2-6


「あらまあ、これはまた、うじゃうじゃと来たわねん」

「まるで雨後うごたけのこっス! 掘って掘って掘りまくるっスよ!」

「……もしくは、烏合の衆……、ふふふっ……」


 不敵な笑みを浮かべるローズさんに続いて、なにやら不穏なことをサブさんが言い出し、最後にバディさんが、不気味に笑う。


 どうやら、我らが怪人三人組は、やる気満々のようだった。



 ここは、深い山の中にぽっかりとできた、なにもない野原というやつで、いわゆる県境けんざかいと呼ばれる場所だ。


 俺たちの街に、侵入者が現れたとの一報を聞いてから、まだそれほど時間は経っていない。俺は命気プラーナの力で、怪人たちはその肉体に施された、マリーさんご自慢の改造による身体能力をフルに使い、全力で駆けた結果だ。



「わあ、あれほどの都会があったかと思えば、同じ領地の中に、こんなにも深い森があるなんて、驚きです」

「左様でございますね、姫様」


 もちろん、この場には竜姫たつきさんと、朱天しゅてんさんも一緒だ。俺たちの少し後ろで、楽しそうに辺りの風景を楽しいでいる。


 いやはや、こちらは朱天さんが、竜姫さんを抱えて走っていたのだが、素晴らしい脚力だ。相当に走り辛かっただろうに、見事に俺たちに並走してみせたのだから。



 さて、役者も揃ったことだし、始めるとするか。



『えーっと……、あー、これは警告である。これは警告である。我々ヴァイスインペリアルは、他組織による許可のない侵入を禁止している。当方に迎撃の用意あり。繰り返す。当方に迎撃の用意あり』


 まあ、こんなものだろう。わざわざ持ってきた拡声器を使ってみたのだが、ちゃんと相手には聞こえただろうか?


「おっ、なんかリアクションしてるっスね」

「……距離が遠くて、全然聞こえないけどね……」


 呑気に準備運動なんてしているサブさんとバディさんの言う通り、森の切れ目からこちらを睨んでいる集団の中央で、派手な格好をしたリーダーらしき人物が、なにやらわめいている様子は見えるが、その内容は断片的にしか耳に入ってこない。


 多分、こちらのことを馬鹿にして、自分たちの賛美でもしてるんだろうけど、心底どうでもいいというか、しょうもない感じである。


「というか、なんだか向こうの人たち、もうすでに、ボロボロじゃありません?」

「そうねえ、おそらくだけど、アタシたちの組織が撤退した地域で、国家こっか守護庁しゅごちょうとの戦いに負けて、逃げて来たんじゃないかしらん」


 うーむ、ローズさんの言う通りだとしたら、なんだか無残というか、まるで山を追い出されたイノシシや猿みたいだな。


 しかし、そんな状況でこっちに来るなんて、もしかしたら、奴らの中では、俺たちヴァイスインペリアルは、いまだに瀕死で、いつでも倒せるとか、思われていたのかもしれない。


 だとすれば、誠に遺憾である。


『えー、そちらの言い分はまったく聞こえないので、無視します。こちらから聞きたいことは一つだけ、あなたたちが我々の軍門に下るか否か。敵対行動を取るならば、即座に殲滅する。繰り返す。即座に殲滅する』


 まあ、いいか。


 気を取り直して、とりあえず、粛々と最後通告してみたのだが、しかしどうにも、相手の反応が悪い。


「なんだろう? なぜか怒らせてしまったぞ?」

「あら、そうなんですか? 不思議ですね」


 俺の隣に来た竜姫さんも、意味が分からないといった表情を浮かべているけれど、まったく同感だ。自分の正確な状況を理解せず、他人の話も聞かないような連中は、これだから面倒くさい。


「それで……、どうするつもりなんだ?」

「どうするって、それは決まってるでしょう?」


 なぜだか呆れたような顔をしている朱天さんには悪いけど、やることは一つだ。


 俺たちは、悪の組織なのだから、こんな奴らを相手に、根気強い説得も、粘り強い交渉もしないし、する必要もない。


「話し合いは決裂したんだから、戦闘ですよ」


 では、やるべきことを始めよう。


「はいは~い! 統斗すみとちゃん! まずはアタシたちに任せて~ん!」

「うっス! 総統にいいとこ見せるっス! 頑張るっス! ヤるっスよ!」

「……久しぶりに、大暴れして、ストレス、発散……」


 うん、どうやら、うちの怪人たちは、やる気満々なようだ。いいことである。


 どう見ても、敵の数の方が圧倒的に多いわけだが、まあ、特に大きな問題はないだろうし、本人たちのモチベーションを上げるという意味でも、ここで意味もなく却下する必要もないか。いざとなったら、俺がフォローすればいいだけだし。


