3-4


「ぐえへへへー! さあさあ、お楽しみの時間じゃー!」

「きゃー、たすけてー」


 薄暗い路地裏にて、なんとも下衆げすな笑みを浮かべた、派手すぎて下品なスーツに、無駄に尖がったサングラスという、見るからに堅気かたぎではない中年男が、やる気のない悲鳴を上げる少女を追いかけている。


 どうやら、見事に獲物を吊り上げることに成功したようだ。マヌケな暴漢に追いかけられている女の子は、ちゃんと相手に捕まらないように、そして、相手が自分を見失わないように、適度な距離を保ちながら、目的の場所へと向かっている。


「さてと……」


 その様子を、雑居ビルの屋上から確認した俺は、打ち合わせ通りに、合流点である袋小路へと向かう。


 屋上から屋上へ、適当に飛び跳ねてしまえば、それほど時間はかからない。最寄りのビルからポトリと落ちて、着地に成功した辺りで、二つの気配は、もうすぐそこにまで迫ってきていた。


 うん、タイミングは、バッチリだ。


「げっへっへ! そっちは行き止まりじゃけん、追い詰め……、ぐあべら!」

「はい、おしまいっと」


 すぐそこの角を曲がり、駆けこんできた少女と入れ替わるように、軽く前に出ながら突き出した俺の拳により、気持ち悪い言動が目に余る暴漢が吹き飛び、狭い路地の汚い壁に激突して、そのまま気を失った。


 よしよし、目標の確保に成功したぞ。


「やりましたね、統斗すみとさん。私たちの愛の勝利です」

「ありがとう、あおいさん。このお礼は、後でしますね」


 あざやかに獲物を誘い込んでくれた少女……、悪の総統シュバルカイザーの親衛隊として、俺の命令に従ってくれた葵さんには、感謝の言葉しかない。


 物騒な空気で満ちていた地域の中でも、特に危険な雰囲気を感じた辺りに対して、超感覚を使い探りを入れた結果、明らかに一般人とは違う気配の男を見つけたので、みんなに協力してもらい、誘い出してみたのだが、成果は上々のようだ。


 とりあえず、普通にしていれば、無害な女の子にしか見えないエビルセイヴァーの面々を、対象の近くに配置して、のんびり釣れるのを待つだけという、かなり適当な陽動作戦だったのだが、それほど時間がかからなかったのは、幸運だった。


 ちなみに、この作戦に竜姫たつきさんと朱天しゅてんさんは参加していない。姫様にそんな真似をさせられるかと、警護役である朱天さんに反対されたからなのだが、特に無理強いしてまで遂行しなれけばならない理由もないので、二人には囮ではなく、一般市民が巻き込まれないように、見張り役をお願いしてある。


「それじゃあ、後は全部、俺がやっときますから、葵さんはみんなに連絡して、竜姫さんたちと一緒に、周囲の警戒をお願いします」

「お任せください。鼠どころか、蟻一匹も通さない、完璧な警備をお約束します」


 さて、忠義を尽くしてくれたみんなに報いるためにも、俺は俺で、最大限の努力をしなければならない。若輩の身ではあっても、それが人の上に立つ者として、せめて果たすべき責務というやつのはずだ。


 というわけで、俺は人払いもかねて、エビルセイヴァーに次なる任務を授ける。


 そういう意味では、最初から竜姫さんたちに離れてもらっていたのは、むしろ幸運だったと言えるのかもしれない。



 ここからは、一人の方がいいだろう。



「ほら、起きろ」

「ぐべっ! ……な、なんじゃ、なにが起きたんじゃあ!」


 手早く準備を終えた俺は、呑気に気絶していた暴漢を叩き起こし、適当に地面に転がしてやる。両手足を拘束された男の姿は、まるで芋虫のような有様だった。


「さ、さっきの女は……? どこに隠した、このダボが!」

「黙れよ、下衆が。あんた、どうやら俺の連れに、迷惑かけようとしてくれたみたいだな。その落とし前は、キッチリつけてもらうぞ」


 両手は後ろ手に、両足も交差させた形で固定され、身動きが取れないはずなのに、暴漢の余裕は崩れず、尊大な態度を隠そうともしない。まるで、まだ自分には、必殺の奥の手でもあるかのように。


