3-8


 決断とは、己の裁量において、その責任を負うということである。



「あっ、統斗すみとさま! こちらです!」

「貴様! 姫様を待たせるとは、何事だ!」


 カイザースーツを装着し、全速力で駆けつけたのだけれども、どうやら竜姫たつきさんと朱天しゅてんさんを、少し待たせてしまったようだ。


 自分から呼びつけておいてそれでは、確かに、あまりよろしくない。


「遅れてすいません! ……それで、状況は?」


 街の中心から少し離れた、さびれた工場が立ち並ぶ地域の一角にある、今はもう使われていない倉庫の影で、自分のことを待ってくれていた二人に平謝りしながら、俺はいそいそと、合流を果たす。


 挨拶もそこそこで申し訳ないが、残念ながら、時間が惜しかった。


 そうこうしている間にも、取り返しのつかない事態に、なりかねないからだ。


「……役者は、すでに揃っている。後は、自分で見た方が早いだろう」


 確かに、しかめっ面の朱天さんが言う通り、すでに状況が動き出しているのなら、その方が互いに手間もかからず、話も早いか。


「どれどれ……」


 ならばと俺は、この廃墟と呼んでつかえない倉庫の、割れたガラスの隙間から、気配を殺し、中の様子を静かに探る。


「なるほど、ね……」


 そこで繰り広げられていたのは、まったく想像通りの光景だった。




「……ぐううう!」


 ほこりまみれな倉庫の中央で、まるで熊のように大柄な男が、まったく統一感のない怪人の群れに囲まれて、殴る蹴るの暴行を受けている。


 間違いない。あのじっと、ただじっと、理不尽な暴力に耐え続けている巨漢こそ、たこ焼き屋の主人……、天芝あましば大黒だいこくだ。


「親分!」


 そんな大黒さんの後ろで、悲痛な叫びを上げているのは、ねじり鉢巻きがトレードマークの真っ黒な全身タイツ集団なのだが、彼らには……、そしてなぶられている大黒さんにも、なにもできない。


 なぜならば……。


「あなた!」


 たこ焼き屋の奥さん……、天芝摩妃まきが、人質に取られているからだ。


「ヒャ~ッハッハッハッ! さしもの破壊神も、女房を盾にされちゃ、手も足も出せないようじゃのう! 悪の組織ビッグブラッグの親分が、聞いてあきれるわい!」


 錆びた鎖で縛られ、吊るされ、凶悪な造形の怪人二人に見張られ、悲痛な表情を浮かべながら、大粒の涙を流している摩妃さんのすぐ側で、下品すぎる真っ赤なスーツを着た中年男が、胸糞の悪くなるような笑みを浮かべている。


 その様子は、正直に言ってしまえば、不愉快の一言だったが、奴の言っていることが意味のない嘘でもなければ、重要な証言ではあった。


 つまり……。


「ぐ、ぐぐぐぐぐっ……!」


 あそこで、まるで獰猛な獣の如く、顎を噛み、牙を剥き、血走った目で、愛する者に危害を加えた相手を睨みつけている大男が、あの陽気なたこ焼き屋の主人こそが、悪の組織ビッグブラッグの親分ということだ。


 なるほど、初めて出会った時から、とんでもない人物だと思っていたのだが、そうと分かれば納得だった。


 あの締め上げた鯉怪人から、ビッグブラッグという名称を聞いた時には、俺の脳裏ではどうしても、大黒印のたこ焼きちゃんが浮かんでしまったのだが、それは名前が割とそのまんまだということだけでなく、その主人から漂う、いわゆる同族の匂いというやつのせいかもしれない。


 本当に、手に入れた情報というやつは、どこでどんな繋がりを見せるか分からないものだけれど、気になっていた相手に、再び偶然出会えたなんて幸運には、ただただ感謝を捧げずにはいられない。


