3-6
情報は、生き物だ。
どれほど
情報の
だからこそ、情報は生き物であり、それを上手く扱うには、熟練した
なので、俺は独りでベンチに座りながら、そのプロの到着を、黙って待つ。
そう、独りで、だ。
こういう危険な情報のやり取りは、目立たず騒がず、隠密行動が基本だと、相場は決まっているのだから。
流石に、あの大所帯では、他人の目を引きすぎてしまうこともあって、みんなには引き続き、
そして、こうしてまるで、スパイ映画のワンシーンのように、この寒空の下で、俺が静かに待っているのは……。
「ふっ、ふふふ……、総統と待ち合わせなんて、これはもうデートと同義……、し、仕事が終わったら、そのままホテルで……、ふ、ふふふふふ……」
「黙れ、ナマモノ。それ以上、不快な妄想を垂れ流すな」
我らがヴァイスインペリアルの貴重な怪人にして、諜報活動担当の、ナルシストにしてマゾヒストという
「それで、情報は?」
枯れ木でにぎわう並木道にて、なんの変哲もないベンチの端に座った俺は、反対側の端にいるバディさんに、冷静に問いかける。
中途半端な時間だが、休日ということもあり、そこそこの人通りこそあるが、特に仲が良さそうでもない男二人の会話なんて、誰も聞こうとはしないだろう。
それに、もし誰かに聞かれたとしても、一般人からしてみれば、ただの意味不明な会話でしかないはずだし、敵対組織による監視の目がないことは、すでにバディさんが確認している。
もちろん、バディさんが敵の存在を見逃していることもあるかもしれないが、それならそれで問題ない。俺たちという新たな敵の出現に、そいつらが慌ててくれるか、警戒でもしてくれれば儲けものだし、むしろ色めきだって、関係者が、この場にでも出てきてくれれば、そいつをぶちのめして、もっと詳しい情報を搾り取ればいいだけなので、しめたものだ。
「……まずは、この地区の状況から、始めます……」
先ほどは浮かれた様子を見せていたバディさんだが、流石はプロというべきか、今ではすっかりと落ち着いて、会話ができるようになっている。
まあ、流石に不気味すぎたので、思わず思い切りぶん殴ってしまったのが、功を奏したのかもしれない。とりあえず、それで満足してくれたようだ。
「この地方全体を支配していた悪の組織……、ワールドイーターが、見事に壊滅したことにより、その後釜を狙う者たちのせいで、この前まで、酷い混乱状態が続いていたけれど、最近ようやく落ち着いて……、残りの組織は、二つに絞られました……」
バディさんの報告を受けながら、俺は頭の中で、情報を整理する。
とりあえず、今のところは、最後に美味しいところだけを
「まず、一つ目の組織の名は、ビッグブラッグ……。これは古参の組織で、元々は、ワールドイーターが勢力を伸ばす前に、この辺りを本拠地としていたのだけれども、闘争に敗北して、しばらく身を隠していたみたい……」
ビッグブラッグという名前自体は、先ほど拷問……、じゃない、尋問した鯉怪人の口から出ていたが、詳細が出てきたのは、初めてか。
でも、なるほど。確かにワールドイーターという組織は、悪魔マモンの力によって急成長した組織なので、奴らが勢力を広げる前に、別の悪の組織がいても、不思議はないのか。なんだか、失念していたけれど。
「ちなみに、ビッグブラッグのボスは、悪魔マモンと直接対決して、確かに、負けはしたけれど、見事に逃げおおせたって話があるよ……」
「……あの悪魔から? それは凄いな」
直接戦い、死闘を繰り広げた俺からすれば、あの圧倒的で、絶望的で、規格外な化物を相手にして、命を守って逃げるということが、どれだけ難しいかなんて、分かりすぎるくらいに、分かってしまう。
