3-9


 状況は、極めてシンプルだった。


「あががっ……」


 レッドオイスターの関係者は、ボスも含めて全員が、すでに地に倒れ伏し、呻き声を上げるので、精一杯といった有様である。


 これならば、もう邪魔をされることはないだろう。


「お疲れ様でした、桃花ももかさん。とっても格好良かったですよ」

「あ、ありがとう、竜姫たつきちゃん! でも、この恰好の時は、エビルピンクって呼んでくれると、嬉しいかな……」


 俺たちヴァイスインペリアルは、万全の態勢だ。誰一人欠けることなく、全員まだまだ元気な様子で、今は仲良くおしゃべりなんてしている。


 まったく緊張感がなくて恐縮だけれども、これくらい余裕があるほうが、俺も安心できるというものだ。


「あなた……」

「大丈夫や、ワシに任せとき」


 そして、最後に残ったビッグブラッグだが、こちらは大勢の構成員を含めて、無事に危険を乗り越えたというのに、いまだに剣呑けんのんな空気を漂わせている。


 特に、人質という悲劇的な立場から、ようやく解放された摩妃まきさんは、不安そうな表情をしているし、彼女の夫である悪の組織の親分……、天芝あましば大黒だいこくもまた、非常にけわしい顔で、こちらを見ていた。


 だが、それも当然か。


 卑劣な攻撃を仕掛けて来たレッドオイスターを退けたかと思ったら、今度は俺たちヴァイスインペリアルから、いきなり宣戦布告をされてしまったのだから。


「おう、シュバルカイザー。悪いが、もう一度だけ、聞かせてくれんか?」

「ええ、もちろん。何度でも言いますとも」


 辺りに流れる不穏な空気を吹き飛ばしてしまうような、豪快な笑顔を見せた大黒さんに負けないように、俺も一片の迷いなく、明るい声で答えてみせる。


「あんたたちビッグブラッグには、これから、俺たちヴァイスインペリアルの下で、配下として働いてもらうから、覚悟してくれ」


 自らの決断には、最後まで責任を持つべきだ。どんな大言壮語だろうと、一度口にした以上は、そう簡単に取り下げることなど、できようはずもない。


 なぜなら俺は、悪の総統なのだから。


「がははは! なるほど、なるほど!」


 そして、俺からの無茶苦茶な要求を、気持ちのいい笑い声で吹き飛ばした大黒さんもまた、大きな悪の組織を束ねる傑物けつぶつだった。


「お、親分! 言われっぱなしでいいんですかい!」


 おおらかにも見える大黒さんの反応に、彼の部下の中から、勝気そうな一人が声を上げると、他の構成員たちも、そうだそうだと後に続き、うるさいくらいの大合唱が始まってしまった。


 まあ、突然やって来たよく知りもしない相手に、いきなり失礼なことを言われたのだから、その反応も当然だろう。


「黙らんかい! ……お前らが百人おっても、手も足も出せん相手やぞ」

「うっ……」


 しかし、そんな騒がしい部下たちも、大黒さんの一喝で、見事なまでに静まり返ると、行儀よく気をつけの姿勢までしている。


 実に素晴らしい。やはり悪の組織のトップともなれば、こうじゃないとね。


「……なあ、シュバルカイザーよ。いきなり配下になれだの、傘下に入れだのと言われても、流石に承服はできんが、あんたには恩がある。お互いのために、今後は協力するという話なら、前向きにしたいんやけどな」


 なるほど、確かに大黒さんの言う通り、こちらが支配を強いるのではなく、協力を要請するだけならば、事は荒立たず、あるいは丸く収まるのかもしれない。


 しかし、足りない。

 それでは全然、足りないのだ。


「悪いな。俺が欲しいのは、忠義を尽くす配下であって、同等の権利を持った、共同経営者じゃないんだよ」


 残念だが、悪の組織同士が手を組むということは、それほど単純な話ではない。


 確かに、大黒さんならば、義理や恩義に重きを置いて、今回の件で俺たちに助けれたからと、真摯しんしに協力してくれるかもしれないが、それに期待しすぎるのは、不確かな上に、危険すぎる判断だろう。


 彼を親分と慕う部下たちでも、俺から少し強めに言われたら、先ほどのように反発を起こしてしまうのだ。これから色々と無茶な仕事も頼もうと思っているのに、指揮系統に乱れが生まれるような禍根かこんは、やはり残すべきではない。


 そもそも俺たちヴァイスインペリアルは、これからさらに、その支配を広げようと計画しているのだ。その時になって、従うべき主が二人もいるような状況では、どこでどんな思惑が交錯して、制御できない派閥が生まれてしまうとも限らない。


 そう、話は簡単で、シンプルな方がいい。


「だから、さっきも言ったけど、別に俺たちに恩を感じることはないし、お礼なんて言う必要もない。だって……」


 強烈な自尊心を持つ悪の組織の人間を従わせるためには、一体なにを、どうすればいいのだろうか? 


