3-7
爆発、轟音、衝撃、悲鳴。
この一瞬で起きたことは、大体それで全てだった。
状況は、シンプルといえば、シンプルだろう。
レッドオイスターという、この地方の征服を狙う悪の組織が、この辺りで最後に残った敵対組織であるビッグブラッグに対して、攻撃を開始したのだ。
「さて、どう動くべきか……」
事前に情報は掴んでいたのに、もう少し時間に余裕があると思い込むなんて、自分の認識の甘さを責めたいところだが、今はそれどころではない。俺は思考をフル回転させて、今後の対応を検討する。
こうしている間にも、さらなる爆発が、さらなる轟音が、さらなる衝撃が、さらなる悲鳴が巻き起こり、被害は刻一刻と、拡大してしまう。
ざっと気配を探ってみたが、俺たちがいる辺りには、まだ敵の気配はない。事前にバディさんが安全を確認していたので、当然といえば当然だが、少なくとも、考えをまとめるくらいの時間はありそうだ。
「これは……、陽動か?」
最初の一発から、次々と爆発は続いているが、その全てが同じ場所からというわけではない。音の聞こえ方から位置を考えると、まるでこの街全体に散らばるように、バラバラの場所で騒動は起きているようだ。
その露骨な配置から、レッドオイスターがビッグブラッグの戦力を分散させようとしているのだろうということは、簡単に想像できるけど……。
しかし、それにしても……。
「まだ日も高いっていうのに、こんな大規模な攻勢を仕掛けてくるとか、完全に舐められてるぞ、正義の味方」
「くっ、くそっ! 悪の組織風情が、調子に乗りやがって!」
どうやらこんな男でも、市民の平和を守る者としての、プライドみたいなものは、まだ持っているようで、正義の味方マインドリーダーの片割れである
まあ、やる気があるのは、いいことだ。
「ほら、起きて」
「う、うひゃん! あっ、ありがとうございますう……、フヒヒッ……」
俺はとりあえず、いまだに地面に倒れ伏し、びくびくと細かく震えながら、荒い息を吐いていた女……、もう一人のマインドリーダーである、
しかし、なにやらボーっとした顔で、フラフラとしているが、大丈夫だろうか?
これから少し、働いてもらわないと、困るのだけれども。
「バディさん、ちょっといいですか?」
「……うん、なに?」
まるで影のように、俺に寄り添っていた細身の男が、陰気にぼそぼそと呟く……、のはいいのだけれども、正直、距離が近すぎるので、もう少し離れて欲しい。
とはいえ、ここで罵倒したり、殴ったりすると、逆にこいつは喜びだすので、面倒なこと、この上ない。仕方ないから、今はスルーだ。
「そこにいる津凪と、連絡先を交換しといてください」
「……えー、ああいうタイプは、あんまり好みじゃないんだけど……」
いや、うるせえよ。
別にあんたのプライベートを潤わせるために、男紹介してるわけじゃないんだよ。
「仕事だ、仕事。今後のために、安全な端末を渡しておいてって話だよ」
「ああ、なるほど……」
まあ、この場合の安全というのは、
まあ、それは別に、今は言わなくても、いいことだろう。
「い、いや、待て! 俺はまだ、お前と組むと、決めたわけじゃ……!」
「それじゃ、マインドリーダーのお二人は、この火急の問題に対して、さっさ正義の味方として働いてくれ。バディさんは、周囲の状況を探りつつ、一般人や街に被害が出そうだったら、避難誘導なり、敵を倒すなり、お願いします」
慌てた津凪が、なにやら文句を言いたそうだが、残念ながら、まだ決めたわけじゃないなんて口走っている時点で、こちらの話に興味があることは分かっている。強引に連絡手段を渡そうとすれば、奴は文句を言いながらも、結局は受け取るだろう。
だったら今は、わざわざ構ってやる必要はない。
「……了解。総統は、どうするの?」
「ああ、俺はとりあえず……」
今はそれよりも、優先すべきことがある。
