2-4


「はあ……」


 国家こっか守護庁しゅごちょうから奪い取り、悪の組織ヴァイスインペリアルの前線基地として生まれ変わった秘密施設……、その地上部分である本庁舎の休憩室に、なんとも情けない、男のため息が漏れる。


 まあ、その情けないため息をついているのは、情けない俺なんだけど。



 竜姫たつきさんに俺たちの街を案内してから一夜明け、外は爽やかな青空が広がるお昼時なのだが、俺の心は憂鬱だった。


 いや、竜姫さんには、桃花ももかたちのおかげもあって、ちゃんと最後まで楽しんでもらえたし、朱天しゅてんさんの方も、あの後はけいさんたちとの間に、大きな問題は起きなかったようなので、総じて上手くいったということでいいのだろう。


 なので、俺の気持ちが沈んでいるのは、昨日の一件のせいではない。


 これはもう少し、ナイーブな問題だ。



「あらん? どうしたのん、統斗すみとちゃん? そんな可愛らしいナマケモノみたいに、ソファに沈んだりしちゃって」

「あっ、ローズさんも休憩ですか?」


 しまった。一人で休んでいたので、油断してしまった。


 いけない、いけない。俺はこう見えても、この組織の総統なのだから、だらしない姿を見せてしまうのは、あんまりよくないな。


 俺は居住まいを正して、休憩室にやって来た、一見すると筋肉ムキムキの威圧的な男性に見えるが、その内側には女性らしい繊細な心を持った頼れる仲間……、ローズさんを出迎える。


「おっ! 統斗様ってば、お疲れっスね! 自分が癒してあげたいっス!」

「……休むのは、大事……、ベッドで、ゆっくり、ねっとり……、ひひっ……」

「ローズさんも、休憩ですか? お疲れさまです。そうそう、この前は地方のお土産を色々貰っちゃって、ありがとうございました」

「あらん、喜んでもらえたなら、こっちも嬉しいわん!」


 この前までローズさんには、全国に展開していたヴァイスインペリアルの支部を全て回ってもらい、本部のワープ装置が破壊されてしまったことで、戦力的に孤立してしまった一般構成員たちを保護し、全員この街まで連れてくるという、非常に重要なミッションを任せていたのだが、なんと、その作戦を完璧に成功させただけでなく、各地の美味しい名産品まで確保していたというのだから、脱帽だ。


 これはやはり、上司として部下をねぎらう以前に、人として、ちゃんとお礼を言わなければならないだろう。俺はゆったりと椅子に腰かけたローズさんに向かい合い、しっかりと頭を下げて……、


「いやっス! だから、マジのガン無視はやめて欲しいっス!」

「……うう、放置プレイは、この前やったから、バリエーションが欲しい……」

「ええーい! 鬱陶しい!」


 折角、視界からも意識からも外していたというのに、無駄に自己主張の激しい生物が二体、無駄に派手な動きで、無駄にこちらに近づいてくるので、無駄に恐い。


 恐いので、自己防衛することにする。


「げべべべべべべっス!」


 こちらの、俺の展開した魔方陣に絡まって、内部で発生している電撃によって面白いことになっているのは、サブさん。


 まだまだ冬の寒さが厳しいというのに、白いタンクトップを着続ける、無駄に輝く白い歯がトレードマークの、一見好青年だが、その実は、ただの変態である。


「……ああ! 新しい苦痛という名の快楽が……! ぐげげげげげ!」


 あちらの、これまた俺が展開した魔方陣により、身体がありえない方向に捻じれているのは、バディさん。


 基本的に全身黒で統一した服装を好み、髪の毛も伸び放題という陰気な青年でありながら、ナルシストでマゾヒストであるという、難儀な人物である。


 この二人とは、自分の知り合いであると言い切るには、実際、かなり抵抗を感じてしまうのだが、そうかと聞かれば、苦渋の決断で頷くことも、やぶさかではないような気が、こちらの機嫌が良いときはしないでもない……、くらいの関係だ。


「うう……、なんだか酷いことを言われてる気がするっス……」

「……でも、き、気持ちいい……!」


 うーん、俺の魔術をまともに受けても意識を失わないなんて、流石は怪人……。いや、怪人といっても、ただの怪しい人というだけでなく、正しく悪の組織に属するような、人体改造を受けた悪の怪人という意味なのだが。


「せ、せっかく、統斗様の愛の力で蘇ったのに、当たりがキツイっス……」

「黙れ、愛とかいうな」


 とはいえ、電撃に痺れて床に転がっているサブさんの言い分も、完全に的外れというわけでもない。いや、愛云々は世迷言だけど。


 ワールドイーターとの決戦時、ローズさん、サブさん、バディさんの三人は、敵が雇っていた傭兵アランとの戦闘で、全員自らの限界を超えて戦った結果、なんとか勝利を掴むことには成功したが、その代償は大きく、端的に言えば、死にかけていた。


 というか、後で聞いた話だと、半分以上死んでいたそうなのだが、そんな彼らを結果的に救うことになったのは、悪魔マモンを倒すために、俺が街中に振り撒いた命気プラーナの雨だったらしい。


