3-10
「ふうううっ……」
悪の組織ビッグブラッグの親分……、
正直に告白すると、かなりガタガタだった俺の肉体に生気が戻り、自己治癒能力が極限を超えて高まると同時に、驚異的な速度で回復していくのが分かる。
いやあ、危なかった、危なかった。
「は、ははっ……、がはっ……、やるやないか、兄ちゃん……」
「そちらこそ、本当に、お見事でしたよ」
戦いに敗れ、その力の全てを使い果たし、尋常ではない怪我を負って、その巨体を少しでも休めるように、仰向けに倒れている大黒さんの元へ、やっとスムーズに呼吸できるようになった俺は、喉の調子を確かめつつ、てくてくと近づいていく。
もう、勝負は終わったのだ。これ以上、警戒する必要はない。
「……ワシの負けや。これからのビッグブラッグは、あんたに託す……」
「ええ、任せてください」
潔く自らの敗北を認めた大黒さんに、俺は手を差し出す。
互いに互いを叩き潰そうと、全力で殴り合いをしたからといっても、それは相手が憎かったからではない。これからは、共に同じ道を歩む、仲間なのだから、手を差し伸べるのは、当然だ。
「すまんな、兄ちゃん……、せっかく手を貸してもろても、動けそうにないわ……」
「まあまあ、いいから、いいから、大丈夫ですよ」
大黒さんは手を伸ばすどころか、指を動かすことすら辛そうだったが、俺は強引に彼の大きな手の平を掴み、引っ張り上げる。
「が、ははっ、新しい総統さんは、厳しいわ……、そない無茶を……、あ、あら?」
「ねっ? 大丈夫でしょう?」
もちろん、それと同時に、適切な量の命気を、送り込みながら。
「な、なんや、これ!」
「流石に、いきなり全快ってわけにはいきませんけど、一週間もしたら、もう普通に動けるくらいには、回復してますから」
驚きの表情を浮かべた大黒さんは、自らの足で、しっかりと立ち上がり、みるみるうちに傷が塞がっていく自分の身体を、不思議そうにペタペタと触っている。
まあ、命気についての説明は、後でちゃんとすればいいだろう。
「あなた! 大丈夫なの?」
「お、親分! ご無事ですかい!」
「おおっ、なんや分からんけど、どんどん大丈夫になっとるわ!」
見るからにボロボロだった大黒さんが、劇的に回復したことに驚いたのか、先ほどまで暗く沈んでいた彼の奥さんである
この様子なら、なんとか遺恨を残さずにすみそうだ。
「お疲れ様です、
「ふん! 貴様にしては、なかなかやるじゃないか」
なんだか微笑ましい様子のビッグブラッグを、少し羨ましく思っていた俺の元に、みんなが集まってきてくれた。
「統斗くん! 格好良かったよ!」
嬉しそうに駆け寄り、俺のことを褒めてくれる
「もう、拳と拳で語り合うなんて、統斗も男の子だよね~、このこの~!」
「信じていました、統斗さん……。さあ、勝利を祝って、ハグをしましょう」
爽やかに肩を組んできた
残念だけど、人の目が多すぎるからね。
「統斗君……、あんまり無茶は、しないでね……?」
「もう! 勝つならもっと、バシッと勝ちなさいよね!」
いやはや、先ほどまでの、物騒な空気はどこへやら、こうしてみんなが集まれば、
あっという間に、いつもの大騒ぎである。
とはいえ、それがいつもの俺たちらしいといえば、らしいのだろう。
「ガハハハハッ! まさか、こんな隠し玉を持っとったとはな! こりゃほんまに、かなわんわ! 言い訳のしようもないのう! ガッハッハッ!」
「いえいえ、それほどでも、ないんですよ、いや、本当に」
どうやら、かなり復調した様子の大黒さんが、豪快に握手を求めて来たので、もちろん応えたのだが、力が強すぎて、ちょっと痛い。
しかし、俺が命気による回復を使わなかったのは、勝負に対して、こちらから勝手に色々とルールを押し付けてしまったので、少しでもフェアに戦いたかったという、ただの個人的なこだわりだったので、そんなに持ち上げられてしまうと困ってしまうのだけれども、まあ、結果オーライということにしておこう……。
「さて! これからは、あんたが大将なわけやけど、まずはなにから、始めよか?」
あれだけの決闘をした後だというのに、満面の笑顔の大黒さんと、彼の後ろにいるビッグブラッグの関係者たちの様子を見るに、どうやら俺の目論見は、上手くいったと考えてもいいだろう。
だとしたら、次にやるべきことは、決まっている。
「とりあえず、後始末から、始めましょうか」
これから俺は、彼らの上に立つ者として、それが正しい選択だったと、証明し続けなければならないのだ。
