4-4
「う~みは広い~な、大きい~な~……」
その壮大な風景を前に、思わず俺の口から飛び出た
そう、命の根源、母なる海は……。
「荒れてるなあ……」
今日もちょっぴり、ご機嫌斜めな、ご様子だった。
朝からバタバタしてしまったけれど、なんとか気持ちを
もちろん、これは遊びに来たわけではない。
トライコーンの海賊団と戦う前に、戦場の下見をするのが目的である。
「この海の向こうに、皆が……、
とはいえ、こんな
その気高い姿は、誇り高くもあり、孤独でもあった。
だが俺は、そんな彼女に、胸を締め付けられるほど美しい彼女に、残酷な真実を、言わなければならない。
どうしても、これだけは。
「竜姫さん、この海の向こうは、別の国です。八咫竜がいるのは、もう少し西です」
「あら、そうなのですか?」
うんうん、それが
ありがたいことに、竜姫さんは、特に気にした風もなく、ただ不思議そうに、首をかしげるだけで、気分を害した素振りすらみせないという度量の広さで……。
「貴様! 姫様に恥をかかせるとは、何様のつもりだ! 恥を知れ!」
……まあ、その代りといってはなんだけど、
ああ、竜姫さんを思う気持ちは一緒のはずなのに、俺と彼女は、どうしていつも、いつも、こうなってしまうのか……。
なんだか、深く突き詰めると、愛について悟りが開けそうな感じである。
「もう、朱天ったら、やめなさい、全ては、無知な私が悪いのですから」
「ああっ! そんなことはありません、姫様! 悪いのは全て、この男です! そうに決まっています!」
いや、ただ照れたように頬を染めている竜姫さんを
「おろ? そういえば竜姫ちゃんって、海に来たのは、初めてなんだっけ?」
「はい。お恥ずかしい話ですが……」
その場の微妙な空気を変えようとしてくれたのか、ちょっと困り顔の竜姫さんに、わざとらしいくらい能天気に話しかけたのは、たっぷり厚着を重ねた
どうやら、今日はまだ晴れていて、しかも、日の高い時間だということが、大きく関係しているらしい。
そう、太陽の力は、偉大なのだ。確かに寒いが、それでも日光が当たっているか、否かは、体感に大きな差をもたらす。
そのおかげで、極端に寒がりな火凜でも、ああしてきちんと防寒着を着込み、寒さの許容量を超えないように気を付けることで、正気を保つことに成功している……、というわけである。いや本当に、この辺りの気候は、俺たちの地元と比べて、とても厳しいものなのだ。
まあ、それはいいのだけれども……。
「大丈夫です、竜姫さん。知らないことが恥なのではありません。知らないことを、知ろうとしないことこそが恥なのです。さあ、それでは分からないことは、
「ああ、素晴らしいお言葉を、ありがとうございます、
火凜と一緒に、するするとやって来た葵さんが。いきなり大真面目な顔をして吹き込んだ驚異の結論に、素直に感銘を受けてしまった様子の竜姫さんが、目をキラキラと輝かせてしまっている。
やめてください、葵さん。前半はともかく、最後が急展開すぎますよ。
「いやー、残念だけど、海については、俺もあんまり詳しくないからなー」
とりあえず、穏便に話の流れを変えたかったので、俺は、わざとらしくすっとぼけながら、本日の主役である大いなる海へと目を向ける。
こうなってしまえば、仕方ない。さっさと本題に入ってしまう。
「だから、海賊団を迎え撃つためにも、みんなの意見を聞きたいんだけど」
そう、今回は相手が相手なので、戦場は海の上となる可能性が高い。
もちろん、サブさんが頑張って、海賊に船を捨てさせ、陸上まで誘き出してみせる可能性はあるけれど、過度の期待はしない方がいいだろう。サブさんだし。
不測の事態に備えて、少しでも対策は練っておくべきだ。
「うーん、その海賊団って、この砂浜に来るのかな?」
「それが、よく分からないんだよなあ……」
今回は海戦になる公算が高いということで、この辺りで、一番海に近づける上に、ある程度の広さがあって、まだ戦いやすいだろう砂浜まで来てみたのだが、こちらにとって少しでも地の利が得られそうな場所に、上手く相手を誘導できるかどうかは、それこそサブさんの腕次第となる。
なので、今の俺たちには、あまり大した準備もできないし、詳細な作戦を立案することも難しいわけだけど、まあ、何事も、やらないよりは、マシだろう。
「そうね……、それじゃあ、敵が海の上で、私たちが海岸線にいるとだけ仮定して、その時に問題なのは、やっぱり距離よね。相手の攻撃は、私が防ぐとしても、こちらから有効打を放つとなると、やっぱり手段は限られてしまうわ」
こちらの