あの悪魔が、倒した相手の骨までしゃぶることしか考えてないような奴が、獲物を取り逃がすなんて、普通ならば、ありえない。
これは、そのボスとやらを、まともに相手にしたら、大変なことになりそうだ。
「そんなビッグブラッグは、仇敵だったワールドイーターが壊滅したことで、古巣に再び舞い戻り、もっとも激戦区だった、この関西の中心地区を、あっという間に平定して、自分たちの手中に収めている……」
なるほど、悪の組織が入り乱れ、覇権を争っているために、この地方は大いに荒れていると聞いていたのに、いざ来てみれば、それなりに平和そうに見えたのは、どうやらビッグブラッグが、この街を守っていたからのようだ。
これだけ短い期間で、ここまで完璧に秩序を取り戻してみせるなんて、ボスだけでなく、組織としてみても、やっぱり決して油断はできない……、ということか。
「……二つ目の組織は、レッドオイスター……。こちらは、新興の悪の組織で、どうやらワールドイーターが壊滅した後に、結成されたみたい……」
レッドオイスター……、というのも、やはり聞いたことがある組織の名前だ。確かあの鯉怪人が所属しているとか、なんとか言っていた気がする。
「こっちは、勢いが凄いね……。ワールドイーターが支配していた地域の中で、本拠地があった、この地区を除いて、残りは全て、そのレッドオイスターが、見事に奪い取っている……」
それはまた……、随分と勢いのある話だ。
その勢力を伸ばしに伸ばしたワールドイーターは、最終的に関西地方をほぼ掌握していたはずなので、それを殆ど手に入れたとなると、尋常ではない。
しかも、この短期間でそれを成し遂げたとなれば、その手腕は恐るべきものだと、警戒するべきだろう。
「ただ、レッドオイスターはその分……、手段を選ばないというか、かなり汚い手を使うことで、有名かな……」
つまり……、ビッグブラッグは混乱をおさめて、レッドオイスターは混乱に乗じたというわけか。
これは別に、どちらが良くて、どちらが悪いという話ではない。ただ単純に、どちらも悪の組織として、尋常ならざるポテンシャルを持っているという、本当にただ、それだけの話にすぎない。
そもそも、ビッグブラッグもレッドオイスターも、そして俺たちも、等しく悪の組織という、悪い奴らであることに、変わりはないのだ。
悪が悪を非難するなんて、笑い話にもならない。それこそ残念な、ナンセンスな話にしかならないだろう。
「なるほど……、要するに、今この地区を押さえているのがビッグブラッグで、その周囲は全て、レッドオイスターが支配しているって感じなわけだ」
「そうなるね……」
単純にそれだけ聞くと、ビッグブラッグの方が不利に思えるが、彼らのボスが悪魔とも渡り合った猛者であることと、レッドオイスターからしてみれば、どれだけ支配領域を広げようと、ワールドイーターの本拠地があったこの地区を自分たちのものにしなければ、完全勝利とは言い難いだろう心情を考えれば、これからなにが起こるか分からない、激戦となるであろうことは、想像に
つまり、状況は煮詰まり、決着は迫っている、ということだ。
「それから、僕が掴んだ情報だと、レッドオイスターが、邪魔なビッグブラッグに対して、すぐにでも最後の大攻勢を仕掛ける……、なんて話もあるみたいだ……」
そして、どうやらその時は、俺が思ったよりも、近いのかもしれない。
「すぐにでもって……」
「……今日、これから今すぐに起きても、おかしくない……、って感じかな……」
そういえば、あのレッドオイスターの鯉怪人は、ビッグブラッグの縄張りである、この街で、自分の組織から好きに暴れろと命令を受けた……、なんて言っていたな。
