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「ふふっ、統斗すみとさまと一緒にお出かけなんて、とっても嬉しいです」

「あ、ありがとう、竜姫たつきさん。喜んでもらえたなら、なによりです……」


 喜びで声を弾ませながらも、おしとやかな振る舞いを崩さない、落ち着いた着物姿がよく似合っている少女……、この国で最も大きな悪の組織……、八咫竜やたりゅうおさである龍蔵院りゅうぞういん竜姫さんと並んで歩きながら、俺は自問自答を繰り返す。



 本当に、どうしてこうなった?



 ヴァイスインペリアルと八咫竜が同盟を結ぶか否かという、あの重要すぎるはずの会談は、まったくの不可抗力により、なぜか滅茶苦茶に荒れ果てた末に、結局、全てうやむやのまま、お開きとなってしまっていた。


 いや、一応これは重要な案件なので、しっかりと協議を重ねてから決定したいと思いますと、竜姫さん側には伝えているのだけれども、全然なんにも決まっていないということには、変わりなかったりする。


 ちなみに、会談後にその場にいた全員で、少し遅めの昼食会を開いたのだが、まるで地獄のような空気だったことだけは、記しておこう。


 まあ、とにかくなんにせよ、結果的に、もう少し長い間、この街に滞在することになった竜姫さんと、彼女の護衛である八咫竜の幹部……、朱天しゅてんさんのために、周辺の案内でもしようということになったのが、つい先ほどである。



「いえ、こちらこそ、ありがとうございます、統斗さま。実は私、あまりこういう街に出ることってなくて、なんだか、とっても楽しい……」

「そ、そうなんですか……、それは、あの、よ、よかったです……」


 案内といっても、まだ少し外を歩いただけなのだが、竜姫さんは本当に楽しそうな様子で、周囲の光景にキラキラと目を輝かせていた。


 おしとやかな彼女が、まるで子供みたいに頬を赤らめながらも、そんな自分を恥ずかしがっているかのように微笑む姿を見ていると、正直ドキドキしてしまう。


 というか、ドキドキしてしまう……。


「あ~ら、桃花ももかさん? なんだかあの二人、いい雰囲気でございますわよ?」

「ううう~、わたしたちもいるのに、統斗くん、ひどいよ~」


 どうやら、相当マヌケな顔になっていたらしい俺に、火凜かりんと桃花の寒々しい視線が突き刺さる……、というか、その口調はなんだ、火凜。


「やっぱり、あの女は、今のうちに始末しておいた方が……」

「落ち着いてください、樹里じゅり先輩。今はまだ日が高いです。こういうことは、もっと万全を期して、慎重にことを運ぶべきでしょう」


 しかも後ろの方では、樹里先輩とあおいさんが、なにやら不穏な話し合いをしているという始末だし……。いや、本当にやめてください。色んな意味で。


「このドスケベ統斗! なに鼻の下伸ばして、デレデレしてるのよ!」


 ああ、そうやって直接突っかかってきてくれた方が、安心するよ、ひかり……。



 なんて、遠い目をしている場合ではない。



 今回、竜姫さんをエスコートしているのは、俺だけではない。このように、エビルセイヴァーのみんなも一緒なのだが、これは竜姫さん本人の希望である。


 なんでも、折角の機会だから、同じくらいの年齢の人たちだけで交流を持ちたいということらしく、そのために、彼女の護衛であるはずの朱天さんは、別行動ということになっていた。


 いや、まあ……、まだ正式に同盟を結んだわけでもない相手の領地を、その相手の仲間だけに囲まれて観光するなんて、当然、護衛である朱天さんは、強固に反対したのだけれども、結局は、マイペースながらも押しの強い竜姫さんに、完全に押し切られてしまったのだ。


 とはいえ、絶対に納得していないという顔してたから、多分どこかから、こちらのことを監視……、じゃない、見守っているとは思うんだけど……。


「…………っ!」


 ほら、今もどこからか、強い視線を感じるし……。


 で、でも、朱天さんの方には、彼女を案内するという名目で、けいさんと千尋ちひろさんにマリーさんという、いつもの悪の女幹部トリオを同行させているので、大丈夫だとは思う、……多分。



