2-3
そこに広がっていたのは、
「あら? どうかなさいましたか、
いつも通りの冷静な表情で、いつも通りの声色で、いつも通りのビジネススーツを綺麗に着こなして、いつも通りの
その身の周囲に、物騒な魔方陣を、幾重にも幾重にも展開させながら。
まあ、これは予想通りだ。
「おー! 来たのか、統斗ー! すぐに終わるから、待っててくれよな!」
こちらも普段通り、安物のジャージをラフに着こなした
全身に、眩いばかりの命気を、これでもかと
それもまた、予想通りだ。
「うふふ~、統斗ちゃんは~、そこで見てて~、面白い見世物が見れるわよ~」
長い丈の白衣を風になびかせながら、楽しそうに笑っているマリーさんは、その文句なく似合っている眼鏡を、キラリと輝かせている。
両手に構えた、いかにも凶悪な光線銃を
なるほど、これまた予想通りだ。
そして、そんな臨戦態勢の三人と、正面から対峙している女傑が一人。
「チッ! こっちに来たのか……、ゲスめ」
どこから取り出しのか、巨大な金棒を肩に担いで、なぜかこちらに……、というか俺に対して敵意を剥き出しにする、細身の身体にフィットした黒いパンツスーツと、右目を隠すアイパッチが特徴的な、冷たい印象の美人……。
悪の組織、
これも、まあ、ある程度は予測通りだ。
全員まだ本気を出していないというか、変身前というのが、予想外というか、救いといえば、救いなのかもしれないけれど。
まあ、彼女たちのすぐそばで、思い切り倒壊しているビルを見れば、そうも言っていられないわけだが。
「いや、来ますよ。来るに決まってるじゃないですか、というか、むしろなんで来ないと思ったんですか。こんな街中で、いきなり暴れておいて!」
確か、この見るも無残に崩れ去ったビルには、まったく人がいなかったはずだし、元々半分以上壊れていたので、後で撤去する予定だったから、ある意味では、今後の手間が
そういう問題じゃ、ないんだよ!
「契さん、説明!」
「かしこまりました」
突然やって来た俺に、微塵も動揺することなく、契さんは
「そちらの無礼な女が、我らが統斗様のことを侮辱しましたので、これから粛清するところでした」
まずい。
本気の目だ。
それに契さんだけでなく、千尋さんもマリーさんも、同じような目をしている。
どうやら状況は、かなり切迫しているといっても過言ではなかったようだが、逆に言えば、ギリギリのところで間に合ったとも言える。
うんうん、ポジティブシンキングを忘れちゃいけないよな……。
「なるほど、分かりました。その気持ちはとてもありがたいのですが、これ以上この街を破壊させるわけにはいかないので、速やかに武装解除を願います。速やかに」
なにはともあれ、今は少しでも早く、この殺伐とした空気を解消するべきだ。焦るあまりに多少事務的になってしまったが、この場には、朱天さんという第三者もいるのだから、組織のトップに立つ者として、少しでも威厳を見せるべきか。
「了解しました」
「統斗に言われちゃ、しょうがないなー」
「ちぇ~、面白くなりそうだったのにな~」
幸いなことに、俺の意見は聞き入れられて、契さんは魔方陣を解除し、千尋さんは命気を抑え、マリーさんの光線銃はバラバラに分解されて消え失せた。
ふう、どうやら最悪の事態だけは、避けられたようだ……。
「…………チッ」
こちらの三人から殺気が消えたのを確認したのか、朱天さんも担いでいた金棒を、地面へと降ろしてくれた。
その明らかに大きすぎる、凶悪なトゲだらけの金棒が、地面に触れた途端に、スルスルと抵抗なく下へ下へと飲み込まれていく原理は分からないが、とりあえず彼女の方も、停戦に応じてくれたようだ。
流石に、彼女の主が同盟を結ぼうとしている相手の領地で、積極的に暴れるわけにはいかないとでも判断してくれたのか、なんにしても、助かった。
「……それで、一体全体、なにがどうして、こんなことに?」
危機的状況の回避には成功したが、原因が分からないことには、またいつ再燃するとも限らない。というか、単純に意味が分からない。
契さんは、俺が侮辱されたからだと言ったが、そもそも話の流れとして、朱天さんの方から、いきなりそんな話を切り出したは考えづらい。
この八咫竜の幹部が、俺のことをどう思っているのかは分からないが、例え最初からこちらのことを嫌っていたとしても、それをこんな場所で、しかも俺の部下たちに向かって話すだなんて、まさしく意味不明だ。メリットがなにもない。
つまり、こんな馬鹿げた状況に陥ったのには、それなりの話の流れと言うやつが、存在するはずなのだ。
「なにがどうしてって言われても、オレたちにも意味分んないよなー? ただ普通に世話話してただけだし」
「ね~? 統斗ちゃんのこと聞きたいって言うから~、包み隠さず全部お話してあげただけなのに~、いきなり暴言だもんね~、失礼しちゃうわ~」
だけど、どうやら千尋さんには、本当に心当たりがないようで、頭の上に疑問符を浮かべているし、マリーさんもマリーさんで、プリプリと怒っている。
朱天さんが俺のことを聞きたがったのは、おそらく、自らの主である竜姫さんが、婚姻関係を結ぶとまで決意した相手の情報を、少しでも集めておきたかったからだと思うのだが、しかし、だったら尚更、情報収集の途中で……。
って、うん?