もしかしたら、それもその、レッドオイスターによる大攻勢とやらの、
「……それだけ
悪の組織が大暴れしているとはいえ、それはまだ、裏の世界の話であって、それが表面化しないように蓋をするのが、国の機関である国家守護庁の役目のはずだ。
こんな、すぐにでも火薬庫に火がつきそうな状況を放っておくなんて、普通なら、考えられないのだけれども……。
「正義の味方のみなさんは、東の方を攻めるのに忙しいからね……。こっち側には、最低限の人員しか置いてないみたいで、表面上は、仕事してるように見せてるけど、他の悪の組織からの執拗な侵攻に対して、実際にここの治安を維持してるのは、控えめに言っても、ビッグブラッグの構成員たちだね……」
……それはまた、難儀なことで。
いや、まあ、そもそも、最初から俺たちは、国家守護庁の、そういう隙というか、方針の裏をかくことを狙って行動しているので、これはむしろ、望ましい展開というべきなのかもしれないけれど、それはそれとして、正義の味方という存在には、死力を尽くしていて欲しいというか、もっと一生懸命に、市民を守るために行動していて欲しいと思ってしまうのが、人情というやつだろう。
悪は悪を非難しないが、正義には、文句を言うものなのである。
「そうか、そうなると……」
なんにせよ、大まかな現状は、理解したつもりだ。
それを踏まえた上で、これからどう動くのが最善か判断するのが、悪の総統としての俺の役目……、なんだけど……。
「……うんっ?」
そんな、悩める俺の視線の先に、どこかで見覚えのある影が二つ、飛び込んできたのは運命なのか、必然なのか。
どちらにせよ、もしかしたら、これは使えるかもしれないな……。
「くそっ! どうしてこの俺様が、道にぶっ倒れていた怪人の回収なんて、下っ端がやるような仕事をしなければならないのだ!」
「ひっ、ひひっ、人手不足だから、仕方ないよ、兄さん……」
妙に尊大な男と、妙にビクビクしている女が、並んで歩いている。二人共、個性的なデザインの制服を着ているが、あまり目立ってはいない。どうやら、奇抜ではあるが街に溶け込めるように、工夫を凝らしているようだ。
まあ、それはどうでもいいか。
獲物を捕捉した俺は、ベンチから立ち上がり、静かに彼らの後を追う。
「しかし、しかしだ! あんな魚を運んだせいで、なんだか、全身が生臭くなった気がして気持ち悪いぞ!」
「そ、そうだね……、というか、本当にちょっと臭いから、少し離れていい?」
なにやらよく分からない話をしながら、街をパトロールしているらしい二人組は、誰がどう見ても隙だらけだが、仕掛けるならば、急いだ方がいいだろう。
今はまだ、辺りの雑踏に紛れて気付かれていないが、あまり時間をかけすぎると、あの兄妹には、こちらの心を読まれてしまう可能性がある。
だからこそ、俺は一気に距離を詰め、並んで歩いている二人の間に強引に割り込みながら、相手を拘束するように手を回し、同時に肩を組んでしまう。
「よー、マインドリーダーと、リードだっけ? こんなところで、奇遇だな!」
その瞬間、まるで
まったく、せっかく俺の方から話しかけてあげたというのに、失礼だなあ。
「き、ききき、貴様は! シュ、シュシュシュシュ、シュバルカ……、うぷっ!」
「あわ、あわわ、あわわわわわわわわ……、い、いやああ……、はうっ」
「はいはい、天下の
不本意なことに、いきなり悲鳴を上げようとしている、残念な二人の口を、素早く手で
このままでは、流石に目立ってしまうし、下手に暴れられても困る。
まったく、本当に手がかかる二人で、参ってしまう。
というわけで、俺は手頃な路地裏へ、二人を無理矢理、連れ込んだ。
「……くっ! シュ、シュバルカイザー! きき、貴様が、なぜここに!」