「……総統の、お呼びとあらば、即参上……」
「いや、なぜいきなり、一句読んだみたいな感じを出そうとする……」
俺からの呼び出しを受けて、ようやくこちらが上着を羽織ったくらいのわずかな時間で、即座にやって来たバディさんによる、いきなりのドヤ顔によって、ズンズンと疲労がたまっていくのが分かるが、ここで
戦いに勝つことは確かに重要だが、勝った後の対応というやつは、時にはそれ以上に、大切なのだから。
「貴様! さっきの今で、いきなり呼び出すとは、どういう了見だ!」
「フ、フヒヒッ……、は、早すぎる再会……」
さて、ちゃんと俺の注文通り、バディさんはマインドリーダーの兄妹を連れてきたようなので、これで予定通りに、話を進められそうだ。
「おい! 黙ってないで、ちゃんと説明を……!」
「それで、早速なんですけど、バディさん」
とはいえあの二人への注文は、少しだけ後になるので、今はそれよりも、バディさんへの指示から始めよう。
露骨に無視されたマインドリーダーの片割れ……、兄である
まずは、先に本筋を決めてしまおう。
「悪の組織ビッグブラッグが、攻め込んできたレッドオイスターを返り討ちにしたはいいけれど、その後に、俺たちヴァイスインペリアルによって打ち倒され、傘下に入ることになったと、周辺に噂を流しておいてくれませんか? 大黒さんたちにも協力してもらって、情報のコントロールをお願いします」
この辺りの地方を、ほぼ手中に収めていたレッドオイスターのボスが倒されたともなれば、情勢も大きく変わる。その時に上手く主導権を握るためにも、まず先んじて動き出すことが肝要だ。
情報は、生き物なのだから。
「……了解、お任せ……」
「いや、ちょっと待ってや。ワシらは、レッドオイスターを倒しては……」
しかし、情報戦にも長けているバディさんは、あっさり頷いてくれたのだが、大黒さんの方が、なにやら微妙な表情を浮かべている。
なんというか、義理堅いというか、真面目だなぁ。
「はっはっはっ、なにを言ってるんですか。レッドオイスターのボスである
とはいえ、残念ながら大黒さんには、そういうことで納得してもらうしかない。
俺としては、
力が物を言う悪の組織は、実績こそが重要なのだから。
「それに、レッドオイスターを解体するのは、これからが本番ですから、大黒さんやビッグブラッグのみなさんには、そこで頑張ってもらいます」
まあ、多少事実が前後しても、結果さえ同じなら、特に問題はない、ということにしておこうじゃないか。
「というわけで、ここからが、あんたたちの出番になるぞ、マインドリーダー」
「お、おう? な、なんだ……?」
俺たちのすぐ横で、やかましく騒いでいた津凪が、こちらからようやく話を振ってやったというのに、むしろ静かになってしまった。
どうやら、不穏な空気を感じ取ったようだ。うん、意外と鋭いな。
「まあまあ、そんなに身構えるなって。ただ二人には、そこら辺に転がってるレッドオイスターの皆さんを、しょっ引いて欲しいだけなんだからさ」
とりあえずは、まずは餌に食いつかせるところから、始めるか。
「ああ、そうそう。そこで潰れてるのが、レッドオイスターのボスだから、こいつを連れて行けば、結構な手柄になるんじゃないか?」
「な、なんだと!」
今回の、これだけ街を破壊した大騒動の首謀者を捕らえたとなれば、正義の味方としては、かなりの手柄になるのだろう。津凪の表情に、喜色が浮かぶ。
「流石に、パワードスーツを持ってないマインドリーダー二人で、全て倒したなんて言っても不自然だから、ビッグブラッグにトドメを刺されそうになってたところを、横から
「う、うーむ……! いや、しかし、それくらいは……!」
よしよし、地方に飛ばされたことに不満がある津凪にとって、俺からチラつかせた提案は、まさに一発逆転の好機にでも見えるのだろう。もはや奴の脳内では、こちらの手を振り払うどころか、自分がどれほどの利益を得られるのかで、完全に埋め尽くされているようだ。
まったく、本当に扱いやすくて、ありがたいったらありゃしない。
「それで、その代りってわけじゃないんだけどさ」
「これで俺も本部に戻れ……! えっ? 代わり?」
さて、俺たちにとっては、もう必要ないカードを使って、上手いことカモを引っかけることには成功したようなので、さっさと本題に入ろう。
「ああ、別に大したことじゃないんだ。ただ、今回の襲撃に参加していたレッドオイスターの中には、家族や仲間を人質に取られて、強引に連れてこられたのもいるみたいだから、そういうのを選り分けて、こっちに引き渡してくれ」