 そんなものは、決まっている。決まりきっている。


 太古の昔から、原始の時代から、人間という生命体が生まれる以前から、全ての命が刻み込んできた、絶対のことわり


 答えは、いつだって単純だ。


「俺が此処ここに来たのは、自分で直接、あんたを叩き伏せるためなんだからさ」


 証明すればいい。


 俺という存在が、自分たちでは決して敵わない相手だと。そして、自分たちを導くに相応しい、強大な存在だと。


 誰の目から見てもあきらかなように、証明するだけでいい。


 果たして、どちらが上なのか。


「……なるほど、どうやら本気みたいやな」

「ああ、俺はいつだって、本気だよ」


 こちらからの一方的な要求に対して、大黒さんは笑みを……、まるで獲物をむさぼる獣のように、凶悪な笑みを浮かべてみせる。


 よかった。どうやら彼も、俺と同じ考えらしい。


「それで、一体どうやって、ケリをつけるつもりや?」

「簡単さ。この後のことを考えたら、互いに戦力を削り合うのは、避けたいだろ?」


 単純明快な結果が出ても、人によっては受け入れず、なにも解決しないということだって、普通にありえる。例えば、これがレッドオイスターのボスが相手ならば、奴は俺に打ち倒された後に、表面上は従ったフリをしたとしても、その裏でなにを画策かくさくするのか、分かったものじゃない。


 やはりこういう駆け引きは、相手を選ぶことこそが、重要なのだ。


「だから、この決着は、俺とあんたの一騎打ちでつけようじゃないか。勝った方が、全てを手に入れ、負けた方は、全てを差し出す。分かりやすいだろ?」

「ガハハッ! そりゃええのう! 確かに、それが一番、話が早いわ!」


 こちらの期待通り、愉快そうに笑う大黒さんからは、なんの裏も感じない。


 そして、それと同時に、慢心も、油断も、動揺も感じない。


 本当に、話が早くて、嬉しくなってしまいそうだ。


「もちろん、そちらは殺す気できてくれてかまわない。だけど、俺としては、この戦いが終わった後も、あんたには尽力を期待してるからな。一応のルールってやつは、もうけさせてもらう」


 当然、俺が狙うのは、最小限の行動による最大限の利益であり、そのためには大黒さん本人も引き入れなければ、話にならない。


 俺は俺の目的を達成するために、互いの組織の代表として、それぞれ一歩前に出て向き合っていた自分と大黒さんを囲むように、魔方陣を展開して、発動する。


 次の瞬間、魔素エーテルの疾走により、さびれた倉庫の地面に、即席の輪が刻まれた。


「この円の中から出るか、膝を折り、地面に倒れ伏した者が、敗者となる」

「なるほど……、面白いやないか!」


 どうやら、大黒さんも俺からの提案に対して、特に反対はしないようだ。やはり、俺と彼の考え方は、似ているのかもしれない。


 だとすれば、それは本当に、ありがたいことだった。


「よし、それじゃあ……」


 つまり、後は俺自身が、自らの力を示せば、いいだけなのだから。


「勝っても、負けても、言い訳ができないように、道具の使用も禁止しようか」


 そして俺は、自分の意思でカイザースーツを解除し、生身をさらす。


 悪の組織ビッグブラッグに対して、なにも隠すことなどない、俺という人間の正体を見せつけるために。


「……やっぱり、あの時の兄ちゃんか。なんや、そんな気はしとったわ。十文字って苗字にも、聞き覚えはあったしな」


 短い言葉を交わしただけとはいえ、既知の相手の登場に、しかし大黒さんは、小さく笑うだけで、驚きはしない。どうやら向こうも、こちらの正体について、薄々とは感じるところがあったようだ。


 やっぱり、俺たちは似ているのかもしれないな。


「ははっ、実はこっちも、初めて出会った時から、そんな気はしてたんだ」


 俺は自分がなにも持っていないことを証明するために、カイザースーツに続いて、さらに上着まで全て脱いでしまう。


 ここまでする必要はあるのか、そもそも俺の使っているカイザースーツは、魔素と命気プラーナを使ってつくりだした、俺自身の力の結晶ともいえる産物であり、正確に言えば、ただの道具というわけでもないので、解除は必要なかったのではないか。