 まあ、それはこちらも想定内というか、むしろ、だからこそ、こいつを標的に選んだわけだけど。


「ああ~ん? なんじゃ、美人局つつもたせのつもりか! ガキのくせに生意気な!」


 それにしても、随分と口汚い上に、酷いことをいう奴だな。


 美人局というのは、魅力的な女性を囮にして、標的の男を人気の無い場所に誘い込んでから、適当に因縁をつけて、強引な手段で利益を得ようとする卑劣な……。


 あっ、美人局だわ、これ。まあ、どうでもいいけど。


「黙れよ。いいからさっさと、こっちの言うことを……」

「ガーハッハッ! しかし、相手が悪かったな、馬鹿な小僧が!」


 おいおい、その馬鹿な小僧に不意をつかれ、無様に気絶した上に、捕縛され、言い訳のしようもないくらい残念な感じで地面に転がってるのが、今のあんたじゃないかと言ってしまいそうになったが、俺はぐっと我慢する。


 どうせ相手の鼻を折るなら、もっと調子に乗ってくれてからの方が、話が早い。


「もう泣いて謝っても遅いぞ! 世の中には、貴様のような調子に乗ったクソガキでは想像もできないような、無慈悲な暴力が渦巻く闇の世界が……、ぐふうっ!」

「いや、なんでもいいから、早くしろ」


 いかん、全然我慢できなかった。


 なんだか、無駄に話が長くなりそうで、めんどくさくなってしまったので、思わず相手の脇腹を踏みつけてしまったじゃないか。まったく、変な手間をかけさせないで欲しいものである。


「ぐ、ぐぬぬ……! いいだろう! 本当の恐怖ってやつを見せたるわ! たっぷり死んでから、どっぷり地獄で後悔しさらせ!」


 こちらの挑発に、どうやら無駄口を叩くのをやめて、予定を繰り上げてくれたらしい暴漢が、全身に力を込めるように、身体を震わせた瞬間、変化は起きた。


 まるで奴の身体の内側から、なにか別の生物が浮き上がるかのように、メキメキと筋肉が膨張し、ギシギシと骨格レベルで変化していく。


 正直、あんまり気持ちのいい光景ではない。


「あばばばばば!」


 異形の姿へと生まれ変わろうとしている暴漢が、なんだかマヌケな叫び声を上げながら、地面の上を、のたうち回っている。


 まあ、ゴキゴキと不快な音と共に変形している頭部が、まるで魚のような恰好をしているので、ああいう声が出るのは、当然と言えば当然か。


 まるで、陸に打ち上げられた魚のように、どこを見ているのだか分からないうつろな目をギョロギョロと動かしながら、パクパクと口を開け閉めしている姿は、不気味を通り越して、滑稽ですらあった。


「ぎょーっぎょっぎょっぎょ! どうだ、驚いたか! これこそまさに、人間を超えた無敵の力! さあ、いまから貴様を残酷に引き裂いて……、あれ?」


 そうして、半魚人とでも呼べばいいのか、全身をヌラヌラとした鱗で覆いながら、人間の身体に魚の頭をそのまま雑にくっ付けたような姿になった男は、そのまま魚らしく、その場でジタバタともがきながら、不思議そうにこちらを見ている。


 とはいえ、顔面が魚なので表情も分からないし、あくまで雰囲気の話だけれども。


「……ふぬぬぬぬ! ……あれ?」


 半魚人に変身した男は、なんとか起き上がろうとしているのだろうけど、両手足の拘束がそのままなので、それは無理な相談だった。色々と力を込めて頑張っているようだが、その努力が実ることはないだろう。


 それにしても、あんまり魚には詳しくない俺だけど、目の前の半魚人は、半魚人にしては珍しくとでもいえばいいのか、淡水魚っぽいというか、具体的に行ってしまうならば、その姿形や模様から考えるに、鯉にそっくりだった。


 よし、とりあえず便宜上、こいつは鯉怪人とでも呼ぶことにしよう。


「……あれ?」

「なるほど、これが文字通り、まな板の鯉ってやつか」


 おそらく、鯉怪人のプランとしては、変身の反動を使って拘束を脱出し、その後は好き勝手に大暴れしてやる! みたいな感じだったのだろうが、残念なことに、俺が奴にほどこしたのは、そんなちゃちな束縛ではない。


 というか、そもそも相手を縛るためのロープだとか、テープだとかを、常に持ち歩いているわけがないので、そんな普通の手段は使っていない。


 最初から、奴を拘束しているのは、俺が展開した魔方陣だ。


「ぐっ、ぐぎぎぎぎぎ……!」


 どうやら、人外の怪物へと変身しても、この鯉怪人の筋力では、俺の魔方陣を強引に破壊することはできないようだ。うなり声を上げてまで頑張っているみたいだが、わずかな揺らぎも感じない。