 だからこそ、俺は今こうして、この場所に間に合っている。


「オラッ! これで関西の……、いいや! この国の天下は! レッドオイスターのボスである、このわし! 蛭海ひるみ夷三郎いさぶろうのもんじゃろがい!」


 ……さて、ああして馬鹿みたいに高笑いを続けている、不愉快な赤スーツ男の自己紹介によって、今の状況を、正確に把握することができたと、考えていいだろう。


 それでは、ここからが、大事なところだ。


「うーむ……」


 ビッグブラッグとレッドオイスターの抗争は、今まさにクライマックスを迎えているのだろうけど、俺たちヴァイスインペリアルにとっては、まだ通過点に過ぎない。


 この混沌とした状況から、一体なにを得るために、どのように動くのか、まずは、それを決める必要がある。


 とりあえず、真っ先に浮かぶ案といえば、このまま事態を静観し、どちらが勝つにせよ、決着が付いた瞬間に、その勝者の油断をついて、一瞬で、完膚かんぷなきまでに叩き潰してしまうことで、二つの組織のトップを排除し、壊滅させてしまう……、なんてところだろうか。


 しかし、冷静に考えてみれば、これはあまり、上手い策だとは言い難い。


 強大な悪の組織を二つも潰せれば、確かに俺たちは動きやすくなるだろうが、それだけだ。結局は、その後の混乱した状況を、独力で平定する必要が出てきてしまう。


 それでは、単純に時間がかかってしまうし、なによりも、こちらの人手が足りなくなる恐れもあれば、その後の情勢がこじれる可能性だってある。


 ここはやはり、すでに地元で強固な基盤を築いている悪の組織の力というやつを、手に入れた方が得策だろう。


 つまり、俺は選ばなくてはならない。


 もうすでに、この地方のを掴みかけている、レッドオイスターか。

 それとも、今まさについえようとしている、ビッグブラッグか。


 果たして、どちらの手を取るのか……。


 さあ、決断の時だ。


「よし、ちょっと二人共、耳を貸してくれる?」


 とはいえ、そんな答えは、俺の中で、もうとっくに決まっている。

 でなければ、そもそも自分は、こんな場所に立っていない。


 決断を先送りして、機を逃すなんて、許されるわけがない。


 俺は、悪の組織ヴァイスインペリアルの、総統なのだから。


「お任せください、統斗さま! 必ずお役に立ってみせます!」

「姫様が、そうおっしゃるのならば……。おい、力を貸してやるぞ」


 笑顔の竜姫さんと、渋い顔の朱天さんに、短い作戦を伝え、俺は立ち上がる。


「それじゃあ、やりますか!」


 悪いけど、ここからは、俺たちの時間だ。




「お邪魔しますよっと!」

「なっ……!」


 ド派手な爆炎と共に、倉庫の壁を吹き飛ばしながら現れた、俺という突然の乱入者によって、完全に空気が凍りつく。


 どうやら、不意をつくことに成功したようだ。目の前の勝利に浮かれていたレッドオイスターも、絶望的な敗北に沈んでいたビッグブラッグも、まるでほうけたように、その動きを止めてしまった。


 これこそまさに、一瞬のエアポケット。


 つまり、チャンスだ。


「そして、こいつが挨拶変わりだ……!」


 俺は両手を開き、手の平を下に向けて水平に保ったまま、前へと突き出し、全ての指先に魔方陣を展開すると、まるでマシンガンのように、魔素エーテルによる弾丸を、途切れることなく速射し続ける。


 厳密にいえば、魔方陣で攻撃するだけなら、別にこんなポーズを取る必要はないのだが、こういう分かりやすい格好をした方が、自分の攻撃をイメージしやすく、ただでさえカイザースーツを具現化するために割いている集中力への負担を、大幅に軽減することができるのだ。


 ついでに、こういう分かりやすい印象付けが、示威行為になったりもするし。


「うばばばばば!」

「ほらほら、ちゃんと避けないと、どうなっても知らないぞ!」


 俺が適当に、滅茶苦茶に撃ちまくっている魔弾によって、錆の匂いがする倉庫は、一瞬で地獄絵図と化した。


 とはいえ、別にこれだけで全てが決着……、というわけではない。間が抜けた幾人かは、情けなくも即効で昏倒してしまったが、残りは必死の回避を続け、その様子はまさに、蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。