「ふふふっ、みなさん、統斗さまのことが大好きなのですね」

「……恐縮です、はい」


 そういうわけで、色々な思惑が絡み合ってる俺たちは、随分と騒がしい御一行様となってしまっているのだが、この状況の言い出しっぺである竜姫さんは、とても楽しそうにしている。


 ちなみに、彼女は俺のことを旦那様と呼びたがっていたのだが、主に女性陣による猛烈な反発と、男性陣の誠実な説得により、最終的に、まだ早いという結論に至り、保留となった。


 ありがとう、唯一俺に味方してくれた父さん……。あなたがいなければ、血を見るような事態になっていたかもしれません……。


「はー? ひかりは別に、こいつのことなんて、全然好きじゃないんですけどー?」

「流石です。あからさますぎる態度で、むしろ逆に分かりやすい。勉強になります」


 ちょっと、葵さん。確かに顔を真っ赤にした上に、思い切り目を泳がせて、頭の後ろで手を組みながら、吹けもしない口笛を吹こうとしてるひかりの態度は分かりやすいですけれども、それを指摘してしまうのは、残酷ってやつですよ……。


 なんて、呑気に考えている場合ではない。ここはさらりと、話を変えよう。


「あ、あー! それにしても、街の復興も大分進んだよなー! みんな頑張ってくれてるもんなー!」


 いや、下手くそか。

 話変えるの下手くそか、俺。


 どうやら、俺もこの状況に、かなり緊張してしまっているようだが、しかし言っていること自体は、間違っていないと、自信を持って言い切れる。



 それはなによりも、俺の仲間たちが頑張ったという証なのだから。



 悪魔マモンの手によって、一度は壊滅的な被害を受けたこの街だが、その後の復旧作業自体は、かなりのハイスピードで行われていた。


 俺たちが、国家こっか守護庁しゅごちょうを敵に回している悪の組織であるという立場上、国からの援助がまともに受けられないにも関わらず、もうすでに、一般市民の日常生活におけるライフラインは確保しているし、ある程度の商業施設も、営業を再開している。


 これはひとえに、我らヴァイスインペリアルが、これまでつちかってきたノウハウというか、蓄積してきた規格外の技術というか、燃えたぎる悪の組織根性というか、そういう諸々が結実し、凄まじい作業効率を叩き出しているためだ。


 というわけで、もうどうせ国に対して、自分たちの正体を隠す必要もないので、俺たちはこれまでの鬱憤を晴らすように、好き勝手に復興というか、全力で自分たちの使いやすいように、この街を造り替えている。


 建築基準法だろうが、法令順守だろうが、もう知ったこっちゃない。とりあえず、差し当たっては、もっとも被害が大きかった上に、国家守護庁の横槍によって、それまでテナントとして入っていた他の企業が全然戻ってこないビジネス街を、あらゆる戦闘に耐えうる、完璧な城塞都市にするのが目標だ。いやあ、やりたいことを好きなように、好きなだけやれるので、みんな張り切る、張り切る。


 物流や人材の流れについても、国家守護庁は圧力をかけてきているようだが、完全に遮断することはできていない。当然だ。ここは絶海の孤島でもなければ、周囲を見上げるような巨大な壁によって、完全に封鎖されているわけでもない。


 国家守護庁の目的が、悪の組織の撲滅と、その隠蔽である以上、なにも知らない普通の人々も暮らしているこの街に対して、そこまで露骨な圧政を強いることは不可能なのだ。確かに、表だった流通は絞ることができても、その裏には、幾らでも抜け道が存在する。


 物資は多少足りないが、瓦礫を再利用するなどすれば十分対応可能だし、人材についても、これまで各地の支部で頑張ってくれていた構成員たちが昨日到着してくれたおかげで、大幅に余裕ができた。