 まあ、破られたら破られたで、さらに強固な魔方陣を構成するだけなんだけど。


「く、クソがあああああああ!」


 ようやく自分の状況を受け入れたのか、鯉怪人はジタバタするのを止めて、怒りに燃えた瞳で、俺のことを睨んでいる。


 いや、相手はヌメっとした魚の目なので、これもまた雰囲気の話なのだけれども。


「これでも……、喰らわんかい! げえええええ!」


 そして、気色の悪い雄叫びと共に、その魚特有としか表現できない、ぽっかりと開いた口をこちらに向けたかと思えば、その暗い穴の奥から、凄まじい勢いで、水らしき液体を噴き出し始めた。


 なるほど、確かにその水流は驚異的な速度であり、見ただけでも、なかなかの威力を秘めていることは分かる。コンクリートの壁くらいならば、あっさりと貫通するだろうし、上手く動かせば、両断くらいは可能だろう。


 可能なんだろうけど……。


「うわっ、汚っ」


 正直、嫌悪感の方が先に立ってしまい、まともに受けてやる気にはなれない。


 だって、脂ぎった中年のおっさんが変身したヌルヌルの魚人間が、その口から吐き出した水だよ? 普通だった、触るのだって嫌なはずだ。少なくとも、俺は嫌だ。


 というわけで、俺は適当な魔方陣を構成して、その汚い水を包み込むようにして、強引に押し返してしまう。まったく、勘弁して欲しい。


「げべっ!」

「まったく、こんな街中で、そんなもん使うな」


 いくら寂れた路地裏といっても、あんな威力の攻撃を放たれては、どこでどんな被害が出てしまうのか分からない。


 周囲の迷惑を考えられないなんて、なんて迷惑な大人なんだ。ここは反省の意味も込めて、自分で吐いた唾ならぬ水は、自分で飲んでもらわないと。


「げはっ、がはっ、ごほっ! き、貴様! ただのガキではないな!」

「いや、気付くの遅すぎだろう」


 なんというか、せめて自分が鯉怪人なんて微妙な姿に変身した時に、俺がまったく驚いていなかったことを察して、そこで気付いて欲しかった。反応が鈍すぎる。


 こちらは最初から、そちらが普通の人間ではないと、きちんと確信してから。罠にはめめているというのに。


「さ、さては……、ビッグブラッグの手の者か!」


 ……ビッグブラッグ?


 聞いたことはないが、鯉怪人の様子を見る限りは、奴と敵対している組織の名称とでも考えるのが、妥当か。手の者……、なんて言ってるし。


「く、くくくっ! そうか、そうか! もうすぐ、我らレッドオイスターに敗北すると察して、その前に無謀な反撃に出たというわけか!」


 俺がなにかを言う前に、なにやら自己完結したらしい鯉人間が、勝手にべらべらと喋り出した。なるほど、レッドオイスターというのは、この残念な男の所属している悪の組織のことだろう。


 どうやら、こいつは勘違いしているようだが、まあ、話は聞き出せているし、別に訂正してやる必要もない。わざわざ俺たちのことを教えてやる義理もないし、そしてなにより、面倒くさいし。


「だが、全てはもう遅い! 貴様らのような古臭いやり方の悪の組織は、もう生きている価値すらないんじゃ! 我らの一員となることもできず、地獄の苦しみを味わいながら、滅びるがいい! ぎょーっぎょっぎょっぎょ!」


