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「ではでは……、みんな、お疲れ様! かんぱ~い!」

「かんぱ~い!」


 満天の星空の下で、俺のつたない音頭に続いて、この地下本部跡地に集まったヴァイスインペリアルの構成員一同が、一斉に、それぞれの飲み物を突き上げる。


 今回の集会は、この街にいるうちの組織の人間が、全員集まっているために、その様子は壮観ですらあった。


 いやー、絶景かな、絶景かな。




 正義の味方マインドリーダーを倒してから数日後、その後は順調に、様々な作業を進めた俺たちは、多くの成果を手にすることに、成功していた。


 まず、つい先日まで山のような瓦礫で埋まっていた我らが地下本部跡地だが、本日ようやく地上部分を、更地にまで戻せている。


 もちろん、この地面の下に埋まっている貴重な技術や、様々な資材などを掘り返すためには、まだまだこれからということになるのだが、それでも、ある程度の目途が立ったのは事実だ。


 そしてもう一つ、奪取に成功していた元・正義の味方の秘密基地の方も、遂に改修が完了したというのも大きい。これで今後なにをするにしても、悪の組織の活動拠点として、安心して使うことができる。


 当然この程度では、順風満帆とは言えないかもしれないが、それでも万事において確実に前進していることは、間違いない。


 というわけで、まだまだ先は長いとはいえ、あの絶望的な状況からでも、俺たち悪の組織……、ヴァイスインペリアル一同で力を合わせ、こうして再びスタートラインに立つことができたことを祝い、そして今後の英気を養おうというわけで、今回の決起集会は企画、そして実行されたのであった。


 いやはや、みんなの頑張りには、本当に感謝の念と、労いの言葉しか出てこない。自分は本当に幸せな悪の総統だと、胸が熱くなるばかりで……。




「おーい、統斗すみとー、楽しんれるか―! ……って、なんか遠い目してるな」

「ああ、千尋ちひろさん。いえ、すいません。なんだか感無量で……」


 少しだけ感慨にふけってしまった俺は、缶ビールを手にした千尋さんに、ガッチリと肩を組まれるまで、その接近に気が付けなかった。いかんいかん、いくら楽しい宴会だといっても、これでは気を抜きすぎだ。


「んふふ~、感動屋さんな統斗ちゃんも~、か~わ~い~い~」

「ちょ、ちょっと、マリーさん……、って、もしかして酔ってます?」


 千尋さんに続いて、俺に急接近してきたマリーさんが、こちらのほっぺたを執拗に突こうとしてくるのだが、微妙にお酒というか、アルコールの匂いがしている。


 多分、彼女が持っている三角フラスコの中身が怪しいと思うのだが、しかしまた、なんでそんなもので飲んでるんですか……。

 

「マリー、あまり統斗様にご迷惑をかけないように。ほら、千尋も」


 ほろ酔い加減の二人に絡まれている俺を見かねてか、颯爽とやって来たけいさんが、鮮やかな……、というよりは、随分と手慣れた様子で、マリーさんと千尋さんに釘を刺している。


 その様子は、完全な素面しらふに見えて……、というか、そもそも契さんは、飲み物のたぐいを持っていなかった。


「あれ? 契さんは、飲まないんですか?」

「はい。マリーも千尋も、弱いくせにお酒が好きで、しかも酔うと暴れるクセがありますので、私がブレーキ役になりませんと……」

「なんだとー? オレはお酒に弱くなんてないろー! なー、マリー?」

「ね~、千尋ちゃん~? 契ちゃんはちょっと~、心配しすぎよ~、にゅふふ~」


 手に持ったそれぞれのアルコール飲料を口にした途端、みるみるうちに呂律が怪しくなっていく二人を見ながら、契さんがこめかみを抑えている。


 いやしかし、なんというか、いつも通りの安いジャージ姿の千尋さんと、ヨレヨレの白衣を着たマリーさんが、パリッとしたビジネススーツを着た契さんに絡んでいる様子を見ていると、俺は安心してしまう。