「……あば、あばばば、また、また汚されてしまううう……」
とりあえず、人気のない場所に到着したので、その口から手を離した途端、二人がぎゃあぎゃあと騒ぎ出してしまった。まったく、遺憾である。
「まあまあ、まずは落ち着けよ」
これでは、冷静な話し合いというやつが、できないじゃないか。確か、この二人は俺よりも年上だったはずなので、もっと大人らしい余裕を持って欲しい。
「とりあえず、まだ日も高い街中なんだから、シュバルカイザーって呼ぶな。仕方ないから、俺のことは、名前で呼ぶことを許してやるから」
「う、うるさい! だったら貴様も、俺たちを正義のコードネームで呼ぶな! 俺の名前は、
よしよし、コミュニケーションの始まりは、やっぱり自己紹介からだよね。順調に健全な関係を築けているようで、一安心だ。
そしてなにより、いちいちマインドリーダーじゃ、面倒臭いし。
「ふーん……、そっちは?」
「ひっ! フ、フヒッ、あ、あの、
なぜか俺に対して、隠しきれない
「なるほど、なるほど、了解、了解。それじゃあ、まずはそっちの質問に答えてやるから、ありがたく思ってくれ。なぜ、俺がここにいるのか? 野暮用だ。以上」
さて、時は金なりというし、どうでもいい挨拶がすんだところで、さっさと本題に入ることにしよう。
「こ、答えになって、いな……、むぎゅ!」
「じゃあ、次はこっちが質問する番だな。そっちこそ、どうして、この街にいる?」
無用な口を挟もうとした津凪を片手で制しつつ、俺は頭の片隅から、この二人に関する情報を引っ張り出す。
国家守護庁に所属している正義の味方、マインドリーダー。
その名の通り、心を読む
その時は、総統である俺自らが、その全力を持って、撃退して差し上げたわけなのだけれども、まさか、こんなに早く、しかもこんな場所で再開するとは、思ってもいなかったので、その理由を知りたいと思うのは、当然の心情だろう。
なので、こちらの質問には、ぜひとも
「うん? どうした? ほら、さっさと答えてくれ」
「……頬を掴まれていたら、答えられないと思うよ……、うらやましい……」
俺の後ろを、まるで影の様についてきていたバディさんが、なにやら粘っこい口調で進言してきた。どうでもいいけど、気持ち悪いから、本当にうらやましそうな顔をして、指をくわえないでください。
しかし、なるほど、それもそうか。顎が外れるほど、強く掴まれていたら、喋るのが難しいのは、当然といえば、当然か。
いやー、失敗、失敗。
自らの過ちを、素直に認めた俺は、ジタバタと暴れていた津凪を解放する。
「ぶ、ぶはっ!」
「それで、答えは?」
さて、さて、些細な問題は解決したし、ここからどんな話が聞けるやら……。
「き、貴様のせいだろうが!」
「……はあ?」
だがしかし、せっかく自由にしてやった津凪から飛び出したのは、まったく身に覚えのない、言いがかりにも等しい、意味不明な罵倒の言葉だった。
誠に遺憾である。
「貴様が大人しく負けないから、俺は時間外に兵装を無断で持ち出しただの、あまつさえ、それを破壊されただのと、理不尽な責めを受けて、こんな場所まで飛ばされるハメになったんだろうが! エリート街道を突き進んでいた、この俺が!」
えーっと、つまり、なんだ、ようするに……。
「なんだ、ただの逆恨みか」
「ふざけるな! 正当な主張だ!」
いやあ、普通に身から出た
ここはとっとと、話を進めてしまうに限る。
「まあまあ、さっきから言ってるだろ? 落ち着けよ」
「じ、自分のことを殺しかけた奴を前にして、落ち着いていられるか!」
殺しかけた、なんて物騒な。