「よし! それじゃ、頼みましたよ!」

「あん、ありがとう、統斗ちゃん! ほら、行くわよん! あんたたち!」


 俺の許可を得て、ローズさんは楽しそうに笑うと、残りの二人を引き連れて、明らかに境界線を踏み越えた敵対者たちに向けて、思い切り突っ込んでいく。


「いっくわよ~ん! ……変、態!」


 そして、まともに敵の群れと衝突しそうになった、まさにその時、ローズさんは雄々しく吼えて、その丸太のような右腕を高々と掲げ、自らの丹田たんでんに打ちつける。


 次の瞬間、我らが組織の怪人という証である、ベルトのバックルのような形をした液晶タブレットから、真っ黒い霧が溢れ出し、ローズさんの全身を包み込んだかと思えば、一瞬でその身を作り変えてしまう。


 獅子の猛々たけだけしさと、山羊やぎのしなやかさと、蛇の妖しさを兼ね備えたその姿は、まさにキメラ怪人と呼ぶに、相応しい。


「俺もヤるっスよ! うおー! 変態っスー!」


 ローズさんに続いて、同じように自分のへそを叩いたサブさんも、あっという間に黒い霧に包まれ、筋肉が膨張し、骨がきしむような音と共に、変貌を遂げる。


 狸と虎と猿が混ざり合ったような、ずんぐりむっくりな正体不明の怪物……、あえて名前を付けるなら、ぬえ怪人と化したサブさんが、獣のように躍動した。


「……ぼ、僕も……、ひひっ、変態!」


 そしてもちろん、バディさんも同じように、黒い霧の中で、驚異的な力を持った存在へと生まれ変わる。


 柔軟な肉食獣の筋力を持ちながら、背中にコウモリの翼を生やし、サソリの尾まで持っている異形の存在……、マンティコア怪人へと変身し、戦場を飛び回る。



 そして、戦闘の幕が、切って落とされる。



「うーん、本当に強くなってるなぁ」


 さてさて、戦況は俺の予想通り、一目瞭然で、楽勝だった。


 単純に、地力じりきが違うのだ。数だけは確かに、敵の方が圧倒的に多いが、それをものともしないだけの圧倒的な力を、あの三人はゆうしている。


「ほ~ら! たっぷりと遊んであげるわよん!」


 ローズさんは、その巨体を生かして、群がる戦闘員たちを蹴散らして回っている。あれでは、大人と子供どころの話ではない。重戦車に素手で立ち向かう歩兵の方が、まだ希望があるだろう。


「歯応えないっス! ヤり応えないっス! もっと頑張るっス!」


 戦場を縦横無尽に駆け巡るサブさんを、誰も捕らえることはできない。まるでチーズでも引き裂くように、敵の陣形をかき乱し、破壊し、吹き飛ばす。その姿はまさに、荒れ狂う暴風雨のようだ。


「……痛くない、苦しくない、辛くない……、つまんない……」


 制空権を完全に支配しているバディさんに、敵はなす術も無い、必死に抵抗しようとしても、素早い滑空と上昇を繰り返し、鋭い一撃を放つ彼の前では、鷹に狙われた鼠よりも、憐れな存在にすぎない。


 しかし、強い。

 本当に、強い。


 一度は完全に暴走し、制御を失い、その大きすぎる力に耐え切れず、身体も崩壊の危機にあったというのに、奇跡的に死線を乗り越えることで、どうやら、そこら辺の問題をクリアしてしまったようだ。


 今の怪人達は、まさに改造を施したマリーさんの想定すら超えて、規格外の存在へと進化したといっても、過言ではないだろう。


 現に、敵の群れには怪人体らしき異形もちらほらと混ざっているのだが、まったく問題にならない。余裕がありすぎて、むしろ困るくらいである。



 だが、それはあくまでも、怪人という枠組みの中での話だ。



 例えば、ここでのんびりと戦場を眺めている俺や竜姫さんたちとは反対側で、怒りを隠そうともせず大袈裟なリアクションを取っている向こうの二人は、おそらく組織のトップ格なのだろうが、その正体は、なんらかの異能を持った、超常者ちょうじょうしゃだろう。