 なんだか、いつも通りって感じで。


「あっ、統斗くん! ここにいたんだね。えへっ、探しちゃったよ!」

桃花ももか! ごめんごめん、挨拶したら、ちょっと気が抜けちゃって、休んでたんだ」


 悪の女幹部たちが織りなす、もはや日常と呼んでしまっても過言ではない喧騒に身を置いて、また少し感慨にふけってしまった俺の側に、桃花が可愛らしく、トコトコとやってきてくれた。


「あーあ、統斗ってば、気が利かないからなー。それじゃ女の子にモテないぞ?」

「そういう素直でない物言いばかりしていると、面倒臭い女と思われますよ、火凜かりん


 桃花に続いて、どこか悪戯っぽい表情を浮かべた火凜と、至極真面目な顔のあおいさんという、一見正反対に思えるが、実は相性抜群の二人が、俺たちの輪に入る。


「でも、合流できて良かったわ。やっぱり私は、統斗君と一緒にいたいものね」

「ほら! ひかりちゃんが来てあげたんだから、泣いて喜びなさいよね!」


 落ち着いた大人の雰囲気な樹里じゅり先輩と、騒がしく子供っぽいひかりも加わり、これで元・正義の味方こと、マジカルセイヴァー改め、エビルセイヴァーも全身集合したことになる。


 桃花たちは全員、それぞれ思い思いの私服姿だが、冬の屋外ということで、みんな厚着気味ということだけは、共通していた。手に持っている飲み物も様々だが、ノンアルコールということだけは、一緒だ。


 そこら辺が真面目なところは、いかにも元・正義の味方らしい。まあ、悪の総統なんてしている俺も、飲んでいるのは普通のオレンジジュースなんだけど。


 でも、みんなが揃えば、お酒なんて必要ない。あっという間に場は盛り上がるし、楽しい気分になれてしまう。


 これもまた、いつも通りというか、俺にとっては大事な日常だった……。


 なんて、ほんわかしてる場合ではない。


「あら、随分と場違いな、乳臭い小娘がいますね? もう夜も遅いですし、さっさと帰ったらどうですか?」

大門だいもんさんこそ、そちらのお二人の面倒を見るのでしたら、統斗くんはわたしたちに任せて、どこか静かな場所にでも行かれて結構ですよ?」


 いきなり全身からピリピリとした空気を滲ませだした契さんの、氷のように冷たい視線にも負けず、真正面から受け止めた桃花の笑顔が恐い。


「おーおー! お前らも来らのかー! よーし! みんなで遊ぶろー!」

「うわっ! 獅子ヶ谷ししがやさんってば、酒臭っ、……くないのに完全に酔ってる! めんどくさい! この人めんどくさいよ! 助けて、葵!」

「大丈夫、骨は拾います。統斗さんのお世話は私に任せて、その方のお相手を存分にしてあげて下さい」


 こちらはこちらで、厄介な千尋さんに絡まれ、泣きそうな火凜をあっさりと見捨てようとしている葵さんがいたりする。おい、名コンビ。


「うふふふふふ~、あなたたちで遊んでもいいけど~、今は~、統斗ちゃんと楽しくやりたいから~、向こうに行ってて~?」

「ふふふっ、あらあら、これは失礼しました。でも、統斗君は私たちと一緒の方が、絶対に楽しいでしょうから、あなたこそ、どこかに消えてくださる?」

「ちょ、ちょっと統斗! なんか空気が重いんだけど! っていうか、すごい恐いんだけど! は、早くひかりを助けなさいよ!」


 仕舞いには、まるでブラックホールのように重苦しい睨み合いをしてしまっているマリーさんと樹里先輩に挟まれたひかりが、涙目で助けを求める始末である。安心してくれ、俺も泣きたい。


 そう、これもまた俺にとっては、新たな日常……、なんて、現実逃避なんかしてる場合じゃないって!


「……統斗様、少々お待ちいただけますか? 今からこの身の程知らず共に、身の丈というものを分からせますので」


 やめてください、契さん。

 ブレーキ役のあなたが、いきなりアクセルをベタ踏みしないでください。


 というか、その魔方陣は、マジでヤバいって!