 そう、俺の狙い通りに。


「ま、待て! おどれ、人質がどうなっても……!」


 いきなり現れ、問答無用で破壊の限りを尽くす俺に向かって、レッドオイスターのボスである蛭海が、必死な形相でなにか言っているが、聞いてやる義理はない。


 俺はただ、自分のやるべきことを、やるだけなのだから。


「知らねえよ。好きにすればいいだろ?」

「なっ……!」


 渾身のカードを切ったはずなのに、適当にあしらわれてしまった蛭海の顔が、面白いように固まり、言葉に詰まっているが、それも当然か。今まさに、奴の脳内では、目まぐるしい思考の錯綜が起きているはずだ。


 なんだ、こいつは?

 ビッグブラッグの関係者じゃないのか?

 本当に、人質がどうなってもいいのか?

 だったら、どこの組織の人間だ?

 どうする? どうやって、こいつを排除する?


 あまりにも急激に、そして劇的に、急転直下で変化した状況を受け入れ、対応するためには、どれだけ頭の回転が早かろうと、わずかながらも時間はかかる。


 そして、こちらとしては、その僅かな時間で十分だった。


「大体、そんな人質なんて、どこにいるんだ?」

「はっ? お前には、この状況が分から……っ! な、なぜ、一体いつの間に!」


 目的を達成したので、俺は攻撃を中断し、混乱しているらしい蛭海に、現実というやつを教えてやる。


 そう、奴の切り札は、もうすでに意味を成さないという現実を。


「あなた!」

「摩妃!」


 無粋な鎖に捕らわれていた妻は、もうすでに解放されている。

 理不尽な暴力に耐えていた夫も、もはや自由の身だ。


 仲睦なかむつまじい二人は、当然の帰結として、互いの無事を喜び、抱きしめ合う。


 それは本当に、心を打つ光景だった。


「統斗さまー! やりましたー! 作戦成功ですー!」

「ああ、お見事です、姫様! この朱天、感動の余り涙が……!」


 今回の作戦の功労者である竜姫さんが、こちらに向かって無邪気に手を振っているので、俺も軽く手を振り返す。その隣で感動の涙を流している朱天さんについては、あまり触れない方がいいだろう。


 そう、言ってしまえば、簡単な話だ。


 龍脈りゅうみゃくを操る竜姫さんにかかれば、たとえ同行者がいようとも、誰にも気づかれることなく目標に接近するなんて、造作もない。


 そして朱天さんならば、別に鬼の姿に変わらずとも、目標を拘束していた鎖を引き千切ることも、周りにいた見張りを叩きのめすことも、朝飯前だ。


 後は一応、俺が適当に魔弾をばら撒き、保険として敵の注目を集めながら、ビッグブラッグの親分である大黒さんを囲んでいたレッドオイスターの構成員を撃ち抜いてしまえば、見事に解決というわけである。


 めでたし、めでたし……。


「ふざけるな!」


 しかし、せっかく丸く収まったというのに、なにやら気に入らないことでもあったのか、やかましい怒鳴り声を上げる男が一人……。


 まあ、それは当然、全ての目論見を台無しにされた、悪の組織レッドオイスターのボスである、蛭海に決まっているわけなのだが。


「ふざけるな! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! 貴様ら、いきなり出てきて好き勝手しよって……! これから地獄を見せてや……」


 その悪趣味なスーツと同じくらい、真っ赤な顔を歪ませながら、情けない泣き言を吐き出そうとした蛭海だが、途中で声を詰まらせて、黙ってしまう。


 だがそれも、いきなり倉庫の天井を突き破って、五つの影が飛び込んで来たりしたならば、これもまた、当然といえば、当然か。


「やあ、みんな。思ったよりも、早く終わった?」

「うん! こっちに合流したかったから、頑張っちゃったよ!」


 派手に登場して、軽やかに着地を決めた五人組……、その中心にいる桜田さくらだ桃花ももかは、すでにエビルセイヴァーのリーダーであるエビルピンクとして、可憐でありながらもあでやかな、黒で染められたコスチュームと、怪しい仮面を身につけている。