「近くで暴れてる奴らを、手当たり次第に、ぶっ飛ばして回るから」
それでは、気合を入れ直そう。
「これはまた、ずいぶんと派手に暴れてるな……」
バディさんたちと別れた俺は、とりあえず、一番近くの爆発現場である、短い川の近くにあるアーケードへと飛び込んだのだが、そこはもう、酷い有様だった。
巨大なカニの看板が崩れ落ち、大きなふぐのオブジェが地に墜ちて、おめでたい紅白の衣装と黒眼鏡が印象的な人形が、地面に倒れ込み、目に眩しいド派手な飲食店や土産物屋などなどが、無残に荒らされてしまっている。
休日の昼下がりということで、かなりの人通りがあったのだろう。まさに阿鼻叫喚の大混乱といった感じで、人の波が外へ外へと逃げようとしてるが、その流れに逆らいながら進んでいけば、その元凶を見つけることは、簡単だった。
「ガハハハッ! せいぜい大きな悲鳴を上げろ! モ~ミモミモミモミジッジ!」
「……オラッ! とっとと来いやー! ビッグブラッグ!」
「キーッ! キーッ!」
まず目に付くのは、集団の真ん中で高笑いをしている、珍妙な姿の怪人だ。赤い星の集合体かとも思ったが、あの意味不明な雄叫びから考えると、もしかして、
そこから少し離れて、集団の先頭に立っているのは、おそらく金のしゃちほこ怪人といったところか。生物的というよりは、置物というか、無機物っぽいので、印象的にはロボに近いが、どうやら人間のようだ。
そして、その周囲で奇声を上げながら、暴れに暴れ回っている赤黒い全身タイツの集団は、いわゆる戦闘員というやつだろう。
そうなると……、とりあえず、数が多いのが邪魔か。
「よっと」
俺は右手で指鉄砲を作り、その指先に魔方陣を展開して、周囲の
ついでに、その魔弾一発一発には、普通の人間だったら、まず耐え切れず、即効で気絶するだけの
「キッ、キキーッ! キーッ! キーッ!」
突然、脈絡もなく放たれた弾丸を、完璧に避けられるような
このくらいなら、別にカイザースーツを着なくても、十分に対処は可能だろう。
「な、なに……、がっ!」
「はい、遅い」
いきなり仲間が倒されたことで、動揺したらしい金のしゃちほこ怪人に向けて、俺は全身に命気を漲らせ、獣のように飛びかかり、そのまま相手の頭を引っ掴み、地面へと思い切り叩きつける。
こっちの怪人を狙ったのは、単純に距離が近かったからなのだが、そういう意味では不運だったというか、少し可哀想なのかもしれない。
こいつには、色々と聞かないといけないしな。
「き、貴様はっ、ビッグブラッグの、人間か!」
「いいや、ただの観光客だ」
なるほど。この期に及んでも、まだそんなことを聞くなんて、やはりこいつらは、レッドオイスターの手先だと考えてよさそうだ。
しかし、顔面をコンクリートに半分以上埋めているというのに、陽動で誘い出した敵の所属を確認しようだなんて、ずいぶんと律儀な怪人だな。
まあ、これだけ暴れて、街の皆さんに多大な迷惑をかけておいて、だからなんだという話ではあるのだが。
「そっちの質問に答えたんだから、次は俺の番だよな?」
「ぐぐっ……!」
なんにせよ、俺は俺のやるべきことをやるだけだ。このままでは話も聞きづらいのので、正面に回り、相手の首を掴んで、持ち上げてやる。
さて、それでは本格的に……。
「ジジジッ! 喰らえ! バーニング・リーブス!」
などと、俺が考えていたら、いきなり邪魔が入ってしまった。
もう一人、残っていた方のモミジ怪人が、その体表から、文字通り紅葉にしか見えない、真っ赤な葉っぱのような物体を、まるで紙吹雪のように飛ばしてきた。
そして、次の瞬間、俺と、俺が片手で掴みあげている金のしゃちほこ怪人の周囲を埋め尽くした、その大量の紅葉全てが、赤く発光して……。
爆発した。
「モ~ミモミモミ! どこのガキだか知らんが、隙だらけ……」