 その辺りは、色々と意見が分かれるところだと思うが、今はこれが、これこそが、どうしても必要なのだ。


 今回の戦いにおいて、俺が得るべきなのは、単純な勝利ではない。ハッキリ言ってしまえば、それでは意味がない。


 必要なのは、絶対的な証明。


 俺が、あのビッグブラッグの親分よりも強者であると、どちらが上で、どちらが下なのか、火を見るよりも明らかだと、誰もが心の底から納得するような、疑う余地のない完全無欠の勝利……。


 そのためなら、こういうパフォーマンスも、必要になってくる。


「わっ、統斗さま、大胆です……」

「この変質者が! 姫様に汚いものを見せるな!」


 ……なので、頬を赤く染めている竜姫さんはいいのだが、怒涛のように罵倒してる朱天しゅてんさんには、もう少し俺の苦心というか、つなたくも必死の意図というやつを、可能ならば理解していただきたい。


 だって、普通に寒いんだもん。まだ冬だし。


「ああ! どうして私は、ハイビジョンビデオカメラを持っていないの!」

「同感です、グリーン。私も自らの迂闊さを、悔やまずにいられません……」

「いや、あんたはなに言ってるのよ、ブルー……。でも、いい身体してるなぁ」

「レッドは、ああいうのが好きなんですか? だったら、後で送りますね!」

「もう、みんな静かに! ……イエロー、わたしにも、それちょうだい?」


 まあ、こちらでリーダーであるピンクの制止も聞かず、ワイワイと騒いでしまっているエビルセイヴァーのみなさんと比べれば、幾らかはマシなのかもしれないが。


 というか、イエロー。面白がって、俺のことをパチパチと撮りまくるのは、やめてください。いや、どこから取り出したんだ、そのスマホ。


「ま、まあ、それはともかく……」


 とはいえ、ああして彼女たちが軽口を叩きあっているのは、ひとえに俺の勝利を、心から信じているからに他ならない。


 つまり、負けられないってことだ。


「そろそろ、始めようか」

「ああ、そやな」


 俺と大黒さんは、互いに笑みを浮かべながら、まるで遊びの合図でも待つように、正面から向き合い続ける。


 そうこうしている間にも、ただでさえ小山のような大黒さんの肉体は、メキメキと肥大化し、全身の皮膚は漆黒に染まり、その額には不気味な瞳のような模様が、赤々と輝いていた。


 それはまさに、昔話で語られるような怪物そのものといった姿だったが、不思議と恐怖は感じない。


 覚悟はすでに、決めているのだから。


「しっかし、駅前でレッドオイスター見張ってたら、たまたま出会ったのが兄ちゃんたちやなんて、えらい偶然もあったもんやで!」

「そうですね。なんだか、運命的なものでも、感じちゃいそうですよ」


 とはいえ、それは偶然と呼ぶには、互いの思惑が絡み合いすぎている気もする。


 この地方を侵略しにきた俺たちと、別口とはいえ侵略者を見張っていた大黒さん。

 出会った時から、互いに互いを只者ではないと思い、気に留めていたという同調。


 もしかしたならば、二度目に会ったのもの、お互いを探し合っていたからこその、必然であると言えるかもしれない。


 しかし、だとしても、やはりこの偶然は、運命と呼ぶのが、相応しい気がした。


「なんや兄ちゃん、運命だなんて、ずいぶんとロマンチストやないか!」

「はははっ、そりゃそうでしょう」


 楽しそうに笑っている大黒さんだが、こちらを馬鹿にしている様子はない。


 だけど、それも当然か。


「好き好んで悪の総統なんてやってる人間が、夢想家ロマンチストじゃないわけがない」

「ガハハハハッ! それはまったく、その通りやな!」


 ビッグブラッグの親分なんてしている彼もまた、俺と同種の男なのだから。


「ほな、始めよか……!」

「ああ、もちろん……!」


 ヴァイスインペリアルと、ビッグブラッグ。


 二つの悪の組織による、互いの命運をかけた戦いだというのに、俺と大黒さんは、まるで場末の不良ヤンキーか、あるいは無法者アウトローのように、ほこりだらけの、暗く汚い倉庫の真ん中で、ただ凶暴に、牙を剥き合う。