まあ、確かに、この前戦った時は、ついつい全力を出しすぎて、こいつをボコボコというか、ボロボロというか、グチャグチャにしてしまったけれど、流石に、これはちょっとやりすぎたかなと反省して、ボロ雑巾よりも酷い有様だったこの男に、俺の
それがなければ、あんな重傷を負ったというのに、こんなに早く仕事に復帰できるレベルまで回復できるなんて、ありえるわけがない。
つまり……。
「おいおい、俺はむしろ、お前の命を助けてやったんだぞ? いわば、命の恩人だ。だから、その慈悲に感謝して、その足りない頭を、地面にこすりつけてもいいぞ」
「む、無茶苦茶なことを言うな! そもそも、お、お、俺を、こ、殺しかけたのは、貴様だろうが! 人を実験用のモルモットみたいに、いたぶりやがって!」
心外な。
俺はモルモットには、もっと優しくするぞ。動物好きだし。
「そ、そ、そんな濃密で、激しいプレイを……! う、うらやましいを飛び越して、
そして、なにやらよく分からない嫉妬をしているらしいバディさんが、気が滅入るほどに、やかましい。というか、プレイとかいうな、気色悪い。
ええい、こっちは無視だ、無視。これじゃあ、話が進まない。
「はっはっはっ、まあ、それは置いといて」
「置いておけるか! あの
うーん、なかなか面白……、じゃない、壮絶なトラウマを抱えているようだけど、正直なところ、興味がないというか、今はそんなことよりも、ちゃんとこちらの話を聞いて欲しいのだけれども。
まったく、いつまでも、チワワのように震えているのは、やめて欲しい。
「うんうん、あんたの主張は分かったから、少し黙ろうか? じゃないと、寝る前に飲む薬の量が、その倍以上は必要にしてやるぞ?」
「ひ、ひいいいい……、兄さん、この人、本気ですううう……」
おっ、こういう時は、心の声を読んでくれる人がいると、助かるな。下手に言葉を選んだりする必要がないし。
しかし、なぜだか分からないけれど、俺の心を読んだだけの夜見子さんが、まるで恐ろしい怪物でも見るように、涙目を浮かべている。どうしたのだろうか? おなかでも痛いのかな? 可哀想に。
「うぐっ……!」
「よしよし、どうやら分かってくれたみたいで、嬉しいよ」
妹の読心能力が、どれだけ信用できるかは、兄である津凪こそが、もっとも理解しているからだろう。かなり素直な態度になってくれた。
よかった、ようやくまともに話ができるぞ。
「いやいや、実はさ、そんな素直なあんたに、俺から耳よりな話があるんだ」
「……うぅっ! 駄目です、兄さん……! この人は……!」
ちっ、こういう時に、心の声を読めるような人がいると、面倒くさいな。こちらの思惑を読み取られてしまうのは、厄介極まりない。
こうなれば、仕方ないか。
あの時と、同じ方法を使うとしよう。
「い、いやあ、や、やめ……、あひゃあああああ! らめえええええええ!」
「ど、どうした、夜見子! 大丈夫か!」
突然、あられもない
どうやら、今はこの二人、ご自慢のテレパシーとやらで、心を繋げてはいなかったようだが、そのおかげで、兄の方は助かったとも言えるだろう。
なぜなら、彼の妹である夜見子さんの心は、
だけれども、この尋常ならざる事態は、俺が直接なにかをしたせい、というわけでないことを、明言しておきたい。
本当だ。俺は夜見子さんに、指一本触れていない。
「うーん……、こんな感じかな?」
ただ、夜見子さんが勝手に、俺が脳内で繰り広げている、彼女を主役にした淫らな妄想を読み取って、悶えているというだけで。
とはいえ、俺も鬼ではない。他人の心に敏感な彼女に、それほどハードな妄想を叩きつけるのは、流石に酷だろうと、加減はしている。
これはあくまでも、俺がいつも、
「そ、そんなアブノーマルなの、耐えられないいいいい!」
あ、あれ……?