「あ……、あーっ! あれだ、あれあれ! あれだよ、あれ!」


 一触即発な空気に耐え切れず、慌てて小動物のように周囲を見渡してしまった俺の目に飛び込んできたのは、最近よく見るようになった光景だった。


「なんじゃない、隼斗はやと! やるっちゅうのか!」

「……ああ、そうだな、それもいいかもな……!」

「まあまあ、二人とも落ち着いて」


 というか、まあ、俺の祖父と、俺の親父が罵り合って、それを俺の母親が笑顔で見ているという、残念な日常なわけだが……。


 しかし、これは救いの神になるかもしれない! いや、下手すれば、もっとややこしいことになるかもしれない劇薬だけど、このままよりはマシだろう!


「お、おーい、じいちゃん! こっちこっち!」

「おう、なんじゃい、統斗。ワシはいまから、このボンクラ息子に、自分の親の偉大さを思い知らせてやるところなんじゃが」


 わらにもすがりたい俺の思いに応えてくれたのか、祖父ロボは親父との喧嘩を中断して、キャタピラをキュラキュラ回しながら、こちらに来てくれた。


 ヴァイスインペリアルの先代悪の総統として、ずっと契さんたちの上司だった祖父ロボがいるならば、流石に悪の女幹部たちも、もう少し自重してくれるだろう。


「なんだ、なにしてるんだ、統斗」

「あら? 統斗ったら、モテモテね」


 なんというか、俺の両親も一緒なのは、不安と言えば不安だが、父も母も元々は、桃花たちを指揮したり指導したりする立場だったのだから、ストッパーとしては十分かもしれない。というか、十分であってほしい。


「ほれ、お前も言ってやれ、統斗! あのバカ息子が呑気に飲んどるワインを用立ててやったのは、ワシのこれまでつちかってきた、裏の伝手つてじゃと!」


 なるほど、このカンカンに怒っている祖父ロボの様子を見れば、喧嘩の理由は大体分かる。というか、要するにいつもと同じ、祖父ロボが自分の功績を引き合いに出して親父をあおり、親父も親父で言い返したりしたのだろう。


 確かに、最近の国家こっか守護庁しゅごちょうは方向転換でもしたのか、俺たちを即座に倒すために攻め込むような攻撃的な姿勢は鳴りを潜め、こちらのライフラインを絞るようなイヤらしいからめ手が増えてきていた。


 なんというか、国家守護庁は流石に国の機関とでも言えばいいのか、あらゆる物資やライフラインの流通を規制されているようで、まるで俺たちが籠城戦でもしているような気分だが、そんな閉鎖的な状況に風穴を開けているのは、まさに祖父ロボが誇るように、これまでヴァイスインペリアルが積み上げてきた、イリーガルな繋がりというやつだった。


 アウトサイダー、恐るべしである。


 というわけで、今日の決起集会で出しているドリンクの数々も、そんな祖父ロボの伝手で揃えられたものなのだが、どうやらそれを自慢したり、馬鹿にしたりしているうちにヒートアップしたらしい。


 いや子供か、あんたらは。子供の俺が言うのもなんだけど。


「……なにが裏の伝手だ、見栄っ張りのクソ親父。あんたはただ、昔の仲間に頼ってるだけだろうが」

「なんじゃと、このボンクラ息子! お前は組織を裏切ったせいで、もう頼る仲間もおらんじゃろうが!」


 というか、やばい。また空気が悪くなってきてる!


「あらー、また始まっちゃったわね」


 残念ながら母さんも、止める気ないみたいし、これは不味い。なにか、この空気を変えるだけの、別のなにかは……!


 なんて、俺が無責任な祈りを天に捧げた、その時だった。



 凄まじい歓声が、この決起会場の外側から轟いたのは。



「あ、あれは……!」


 その瞬間、俺は一体なにが起きたのか、いや、なにがのか、即座に理解した。それはずっと、ずっと待っていたものだったから。


「うっひょー! お久しぶりに総統に会えて感激っスー! それでは再開を祝って、熱烈なハグを一発お願いするっスー! ……ぐえええ!」

「……ふふふ、久しぶりだね、総統……、また前みたいに、僕のことを殴って蹴って踏んでなじってさげすんで……! ……げべべべ!」


 俺はとりあえず、いきなり空から飛んできた邪魔な物体二つを蹴散らし、待望の帰還を果たした仲間を出迎える。


「おかえりなさい、ローズさん!」

「ただいま、統斗ちゃん! うふふっ、話には聞いてたけど、もうすっかり本調子に戻ったみたいで、安心したわよん!」


 この筋骨隆々の見事な肉体を持ちながら、常に女性らしい所作と、ゴージャスな格好を心がけている大柄な男性は、ローズさん。契さん直属の部下であり、我らが組織における、貴重な怪人の一人だ。