 しかし、凄いな、この鯉怪人。誰がどう見たって絶体絶命な状況だろうに、なんでこんなに偉そうというか、いけしゃあしゃあとしていられるんだ。


 もしかして、本物のアホなのだろうか? 変身したからって、笑い声までわざわざ魚にかけていやがるし。なんか怖いし。


 とりあえず、ビッグブラッグというのは悪の組織のことで、この鯉人間の組織と、激しく対立しているということは分かったし、深く考えるのは、やめておこう。


「オラッ! せいぜい恐怖に震えたら、とっとと離さんかい! じゃないと、あの時死んだ方がマシだったと、後悔するハメになんぞ、ゴラッ!」


 もはや、意味不明だ。これでは、脅しにすらなっていない。


 確かに、気持ち悪い体勢で、ピチピチと地面を跳ねている半魚人というのは、恐いといえば恐いのだが、それとこれとは別の問題だろう。


 どうやら、組織の後ろ盾を期待しているようだが、そもそもの話として、今まさに自分が裁かれるというか、さばかれるとは、思わないのだろうか。魚だけに。


 ……まあ、いいや。


「いや、そういうのは、もういいから」

「ぎ、ぎゃあああああ!」


 いい加減、うんざりしてきたので、俺は鯉怪人の四肢を拘束している小さな魔方陣を操り、それぞれをありえない方向に向けて、強引に捻じ曲げる。


 流石に、素手で殴ったりするのは、躊躇ためらわれた。


 だって、なんだか魚臭くなりそうだし。


「とりあえず、俺の質問に答えろ」

「い、痛い! 痛い! ギブ、ギブ!」


 まるで、加減を知らない子供に遊ばれるデッサン人形のように、なかなか面白いポーズを披露している鯉怪人に対して、俺は努めて冷静に、冷たく問いかける。


 こういうのは、相手に威圧感を与えて、精神的に追い込んだ方が上手くいく……、ような気がする。俺もよく知らないけど、まあ、なんとなく。


 とりあえず、チャレンジ精神を大切にしよう。誰にだって、初めてはあるものだ。


「お前が、ここにいた、目的は、なんだ?」

「ぐぎぎぎぎぎ! 折れる! 折れる折れる折れる!」


 うむ、どうやらさっそく、力加減を間違えたようで、鯉怪人はこちらの質問を聞く余裕もないようだ。初めてって、恐いね。


 これでは話にならないので、俺は暴れさせていた魔方陣を固定して、相手に少しだけ余裕を作ってやる。俺の目的は拷問ではなく、尋問なのだから。


「お前が、ここにいた、目的は、なんだ?」

「はあ、はあ、はあ……、も、目的? 」


 まったく同じ質問を、まったく同じ調子で繰り返してみのだが、どうやら今度は、こちらの意図が伝わったようで、なによりだ。


 この調子で、さっさとこちらの希望に応えて欲しい。


「どうして貴様に、そんなことを教えねば……、ぎゃあ! や、や、やめろ!」


 残念なことに、あれだけ痛い目にあったというのに、鯉怪人の態度は硬化したままだったので、奴に自分の立場を理解してもらうためにも、俺はもう一度、相手の手足をひねり上げなければならない羽目におちいった。まったく、勘弁してくれ。


 正直な話をするならば、俺はこういう暴力は、好きではない。たとえ、この鯉怪人が悪の組織に所属していて、しかも、こんな日の高い内から、路地裏に潜んで、婦女子を襲おうなんて企んでいる、最低という言葉でもまだ足りない、鬼畜にも劣るクソ野郎であっても、こうして一方的に相手を叩きのめすというのは、気分が悪い。


 これは別に、相手が可哀想だとか、博愛精神だとか、そういう話ではなく、もっと単純な、生き物としての、生理的な嫌悪感に近いだろう。


 人間とは生来、誰かを傷付けるという行為……、その中でも特に、強者が一方的に弱者をなぶるという行為に対して、理性とか思想とか以前に、禁忌というか、不快感を覚えるようにできているのだ……、と俺は思う。真偽は知らないけど。


 まあ、少なくとも俺という人間は、こういう残虐な行為に対して、あまり積極的にかかわりたいとは思えない、という話だ。


 とはいえ、これも仕事だし、そもそも俺が始めたことだ。やるからには、そういう個人的な考えは捨て去って、全力を尽くさなければ、プロとは呼べまい。


「多分、もう三十度くらい傾けると、関節が外れるぞ」

「ま、待て! 待て待て待て! 待ってくれ!」


 どうやら、俺が心底、問答無用で、本気も本気の全力だということを分かってくれたようで、そろそろデッサン人形というよりは、奇怪なオブジェみたいになってきた鯉人間の野郎が、ようやくまともなレスポンスを返してくれた。