「……あふん」
なにやら、夜見子さんが果てる直前に、聞き捨てならない絶叫を上げたようだが、俺の本能とうやつが、あまり気にしない方がいいと、泣きながら告げている。
……まあ、結果オーライということで。
「さて、話の続きなんだけどさ」
「お、お前、この状況で……」
あっさりと気持ちを切り替えた俺に、津凪が引きつった表情を浮かべながら、ジリジリと距離を取ろうとしているのが、残念でならない。
俺はただ、これも仕事だからと、いつもより頑張っているだけなのに。
「なーに、別に難しい話じゃないんだ。ただちょっと、あんたたちの力を、俺たちに貸してもらえればなってだけで」
こうして俺は、ようやく本題を切り出せた。
やれやれ、思ったよりも、大変だったな。
「ば、馬鹿なことをいうな! 正義の味方である俺たちが、貴様ら悪の組織に協力するなど、あるわけがないだろう!」
おいおい、自分の功名心を抑えきれず、暴走した挙句に、返り討ちにあって、それで腐って文句を垂れ流すような奴が、今さら高潔な正義の味方面なんてするなよ。
と言ってやりたいが、それでは無駄に相手の神経を逆撫でするだけで、なんの解決にもなりはしない。
「まあ、落ち着いて、話を聞けって」
交渉というのは、いかに相手を丸め込むかが、肝要なのだから。
「さっき自分で言ってたけど、要するにあんたは、重大なミスをして、国家守護庁がさして力を入れてない、出世街道からは遠く離れた、どうでもいい職場へと飛ばされたわけだろ? そんな汚名を返上するには、相当の功績が必要なのに、こんな味方も少ないようなところでは、そもそも小さな手柄を上げることすら、難しいだろ?」
「ぐぐっ!」
よしよし、まずは相手の図星をつくことには、成功したようだ。
「だからさ、そっちが協力してくれれば、こっもこっちで、あんたたちが手柄を立てられるように、手を貸してやってもいいってことさ」
「ううっ!」
続けて、相手の望む条件を提示してやることで、一気に追い込む。
上昇志向が強すぎる津凪では、自らが納得してない現状から、一気に抜け出すための方策を、その正義感だけで蹴り飛ばすことは、難しいだろう。
「さあ、どうする?」
「く、くそう……!」
まあ、そんな自尊心に振り回されて、こちらの提案に乗ってしまったら、この二人に待っているのは、地獄のようなスパイ生活のわけなのだけれども。
津凪の方はともかく、相手の本心をそのまま読み取れるという、ある意味、規格外の超常能力を持つ夜見子さんは、そういう諜報活動には、うってつけの人材だ。
正直なところを言ってしまえば、うちの組織に、ぜひとも欲しい。兄貴の方は、別に必要ないけども、強力な協力者を得るためにも、この偶然のチャンスは、絶対に逃したくないというのが、本音である。
ますは、簡単な仕事をいくつかやらせて、その見返りという形で、甘い汁を吸わせてあげてから、ズルズルとアリ地獄のように引きずり込み、気が付いた時には、国家守護庁から裏切り者の烙印を押されるまでに、追い込んでしまうのが、理想だろう。
うん、なんだか楽しくなってきた!
「さあ、さあ!」
「ぬ、ぬぐぐぐぐぐ……!」
こうして、正義の味方マインドリーダーが、まさしく悪の誘惑に揺れている……。
その時だった。
「うおおおっ! な、なにごとだ!」
運命の選択に迫られ、苦悶の声を絞り出していた津凪が、突然、まったく別の意味で、驚愕の叫びを上げたが、それも当然のことだろう。
耳を塞ぎたくなるような爆発音が、いきなり辺りに響き渡ったのだから。
「……なあ、バディさん、もしかして、これって……」
「……多分、そうだと思う……」
事前に掴んだ情報のおかげで、一体なにが起きたのか、素早く察することができた俺とバディさんは、顔を見合わせながら、嘆息せずにはいられない。
ああ、本当に、情報を仕入れる大切さが身に染みるが、これは同時に、情報の使いどころを誤ってしまうと、こういうことになるという教訓だった。
「これが、レッドオイスターの大攻勢ってやつか……」
どうやら、俺が思っていたよりも、時間は残されていなかったようである。
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