「ううっ、いきなり酷いっス……。しかも放置プレイは勘弁っス……」


 そして、こちらの先ほど俺にぶっ飛ばされた物体その一は、サブさん。千尋さんの部下で、怪人で、変人だ。というか、この寒い冬の夜に、上半身は白いタンクトップだけとか、正気の沙汰とは思えない。やはり変態か。


「……い、いや、僕は興奮した……! き、気持ちいいいい……!」


 こっちの俺にぶっ飛ばされた物体その二は、バディさん。あのマリーさんの部下であり、ご覧の通り生粋のマゾヒストだ。あ、あとついでに、彼も怪人である。全身黒ずくめの服装と、顔を半分隠すほどに伸ばした黒髪のせいで、ああして地面に倒れ込んでいると、まるで不気味な影のようだった。キモい。


 うん、とりあえず、サブさんとバディさんは、無視だ、無視。色々と面倒だし。


「こっちこそ、ローズさんが無事に帰ってきてくれて、安心しましたよ! 本当に、お疲れさまでした!」


 そう、ローズさんと残り二名には、ヴァイスインペリアルにとって虎の子の超技術だったワープ装置が、悪魔マモンに破壊され、使えなくなってしまったために、各地の支部で孤立してしまった構成員たちを、国家守護庁や他の悪の組織の猛攻から守りながら、この街まで連れてくるという、過酷なミッションが課せられていた。


 つまり、ローズさんたちが戻ってきたということは……!


「うふん、ありがと! ちゃんと全員、無事に連れて来たわよん!」

「オーッ! ジーク・ヴァイス!」


 果たして、素晴らしい笑顔を見せたローズさんの後ろで、俺の想像通り……、いやむしろ、俺の想像を超えた数の群衆が、仲間たちが、勝鬨かちどきの声を上げる。


 それは壮観を通り越して、感動的な光景だった。


「おお! これなら……!」


 圧倒的な人の多さがもたらす、驚くべき熱量を肌で感じて、俺の心の中に、確信と安堵が生まれる。


 これなら、やれる。大丈夫だ。志を同じくする者が、こんなにも集まってくれたのならば、俺たちはもう一度、いや何度でも、立ち上がれる。


 それは、ぬくもりにも似た安心であり、ホッとするような発見であり、すがりつきたくなるような真実だった。



 だから、隙が生まれたのだろうか?



「あの、なんだかよく分かりませんが、おめでとうございます」

「――っ!」


 俺は、その聞き慣れない声が、この耳に入ってくるまで、自らの背後……、それもすぐ近くにいる存在に、まったく、これっぽっちも、気が付けなかった。


 全身が総毛立ち、鳥肌が止まらない。

 俺は全力で肉体を駆動し、その場を飛び退くのが、精一杯だ。


「くっ……!」

「貴様! 姫様にお声がけしていただいておいて、なんだその態度は!」


 突然、本当に突然現れた人物は、二人だ。そして、声に聞き馴染みはなかったが、俺はその姿に、既視感があった。


 今まさに、俺のことを強い口調で罵倒したのは、レディースタイプのパンツスーツをラフに着こなす、おそらく契さんたちと同年代くらいの女性なのだが、その凛々しい顔つきと、なによりも目立つ、その右目のアイパッチには、見覚えがある。肌の色こそ違うが、間違いない。


 そう、この国でも三本の指に入る……、いや、俺たちヴァイスインペリアルがこのように弱体化し、ワールドイーターが壊滅した今、まさにこの国最大と言っても過言ではない悪の組織……、八咫竜やたりゅうの幹部だ。