 そして、それはもちろん、他のみんなも同様だ。


「よーし! 身体もほぐれたし、もうひと暴れしちゃおっか!」

「そうですね。ここで大いに活躍して、総統に褒めていただきましょう」


 エビルレッドこと赤峰あかみね火凜かりんは、その両手に猛る炎をほとばしらせながら、エビルブルーである水月みつきあおいは、深い海の底のような色をした弓を構えながら、二人共、やる気に満ちているし、疲れている様子もない。


 どうやら、このまま戦いを続けても、なにも問題はなさそうだ。


「ふふふ、それじゃあ、全てを蹂躙じゅうりんしてしまおうかしら?」

「こんな奴ら、あっという間に、やっつけちゃうんだから!」


 エビルグリーンと化した緑山みどりやま樹里じゅりは、その身の周囲に暗い緑の風をまとい、エビルイエローとなった黄村きむらひかりは、キラキラときらめくような閃光をまたたかせている。


 これならむしろ、この新たなる悪の女幹部たちがやりすぎないように、気を付けた方がいいのかもしれないな。


「……えへへっ! さあ、総統! ご命令をどうぞ!」


 その仮面の下からでも分かる、眩しい笑顔のエビルピンクが、桃色に輝く二丁拳銃を構えながら、俺の指示を仰いだ。


 さてさて、もうすでに状況は、かなり分かりやすくなっている。


 ビッグブラッグの皆さんは、突然乱入してきた俺たちの行動により、親分の大切な奥さんが、無事に助けられたことで、困惑もあるだろうが、事態を見極めようとするかのように、静観を貫いている。それは、俺の攻撃による被害が、彼らにはまったく出ていないというのも、大きな理由だろう。


 一方、レッドオイスターの連中は、俺が狙い撃ちしたことにより、その作戦が失敗したと同時に、かなりの人数が倒されたこともあり、完全に殺気立っている。敵意を隠そうともせず、俺たちを睨みつけているので、非常に見分けがつきやすい。


 そう、俺たちに牙を剥く敵は誰なのか、分かりやすいほどに、分かっているのだ。


「悪の組織、ヴァイスインペリアルの総統として命じる……」


 ならば、この分かりやすい状況を、さらにシンプルにしてやろう。


「我らの敵を、打ち倒せ!」

「ジーク・ヴァイス!」


 俺の号令を受けて、悪の総統の親衛隊たるエビルセイヴァーの面々が、まるで光の線を引くように、目にも止まらぬ速さで、思うがままに暴れ出す。


 そして、殲滅が始まった。


「ば、馬鹿な! ヴァイスインペリアルだと……?」

「ああ、そういえば、自己紹介をしてなかったか」


 こうなってしまえば、後は簡単だ。俺は手を出す必要もなく、こうして怯えた目をした蛭海と、呑気に会話する余裕すらある。


 閃光、爆発、衝撃、破裂。

 その全ては、憐れなレッドオイスターに降りかかる災難だ。


「しかも、総統……? まさか、おどれが、シュバルカイザー……?」

「そうだよ、その通りだ。なんだ、俺もずいぶんと、有名になったな」


 みるみるうちに仲間が倒されているというのに、どうやら追い込まれた蛭海には、それを気にしている余裕はないようだ。同じ悪の組織の頂点に立つ者として、ああはなりたくないものだと、反面教師にでもすることにしよう。


 それにしても、人を指差すな、失礼だろうが。


「あ、ありえん……! ありえるわけがない!」


 失礼な蛭海は、こちらに向けた指先をブルブルと揺らしながら、まるで幽霊にでも遭遇したかのように、驚愕の表情を隠そうともせず、怒鳴り声を上げている。


 どうでもいいけど、もう少し、ボコボコにされてる部下の心配でもしてやれよ。


「お、おどれは、ワールドイーターと……、あの悪魔と、相打ちになったはず!」

「残念だったな。ご覧の通り、ピンピンしてるよ」


 まあ、あの決戦を生き抜いた直後のヴァイスインペリアルは、到底ピンピンしてるなんて言える状況ではなかったわけだけど、それをわざわざ、こいつに説明してやる義理はないし、そもそも今の俺たちは、それほど元気がないわけでもない。