「……へっ?」
だって、悪の総統が持ち出した上手い話には、裏があって当然なのだから。
「根っこからレッドオイスターなのか、脅されてただけなのかは、マインドリーダーらしく読心能力を使って、サクッと判別してくれ」
「お、おい! ちょっと待て!」
いやー、こういうケースだと、本当だったら問い詰めた相手が、自分だけでも助かろうと嘘の証言をして、どれが本当か分からない、みたいなことにもなりかねないのだけれども、マインドリーダー……、というか、その片割れである
少なくとも、このやかましく騒ぐだけの津凪よりは、多少性格的に問題があったとしても、よほど頼りになる能力と言える。
「そうだな、人質に関する情報なんかは、蛭海の頭の中身を読み取れば、全部分かるだろうから、夜見子さん、そっちもお願いできる?」
「は、はいぃいぃ! お任せくださいいいぃ!」
……まあ、年下の俺に言われて、声を裏返しながら、くねくねと妙な敬礼をしている彼女を見ていると、多少不安に思わないでもないけれど、大丈夫だろう。
その能力と共に、おそらく二十年以上は生きてるであろう夜見子さんなら、上手く立ち回れるはずだ。
「ううう……、まだ
うん、こうして俺の心を見事に読んでくれたように、彼女には是非とも、これから頑張っていただきたい。
「いやだから! ちょっと待てと言っている!」
「うん? なんだよ」
しかし、せっかく盛り上がってきたというのに、なぜか怒った様子の津凪が、大声を出して、水を差す。
「ようやく捕らえた悪の組織の構成員を、解放しろだと! ふざけるなよ! そんな危険な真似ができるか! どんな被害が出るか、分からんだろうが!」
なんと、この虚栄心に取りつかれたような男から、そんな正義感が飛び出してくるなんて、驚きを通り越して、感動すらしてしまいそうだが、正直どうでもいい。
俺は、悪の総統なのだ。
正義の味方の言い分を、まともに聞いてやる理由なんて、存在するはずがない。
「はっはっはっ、安心しろよ。なにも別に、無罪放免で釈放しろってわけじゃない。ただ単に、お前たち
まあ、国家守護庁の連中が、捕まえた悪の組織の人間に対して、一体どんな扱いをしているのかなんて、俺はまったく知らないわけだけど、少なくとも、解放したからといって、ただ甘やかすつもりはない。
簡単にいえば、シャバに戻った彼らには、我らがヴァイスインペリアルのために、馬車馬のようにキリキリと、働いてもらう予定なのだから。
「そ、それのどこが安心なんだ! お前らだって、悪の組織なんだろうが!」
「おいおい、落ち着けよ」
まあ、一応は正義の味方である津凪が、大騒ぎして反対する気持ちも、分からないでもないけれど、残念ながら、そういう正論を振り回すには、遅すぎた。
どうやら奴には、自分の立場というものを、思い出してもらう必要があるようだ。
「俺がしてるのは、お願いじゃなくて、命令なんだからさ。それとも、この場の全員を敵に回して、大立ち回りでも演じてみるか?」
「ぐむむっ……!」
そもそも、悪の組織から呼び出されて、自分に得があるかもと、のこのことやって来た時点で、もう後戻りはできないのだと、いい加減自覚して欲しい。
とはいえ、あまり追い込むばかりだと、変に
「まあ、そうカリカリするなって。この話を受けてくれたら、その脅迫されてた奴らからの情報を使って、これから俺たちが倒すレッドオイスターの残党は、全てお前に引き渡すからさ。なっ? これは別に、あんたにとっても、悪い話じゃないだろ?」
「う、ううむむむっ……!」
さて、この程度の飴と鞭で、あっさりと怒りを引っ込め、即座にリスクとリターンに悩んでくれるのはいいのだが、今後のことを考えるならば、不安になるような単純さであるともいえる。
ここはやっぱり、しっかり釘を刺しておくべきか。
「そういうわけで、これから忙しくなるから、俺たちとの関係が、国家守護庁の奴らにバレないように、気を付けてくれよ? 夜見子さん」
特定の相手としかテレパシーで繋がれない津凪はともかく、無条件で相手の心を読み取れる彼女ならば、周囲からの不信を、いち早く察知することが可能なのだから、気をつけてさえいれば、そうそう危機に陥ることもないはずだ。
いやしかし、本当に便利だな。読心能力っていうのは。
やっぱり彼女は、ぜひとも欲しい人材で……、
「お、おま、お任せください! ご、ごしゅ、御主人様!」
人材で……。
……はい?