 確か……、その名前は、朱天しゅてん


 黒いビジネスタイプのスーツを着ているが、傍らにいる少女を守るように佇むその姿は、凄腕のボディガードを思わせる。


「駄目ですよ、そんな言い方をしては。これは挨拶もせずに、いきなり話しかけ、驚かせてしまった私が悪いのです。申し訳ありませんでした、シュバルカイザー様」

「で、ですから、姫! 組織の長が、そんなに簡単に頭を下げないでください!」


 そんな朱天が、悪の組織である八咫竜の幹部が、シンプルながらも品が良い着物姿が似合っている少女の言動に、あたふたと困り顔を浮かべている。


 ああ、それだけで、ただそれだけで、その一見すると華奢きゃしゃで、儚げにも見える少女の立場が、地位が、強大さが、いやがおうにも分かってしまう。


「それでは、改めて自己紹介を……」


 つまり、彼女こそが……。


「私は八咫竜の長で、龍蔵院りゅうぞういん竜姫たつきと申します。どうか以後、お見知りおきを」


 俺と同じ、しかし俺とは違う組織の、悪の総統なのだった。


「……あ、ああ、そういえば、まだあなたには、本名を名乗っていなかったか。俺の名前は、十文字じゅうもんじ統斗っていうんだ。こちらこそ、お見知りおきを……」

「まあ! 十文字統斗さん! とっても素敵なお名前ですね!」


 なんとか体裁ていさいを取り繕ったが、俺は目の前の女の子から、俺と同い年くらいに見える彼女から、目を離せない。


 突然の乱入者二人からは、敵意だとか殺気のようなものは、微塵も感じられない。感じられないからこそ、俺の超感覚も反応しなかったのだろうが、しかし、ただそれだけでは、この状況を許した説明になっていない。


 俺が未熟だったり、間抜けだったりするだけなら、まだマシだった。だけど、そんな俺の周りには、ヴァイスインペリアルのみんなもいたのだ。 


 契さんも、千尋さんも、マリーさんも、歴戦の悪の女幹部が、全員。


 桃花も、火凜も、葵さんも、樹里先輩も、ひかりも、正義の味方として活躍し、今は俺の親衛隊となってくれた、エビルセイヴァーも、全員。


 元・悪の総統だった祖父ロボも、元・正義の味方で、少し前までは国家守護庁の防衛長官なんてしていた俺の両親も、さらに、ローズさんも、サブさんも、バディさんも、怪人としてその身を人外に改造した者たちも、そしてなにより、この場には数えきれないほど大量の構成員たちが、全員揃っていたはずだ。


 しかし、そんな厳重すぎる包囲網をすり抜けて、八咫竜の二人はあっさりと、呆気なく、あっという間に、俺の背後を、致命的な位置を、取ってみせた。


 誰にも気づかれることなく、だが、確かに。


 それはただの……、恐るべき事実だった。


「それで、今日は一体、どうしたんですか?」


 俺は最大限の注意を払って、目の前の二人に向き合う。


 これは、脅威だ。警戒レベルを最大まで引き上げろ。次の瞬間、いきなりこちらの首が飛んでも、なにもおかしくはない。


 俺は背筋に、冷たいものが走るのを感じた。


「なにって、決まっているじゃないですか」


 あの実に少女らしい、可憐な笑顔に騙されてはいけない。彼女もまた、悪の組織のトップという、途方もない立場にいる者なのだ。


 なんだ? 宣戦布告か? 弱った俺たちにトドメを刺しにきたのか? たった二人だなんて、気を抜くな。敵の力量を見誤れば、死ぬのはこちらだ!


 ……なんて、俺の過剰な警戒は、それを招いた当の本人……、八咫竜の長が発した提案で、情けなくも肩透かしとなってしまう。


「この前、そちらから持ち掛けていただいた、同盟の話ですよ」

「……えっ?」


 なぜだか、悪の組織の長を名乗るはずの少女の、非常に無邪気で、とっても嬉しそうな笑顔だけが、やけに印象的だった。



 こうして俺たちの運命は、また再び、大きく動き出すことになる……。 


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