひかりちゃん、笑ったりしちゃ。世の中には、色んな人がいるんだから」


 恥も外聞もなく爆笑しているひかりには、触れるまでもないが、優しくそれを注意しながらも、完全にあの海賊男をあわれんでいる樹里じゅり先輩の言葉も、なかなか酷い。


 まあ、俺も大体、同じような気分なのだけど。


「ねえ、朱天しゅてん? 統斗さまたちは、一体どうして騒いでらっしゃるのかしら?」

「さあ、なぜでしょう? なにやら不測の事態があったようですが……」


 ああ……、八咫竜やたりゅうの二人には、俺たちが騒いでいる理由が分からないらしい。彼女たちは、いつも本拠地である山にこもっていたそうなので、どうやら知らないようだ。


 よし、今度ビデオソフトでもレンタルして、みんなで見よう。


「おいおい、なんだお前らは? この変質者の知り合いか?」

「くっ、認めなくはないが、そう問われたなら、そうかもしれないと答えることも、やぶさかではないぞ」


 どうやら、流石にうるさくしすぎようで、あの如何いかにもな海賊団の中でも、確実に悪目立ちしている船長が、海岸に集まっている俺たちに目をつけてきた。


 正直、なんだかもう、どっと疲れてしまって、関わり合いになりたくない感じなのだが、流石にそうも言ってられない。


 目的は、まだ果たされていないのだから。


「はっ! そうかそうか! だったら、いきなりこんなド変態を送り付けて来た理由を聞く前に! お前らの身元でも、尋ねてやろうか?」


 波に揺れる小舟の上で、器用に立ち上がった海賊団の船長が、その手に持っている歪曲した刃が特徴的な剣……、一目で年代物と分かるカットラスを、こちらに向けてきたわけだが、なんというか、本当にコテコテすぎて、涙が出そうだ。


「俺の名前は、十文字じゅうもんじ統斗。悪の組織ヴァイスインペリアルで、総統をしてる者だ」


 とりあえず、隠すことでもないので、俺は堂々と名乗ることにする。


 相手の風体に思うところはあったとしても、ここで引くのは、悪の総統として情けない。威風堂々をスローガンに掲げて、この局面を乗り切ろう。


「……十文字? ヴァイスインペリアル? ははははっ! なるほど、なるほど! お前が、あのシュバルカイザーとかいう、新米総統か! 」


 いやしかし、逆に相手に堂々とされると、なんだかイラッとするものがあるのは、人間というか、俺自身の未熟さなのだろうか。とりあえず、新米言うな。


「なんだ、俺のこと、知ってるのか?」

「そりゃあ、もちろん。なんといっても、お前らがワールドイーターをぶっ飛ばしてくれたおかげで、こうして俺たちは、戻って来れたんだからな! いやはや、その件は本当に、どうもありがとう……、お子ちゃま総統くん? はははっ!」


 そう言って、あのコスプレ船長は、それっぽく慇懃いんぎんに頭を下げたわけだけど……。


 なんというか、年上の女性ならともかく、あんなよく知りもしない髭面ひげづらの中年男に、笑いながら子供扱いされるというのは、かなり不愉快な体験ではあった。


 ありていに言えば、むかつく。


「しかし、ヴァイスインペリアル……、ヴァイスインペリアルねえ……?」

「あっ、私たちは、将来的に、統斗さまと一緒になるつもりですけれど、今はまだ、八咫竜なんですよ」

「姫様! なにもこんな相手に、丁寧に教えてやらなくてもいいのですよ!」


 ああ、しかし、なにやらブツブツと呟きながら、ニヤニヤと笑っている海賊のお頭に対しても、純粋なる竜姫たつきさんは、相手の間違いを訂正するためだけに、ほんわかと自分たちの情報を明かしてしまう。


 まあ、これまた隠すことでもないので、別にいいのだけれども……。


「……八咫竜? ああ、八咫竜ね! あの見当違い場所で、ありもしないモノを探してる、マヌケな連中か!」


 だけれども、せっかく優しい竜姫さんが教えてあげたというのに、あの軽薄にしか見えない海賊の反応ときたら、なんとも失礼極まりない。バラバラに分解して、鮫のエサにでもしてやろうか。


 ……いや、待てよ? 八咫竜が、探しモノをしている? 


 こいつ、なにか知ってるのか?