「……ご、ごしゅじん、さま?」
「は、はい! あなた様こそが、この卑しいメス豚の、御主人様です!」
ああ、よかった……。
妙にもじもじとした夜見子さんの様子を見るに、どうやら幻覚や幻聴、または俺の妄想ではないようだ。いやー、大黒さんと殴り合ったせいで、脳に障害でも出たかと思って驚いたけど、
いや、よくねえよ!
「…………統斗君?」
「あ、あの! これは全然、全然、これっぽっちも、違うんですよ!」
やめて下さい、樹里先輩。そんな恐ろしく暗い空気を
背筋が凍ってしまいます。
「と、とととと、突然、なにを言い出すんですか、夜見子さん!」
「だだ、だって……、あんな激しい愛され方をされてしまったら、もう……!」
ぐぬぬっ! 話が通じない! というか、意味が分からない!
「このバカ統斗! ちょっと目を離した隙に、あんた一体、なにしてたのよ!」
「ご、誤解だ、ひかり! 俺はなにも、本当になにも、していない!」
だから、そんなに本気で蹴ろうとするな!
まだ完全に回復はしてないから、避けるのも大変なんだよ!
「あ、あんなに激しく、か、身体を重ね合わせたのに、ひどいですう……」
「身体をって……! 一体なに、を……、ま、まさか!」
なぜか顔を赤くしている夜見子さんの口から飛び出した、生々しい言葉によって、
困惑の極みにあった俺の脳内で、一つの答えが組み上がる。
でも、まさか……、全ての原因は、彼女の読心能力を打ち破るために、俺が心の中で考えていた夜見子さんとの、その、濡れ場のせい、なのか……?
「ち、違う! それは、ただの妄想だ! フィクションだ! 冤罪だ! あれは現実じゃないんですよ! しっかりしてください、夜見子さん!」
「フ、フヒヒッ……、そう言いながらも彼は、ま、まるで凶暴な獣のように、あたしの肉体を
ま、まずい……! どうやら夜見子さんの能力は、こちらの思考を、かなりリアルに読み取ってしまうらしく、彼女の中では、あの一瞬のうちに起きたアレやコレが、まるで実体験のように、思い切り焼き付いてしまったらしい。
しかも、かなり強烈だったのか、このままでは、まともに会話もできそうにない!