 だが、それでいい。

 そうでなくてはならない。


 どれだけ複雑に見える構造でも、大義でも、決意でも、信念でも、欲望でも、辿たど辿たどって行きつく先は、出発点は、とても単純で、シンプルな動機にすぎない。


 それは例えば、本能だったり、意地だったり、衝動だったり、あるいは下らないとだんぜられるような、幼稚な自己満足だったりする。


 しかし、それこそが本質であり、全ての基盤なのだ。


 どちらが強いのか、ただ決める。

 それは、遥かな昔から続く、生命のやりとり。


 これは……、原始の戦いだ。


「おおおおおおおっ!」


 まさしく、獣のような雄叫びを上げながら、俺と大黒さん……、二人の男が地面を踏みしめ、駆け出し、小さな円の中央で、激突する。


「ぬうん!」


 驚異的に膨れ上がった大黒さんの、巨大な右拳が唸り、こちらに迫る。


 その凶悪な一撃だけは、絶対にまともに受けるなと、俺の超感覚が、悲鳴を上げているわけだが、ならば生身の俺は、一体どのように対処するべきなのか?


 魔方陣を障壁として展開し、それを盾に防御する?


 却下だ。


 魔素のみを使ったあらゆる行為は、普通の人間では認識すらできない。それでは、せっかくルールを設けたというのに、第三者の目から見て、俺が不正を働いていると思われかねず、この戦いの意味がなくなる。


 そしてなにより、フェアじゃない。だから俺は、この決闘において、外的な要因である魔素を必要とする、あらゆる手段を使わないと決めていた。


 だが、俺自身の身体から、内的要素である魂から湧き出る命気に関しては、気兼きがねなく使わせてもらう。それが、俺なりのルールだ。


 では、どうする?


 おびえた小動物のように、慌てて避ける?

 身をすくませた亀のように、その場で防御に徹する?


 どれも却下だ。


 俺が証明するべきなのは、自らが絶対的な強者であることなのだから。


 だったら、どうするべきかなんて、最初から決まっている!

 

「おおおっ!」


 俺は拳を握りしめ、ありったけの命気を込めて、まるで巨大なハンマーのように、こちらに向けて振り下ろされている大黒さんの拳に向けて、打ち上げる。


 全力で激突した拳と拳が、鋭い痛みと共に弾け飛ぶ。


「はっ! やるやないか、兄ちゃん!」

「そっちこそ!」


 俺と大黒さんは、小さな円の中心で、全ての真ん中で、ただ足を踏ん張り、その場を動かず、まるで子供の喧嘩みたいに、闇雲に殴り合う。


 確かに体格差はあるが、関係ない。一歩でも退いたら、それは敗北と同義だ。


「ぐううっ!」


 大黒さんの拳は、強く、重い。


 当然だが、その全てを迎撃できるはずもなく、命気で強化しているとはいえ、被弾した肉体の各部からは、洒落にならない悲鳴が聞こえる。


 肉は裂け、骨はきしみ、痛みで脳が焼け落ちそうだ。


 だけど、止まるわけには、いかない!


「がああっ!」


 こちらの拳だって、全力で相手にぶつけているというのに、巨獣のような大黒さんの肉体は、まるでダイヤモンドの硬度を持ったゴムタイヤとでも呼ぶべき、恐ろしい手応えを返すばかりで、俺の攻撃に意味などないのではないかと、錯覚しそうだ。


 だが、しかし、それがどうした……! 


「ぐうっ!」

「がはっ!」


 俺の渾身の攻撃が、効いてないなんてこと、あるわけがない! 確かに、こちらのダメージも甚大だが、そんなことはどうでもいい!


 顔面、肩上、肋骨、上腕、脇腹、太腿、心臓、喉、首、急所!


 なんでもいい、どこだっていい。技も、駆け引きも、関係ない。ただひたすらに、目に着いた場所を、手が届く箇所を、力の限り殴り合う。


 それはもう、子供の喧嘩ですらない。


 ただ、獣二匹が、相手を捻じ伏せようと、暴れているだけ。


「ガッハッハッー!」

「はーっはっはっはっ!」


 だが、俺たちは笑い合う。


 血反吐を吐きながら、痛みに耐えながら、身体中を軋ませながら、それでも笑う。笑わなければならない。ただの意地でも、なんでもいい。


 お前の拳なんて、効いてないんだぜと。

 あんたの一撃なんて、屁でもないんだよと。


 鉄の匂いがする唾を飲み込みながら、笑ってみせる。


 自分の方が上だと、証明するために。


「ぐおおっ!」


 俺が振り抜いた拳によって、大黒さんの巨体が揺れた。流石に、これだけ正面から殴り合いを続ければ、気持ちはともかく、肉体的な限界は近づいてしまう。


 そして、それはもちろん、俺も同じだ。視界が火花みたいに瞬いて、頭の奥が妙に熱いし、全身の痛みすら、正しく感じることができない。正直な話をしてしまえば、大黒さんには、このまま倒れて……!