「……包み隠さず、全部?」
「はい。この愚か者に統斗様の偉大さを分からせるためにも、これまでの活躍から、私たちとの愛の営みに至るまで、余すところなく」
やめてください、契さん。またそんな、挑発するような視線を朱天さんに向けて、空気を悪くしてしまうのは……。
いやいや、問題はそっちじゃない!
「あ、愛の営みって、まさか……!」
「やぁ~ん! 統斗ちゃんのえっち~」
なにが! なにがえっちなんですか、マリーさん!
や、やっぱり……!
「えっちなこと、話したんですか!」
「おう! えっちなこと話したぜー!」
ああ、千尋さん……、そ、そんな無邪気な……。
「なんで、こんなまだ日も高いうちから、こんな街中で、そんな話するんですか!」
って、違う、そうじゃない。今はそうじゃいぞ、俺!
「いや、いやいやいや、いやいやいやいや、違うんですよ、朱天さん?」
「……なにが違うんだ。この女狂いの節操なしが」
ぐふっ! いきなり核心をつかれてしまった!
「年上から年下まで、色んな女をとっかえひっかえ……、部下に臆面もなく手を出した上に、敵対していた正義の味方まで毒牙にかけて、仲間に引き込んだそうだな?」
ううっ……、臆面もなくとか、毒牙にかけたとか言われてしまうと、色々と俺の中にも葛藤はあったんだと反論したくなるけれど、結果だけ見ると、まったくその通りすぎて、弁解の余地がない……。
「しかも、全員に、その、な、なんだ……、夜の相手をさせているだと! どれだけ
「い、いや、それは違う! それは違うぞ!」
顔を真っ赤にした朱天さんが、恐ろしい剣幕で俺に詰め寄るが、ここで引く訳にはいかない。そう、彼女は勘違いしているのだ。
ここは、少しでも誤解を解かないと、今後の関係に、差し障りが出てしまう!
「そういうことしてるのは、こちらの三人だけで、他のみんなとは、プラトニックな関係だから!」
いや、だからなんだというんだ、俺。
その誤解が解けたから、なんだっていうんだ、俺。
爛れた性生活っていうのは、まったく否定できてないぞ、俺!
いかん、混乱している!
「黙れ! 貴様のような、男の風上にも置けない奴に、姫様が嫁入りするなど……、くっ! そんなふざけた話があるか!」
な、なんてことだ……! 正論すぎて、耳が痛い!
しかし、俺は朱天さんを、この八咫竜の幹部のことを、なにも知らない……、朱天というのが本名なのか、コードネームなのかすら知らないわけだが、どうやら彼女が自分の主を、竜姫さんのことを心配する気持ちは、本物のようだ。
それはなんだか、こんな時だけども、心が明るくなる事実だった。
「自分の価値観に合わないからと、よく知りもしない相手を
「強いオスに、より多くのメスが集まるなんて当たり前だろー! そんなことも知らないなんて、一体どこのサバンナで育ったんだよー!」
「これはあれよ~、自分に男性経験がないからこその~、過剰反応よ~。自分に潤いがないからって~、醜い嫉妬は困っちゃうわ~」
……なので、俺の後ろで不穏な発言をしている悪の女幹部三人は、スルーすることにしよう。というか、もう少し友好的な関係を築く努力をしてくれ! それが嘘でもいいから、大人らしく!
「ま、まあまあ、まだ本当に結婚するって、決まったわけでもないですし……」
「なんだと! 貴様! 姫様からのありがたいご提案を、無下に断る気か!」
いや、あんたもあんたで、俺にどうしろってんだよ、朱天さん!
そもそも、俺と竜姫さんが婚姻だの、結婚だの、夫婦になるだのの話は、八咫竜の方からこちらに持ち掛けられたわけなのだが、それに対する解答を、まだうちが出す前から、そっちの方が、そんなにピリピリされても困る。
だったらもう少し、自分たちが納得した上で、交渉に来てほしい……。
「い、いえいえ、まさか、そんなこと……、は、はっはっはっ、あの、少し落ち着いてくださいよ、朱天さん……」
「くっ! 止まれ! 私に近づくな! その煩悩にまみれた頭で、一体なにを考えているのかは知らんが、この身には指一本触れさせんぞ!」
なんでやねん。
本当に、なんでやんねん。
どうやら、まだちゃんとお互いのことを知る前に、俺に対する朱天さんの印象は、まるで性犯罪者というか、最低最悪の男といった感じになってしまったらしい。
いやー、これは困った。
というか、どうしてこうなった?