「ううっ、この短時間で、一体なにがどうなってるのよ……」
「確かに、これは
安心してくれ、火凜。俺にも意味が分からない。
そして、葵さん。そんな変な決意は、固めなくてもいいんです。
「もう! 統斗くん! ちゃんと説明して!」
「まあ、統斗さまは本当に、お仲間を増やすのが、お上手なんですね」
「やはり、ただの
桃花さん。俺にも答えは分からないんです。
竜姫さん。そんな感心したような微笑みを浮かべないで下さい。
そして、朱天さん。いや、もう、本当に、なんだかすいません……。
「ガハハハハッ! まったく、とんでもない連中に、負けてしもうたもんやな!」
「ええ、本当に……。ふふふっ、これから大変ね?」
大黒さんも、摩妃さんも、笑ってくれてはいるけれど、なんだかいきなり情けないところを見せてしまって、恐縮です、はい。
まったく、これから共に悪の道を歩もうというのに、いきなり残念な感じになってしまい、本当に、申し訳ない限りである。
だけど……。
「はっはっはっはっはっ……、さーて、どうしたもんかな」
こういう大騒ぎこそが、俺たちらしいのかもしれないな。
そして、それから数日後。
「うーん! やっぱり美味い!」
「ガッハッハッ! おおきに、おおきに!」
俺は
「いやー、あれだけの被害を受けたっていうのに、もうこんなに活気を取り戻してるなんて、ここの人たちのバイタリティは、凄まじいですね!」
もちろん、こんなまだ日も高い内から、のんびりとしていられるのには、それなりの理由というやつが存在する。
つまり、大筋において、俺の思惑は上手くいっている、というわけだ。
「うふふっ、そうね。そういう前向きで元気なところが、この街のいいところよね」
まったく、摩妃さんの言う通り、エビルセイヴァーの活躍によって、被害は最小限に抑えられたといっても、その傷痕は、決して浅くはない。
それなのに、すでに自分の店を壊された者たちは、さっさと瓦礫の中から商売道具を掘り出して、そこかしこで勝手に露店を開いてしまっているし、他の人たちもそれを受け入れ、大なり小なり自分たちにも被害はあっただろうに、今はもう活発というか、やかましいぐらいの賑わいで、経済活動を活性化させていた。
この調子なら、この街がまた元の活気を取り戻すのに、それほど時間はかからないだろうと、外から来た俺でも、確信できる。
いやはや、本当に素晴らしい。
「ええ、その通りですね。悪の組織絡みの案件も、軒並み順調ですし、俺としても、一安心ですよ」
そう、全てはあっけないほどに、簡単だった。
国家守護庁が、捕らえた悪の組織の人間を、収容所へと運ぶために使うルートは、事前にマインドリーダーの手引きによって知らされていたし、そのために使用される護送車の
俺たちとビッグブラッグで、脅迫被害者だけが乗せられた護送車を強襲し、運転手を放り出して奪い去るのは、それほど難しいことではなかったし、その後に解放したレッドオイスターを恨む者たちに、夜見子さんの読心能力によって得た人質の情報を提示して、共に大切な者を奪還しようと持ち掛ければ、拒む者などいなかった。
共通の敵がいれば、協力はしやすく、同じ痛みを知っていれば、共感は
ここまでお膳立てすれば、後は順調に奪還作戦を成功させていきさえすれば、例え悪の組織による混成部隊といえど、それなりの結束は生まれるものだ。
結果的に俺たちは、レッドオイスターの強いた圧政を逆手に取ることで、自分たちの足場を固め、配下を増やすことに成功していた。
「この調子なら、目的の達成までに、それほど時間はかからないでしょうしね」
レッドオイスターのボスが敗れたという情報は、バディさんの手腕もあって、加速度的に広がり続けている。
恐怖と疑心、そして
こうなれば、信念を持って行動している俺たちと、指導者を失った奴らでは、目的意識が違いすぎて、はなから勝負にすらならない。
やはり、他者を支配するという行為だとしても、そのやり口に無理があるならば、結局はこのように、自らが招いた
要するに、悪の組織といえども、盤石を目指すのであれば、その行動は、あくまでスマートに、
「さーて、それじゃあ、残りは全て、大黒さんに任せますから……」
「ああ、いや、実は、そのことやねんけどな」
しかし、なにはともあれ、栄光を掴む一歩手前まで来ているというのに、その主役となるべき大黒さんは、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。
「あれ? どうかしましたか? なにか問題が?」
「いやいや、そういうのとは、ちゃうねんけども……」
うーむ、いつも快活な大黒さんにしては珍しく、歯切れが悪い。
そして、大きな体を小さくしながら、いつも豪快なこの人には似つかわしくない、なにかに気を使うような声色で、こう切り出した。