 そう、超常者……、文字通り、超常的な力を持って生まれた、特別な人間のことなのだが、その強さは折り紙付きだ。残念なことに普通の怪人では歯が立たないし、今のローズさんたちでも、全員で一人を相手にすれば、勝てる見込みがあるかもしれないくらいの、危ういバランスだ。


 それは、あの敵対組織の二人が、ローズさんたちの強さに驚愕し、怯えているのではなく、なぜ無様に負けているんだと、部下たちを叱責しているような動きをしていることからも、見て取れる。


 つまり、自分たちなら勝てると思ってるのだ、あいつらは。


「さてと、そろそろかな……」


 どうやら、散々罵倒の言葉を吐いて、レパートリーでも尽きたのか、向こうでなにやらワーワーしていた二人組が、戦場に参戦しようとしている。


 流石に、超常者二人に出てこられると、ローズさんたちも大変になるだろうから、ここは俺が出て、さっさと片付けるべきだろう。


 ……なんて考えていると、隣でニコニコしていた竜姫さんが、いきなり、突拍子もないことを言い出した。


「みなさん、本当にすごいですね! これは、私も負けてられません!」

「……えっ?」


 そして、呆気にとられた俺のことを、まっすぐに見つめながら、キラキラと輝くような微笑みを浮かべて、可愛らしく自分の胸を叩く。


「見ててください、統斗さま! あなたの役に、立ってみせます!」


 そして、ああ、そして……、やる気満々の竜姫さんは、特に変身するでも、特別な装備を取り出すでもなく、ごくごく自然な様子で、まるで散歩にでも行くみたいに、のんびりと歩きながら、荒々しい戦場へと足を踏み入る。踏み入れてしまう。


「あの、ちょっ……、と……?」


 突然すぎるタイミングに、止めることすら忘れてしまった俺は、慌てて竜姫さんに声をかけようとしたのだが、それは叶わなかった。


 なぜなら、俺が彼女を、見失ってしまったからだ。


「……えっ? あれ?」


 いや、違う。竜姫さんは、そこにいる。

 そこにいるのは、分かってる。

 分かっているのに、見失ってしまう!


 そう、彼女は確かに、そこにいる。

 てくてくと、何の気なしに歩いているのは、分かっている。


 それなのに、竜姫さんが、そこにいるのが自然すぎて、彼女を彼女として認識できないというか、まるで空気を見ているかのような感覚だ。


 ちゃんと実体のある人間を相手に、なにを言っているのだという感じだが、正直なところ、俺が一番、意味が分からない。


 一体なにが、どうなってるんだ?


「どうだ、驚いたか! これぞ姫様のお力だ!」

「え、ええっ?」


 愕然としている俺に対して、どこか誇らしげに胸を張っているのは、なぜか嬉しそうな、朱天さんだった。


 その様子は、まるで我が子の自慢をする母親……、というのは失礼か、妹を誇る姉のようで微笑ましいが、それは口に出さない方がいいだろう。


 しかし、やっぱり竜姫さんも、超常者だったのか。まあ、悪の組織のおさなんてしてるんだから、当たり前と言えば、当たり前か。


「あの三人に聞いた話だと、どうやら貴様も、多少はのたぐいが操れるらしいが、姫様のそれは格が違う! いわば一個の巨大な生命である、この星を巡り回っている膨大な気の力を、姫様は自在に扱える! それはまさに、無限の力なのだ!」


 どうやら、気に入らない俺に対して、自らが信じる主君を自慢できるのが、嬉しいらしい朱天さんだが、なんだか随分盛り上がってしまっている。


 いやしかし、なにやら恍惚としている彼女の自慢が本当ならば、それは、凄まじいことなのではないだろうか。


 例えば、命気が自分自身の内から湧き出す力なのだとしたら、竜姫さんは、この星そのものから、自由にそれ以上の力を引き出せるということになる。


 マジかよ! とんでもないんだな、八咫竜やたりゅうの長って。


「古来より、この星を巡る気の流れを、龍脈りゅうみゃくと呼び、その力が噴き出る場所は、龍穴りゅうけつと名付けられ、特別な力を持つ土地として重宝されてきたわけだが……、無知な貴様も、聞いて驚け! 姫様は、その龍穴を自在に作り出すことができるのだ!」


 おおっ! なんだかよく分からないが、なんだか凄そうだ!