 そう、俺たちは確実に、前へと進んでいるのだ。



「まあ、それは素晴らしいですね! でも本当に、ここで働いてる皆さまは、とっても活力にあふれていて、輝いて見えます……」


 眩しそうに目を細めながら、周囲を見渡した竜姫さんの視線の先には、うちの構成員たちが、精力的に建物の修繕をしていたり、各所の連絡と作業時間の調整に奔走していた。確かに、その光景は感動的で、個人的に胸を熱くさせるものがある。


 だけど今は、そんな光景を嬉しそうに、微笑みながら眺めている彼女を、八咫竜の長を、龍蔵院竜姫を、美しいと、そう、思ってしまった。


「で、ですよねー! みんな本当に頑張ってますから、この調子なら、もうちょっとで学校とかも、再開できるんじゃないかなって!」


 いや、下手くそか。

 話変えるの下手くそか、桃花。


 ……いいや、これは彼女に、俺と竜姫さんの間に強引に身体ごと割り込んでくるなんて、慣れないことをさせた、俺が悪いんだな……、すまない、桃花……!


 でも、学校再開はどうかな……。校舎は割とすぐに修復できるだろうけど、教師とか職員の方々は、戻ってくるのだろうか? うちの構成員に、教員免許とか持ってる人いるかな?


 あっ、それよりも、学校といえば……。


「あの、すいません、樹里先輩……。大事な時期だったのに、こんなことになってしまって……」


 ずっと、言わなければならないと思っていたのに、なかなかその機会がなかった謝罪を、俺はようやく口にする。


 この中で唯一、高校三年生だった樹里先輩は、確かもうすでに、推薦で大学への進学が決まっていたはずなのだが、流石に国家守護庁を裏切ったとなると、色々と問題があるだろう。


 ……そもそも、悪の組織の一員になってしまった時点で、大問題だけれども。


 なんというか、俺のせいで樹里先輩の人生を狂わせてしまったかと思うと、非常に心苦しい……。


「ふふふっ、私なら大丈夫よ。だって、大学なんていかなくても、統斗君のお嫁さんになればいいんだから。ねえ、子供は何人がいいかしら? ふふふふふ……」


 しかし、当の本人である樹里先輩は、別に気にしていないどころか、俺の謝罪を利用して、竜姫さんへの牽制にしてしまう。ああ、そんな恐ろしい目で、彼女を睨まないでください……。


「うーん、修羅場だねえ。ねえ、どうする? どうするのよ、統斗?」


 面白がってる様子の火凜が、俺のほっぺたを突いてくるが、微妙に力が強い。というか、思い切りめり込んでる。どうやら、あまりこの状況が面白くないようだ。


 俺としても、このままではよくないというのは、分かる。


 よし、頑張ろう。


「あー! そ、そういえば、竜姫さんって、どんな学校に通ってたんですか?」


 下手くそなのは重々承知だが、強引に話を変えようとする俺は、もしかしたら卑怯者なのかもしれないな……、なんて格好つけて、この場は誤魔化すことにする。


 ふっふっふっ、俺は悪の総統なのだ。卑怯上等である。


「あの、ごめんなさい……。実は私、その、学校というものには、これまで一度も、通ったことがないのです……」

「……えっ?」


 だけど、そんな俺の浅はかな考えにより、この場の空気は、寒々しく凍りつくことになってしまう。


「私は生まれた時より、八咫竜を導く立場となることが決まってましたから、礼儀作法や学問などは、全て組織の中で教えられました。ですので、お恥ずかしい限りなのですが、こういう人が沢山いる街なども、あまり訪れたことがなくて……」


 し、しまった……、話を振るにしても、考えが足りなかったか……。


 同じ様に悪の組織の頂点に立つ者とはいえ、俺と竜姫さんでは、当然ながら生まれも境遇も違うのだ。自分は高校まで普通に暮らしてきたからか、そこら辺の配慮というやつが、すっぽりと抜け落ちてしまったらしい。


 究極の箱入り娘……、とでもいえば、幾らか聞こえはいいだろうが、八咫竜が神話の時代から、新たな王の出現を待つために、万難をはいしてきたのだと考えたら、その維持のために、どれだけの重責を竜姫さんが背負うことになったのかなんて、想像に難くないはずだった。


 ああ、本当に俺は、なんて無神経なことを……。


「ふふふっ、なので私、今はとっても楽しいんです。悲しいですけど、お友達もいませんでしたから、実はこうやって、同い年くらいの方々と、気兼ねなく街を見て回るのが、夢だったんです……」


 ま、眩しい……! そして胸が苦しい……!


