1-9


 拝啓はいけい、クソッタレな悪の総統へ。


 まだまだ寒い日が続いていますが、いかがお過ごしですか? せいぜい恐怖に震えながら、情けなくもママのおっぱいにしがみついていることと思いますが、そのままオネショでもしていてください。


 こちらは貴様の秘密を知る者だ。まったく情けないゴミカス以下の悪の総統に、死という名の慈悲を与えてやるのだから、海より深く感謝しろ。


 それでは、愚かで残念でしょぼしょぼな貴様の秘密を、貴様のしょうもない仲間にバラされたくなければ、指定の場所まで一人で来い。さっさと来い。すぐに来い。


 敬具。


 国家こっか守護庁しゅごちょう地域ちいき防衛ぼうえい戦士せんし、マインドリーダーより。




 以上が、先ほど届いたばかりの、俺に対する挑戦状の要約である。正確には、もう少し口汚い罵り言葉が延々と続いていたのだが、特に面白くもなかったし、気分も悪いので割愛かつあいさせてもらった。


 挑発にしても、もう少し言葉は選んでいただきたい。


「きっと、物凄く調子に乗ってるんだろうなあ……」


 あのマインドリーダーとやらに会ったのは、前回一度だけだが、それでも大体の性格は分かる。あの人を見下したニヤケ面を思い出すだけで、腹の底にムカムカしたものが貯まり、目的地へと向かう足も重くなってしまいそうだ。


 そう、そもそもこんな的外れな脅迫などに従う必要はないのだが、俺は今こうして律儀に、奴の希望する時間に、奴の希望する場所へ、奴の希望するように、自分一人で向かっている。


 だが、これは別に、悪が正義に屈したとか、そういう話ではない。


「まっ、やりますか!」


 ただの、試運転だ。




 マリーさんとの訓練を終えてから、殆どそのままやってきたので、辺りはすっかり夜になってしまっていた。月明りに照らされた採掘場は静かで、不思議と清廉せいれんな空気を漂わせている。


 そして、そんな神秘的にすら見える岩の墓場の中央に、静けさとは無縁な、武骨で巨大なシルエットが一つ。


「んっ? 誰だ、貴様は?」


 国家守護庁所属の正義の味方……、マインドリーダーその人だ。奴の着用している骨組み丸出しのパワードスーツは、全長三メートルはあるだろうに、器用にその巨体を動かして、中にいる搭乗者と同じ、仁王立ちのポーズを取っていた。


「学生がこんな時間に、そしてこんな場所に、一体なんの用だ? どうでもいいが、ここは今から戦場となる。さっさと家に帰るがいい」


 どうやら、こちらの正体に気付いていないらしいマインドリーダーが、あまり正義の味方らしいとは言えない不親切さだが、一般市民に見えたらしい俺を、犬を追い払うように追い返そうとしている。一応は、その程度の分別はあるらしい。不快だが。


「帰らないよ。だって、俺は呼ばれたから来ただけだからな」

「はあ? ……って、待てよ、貴様、その制服……!」


 初めから戦闘になると分かっていたから、俺は今回、少しでも動きやすい格好をして行こうと思ったのだが、ジャージというのもなんだか締まらないし、かといって私服というのも違う気がして、学校の制服を着て来ていた。


 先ほど奴が、俺のことを学生だと一発で見抜けた要因は、もちろんそれだろうが、あいつが正義の味方なら、もう一つ、気が付かなければいけないことがある。


 そう、悪の総統シュバルカイザーの正体は、もうすでに知れ渡っているのだ。


 俺の両親が、この辺りの防衛長官だった時には、その情報は止められていたらしいのだが、その当の両親が二人揃って国家守護庁を裏切ったとなれば、後はもう、誰が考えたって、答えは明らかだろう。


 まあ、俺的には、それで全然かまわないというか、なにも問題はないわけだが。


 なぜなら……。


「まさか、お前が……!」

「そう、正解」


 驚いた顔を浮かべたマインドリーダーに、俺は教えてやる。


 俺の正体を。

 俺の本性を。


 胸を張って、堂々と。


「俺が、俺こそが……!」


 もう、隠す必要なんて、ないのだから。


「悪の組織ヴァイスインペリアル総統……、シュバルカイザーだ!」


 覚悟は決めた。


 後は、俺がやるべきことを、やるだけだ。


 先ほど、死ぬ気で本能に焼き付けた設計図を必死に思い浮かべつつ、それを正確になぞるように複雑な魔方陣を構成し、周辺の魔素エーテルを吸い上げながら、自分の魂から強引に引き出した命気プラーナを混ぜ込み、解き放つ!