「ご安心ください。
「那須与一は、そんなことしてませんよ、葵さん……」
その伝説で射抜かれたのは、小舟に立てられた扇であって、そんな問答無用すぎる破壊活動は、行われていない。
というか、今回の場合は、敵船の撃沈は、できるだけ避けたい。
確かに、葵さんと桃花、それに俺の三人で、とりあえず、各々の最大火力を遠距離から放ち続ければ、身も
やはり、そのためには、敵船に乗り込んでの制圧が必要だろう。
「う~ん……、なあ、ひかり。お前なら、光の速さで足踏みしてさ、海面を沈むことなく走り抜ける! みたいなこと、できるんじゃないか?」
「あのねえ……、こんな、ざぶんざぶん波が立ってるのに、そんなこと、できるわけないでしょ! もう! ひかりは忍者じゃないんだからね!」
いや、そういう言い方をされてしまうと、果たして忍者なら可能なのかは、議論の余地が大いにあると思うのだけれども、それよりも、あのひかりから、割とまっとうな理由で一刀両断されてしまったことに、驚いてしまった。
確かに、これだけ波も高く、潮の流れも厳しいと、例え神の子であっても、その上を歩くような奇跡は、簡単には起こせそうにない。
まあ、千尋さんレベルになると、そんなことはお構いなしに、海の上を自在に走ることはできるのだと、俺はこの目で、しっかりと見たことがあるので、知ってはいるのだけれども、あれは特殊な例である。
今回は、素直に別の手を考えた方がいいだろう。
「そうか……、だったら、俺が魔方陣で足場を作って、それに飛び移っていく、とかが現実的な案になるかな」
「そだねー。……ああー、でも、そうなると、海に落ちないように気を付けないと、本気で危ないかもね。ううっ、さ、寒そう……!」
寒さに弱い火凜は、自分の想像だけで首をすくめているが、その心配は無理もないというか、むしろ当然の危機感だといえる。
この場合は、なにも寒いから海に落ちるのがイヤだとか、そういう問題では収まりきらない。単純に、こんなまだまだ冬の寒さが厳しい時期に、誰がどう見たって危険しか感じない荒海に、しかも衣服を着たまま飛び込むだなんて、もはや、悪も正義も関係なく、ただ純粋に、自殺行為だ。
やはり、冬の海で決戦ともなると、色々と警戒を強めなければ……。
「おい、さっきから聞いてれば、なにをいつまでも、作戦会議とも呼べないような、ぼんやりとしたおしゃべりをしている。そもそも、敵船に乗り込むにしても、相手がどんな船を使って、どれだけの規模で部隊を編成しているのかすら分からないのに、貴様らは一体、なにを決める気なんだ」
「……あっ」
心底
そうだ、そうだった。その問題があった。
敵が海賊と聞いた瞬間から、俺の脳内では自動的に、相手が使っている船は、そこそこ大きな、いわゆるドクロのマークの旗を掲げているような木造船を、なんとなくイメージして、それに違いないと無意識に思い込んでしまっていたようだ。
冷静に考えれば、この現代社会で、そんな船を使って海賊行為をしているなんて、
おおっ、漫画やアニメのイメージ、恐るべし。
ああっ、俺は、俺は、こんなに重要なことを……。
「あの、統斗さま。私からも一つ、よろしいですか……?」
「え、ええ、なんですか、竜姫さん?」
自らの
「その……、海賊の皆さまと戦うのは、本日の、いつ頃になるのでしょうか?」
「……うん?」
……えーっと、はい?
「いえ、待ち伏せをするにしても、おおよその時間は把握してませんと大変ですし、それがまだ日の出ているうちなのか、それとも夜なのかで、用意するべき準備なども変わってきまので……」
……なるほど、それはまったく正論で、疑う余地もなく大事なことだ。
本当に本当に、誰がどう考えたって、大事なことである。
「あー、確かに、それは重要だよねー。それで、どうなの、統斗?」
「そうですね、その情報は、絶対に外せません。どうですか、統斗さん?」
今回の作戦において、最重要といってもいい情報を知るために、火凜と葵さんが、無邪気に、なんの気なしに、特に意識することもなく、あっさりと尋ねてきた。
しかし、非常に残念ながら、俺は彼女たちの期待に、応えることができない。
なぜならば……。
「俺、サブさんから、なにも聞いてない……」
「…………」
俺のガッカリな解答に、反応する者などいるはずもなく、ただただ悲しい沈黙は、荒々しく寄せては返す波の音に流され、消えていく……。
どうやら、俺の気持ちは奮い立つどころか、盛大に空回りしていたようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます