2-10


「俺たちヴァイスインペリアルは、これから西へと侵攻し、これを征服する」


 早朝の会議室にて、俺の宣言に異を唱える者は、誰一人としていなかった。



 竜姫たつきさんと朱天しゅてんさんを引き留めることに成功した俺は、今後の方針を決める会議を開くため、組織のご意見番的なポジションに収まっている祖父ロボと俺の両親、それに加えて、最高幹部のけいさんと千尋ちひろさん、マリーさんを招集し、今はさっそく、自分の意見をぶつけてみたところである。


 いやしかし、自分でも、かなり突拍子もないことを言い出したと思うのだが、この場の空気は、意外と受け入れ態勢というか、歓迎ムードだった。まあ、祖父ロボなんかは、こういう派手な展開を好むからだろうけど。


 しかし、これなら俺の後ろに控えている竜姫さんと朱天さんも、少しは安心してくれるかもしれない。


「ふむ、うちの状況も落ち着いてきたことじゃし、そろそろ打って出るのも悪くない頃合いじゃろう。それで、まずはどう動く?」


 まるで、こちらを試すかのように、祖父ロボが悪戯小僧みたいに笑っているので、俺も笑いながら、自分のプランを提案することにしよう。


 流石に、無茶な目標だけ掲げておいて、後は知りません、全て皆さんにお任せしますなんていうのは、無責任すぎる。


「最初に狙うのは、関西地方だな。ワールドイーターが壊滅した直後は、あそこも大荒れだったみたいだけど、時間も経ったし、そろそろ情勢も決まるだろうから、そこでトンビが油揚げじゃないけど、横から全部、さらう」


 まあ、そこまで理想通りにいかなくても、混乱に乗じて上手く立ち回れば、かなり大きな成果を得ることも、不可能ではないだろう。


 何事も、チャレンジ精神が大切だ。うん。


「そして、関西を手に入れた後は、そのまま西側を攻めて、確実に勢力を増やしながら西端を目指し、最終的には、八咫竜やたりゅうの首根っこを押さえる」


 そう、これこそが、今回の最大目標である。


 竜姫さんたちの件もあるが、それだけではない。俺は、悪の組織の長として、こうすることが正しいと信じ、選択したのだ。

 

「……なるほど、その作戦がスムーズに成功すれば、確かに万々歳だろうな」

「でも、そうなると問題は、国家こっか守護庁しゅごちょうの動きかしらね」


 父と母の言いたいことも、もちろん分かっている。


 悪の組織同士の抗争は、結局は力勝負になることが多いのに比べ、国という大きな後ろ盾を持っている国家守護著は、様々なからめ手を使って、こちらの活動を妨害しようとするだろうし、単純に武力で攻められても、厄介この上ない。


 これは、決して無視することはできない障害だ。


「国家守護庁は現在、関東以北いほくの制圧に注力していて、俺たちや西側へのマークは、それほど厳しくない。だから今のうちに、目立たない様に少数精鋭の部隊で、電撃的に巨大勢力である関西を手に入れ、この街としっかり繋げてしまうことで、下手に相手が手を出せない規模にまで、こちらの戦力を拡大する」


 確かに、俺たちの状況は安定してきたが、その周囲では、まだまだ激しい勢力争いが巻き起こっている。つまり、気を抜いてる暇なんて、存在しないのだ。


「このまま手をこまねいて、国家守護庁が先に東を制してしまえば、向こうとの戦力差が開きすぎて、どうしようもなくなるだろう。俺たちが生き残るためにも、ここは奴らに先んじて、行動を起こす必要があるんだ」


 なにかを得るためには、リスクを恐れず、危険な賭けに出なければならない時というものが、確かに存在する。


 俺たちは、悪の組織なのだ。危ない橋を渡ることすら恐れていたら、自らの存亡にすら関ってしまうことだって十分にあり得ると、肝に銘じるべきだろう。


「ふむ、そこまでは、ワシも同意見じゃな。では、具体的な編成はどうする?」


 どうやらここまでは、元・悪の総統である祖父ロボのお眼鏡にかなったようで、特にダメ出しをされるようなこともなかった。


 そうすると、ここからが重要か。


「まず、ローズさん、サブさん、バディさんの怪人三人に、先行してルートを確保してもらうと同時に、敵情を偵察してもらう」


 この間まで、国家守護庁の目をかいくぐり、各地で孤立していたヴァイスインペリアルの構成員たちを、全員見事に助け出してきた彼らなら、この任務は、まさに適任と言えるだろう。


「三人が道を切り開いてくれたら、現地の制圧に向かうのは、俺とエビルセイヴァー全員に加えて……、竜姫さんと朱天さんだ」


 今回の目的は、あくまで制圧による戦力の拡大であって、敵の殲滅ではない。倒した相手を配下において、こちらの命令に従わせるためにも、総統である俺自身が現場におもむくことで、交渉をスムーズに行い、少しでも時間を有効に使いたい。


 そのためにはくを付ける……、という訳でもないが、総統の親衛隊であるエビルセイヴァーのみんなにも来てもらえれば、色々と心強いし、彼女たちは全員、手練れの超常者ちょうじょうしゃでもあることから、少数精鋭という意味でも、頼りになる存在だ。


 そして、八咫竜との決戦に備えて、相手の戦力や内情を熟知している竜姫さんと、朱天さんの二人にも、最後まで同行してもらった方が、効率的だろう。戦力的にも、両名ともに規格外の強さだということは、俺自身が確認していることだし。


 なにより、ちゃんと目的地に向かっていると実感できれば、竜姫さんたちも安心するだろうし、そうそう無茶もしないだろう。


「俺がいない間の指揮は、じいちゃんに任せる。父さんと母さんも、協力してくれ」


 元々、ヴァイスインペリアルを率いてたのは祖父ロボだったし、父と母は国家守護庁の要職を務めていた。この人選に、問題はないはずだ。


「おう、ワシに任せろ! ほら、ボンクラ息子が、足を引っ張るなよ!」

「……分かった。ボケ老人の介護くらいは、頑張らせてもらおう」

「あらあら、二人とも、仲良くしてくださいね」


 ま、まあ、流石に祖父と親父も、組織を滅ぼしてしまうほどの喧嘩はしない……、はずである。多分、おそらく、きっと……。


 い、いやいや、大丈夫だって! 二人共、もういい大人なんだし! 

 うんうん! 問題は、ないはずだ!


「えー、というわけで、これが今回の作戦の、大体のあらましになります。ご清聴、ありがとうございました……」

「お待ちください、統斗すみと様」


 色々と不安を感じた気はするが、反論も異議も聞こえなかったので、さらりと会議を終わらせようとした俺を、背筋をピンと伸ばした契さんが引き止める。


 ああ、やっぱりダメだよね……。


「私たちは、一体どうすればよろしいのでしょうか?」

「そうだそうだー! まだ聞いてないぞー!」

「仲間はずれは~、イヤなんですけど~?」


 契さんに同調して、千尋さんとマリーさんまで騒ぎ出してしまった。


 こうなってしまうと、もはや覚悟を決めるしかない……。


「……契さんには、組織の資金繰りを、千尋さんには、街の復旧作業を、マリーさんには、地下に埋まった貴重な技術のサルベージを任せているので、それらの続行を、お願いします」


 俺が挙げたものは、どれも今後の組織の行く末を決める、大切な案件であり、我らが組織の最高幹部である彼女たちにしか任せられない、最重要事項である。


 もちろん、そんなことは、彼女たちも分かっている。


 分かっていると、思うんだけどなぁ……。


「反対です」

「イヤだ―!」

「断固拒否よ~!」


 我らが最高幹部の皆さんから返ってきたのは、全力の拒絶だった。


「えーっと、一応、聞きますけど、なんで?」

「この私たちが、統斗様と離れるなんて、ありえません」

「お願いだよー! 置いてかないでくれよー! 統斗ー!」

「統斗ちゃんと~、しばらく会えないなんて~、絶対無理~!」


 ……いや、気持ちは嬉しいというか、本当に、思わずもう全部ぶん投げて、みんなとただイチャイチャしてるだけの生活がしたいとか考えてしまうが、それは許されないと、自制する。


 今の俺は、責任ある立場であり、若輩じゃくはいながらも、この背中には、大切なものを、たくさん背負っているのだ。


 公私こうしは分けねば、示しがつかない。


「不測の事態に備えて、この街を守る人間は、絶対に必要なんです。今回は、戦力を分散する必要がある以上、最小限の人数で、最大級の防衛能力を発揮できる人間を残すべきだと、判断しました」


 とはいえ、そんな理屈だけで、感情を抑え、納得しろというのは、酷な話だろう。ここはやっぱり、俺も本心で、感情で、相手にぶつかる必要がある。


「……俺は、みんなのことを信じてるからこそ、俺たちが帰るべき場所を、しっかりと守っていて欲しいんだ」


 俺だって、みんなとは離れたくない。


 あの凄惨な悪魔との一件を思い返せば、なおのことだ。また再び、みんなを失うような危機が訪れるかもしれないと考えただけで、こみ上げてくる焦燥感で、胸の奥がチリチリと焼け付き、吐き気すら覚えてしまう。


 しかし、それでは駄目なのだ。心配や不安で歩みを止めてしまえば、待っているのは結局のところ、緩やかな衰退と終わりでしかない。


 前に進むためには、信じるしかないのだ。


 自分を、そして、みんなを。


「統斗様……、わがままを言ってしまい、申し訳ありませんでした……」

「へへっ、そこまで言われちゃ、仕方ないなー! よーし、バッチリ守るぜ!」

「うふふ~、ワタシたちも~、ちゃんと成長してるんだから~、安心して~」


 ああ……、俺の真心のこもった説得により、みんな納得してくれたようで、全員が席を立ったかと思えば、契さんが、千尋さんが、マリーさんが、清々しい笑顔で俺を囲みながら、それぞれが好き勝手に、こちらの身体を掴むと、あっさりと俺の身体を持ち上げて。この会議室の外へと運びだそうと……。


 ……って、あれ?


「あのー、契さん? 一体なにをしてらっしゃるのですか?」

「はい。確かに統斗様のお言葉により、私たちも目が覚めましたが、それはそれとしまして、しばらくの間、統斗様と離れ離れになってしまうことには、残念なことに、変わりがないわけです」


 うんうん、なるほどなるほど、契さんの言う通りである。しかし、確かに少し寂しいけれど、こういう時間が、むしろお互いを想う気持ちを強めて、絆を深めるということもあるんじゃないかと、俺なんかは思うわけで、そういうプラトニックな交流というやつも、時には必要なんじゃないかと、俺なんかは……。


「ですので、私たちが統斗様と離れても大丈夫なように、その分だけ、たっぷりと、御身おんみの愛を、分け与えていただければと……」


 まずい。妖艶な笑みを浮かべてる契さんの目は、本気だ。

 その瞳の奥に、蒼く燃え盛る情欲の炎が見える。


 このままだと、プラトニックどころか、非常にフィジカルな事態に……!


「さあ、祭りだ、祭りだー! 昼も夜もなく、体力の限界まで、盛り上がるぞー!」

「ちょ、ちょっと、千尋さん、いきなり俺の服を、脱がそうとしないで!」


 やばい。千尋さんの体力の限界なんて、こっちにとっては致死レベルだ。

 獰猛な肉食獣のような彼女の笑顔に、背筋の震えが止まらない。


 本当だったら、むしろ命気プラーナが溢れて止まらないような、甘美な状況が待ち受けてるはずなのに、俺の超感覚が最大限の警報を鳴らしているって、どういうことだよ!


「そ、そうだ! ワープ装置! ワープ装置さえ復旧すれば、距離の問題なんてないも同然なんですから、まずはそれを第一に考えて、今回は穏便に……!」

「もちろん~、それは最優先でやるけど~、どうしたって~、今すぐ直るわけじゃないから~、仕方ないわね~、仕方ない~、仕方ない~」


 恐ろしい。まるで無邪気な子供のように笑っているマリーさんからは、微塵の躊躇ためらいもないどころか、むしろ楽しんでいる。


 これから一体、どれだけ凄惨な狂宴が開かれるのかと想像しただけで、思わず涙がこぼれ落ちてしまいそうだ……。


 い、いや、まだ諦めるな、俺!


「だ、誰か、助け……!」

「だから、お前はワシのいうこと聞いとればええんじゃ!」

「なんだと、このダメ親父が……!」

「ほらほら、だから、仲良くしなさいって」


 駄目だ! 祖父ロボも親父も母さんも、こっちのことを見てすらいない!


「ねえ、朱天? 統斗さまたちは、一体どこに行かれるのかしら?」

「いけません、姫様。あんな不浄のかたまりを視界に入れては、目が腐ってしまいます」


 くっ! ここで竜姫さんが、いい感じに空気を読まないで、こちらを呼び止めてくれたりすれば、まだ希望はあったのだが、かなり酷いことを言ってる朱天さんに止められてしまった! まったく否定はできないけれど!


 なんて、言ってる場合ではない!