 よしよし、いい傾向だ。嫌な仕事は、さっさと終わらせるに限る。


「ちなみに、個人的には、そのまま高速で二回転くらいさせて、じ切るというのもアリなんじゃないかなと考えてる」

「よ、よせ! やめろ、やめてくれ!」


 うんうん、随分と素直になってくれたようで、なによりだ。


「やめて欲しかったら、ちゃんと質問に答えろ。貴様らの、レッドオイスターの目的はなんだ? なにを企んでいる?」


 さてさて、これで聞きたいことの答えが、得られるといいのだけど……。


「そ、組織の? し、知らん! い、いてて! ほ、本当! 本当なんじゃ! 自分はただ、この場所で、好きに暴れろと言われただけで! 詳しいことは知らん!」


 うーむ……、なんともガッカリというか、残念な解答だが、奇妙なオブジェというよりは、無残なスクラップみたいな恰好をしている鯉怪人が、ここで嘘をついているとも思えない。


 というよりは、まだ嘘をつく気概きがいが残っているようには見えない。その全身は痛み以外の理由で震えているようだし、瞳の奥には、隠しきれない恐怖がにじみ出ている。


 まあ、所詮しょせんは魚の目なので、あくまで雰囲気の話なのだけれども。


「……つまりお前は、なんだかよく分からないけど、上に言われたから、適当に暴れてやろうと考えていただけで、それ以外は、なにも知らない?」

「そ、そうじゃ! わ、分かったら、離せ……!」


 一応、念を押してみたのだが、答えは変わらない。正直、これは奴にとって、運命の分岐点ともいえる瞬間なので、もう少し慎重に答えた方がいいだろうに、どうやら自分の状況が、分かっていないようだ。もしくは、目をらしているのか。


 まあ、どうでもいいことか。


 答えは、出たのだ。


「なるほどねえ……」


 いやはや、非常に残念だ。残念で、ガッカリだ。


ようするに、あんたはハズレ、というわけだ」

「……へっ?」


 しかも、こいつは重要な情報を持っていないだけではなく、自己満足のためだけに暴れ、他人に害を成そうとするタイプの怪人というわけだ。


 だったら、俺の答えも、決まっている。


「じゃあ、別にあんたは、らないな」

「ぎ、ぎゃああああああああああ!」


 悪の総統が、自分の気に入らないものをどうするかなんて、最初から決まりきっていたのであった。




「はあ、今回は空振りか……。情報を集めるのって、大変なんだな……」


 なんというか、慣れないことをして、どっと疲れてしまった。


 やはり餅は餅屋というか、こういう分野のプロフェッショナルであるローズさんにサブさん、バディさんには、尊敬の念を抱かずにいられない。


 ……いや、ローズさんだけでいいか。うん。


「さて、後始末は終わったし……」


 まあ、後始末、なんて言ってしまうと、なんだか物騒に聞こえるかもだが、実際はそんなに酷いことはしていない。


 ただ単に、俺が魔方陣を使って発生させた雷を喰らって、気絶した魚怪人を、そのまま表通りに放置してきただけだ。四肢を引き千切るどころか、関節だって外していないという優しさ加減なので、安心して欲しい。


 とはいえ、あの様子なら、三日は意識を取り戻せないだろうけど。


 とりあえず、地獄のような叫び声と共に意識を手放した魚怪人は、なぜかこんがりと焦げていた気がするが、気のせいということにして、人目につくところに転がしておいたので、焼き魚と勘違いされるか、ノラ猫に食べられでもしない限りは、即座に通報されるはずだ。


 しかも、奴の姿は、悪の組織が丸出しな怪人のままなので、そのまま国家守護庁こっかしゅごちょうの人間が出てきて、隠蔽工作は、勝手にしてくれることだろう。


 やっぱり、使えるものは、正義の味方でも使わないとね。


「うーん、これから、どうしようかな……」


 ともあれ、残念ながら、素人の俺では、この短時間で有益な情報を掴むことはできなかった。ここはやはり、頼りになる部下に、頼るべきだろう。 


 しかし、この後で受けることになっているバディさんからの報告までは、まだ少し時間があった。


 そうだな、そろそろ丁度いい時間だし、みんなを呼んで、お昼にでも……。


「……あっ」


 なんて、呑気なことを考えていた俺の目に、ド派手なペイントが眩しい、見覚えのある移動販売車の姿が、飛び込んできた。


 おおっ! なんという幸運! これなら、みんな喜ぶだろうし、俺だって、あの味にもう一度出会えたなんて奇跡を、誰かに感謝したくなってしまう。


 本当に、、丁度いいところで出会えて、願ったり叶ったりだ。


 そう、あれこそは……。


「おう! 昨日のにいちゃんやないか! こないなところで、奇遇やな!」


 大黒だいこくじるしのたこ焼きちゃん、だった。


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