「あなた!」

「親分!」

「……ぬおおおおおおおお!」


 しかし、そんな俺の願いは届かず、彼の妻である摩妃さんと、彼を慕う部下たちの声を受け、今にも膝を折りそうだった大黒さんの眼に力が戻り、雄々しく叫び声を上げたかと思えば、その大きな、大きな拳を、再び強く、握り締め……。


 ただ真っ直ぐに、俺へと打ち込む。


「がはっ!」

「悪いな、兄ちゃん! 大事なもんを抱えとるワシは、幾らでも強くなれるんや!」


 その圧倒的な気迫が込められた、必殺の一撃を、俺はまともに喰らってしまう。


 極限まで高められた、純粋すぎる暴力によって、直撃した俺の左胸周辺は、一言で言ってしまえば酷い有様と成り果て、流石に身体がふらついてしまう。


 なるほど、これは間違いなく、命の危機だ。


「は、はは、はははははっ!」


 しかし、自分でも意外なことに、その瞬間、死にかけた俺の口かられ出たのは、嘘偽りのない笑い声だった。


 強がりではない。

 負け惜しみでもない。


 ただ少し、嬉しかったというだけで。


「……っ!」


 自分たちの信じる親分のために、大きな声を上げているビッグブラッグの面々とは違い、我らがエビルセイヴァーは……、そして竜姫さんに朱天さんは、ただ静かに、俺のことを見守ってくれている。


 当然だ。


 俺の勝利に疑いがないのなら、そんな心配そうに、声を上げる必要なんてない。


 彼女たちは、俺のことを信じているからこそ、黙って……、ただ黙って、ああして下唇を噛み締めてまで、声を押し殺してくれている。


 ああ、しかし、あんな顔をさせてしまっているようじゃ、まだまだだな……。


「これで、終いや!」


 終わらない。

 終わるわけがない。


 そんなことは、この俺が……、この悪の総統が、認めない!


「――があっ!」

「な、なんやて……!」


 その丸太のような腕を引き絞り、ビッグブラッグの親分が放った、破滅をもたらす右拳に向けて、俺はただ全力で頭突きをぶつけ、強引に止めてみせる。


 まるで隕石が激突したような痛みのおかげて、目が覚めた。


「大事なものを、抱えてるほど、強くなる、か……」


 その通りだ。


 俺の後ろにいる彼女たちのことを……、そして、ここにはいなくても、俺のことを信じてくれているけいさんを、千尋ちひろさんを、マリーさんを、祖父ロボを、両親を、怪人のみんなを、一般戦闘員たちを、ヴァイスインペリアルに関わる、全ての仲間たちのことを思えば、身体の芯が、魂の奥が熱くなり、幾らでも力が湧いてくる。


 どれだけ身体がボロボロになろうとも、心は決して、折れはしない……!


「まったく、同感だ!」


 俺は歯を食いしばり、溢れ出る命気を拳に込めて、力任せに地面を踏みしめ、まだ少しは動く右腕を、思うがままに、眼前の敵へと、叩きつける。


 目の前の男を、打ち倒すために。

 目の前の男が抱えた信念を、捻じ伏せるために。


 確かに、大黒さんだって、色々なものを背負っているのだろう。


 だけど、俺にだって、譲れないものはある……!


「ぐ、ぐおおおおおお……」


 俺の拳を受けて、その場を一歩、たった一歩だけ、引き下がった大黒さんの巨体が揺らぎ、傾き、後ろに向けて、倒れ込む。


 それは、誰の目から見てもあきらかな、決着だった。


「俺の……、勝ちだ!」


 勝利の雄叫びを上げた俺の胸にこみ上げるのは、当然だけど、喜びだ。


 しかし、それは敵を打ち倒したことが、嬉しいからではない。


 悪の組織ビッグブラッグの親分が、やっぱり俺と似ていると、この決闘の中で確認できたという事実が、それだけが嬉しく、笑みを浮かべずにはいられない。


 大黒さんを選んだ俺の決断は、やはり間違っていなかった。



 さあ、勝負は決した。


 大切なのは、ここからだ。


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