 いやむしろ、絶好調といってもいいだろう。


「お前らが手も足も出せなかった、あの悪魔マモンを倒してな」

「なっ……!」


 この辺りの地方を支配していた、超巨大悪の組織だったワールドイーターを、実質的に牛耳っていたのは、あの規格外の化物なのだ。奴の恐ろしさは、どうやら骨身に染みているのだろう。


 震えていた蛭海の目に、怒りや反抗の代わりに、打算と保身の色が浮かぶ。


 それは本当に、残念すぎる反応だった。


「マジカル! ダークネス・バズーカ!」


 エビルセイヴァーが声を合わせて、必殺の掛け声を上げた瞬間、暗いのに眩しいという、矛盾した輝きが弾け飛び、最後に残った敵たちを、まとめて撃破する。


 どうやら、雌雄は決したようだ。


「さて、それじゃあ、残るはもう、あんただけなわけだけど……」

「ま、待て……! へ、へへっ、ちょっと待ってくれや……」


 ここまできたら、もう自分の末路なんて分かっているだろうに、追い込まれたはずの蛭海は、卑屈な声を出しながら、媚びるような笑みを浮かべている。


 なんだこいつは、気色悪い。


「……分かった、降参する! 貴様らの勝ちじゃ! これからは、この蛭海夷三郎も力を貸したる! だから、勝負はここまでにして、互いに手を組もうじゃないか!」


 なるほど、なるほど、つまりこいつは、自分の能力を売り込み、なんとかこの場を乗り切った上で、あわよくば再起でも図るつもりなのか、俺たちの組織に加わりたいとでも言うのであろう。


 それでは、それに対して、俺は一体、どう答えるべきなのか?


 この蛭海という男は、確かにやり口は強引で、手段を選ばず、他人を陥れ、弱みを握り、笑いながら他人を踏みつける人間のようだが、新興勢力でありながら、僅かな期間で驚異的に勢力を拡大した、その実績は無視できない。


 奴が悪の組織の人間であることを考えれば、自らの欲望を叶えるために、どれだけ汚い手を使おうと、それも一つの方法であるという話でしかないし、結局は同じ穴のむじなでしかない俺が、その所業を責める理由もない。


 そう、悪は悪を非難しない。その資格もない。


 だから、これは、良い悪いの話ではなく……。


「断る。あんたと手を組むなんて、虫唾むしずが走るね」


 好きか、嫌いかの問題だ。


「なっ、なんだと……?」

「どうした? 自分の提案を蹴られた理由でも、聞きたいのか?」


 まさか、これだけあっさりと断られるなんて、思ってもいなかったのか、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていた蛭海の顔が、驚きで引きつっている。どうやら、この男は、無駄に自己評価が高いようだ。


 仕方がないので、はっきり分からせることにしよう。


「だったら、教えてやるよ。俺は、あんたのやり方が気に入らない。あんたの態度が気に食わない。あんたの笑い声が不愉快だ。あんたの服のセンスも最悪だと思うし、あんたの腐った性根には、ムカついて仕方がない……、まだ聞きたいか?」