俺としても、自分のことを聖人君子だの、誠実な人間だの、非の打ち所がない完璧超人だのと評価するつもりはないし、どちらかといえば、朱天さんの印象の方が実は正しいのではないかと思っているけども、それでも、殆ど初対面の女性に、自分でも知らぬところで嫌われているというのは、普通に悲しかったりする。
「統斗様に対して、なんと失礼な……! 万死に値します!」
「そうだそうだー! やっちゃうぞー!」
「うふふ~、実験動物の刑にしちゃうわよ~」
……まあ、大体の元凶は、この三人だというのは分かっているんだけども。
いくら聞かれたからって、なんで俺たちの夜の生活みたいな赤裸々なことまで全部話しちゃうんですか……、やめてください……。
なんて、嘆いていても始まらない。というより、この状況が収まらない。
ここは多少、強引にいこう。
「分かった、分かりました、これ以上は近づきませんし、なにもしません。ただし、これ以上ここで暴れるというのなら、朱天さんはこちらがご用意した宿に、もうお戻りください。これ以上は、あなたの主の恥になりますよ?」
「くっ……! チッ……!」
ここで竜姫さんのことを持ち出すのは、卑怯かとも思うのだが、仕方ない。
今回の件は、こちらの三人から攻撃を仕掛けたようだが、そもそも朱天さんの方が俺のことを……、八咫竜の方から同盟を持ちかけている、ヴァイスインペリアルの総統を侮辱したことが発端らしいので、そこを突かせてもらう。
朱天さんだけなら、ちゃらんぽらんなお前が悪い! とでも言われてしまうかもしれないが、八咫竜という組織の態度に対するクレームという形にしてしまえば、流石に自分だけで突っ走るわけにもいかないだろう。
どうやら、そんなことは朱天さん本人も分かっているようで、非常に苦々しい顔をしながらも、それ以上反論はしてこない。相手の忠義に付け込むようで、あまりいい気分ではないが、効果はあったようだ。
「それから、契さんも、千尋さんも、マリーさんも、無駄に火種を増やすようなら、今日は帰っていいですよ。というか、今回の八咫竜との協議が終わるまで、謹慎しててください。俺は忙しいので、会いにいったりはしませんけど」
「ああ! そんなご無体な……、統斗様!」
「うわーん! やだやだー! 統斗ー! 許してくれよー!」
「ごめんなさ~い! それだけは~、勘弁して~!」
そして当然だが、こんな街中で、同盟を持ちかけてきてくれた組織の使者に、直情的に武力行使してしまった、こちら側の悪の女幹部三人にも、しっかりと釘を刺しておかなければならない。
現在、この区画にいるのは、絶賛復興作業中のうちの組織の人間だけなので、無駄に一般市民を脅えさせてしまうようなことはないだろうが、そもそも最高幹部たちが揃いも揃って、部下たちが汗水たらして働いているときに、こんな無駄な破壊活動をしてしまうこと自体が、問題である。
俺のことを慕ってくれてのことかもしれないが、もう少し理性的な行動を求めるというか、全員大人なんだから、しっかりして欲しいというのが、切実な願いだ。
なので、ここは心を鬼にして、まさに子を叱る親のように、厳しい態度で臨まねばならない。それもこれも、相手を想えばこそだ。
……いや、この場にいるのは全員、俺より年上なんだけどね?
「それが嫌だったら、朱天さんとも仲良くしてください! ほら、握手!」
「は~い……」
「クソッ! どうして私が……!」
声を揃えて
太陽も大分傾いてしまったし、急がないと。
竜姫さんに、後で必ず合流すると、約束したことだし。
「それじゃ、俺はそろそろ行きますけど、もう問題は起こさないでくださいね!」
「はい、もちろんです。ご安心ください」
……契さん、物凄く良い返事なんですけど、朱天さんと握っている手を放す瞬間、その速度が速すぎて、霞んで見えましたよ。本当に、安心してもいいんですよね?
「大丈夫だって! 統斗の言いつけなら、ちゃんと守るからさ!」
あっけらかんと笑っている千尋さんを、信じたい気持ちはあるのだが、俺の超感覚が安心するなと囁いている気がする……。
「うふふ~、お任せ~、お任せ~、仲良く~、仲良く~」
マリーさん、あなたがそんな満面の笑みを浮かべていると、なんだか不安になってしまうのは、俺の心配しすぎでしょうか?
「…………ふん!」
朱天さんも朱天さんで、全然納得してないって顔してるし……。
正直、不安は残るが、仕方ない。今の俺の本来の役目は、遠路はるばるやって来た八咫竜の長を、対等の立場にある者として、
いつまでも、ここでこんなことをしては、いられない。
「ああ、もう! 本当に、頼みましたからね!」
俺は全てを振り切るように、竜姫さんと桃花たちの元へと戻るため、再び全速力で急ぎ、駆け出す。
その瞬間、辺りの空気がスッと冷たくなったのを感じたが、後はもう、みんなの常識というか、理性というか、良心のようなものを、信じるしかない。
「俺は、無力だ……」
なぜだろう、夕日がいやに、眩しいや……。
背後で膨らむ険悪な空気を感じながら、俺の脳裏に浮かぶのは、前途多難という、身も蓋もない予感だけだった……。
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