 楽しいと言いながらも、少し寂し気に微笑む竜姫さんを見ていると、自分の愚かさに眩暈がしてくる。ああ、俺はなんて酷いことを……!


「……そっか、……へへっ、それじゃあ今日は、たっぷり楽しもうか!」


 俺とはまた違う意味でだと思うが、竜姫さんの素直な言葉に、なにか感じることがあったらしい火凜が、明るい笑顔で歩み寄る。


 おお、お前は優しい子だよ、火凜さん……。


「そうですね。折角の機会ですし、ここは親睦を深めることを優先しましょう」

「もう、仕方ないわね! そういうことなら、ひかりちゃんに任せなさい!」


 そして、優しい笑みを浮かべた葵さんとひかりも、火凜に続いて、竜姫さんの側へと近づいていく。


 おお……、なんと美しい光景だろうか。


「……そうね、まずは話し合いから始めても、いいのかもしれないわね」


 なんと、あの樹里先輩も落ち着きを取り戻し、いつもの包容力に満ちた表情を浮かべている。


 よかった……、本当によかった……。


「うん、決めた! 龍蔵院……、ううん、竜姫ちゃん! これから私たちと、友達になろうよ!」


 そして最後に、満面の笑みを浮かべた桃花が、少し驚いたような顔をしてる竜姫さんに、しっかりと手を差し出し、握手を求める。


 そう、彼女たちエビルセイヴァーは、今は悪の組織で、総統の親衛隊なんてしているけれど、元々は正義の味方……、たまに少し暴走したりはするけれど、みんな心根の優しい者たちばかりなのだ。


「皆さん……、ありがとうございます!」


 まるで、信じられないものでも見るかのように、自分の周りに集まったみんなに、驚いた様子の竜姫さんだったが、やがて事態を飲み込むと、本当に、本当に輝くような笑顔を浮かべて、桃花の差し出した手を、そっと握り返す。


「うん、うん……!」


 それは、掛け値なしに素晴らしい光景で、俺が心から感動し、この新たに生まれた友情に、涙腺も緩んでしまう……。


 その時だった。


 ドカン! と大きな爆発音が、後ろの方から聞こえてきたのは。


「……すまない、みんな。どうやら俺には、やるべきことがあるみたいだ……」


 一瞬で、なにが起きたのか理解した俺は、可及的速やかに問題を解決するべく、断腸の思いで、この場を離れることを決断する。


 あんなに喜んでいる竜姫さんの気持ちに、水を差すわけにはいかない。


 それだけが、彼女に無粋な問いかけをしてしまった俺にできる、ただ一つの罪滅ぼしなのだから……。


「桃花、竜姫さんのこと、頼んだぞ」

「うん、任せて。こっちは大丈夫だから、統斗くん……、気を付けてね!」


 俺の決意に満ちた目を見て、なにかを感じ取ってくれたのか、桃花が力強く頷き、背中を押してくれる。


 ありがたい……、これでもう俺には、なんの憂いもない。


「えっ? あ、あの……」

「ごめん、竜姫さん……。必ず……、絶対に、俺も後で合流するから、今はなにも、聞かないでくれ……」


 急すぎる話の流れに、きょとんとした顔をしてしまってる竜姫さんの肩に、そっと手を置いて、なんとか微笑みを浮かべるのが、今の俺にできる精一杯だった……。


「それじゃ、行ってくる!」


 決意を固め、みんなに背中向けて、俺は駆け出す。


 爆発の現場へ。

 問題の場所へ。


 より正確に、ぶっちゃけてしまうならば……。


 契さんと、千尋さんと、マリーさんと、……そして、八咫竜の幹部である朱天さんが集まっているはずの、ついその先の、路地の向こうまで。



 いやいやいや! 本当に、なにしてるんだよ! あの大人たちは!


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