 そして俺は、星が瞬く夜空に向かって、心のままに、ただ叫ぶ。


「――王統おうとう創造そうぞう!」


 その瞬間、夜の闇を引き裂くように、まばゆい閃光がきらめいた。


「……そういえば、自己紹介がまだだったな」


 まさに瞬きするほどの間に、甲冑と西洋鎧の中間のような、金色の意匠を施された漆黒の武装を身につけて、背中のマントをなびかせながら、悪魔の角を生やし、獣の牙が彫り込まれ、科学の結晶が詰め込まれた兜の中で、俺はようやく、実感する。


「俺の名前は、十文字じゅうもんじ統斗すみと。ただの学生で……」


 戻るべき場所に、戻ってきたのだと。

 帰るべき場所に、帰ってきたのだと。


「ただの、悪の総統だ!」


 俺の戦いは、再びここから、始まるのだと。




「ハッ、ハハハハハッ! そうか、そうか! 本当に一人でノコノコやって来たか、シュバルカイザー! 貴様はまさに、飛んで火にいる夏の虫で……!」


 標的が突然現れたことで、多少は動揺したらしいマインドリーダーが、引きつった笑みを貼り付けながら、こちらに指を突き付けてきた。どうでもいいが、奴が動くと外側の大きなパワードスーツまで同じ動きをするので、非常に鬱陶しい。


「うるさいな。わざわざ来てやってんだから、素直に感謝でもしてろよ。ついでに、教えてやるけど、今は冬だぞ? 寒さも感じない無神経には、残念ながら分からないかもしれないけどな」

「ふっ、減らず口をベラベラと……!」


 奴の間合いから一歩離れて、適当に挑発してみるが、激昂げきこうして襲い掛かったりはしてこない。そのくらいの冷静さは持っているのか、それとも自分の勝利に絶対の自信でも持っているのか……。


 まあ、別にどっちでもいいことだろう。


「それで、そっちこそ一人なのか? 正義の味方のお仲間は?」

「はっ、そんなもの、いるわけがないだろう! 手柄は独り占めするものだ!」


 仲間がいるわけないだろうと、そんなに強く言われても、なんだか可哀想になってしまうだけなのだが、それはそれとして、どうやらマインドリーダーは、確実な結果よりも、不確かな栄光を望むようだ。これはぎょしやすい。


 それにしても……、独り占め、ね……。


「ハハハッ、どうした、安心したか? 敵が少なければ勝てると思うなんて、やはりただの臆病なガキだな! まっ、あんなクソみたいな仲間に囲まれたら……」

「御託はいいから、さっさとこいよ」


 妙に饒舌じょうぜつになったマインドリーダーに、飽き飽きしてきた俺は、特になにも考えず、あっさりと一歩を踏み出し、奴の間合いに入り、無防備に両手を広げてみせる。


 いわゆる、どうぞ殴ってくださいのポーズというやつだ。


「この……! 身のたけもわきまえず、調子に乗ったクソガキが!」


 こちらの完全に舐めた態度に、流石に頭にきたらしいマインドリーダーが、その右腕を思い切り引き絞り、全力で拳を繰り出すと、それと同時に奴が操る武骨なパワードスーツの巨大な拳が、唸りを上げて俺へと迫る。


 さて、別に避けてもいいし、なんなら反撃に転じても構わないのだが、ここは試しておきたいことがあるので、俺は特になにをするでもなく、その場で待つ。


 そして、当たり前のことだが、奴の拳は思い切り、言い訳のしようもなく、もはや完璧なまでに、正面から俺にクリーンヒットした。


「な、なんだと!」


 だが、驚愕の声を上げたのは、マインドリーダーの方だ。 


 渾身の一撃を直撃させたはずなのに、相手にダメージを与えるどころか、その場から一歩も動かすことができずに、せいぜいこちらのマントを派手にはためかせた程度だというのだから、その動揺も分からないでもないけれど。