 俺に蛭海の悪行を、非難する資格があろうとなかろうと、関係無い。


 気に入らないものは、気に入らないし、嫌いなものは、嫌いなのだ。 


「そ、そんな個人的な理由で……!」

「いいんだよ。個人的な理由で、自分勝手に決めて」


 当然だ。

 自分の気持ちを、我慢する必要なんて、あるわけがない。


「だって俺は、悪の総統なんだから」


 自分のやりたいことを、自分のやりたいようにする。

 それが、俺の信条だ。


 誰に責められようと、非難されようと、それだけは決して、曲げることはない。


「そもそも、あんたみたいに信用できない、いつ背中から刺してくるかも分からないような奴を、仲間にしたいなんて、思うわけがないだろうが」

「ぐっ……!」


 どうやら、思い当たる節でもあるのか、蛭海は言葉を詰まらせている。


 確かに、俺にはヴァイスインペリアルの総統として、組織のために、常に最善を尽くす義務がある。しかし、それはあくまでも、俺自身が決めた最善でしかない。


 この蛭海という男が、どれだけ有用な力を持っていようとも、俺たちの仲間として受け入れることはできないし、したくない。


 それが俺の出した、俺の答えだ。


「というか、あんた、なにか勘違いしてるだろ?」

「か、勘違いだ、と……! ぐええ!」


 さて、俺にとって必要がない相手に、これ以上時間を割いてやるのは、正直言ってもったいないので、話をさっさと進めることにしよう。


 俺は魔方陣を使い、目の前の残念な男を、強引に拘束する。


「この戦いに決着を付けるのは、俺じゃない」

「ち、ちょっと、待てや! まさか、や、やめ……!」


 そして、これからなにをされるのか、ようやく気が付いたらしい蛭海を、魔方陣を操り、浮かせ、そのまま目的の場所へと、怒れる男の眼前へと、放り投げる。


「やっぱり最後は、当事者同士で決めるもんだろ?」


 そもそも俺たちは、ただの部外者であって、これはあくまでも、レッドオイスターとビッグブラッグの抗争なのだ。


 だから、この戦いに決着をつけるなら、双方の悪の組織を束ねる、この二人が対峙する状況こそが、相応しい。


「……おう、蛭海。今回はずいぶんと、好き勝手やってくれたのう……」

「だ、大黒……! 待て! 落ち着け! は、話を……!」


 外道な罠に嵌められたビッグブラッグの親分は、その山のような巨体から、恐ろしいほどの殺気を漲らせている。ただでさえ圧倒的な巨漢だというのに、その肉体は、さらに膨れ上がり、その揺るぎない殺意を表すように、皮膚はドス黒く染まり、額に赤く輝く模様は、まるで第三の眼のようだ。


 なるほど、あれこそが恐れられた破壊神、というわけか。


「黙らんかい! お前も組織の長なら……!」

「ひ、ひ、ひっ……!」


 レッドオイスターのボスであるはずの蛭海が、まるで子供のように怯えているが、さもありなん。どちらが強者かなんて、誰の目から見ても、明らかだ。


 まあ、そもそもの話、まともにやって正面から勝てるなら、こんなしょうもない、小細工でしかない作戦を取る必要なんてないのだから、まともに向き合えばこうなることは、蛭海本人が一番、よく分かっていたのだろうけど。


「最後のケジメくらいは、自分でつけたらんかい!」

「ごぎゃ!」


 そして、決着は一瞬だった。


 漆黒に染まった大黒さんが振り下ろした、巨大な右拳に叩き潰されて、まるで隕石が衝突した蛙とでも呼べばいいのか、悲惨というか、むごたらしいことになった蛭海だが、どうやらギリギリで生きてるようなので、特に気にしなくてもいいだろう。


 ここからが、俺にとって……、そしてヴァイスインペリアルにとって、非常に重要な局面なのだから、そんな些細な出来事に、構っている暇はない。


 ビッグブラッグとレッドオイスターの物語は、ここで終幕を迎えたのかもしれないけれど、俺たちヴァイスインペリアルにとっては、ここからが始まりなのだ。


「……よう、シュバルカイザーやったか。ありがとうな。あんたのおかげで、大事なもんを、失くさずにすんだわ」

「いやいや、別にいいさ。お礼なんて、必要ないよ」


 因縁の相手……、だったのかどうかは知らないが、とりあえず、見事に敵対組織を撃破した大黒さんが、こちらに向けて感謝の言葉を述べているが、残念ながら、はいそれでおしまいです、というわけにはいかない。


 なぜなら俺たちは、悪の組織なのだから。


「だって……」


 当然だが、その行動には、裏がある。


「これから、あんたたちは、俺たちの傘下に入ることになるんだからさ」


 さて、それでは本題を、始めよう。


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