 つまり、俺の命気を取り込んだ怪人たちは、それを火種にして自らの生命力を増幅することで、なんとか三途の川から戻って来た……、のだろう、多分。


「……ツ、ツンデレ……、でも、デレはいらない……」

「うるさい、意味不明なことを口走るな」


 なんだデレって、誰がいつ、お前らにデレたというのか。


 まあ、ローズさんが助かったことは素直に嬉しいし、その他二名が生き残ったことにも、特に不満があるわけでないが、だからといって、隙あらば俺の貞操を狙おうとするサブさんとバディさんには、辟易へきえきしてるのが本当のところだ。


 ……やはり、いっそのこと、この二人だけは、処分するべきか。


「おおう、なぜだか分からないけど、統斗様の目が、さらに冷たくなったっス……」

「……こ、興奮するね……!」

「ほらほら、あんたたち! いつまでも統斗ちゃんに迷惑かけないの!」


 危ない、危ない。思わずこちらの殺意が表面化する前に、ローズさんが残念な二人を注意してくれた。本当に、頼りになるなぁ。


 なんて、いつまでも、バカなことをしていても仕方ない。


「そういえばローズさん、各地を回ってみて、国家守護庁の動きとかって、どう思いました? ざっくりでいいんですけど」


 あくまで休憩中なことだし、それほど深い話を聞くつもりはないのだけれど、今後の為にも、やはり直に体験した現場の声というものは、とても貴重だ。そこには報告書だけでは分からない、リアルな感触がある。


 多少の立て直しには成功しても、まだまだ状況の厳しい組織のため……、というのもあるが、なにより、まだ経験にとぼしい俺自身のためにも、こういう話はどんどんと聞いていくべきだろう。


「そうねえ……、アタシの率直な印象としては、思ったよりも簡単だった、って感じかしらねん。そりゃ多少の小競り合いは起きたけど、向こうも本腰じゃなかったみたいで、楽勝だったわん」


 余裕の笑みを浮かべるローズさんに、虚勢を張っている様子はない。どうやらこの人にとって、今回の作戦は、それほど歯ごたえのあるものではなかったようだ。


 本当に、頼りになる人だなぁ……。


「あいつら、どうも俺たちより、俺たちがいなくなったことで暴れ出した、他の悪の組織の方が気になってたみたいっス! やつらは、そこら辺の隠蔽も仕事っスから、大変だったんじゃないっスかね!」

「……後は多分、お決まりの椅子取りゲーム……、僕たちの抜けた穴を、自分たちのモノにしようと、国家守護庁も湧き出た悪の組織も必死……、ひひっ、そいつらが勝手にやり合ってるうちに、隙間を縫うように逃げれば、簡単……」


 サブさんとバディさんも、軽い口調でアピールしているが、言ってる内容は、それほど生易しいものではないだろう。


 敵と敵がぶつかり合ってる間に、自分たちには被害が及ばないように、上手く立ち回ることの難しさは、想像に難くない。


 しかし、それをさらりとやってのけ、犠牲者を一人も出さずに、完璧に作戦を遂行してみせるなんて、流石は歴戦の怪人たちだ。


 それにしても、どうやら国家守護庁の動きは、この前みんなで作戦会議をしたときの予想が、おおよそ当たっていたということでよさそうだ。


 なるほど、そうなると……。


「それで、統斗ちゃんは、なにをそんなに悩んでるのかしらん?」

「……えっ?」


 突然、ローズさんに見透かされたようなことを言われて、ドキリとしてしまう。


 まるで心の底を覗かれたようで、俺は動くことすらできず、ただマヌケに、驚いた顔をさらすしかない。


「や~ね~、統斗ちゃんの目を見れば、なにか深刻な問題から、ちょっと目をらしたくて、わざわざ難しいこと考えてることくらい、分かるわよん」


 ……まったく、ローズさんには、かなわないな。


「えっ、そうなんスか? だったら、俺が慰めてさしあげ……、げぶ!」

「……ああ、だったら僕が、統斗様のストレス解消に……、どべべ!」


 とりあえず、この二人に騒がれると、別の意味でかなわないので、黙らせておく。しかし、まあ、だからといって、別に気分が晴れるわけでもない。


「いえ、別に、そんな深刻な悩みってわけでも、ないんですよ……」


 そして、心配してくれたローズさんには申し訳ないが、本当に、これは大した問題というわけでもない。


 あと少ししたら、俺の人生が、大きな転機を迎えるだろう、というだけで。


『あー、テステス。統斗、統斗、この放送が聞こえとったら、今すぐ執務室まで来るように、繰り返す、執務室まで来るように! まったく、携帯置き忘れて休憩とは、たるんどるぞ!』


 ああ、どうやら時間が来たようだ。姑息な手段は、もう通用しない。祖父ロボからの直々のお呼び出しとなれば、無視するわけにはいかないだろう。


 つまり、猶予期間モラトリアムはおしまい、というわけだ。


「あー……、それじゃ、行ってきます」

「あらん? なにか分からないけど、頑張ってねん?」


 不思議そうな顔をしているローズさんに一礼してから、俺は重い脚を引きずって、最後の安息所となっていた休憩室の扉を開ける。開けざるをえない。


 そう、これは別に、深刻な問題なんかじゃない。



 ただ少し、プライベートな問題である、というだけで……。


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