「ただ、せっかく手に入れたこの辺りのデカいシノギを、自分たちやなくて、ワシらビッグブラッグに全部任せるって、ヴァイスインペリアルとしては、ほんまにそれでええのかと思ってな……」
なるほど、なるほど。どうやら大黒さんは、こちらから提示した条件に、戸惑いを覚えているようだ。
ビッグブラッグがヴァイスインペリアルの傘下に入るにあたり、こちらから下した命令は、一つだけ。
俺からの命令は、絶対に順守せよ……、これだけだ。
この悪の組織として、上下関係を決めるのならば、ある意味では当然といえる約束だけは、必ず守ってもらうと、強く言ってはあるけれど、それと同時に、俺は自らの意向というやつも、大黒さんに伝えてある。
それは、ただし俺が命令を出さない限りは、全ての裁量はそちらに任せ、思うまま自由に動いてもいいよ、という非常にシンプルな指示だった。
これは単純に、こちらの指示がない限りは、なんでも好きにしていいし、別に忠誠の証がどうだの、貢物を献上しろだの、上納金を
これは、よくない。
組織の上に立つ者として、従える相手は、きちんと納得させないと。
「ああ、なんだ。そのことですか」
俺には、その義務がある。
「もちろん、大丈夫ですよ」
そもそも、俺がこのような提案をしたのには、それなりの理由がある。
まあ、単純に、戦力を拡大するのはいいけれど、その弊害というか、当然発生する管理責任というか、結果として山積みになるだろう地獄のような机仕事から、絶対に絶対に、どうしても逃れたいので……、という身も蓋もない本音は、ここでは別に、言わなくてもいいことだろう。
いやいや、確かに情けないことではあるけど、残念ながら、俺という人間は、今のところ、そういう事務的な作業というものには、あまり向いていないと、自分たちの街の復興作業の時に、自覚してしまったのだから、仕方ない。
確かに、死ぬ気で頑張れば、こなせるようになるのかもしれないが、それにはどうしても、時間がかかるというか、どう
申し訳ないが、それでは効率が悪すぎる。
ならば、どうするべきか? 答えはやはり、シンプルだ。
信頼できる相手に、全てを任せてしまえばいい。
「大丈夫だと思ったからこそ、俺は大黒さんを選んだんですから」
だからこそ、俺は決めたのだ。
他人を踏み潰し、自分の利益を追い求めたレッドオイスターの蛭海ではなく、他人を背負い、皆の笑顔のために戦うと笑う、ビッグブラッグの大黒さんに。
この人になら、任せられると。
この人ならば、俺がとやかく口を出さずとも、上手くやってくれると。
信じたからこそ、そう決めた。
「まあ、報酬って意味なら、この美味しいたこ焼きで、十分ですしね」
どんなに言葉を並び立て、飾り付けても、意味はない。相手の心に伝えたいなら、こちらも本音でぶつかるしかない。
だから、この決意が、決断が、少しでも相手に伝わればと、俺はただ、心の底から笑ってみせる。
「……ははっ、兄ちゃんは悪の総統なんてしとるのに、欲がないのう!」
「そうですか? 自分としては、欲まみれだと思ってますけど」
そして、こちらの笑顔に応えるように、いつもみたいに豪快な笑みを見えてくれた大黒さんに、俺はホッと胸を撫で下ろす。これなら、もう大丈夫だろう。
当たり前だけど、俺にだって欲はある。
決して見返りを求めない、清廉潔白な正義の味方などではなく、真っ黒に染まった悪の総統なんてしているのが、その証拠だ。
こうして美味しいものを食べたいし、楽だってしたい。
そんな俺の、勝手なわがままに、自分は利用されてしまったのだと、それなら逆に利用してやろうと、そう思えばいいのに、わざわざ、それでいいのか? なんて尋ねてしまうなんて、大黒さんも、本当に律儀というか、義理堅い人である。
まあ、だからこそ、俺は彼を選んだのだけれども。
「統斗くーん! そろそろ電車の時間だよー!」
「みなさん、もう準備万端お待ちですよー! 統斗さまー!」
おっと、どうやら時間らしい。俺を呼びに来てくれた桃花と竜姫さんを待たせるのも悪いし、そろそろ行かないと。
「それじゃあ、後は任せましたよ、大黒さん」
「おう! 任せとき! 残りはワシが、バッチリとまとめてみせたるわ!」
そして俺は、しっかりと自分の財布から出したお金で堪能した、極上のたこ焼きを乗せていたトレイの後片付けと、この辺りの地方の後始末を、愛すべきたこ焼き屋の主人に、頼れる悪の親分に任せて、席を立つ。
さあ、行こう。
俺たちの目的は、まだ果たされてなど、いないのだから。
「ではでは、気合を入れて、次に行きますか!」
こうして、新たな地方の侵略に成功した俺たちは、新たな味方を引き入れながら、新たな一歩を踏み出したのだった。
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