「悪いな。これは隙じゃなくて、余裕っていうんだよ」
とはいえ、だからどうしたというか、この程度の攻撃なら、警戒の必要すらない。俺が事前に展開していた魔方陣による障壁を破るどころか、揺らすことすらできない攻撃に、脅威を感じろというのも、無理な話だ。
「ばっ、馬鹿な……!」
「それから、これも悪いんだけど、あんたは邪魔だから、黙っててくれ」
残念だけど、話を聞くなら、一人でいい。こちらに不意打ちを仕掛けるほど敵意が強い奴の相手を、根気よくしてやる気もないので、さっさとご退場していただこう。
「が、がぎっ……!」
「うん、静かになった」
俺はその場を動かず、モミジ怪人を包み込むように魔方陣を展開し、その内側を極限まで冷やすことで、相手を凍らせてしまう。これなら、もう間違っても、爆発なんてすることはないだろう。
よし、邪魔者は排除した。
「それじゃあ、質問の続きといこうか」
「な、なにが聞きたいんだ……」
おお、これが怪我の功名ってやつか。モミジ怪人をあっさり排除したことで、この金のしゃちほこ怪人は、どうやら彼我戦力差を冷静に判断してくれたのか、無駄な抵抗を諦めてくれたようだ。
もしくは、仲間に自分ごと始末されそうになって、レッドオイスターに不信感でも抱いてくれたか……。
どちらにせよ、話がスムーズで、実にありがたい。
「お前たちの、この陽動の目的は、一体なんなんだ?」
「わ、分からない……。ほ、本当だ! 自分たちは、ただ、最初の合図である爆発が起きたら、それぞれ指定の場所で、好きに暴れて、ビッグブラッグの構成員をおびき寄せろと言われただけで、それ以外は、なにも……!」
……そういえば、さっき締め上げた鯉怪人も、同じようなことを言っていたな。
つまり、あれと同じような役割を持った怪人たちを、複数個所に配置して、その中の誰か一人が暴れ出せば、残りも連鎖的に暴れるようにだけしておき、作戦の詳細は教えないことで、情報の漏えいを防いでいるわけだ。
この予想が正しいのならば、なんとも念の入った話である。
「……その場所の指定とやらは、誰にされたんだ?」
「レッドオイスターのボスだ! だ、だけど、それがどんな奴かは、自分たちみたいな
決して我慢できない怒りを、抑えきれない
だとすれば、レッドオイスターのボスとやらは、ずいぶんと
なるほど……、バディさんも言っていたな。
レッドオイスターは、手段を選ばないことで有名、か……。
「……つまり、あんたはそれ以上、なにも知らないと」
「ああ、そうだ……!」
だとすれば、ここで金のしゃちほこ怪人をイジメていても、有益な情報は引き出せないだろう。他の場所では、まだ破壊活動が続いていると思えば、ここで事の真偽を丁寧に確かめている時間があるとも、言い難い。
ならば、残念だけど、仕方がないか。
「分かった。それじゃあ、少し寝ててくれ」
「ぐ、ぐうっ!」
俺はとりあえず、相手の首を掴んでいる右手から、大量の命気を送り込み、強制的に気絶させてしまう。悪いけど、今の自分には、それくらいしかしてやれない。
崩れ落ちた金のしゃちほこ怪人の境遇には、同情の余地があるのかもしれないが、こちらには、こちらの事情というものがある。
「さてと……」
とにもかくにも、この場の騒動を鎮圧したことだけは、収穫といえば収穫か。
やはり、俺たちヴァイスインペリアルの最終的な目的が、この地方を支配することである以上、その重要な中心街の一つを、これ以上、無駄に破壊させるのは、こちらとしても、あまり望ましくない。
というか、侵略しようとするならするで、もっとよく考えてから、行動に移せよ、レッドオイスター。せっかく手に入れても、それがボロボロだったら、どんどん価値が下がってしまうじゃないか。
それだけ強引に、是が非でも奪いたいのかもしれないが、正直、こちらとしては迷惑というか、勘弁して欲しい。