「いやああああああああ!」


 かくして、全ての希望が断たれた俺は、情けない悲鳴を上げながら、嬉々とした表情を浮かべる悪の女幹部たちに連れられて、剥き出しの本能がぶつかり合い、淫らな欲望が吹き荒れる嵐の真っ只中へと、投げ出されることになったのだった……。




「ああ……! 生きているって、素晴らしい……!」


 そして、あの会議から数日後……、奇跡の生還を果たした俺は、まだ昇ったばかりの太陽から降り注ぐ、暖かい日の光に包まれながら、歓喜のあまり震えるこの身を、抑えることができずにいた。


 おお……、この両のまなこからこぼれる涙を、止めるすべなど、あるのだろうか? 


 あの、ぬるぬるで、ぐちょぐちょで、じゅるじゅるで、熱く、柔らかく、脳味噌がとろけるほどに甘美な快楽地獄から、正気をたもって出てくることができたのだ。これほどの体験をして、感動するなという方が、無理な話である。


 いや、本当に、みんなと合流する前に、シャワーを浴びれてよかった。なんだか、すごい久しぶりに服を着た気がするが、どこかおかしくないだろうか?


「だ、大丈夫? 統斗くん、なんだかフラフラしてるみたいだけど……」

「はっはっはっ、もちろん大丈夫だから、安心してくれていいぞ、桃花ももか


 ううっ、こんな俺のことを心配してくれるなんて、なんて優しいんだ。もしかして彼女は、女神の生まれ変わりなのだろうか? うんうん、きっとそうに違いない。


「……ねえ、あおい。統斗ってば、なんだか干からびてない?」

「……そうですね。なにか生気を失うような行為にでも、およんでいたのでしょう」


 火凜かりんと葵さんが、なにやらこちらに向けて、疑惑の目を向けているが、気にしてはいけない。反応するのは、墓穴を掘るのと同義だ。


「ふふふふふふ……、ひかりちゃん、知ってる? 統斗君と一緒に、あのアバズレ幹部三人も、しばらく姿を消していたのよ?」

「うえええん! 樹里じゅり先輩がこわいよお! なんとかしてよー、統斗ー!」


 すまない、ひかり……。今の俺では、火に油を注ぐことしかできないんだ……。


 恐ろしすぎる空気をにじませている樹里先輩から、俺は意識的に目を逸らすと、胸の奥からそっと、憐れな被害者である小さな少女に、エールを送る。


 頑張れ、ひかり! 負けるな、ひかり! ごめんな、ひかり!


「ねえ、朱天? 統斗さまは、どこに行かれて、なにをされていたのかしら?」

「いけません、姫様。そんなことを考えては、あの下衆に汚染されてしまいます」


 不思議そうな顔をしている竜姫さんの横で、まるで生ゴミか汚物でも見るような、冷たすぎる目をしている朱天さんの視線が痛い。痛すぎる。


 しかし、その程度でくじけてなんて、いられない。


 俺たちの新たな門出は、まさに今、これからなのだから。


「それじゃ、そろそろ行きますか!」


 俺は大きめの荷物を担ぎ直して、このヴァイスインペリアル本部跡地に集まった、これから一緒に西へと向かう仲間たちを先導し、意気揚々と歩き出す。


 結局、この前の会議で、俺からの提案は全面的に採択されることとなったようで、もうすでにローズさんたちは先行して出発しているし、他のみんなの準備も、すでに終わっている……、ということを、俺はつい先ほど知ったのは、内緒だ。


 ちなみに、まったく部屋から出てこなかった俺のために、旅路の準備をしてくれたのは、我らがヴァイスインペリアルの構成員たちだったりする。


 本当に、ダメダメな総統すぎて、すみません……。


 い、いかん、いかん! 出発前に、暗くなってどうする! これは俺たちヴァイスインペリアルが、この国を……、ひいては、この世界を征服するための、大事な大事な第一歩なのだから! 


「よーし! みんな、これから頑張るぞー!」

「……おー?」


 意気揚々と……、正確にいうならば、自分の痴態を隠そうと、必死になって上げた俺の掛け声に、その場にいる全員がイマイチ乗り切れてないが、仕方ない。


 もはや、賽は投げられた……、なにはともあれ、始まってしまったのだ……。



 そう……。



 俺たちの侵略は、これからだ!




「あの、ごめんなさい……、もう、許して……」


 なんて、勢いだけで全て押し切れてしまうほど、人生は甘くなく、新たな戦場へと向かう道すがら、俺は延々と、頼れる仲間たちの手によって、厳しい尋問を受けることになってしまうのだが、それはまた、別のお話なのだった……。


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