「さてと、そこまで親切に教えていただいたら、こちらも自己紹介しないと、礼儀を欠いてしまうかな? 俺は渦村かむら、渦村雲雀ひばり。ご覧の通りの、陽気な海の男さ。どうぞ皆さま、お見知りおきを……」


 しかし、こちらに向けて丁寧に、馬鹿にするように丁寧に頭を下げている海賊団の船長……、渦村の様子を見る限りでは、今はこちらから質問をぶつけても、まともな答えが返ってくるとは思えない。


 仕方ない。気になることだが、後回しだ。


「それでは、それでは、そのヴァイスインペリアルと八咫竜の皆様が、俺たちトライコーンの海賊団に、一体なんの御用でありますかな?」


 ここはさっさと、要件を済ませてしまおう。


「いや別に、大したことじゃないんだ。ただちょっと、あんたたちの船を、使わせてもらいたいだけで」

「なるほど、なるほど、どこか行きたいところでもあるのかな? そいつは大変だ」


 先ほどから、こちらの神経を逆撫でするためか、無礼なくらい丁寧に、奇妙な動きの身振り手振りまでまじえて応対していた渦村が、いきなり笑みを引っ込めたかと思うと、その手に持ったカットラスを、高々と掲げた。


「だが、ものを頼むにしては、こんな変質者を寄越すなんて、ずいぶんと舐めた真似をしてくれるじゃないか! なあ、シュバルカイザーさんよ!」

「むごごっ! 痛いっス! キツいっス! 苦しいっス!」


 そして、渦村がその古臭い曲刀を振り下ろした瞬間、サブさんを拘束していた海水の触手が、さらに蠢き、その拘束を強める。


 なんだろうか? こちらへの挑発が効かなかったから、今度は人質を使って、脅迫でもするつまりなのだろうか?


 だとしたら、それは無駄な努力だと言わざるをえない。なぜならば、俺としては、サブさんの安否よりも、あの白いタンクトップの変態が、一体どんな狼藉ろうぜきを働いて、海賊共を誘き出したかの方が、気になるからだ。


 ……いや、やっぱりそれも、どうでもいいか。


 さっさと話を進めよう。


「ああ、それは分かってるよ。だけどさ、当たり前だろ? 別に俺たちは、最初から頼む気なんて、さらさらないんだから」


 俺は、意識的に首をすくめて、そちらの脅しには興味がないと示してから、自分の要求を提示してやることにする。


 悪の総統は、いちいち相手のくだらない話に、付き合ってやったりしないのだ。


「さあ、ごちゃごちゃ言ってないで、お前らさっさと、覚悟を決めろ」

「覚悟? 俺たち海賊団が、一体なんの覚悟を、決めなくちゃいけないのかね?」


 まったく物分かりの悪い相手に、俺は告げる。


 あっさりと、はっきりと、堂々と、こちらの意思を。


「決まってるだろ? いまからボコボコにやられて、これから死ぬまで、俺たちに、こき使われる覚悟だよ」


 これが俺流の、宣戦布告というやつだ。


「ふふん、面白い! この自由な海賊から、全てを奪おうって腹か! いいだろう、貴様らごときにできるものなら、やってみろ! はーっはっはっはっ!」

「あ~れ~っス!」


 こちらの一方的な宣言を受けて、渦村は高笑いを上げながら、強く握り締めているカットラスを、横薙ぎに一閃した。


 すると、次の瞬間、トライコーンの海賊団が使っている、ただの木製手漕ぎボートの群れが全て、まるで引いていく潮に導かれるように、一斉いっせいにするすると、尋常ではない速度で、沖へと流されていく。


 ついでに、サブさんも連れていかれてしまったが、それはどうでもいいだろう。


 海についてはド素人な俺の目から見ても、あきらかに普通の動きではない。なにか超常的な力が、そこには働いていることは、明白だった。


 そして、奴らが向かった先には、なんというか、期待通りというか、この近代の海には似つかわしくない、まるでテーマパークに置かれているような、あまりにも典型的すぎる海賊船……、高々と海賊旗が掲げられたガレオン船が三隻、浮かんでいる。


 もうここまできたら、なんでもいいんだけど、あの配置を見るに、中央の少し大きなのが旗艦きかんで、残りの二隻は護衛といったところだろうか。


 まあ、要するに、あそこが本日の戦場、というわけだ。


「……みんな、やるぞ!」


 ここまで来たら、話は早い。


 俺の号令を受けて、頼れる仲間たちが動き出す。


「マジカル! エビルチェンジ!」


 桃花に火凜、葵さんに樹里先輩、ひかりの五人が、それぞれの手に装着されている揃いのブレスレットを高々と掲げた瞬間、彼女たちの身体は光に包まれ、あっという間に悪の総統の親衛隊……、エビルセイヴァーへの変身を完了させる。


鬼炎きえん万丈ばんじょう!」


 朱天さんがえた瞬間、彼女の肌は真っ赤に染まり、その額には一本の立派な角が生えたかと思えば、周囲の空気が燃え上ると同時に、大柄な武者鎧となり装着され、地面から立派な棍棒を引き抜いた。


我龍がりょう天成てんせい!」


 竜姫さんが声を上げると、まばゆい閃光が夕焼けの海に走り、彼女の服装を壮麗な巫女服に変えると共に、その髪を白銀に、その瞳を朱に染める。


王統おうとう創造そうぞう!」


 そして最後に、俺は自分の脳内に、素早くカイザースーツの設計図を構築し、魔素エーテル命気プラーナを使って、即座に創り出し、身にまとう。


 よし、これで準備は、整った。


「さーて、始めますか!」

「おー!」


 それでは、総力を挙げて、海戦と洒落しゃれこもう。


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