 つまり、その龍脈だか龍穴だかの力を操ることで、この星そのものと、竜姫さんという存在が同化というか、一体化でもしているのだろう。だから、他者からの彼女に対する認識も、一人の人間に向けてのものから、まるで世界そのものに向けたものへと勝手にシフトし、歪ませているのだ。


 と、俺は勝手に解釈する。正直、正しい理屈なんて、理解できそうもないし。


「さあ、見ても驚け! 龍脈の巫女である、我らが姫様の力を!」


 いや、だから、残念ながら見たくても、おぼろげにしか見えない……、というか、認識することすら、難しいわけなのだが。


 なんというか、最初から竜姫さんの動きを目で追っていた上に、自らの超感覚を総動員している俺でさえ、この調子なのだから、ああして激しい戦いを繰り広げている者たちでは、気が付くことなんて、まず不可能だろう。


「……というか、あれって、なにをしてるんですか?」

「しっ! だから、黙って見てろ!」


 むう、ただの素朴な疑問だったのに、朱天さんに怒られてしまった。


 俺としては、なんとかギリギリで認識している竜姫さんの動きが、まるで舞でも踊るかのように、ひらひらと戦場の隙間を縫って動いてるだけなのが気になるだけなのだけれど……、いや、待て、待ってくれ……、これって……!


「――っ!」

「ふっ、ようやく気付いたか!」


 得意満面な朱天さんには悪いが、今は構っている余裕がない!


「あ、あらん? なにかに引っ張られるわん! 」

「うわっ! いきなり何事っスか!」

「……目が回る、ふふふふふ、もっと……」


 俺は急いで、脳内で瞬時に構成した三つの魔方陣を即座に展開し、戦場で大活躍していた我らが怪人たちに引っ掛け、そのままこちらへと、強引に引き寄せる。



 その瞬間、大地が輝き、瞬いた。



「ま、間に合った……」


 部下たちの安全を確保できたことに、少なからず安堵を覚えながらも、俺は目の前で起きている光景に、驚愕を隠しきれない。


 不可解な竜姫さんの舞が、終点へと到達すると同時に、このなにもない野原の地面が真っ白に輝いたかと思えば、そこから突如、凄まじい力の奔流が、天へと向かって噴き出したのだ。


 目が眩むような大きすぎる力の流れは、幾重にも枝分かれしたかと思うと、それぞれがまるで意思を持つ怪物のように、暴れ、うねり、薙ぎ払い、叩きつけ、渦巻き、荒れ狂い、戦場をむさぼり尽くす。



 それはまさに、恐ろしくも神々しい……、龍の顕現けんげんだった。



「統斗さまー! 見てくださいましたかー? 竜姫はやりましたー!」

「ああっ! お見事です! 姫様!」


 全てが終わった後で、自分の足で立っているのは、竜姫さんただ一人だった。


 まさに死屍累々……、いや、どうやら死人は出ていないようで、地面に倒れ伏している敵組織の人間は、なんだか全体的にこんがりと焦げながら、声もなく悶え苦しんではいるが、命に別状は……、ない、と思う、多分……。


 しかし、どういう理屈か、あれだけの力が暴れ回ったというのに、地面どころか、風にそよぐ草の一本に至るまで、まったく変化がない。


 爽やかな風が吹く草原で、打ち倒した敵対者たちが上げる、地獄のような苦悶の声に囲まれながら、俺に向かってニコニコと、嬉しそうに手を振る竜姫さんと、その様子に感動の涙を流し、手を叩いて喜んでいる朱天さんというのは、非常にシュールな光景であると、言わざるをえない。


「……ええー」


 なんだか、身も蓋もない結末を迎えた戦場で、色んな意味で置いてきぼりになった俺のため息が、爽やかすぎて肌寒い風に吹かれて、どこか遠くへ消えていく。


 八咫竜の長を、決して侮ってはならない。


 それが今回の教訓……、なのかもしれない。


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