やるならもっと、スマートにしてくれよ。
「とりあえず、他の場所も回るか?」
しかし、今のところは、それくらいしかやることがないというのも、なんだか残念というか、歯痒いところではある。
できれば、もっと根本的な解決のために、動きたいところなんだけど……。
「……おっと」
なんて、俺の儚い願いが天にでも届いたのか、絶妙のタイミングで、俺の携帯から着信を告げる音楽が鳴り響いた。
さて、これは吉報か、それとも凶報か……。
「もしもし、
『
そして、いつもの彼女らしくない、とても慌てた様子の桃花が、俺に告げた。
『あの、たこ焼き屋の奥さんが、
……そうか、そういうことか。
「落ち着け。なにがあったんだ?」
『う、うん、あのね……』
桃花からもたらされた情報によって、今回の騒ぎの目的について、おおよその検討はついたけど、それだけではまだ、次にどう動くべきか、判断ができない。
ここはもう少しでも、詳細な話を聞きたいところだ。
『遠くで、爆発音がしたと思ったら、たこ焼き屋さんに、すぐに連絡が来たの。そうしたら、二人はすぐに店じまいしちゃって、急いで車で走り出して……』
起きたことを話しているうちに、落ち着いてきたのか、桃花の声に冷静さが戻る。これなら、正確な情報が聞けるだろう。
「なるほど、それから?」
『うん! それで、わたしたちは、統斗くんに言われた通り、あのたこ焼き屋さんに張り付いて、後を追ったんだけど、車が止まって、あのたこ焼き屋さんのご主人が、慌てた様子で飛び出して行ったらすぐに、沢山の怪人たちが出てきて、奥さんを無理矢理、連れて行っちゃたの!』
超巨大な悪の組織が、これだけ大規模な破壊活動を行っている裏で、わざわざピンポイントに、一般市民の誘拐を
つまり、こんな派手な陽動を仕掛けたレッドオイスターの目的は、最初から、あのたこ焼き屋……、
これはどうやら、もしものことを考えて、用心しておいて正解だったか。
「分かった。その奥さんが、どこに連れていかれたのかは、掴んでる?」
『大丈夫!
本当だったら、あのたこ焼き屋の正体を探るために、みんなには、あそこに残ってもらっていたのだが、どうやら思惑とは別のところで、思わぬ
これなら、もう次の手は、決まったも同然だ。
「……よし、それじゃあ、そっちは俺が行くから、桃花たち、エビルセイヴァーは、この街の各所で破壊活動を行っている悪の組織を、殲滅して回ってくれ。それ以外の組織や、国家守護庁との戦闘は回避して、ある程度状況が落ち着いてから、こっちに合流してくれれば、大丈夫だから」
レッドオイスターによる襲撃の面倒なところは、それが非常に広範囲であるという点だが、実際に暴れているのは、作戦の目的も知らされていないような下っ端ばかりなので、これだけ人数を割けば、それほど時間をかけずに、沈静化できるはずだ。
後は……。
「それから、竜姫さんと朱天さんには、俺が向かう現場に来てくれって、伝えておいてくれないか? 向こうの状況が予想通りなら、絶対に、あの二人の力が必要になると思うから、そこで落ち合いたいんだ」
『うん、了解だよ!』
念には念を入れて、万全を
「それじゃあ、頑張ってくれよ、桃花!」
『任せて! 統斗くんも、気をつけてね!』
頼れる仲間に後を託し、俺は携帯をしまって、再び気合を入れ直す。
事態は急展開だが、運は俺たちに味方している。この状況に置いていかれることもなく、この地方の覇者を決めるであろう、レッドオイスターとビッグブラッグの抗争における重大な局面に、間に合うかもしれないというのは、奇跡ですらある。
事此処に至れば、俺としても、全力を出さない理由がない。
「――
さあ、ここからが、覚悟と信念が試される、天下分け目の決戦だ。
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