「どうした? こんなものか?」

「くっ、調子に乗るなよな!」


 予想外の出来事に焦ったのか、今度はあっさりと挑発に引っかかったマインドリーダーが両手を使い、何度も何度も必死にこちらを殴りつけてくるが、残念なことに目立った効果は上げられずにいる。


 対衝撃流動機構たいしょうげきりゅうどうきこう……、確かマリーさんは竜の鱗ドラゴン・スケイルシステムと呼んでいた機能で、カイザースーツの表層に仕込んだ無数の鱗型ナノマシンが、外部からの衝撃に対して即座に反応し、さざ波の様に受け流しながら、全てを背部のマントで排出してしまうという、驚異の防御能力である。


 とはいえ、これも別に無敵の機能というわけではない。許容量を超えたダメージは無効化できないし、細かいダメージでも連続して受け続ければ、ナノマシンの配列が乱れて、正常な動作を維持できなくなる。


 しかも、その構造自体が複雑すぎて、システムの維持と整備に莫大なコストと時間がかかるため、悪魔との決戦で失われた初代カイザースーツでは、オミットされたという非常に面倒な装備だ。


 だが、そんな本来なら搭載すら戸惑うような機能でも、この魔素と命気でのみ構成された新たなカイザースーツなら、問題ない。このスーツは、俺の集中力が切れると消滅してしまうのだが、それを逆手に取って、消滅する度に毎回毎回、新しいスーツを生み出すことで、整備関係の問題を完全に無視すると同時に、いくらでも試行錯誤が繰り返せるというわけである。


 そう、これは全て、試行錯誤だ。


 とりあえず今回のカイザースーツの中では、この対衝撃流動機構が、もっとも複雑な機能になっている。これが正常に作動しているということは、実戦で初めて試した魔素と命気による創造は、どうやら上手くいったと考えていいだろう。


 ぶっつけ本番だったのだが、まずは一安心といったところか。


「クソクソクソクソクソ!」


 焦りを通り越して、悲壮感すら漂わせているマインドリーダーが、何発も何発も、こちらに拳を浴びせてくるが、俺にとっては、そよ風みたいなものだった。


 まあ、そろそろいいか。


「よっと」


 俺は適当にタイミングを合わせて、奴の繰り出してきたパワードスーツによる巨大な右ストレートを片手で受け止めてから、強引に指を突き刺し、握り、そのまま力任せに相手の右椀部を引き千切る。


「なっ、なんだと!」


 驚愕の声を上げるマインドリーダーに向けて、俺は引っ掴んだままの奴の右腕を振り回して、足払いをかける。一応、直前に避けようとはしたようだが、こちらの方が幾分か速い。


「よ、よせ! やめろ!」

「いやだよ。やめる理由もないし」


 どうやら、こちらの思惑をらしいマインドリーダーが、転んだ拍子に慌てた声を上げているが、本当に知ったこっちゃない。俺は素早く、奴のパワードスーツの足裏に仕込まれているジェット噴射器を蹴り壊す。


「だっ、クソッ、ガキが!」

「ほら、いくぞ?」


 そしてそのまま、無様に転んだマインドリーダーに向けて、奴のご自慢だろう無駄に大きなパワードスーツから引き千切った、奴自身の右腕を使って、特に考えたりもせず、思うままにブッ叩きまくる。


「ぐっ! がっ! ちょっ! 待て!」

「うーん、意外と面倒くさいな」

 

 奴のパワードスーツはフレームが丸出しなので、狙ってマインドリーダーがいる辺りに攻撃を加えるのは簡単なのだが、俺が物を使って攻撃することに、どうにも慣れていないので、無駄に時間がかかっている気がしてしまう。


 というわけで、わざわざ引き千切ったので使ってみたはいいけれど、正直邪魔に感じている奴のパワードスーツの右椀部を放り投げ、俺は自らの五体を使って、滅茶苦茶に殴りつけることにする。


 ほら、やっぱりこっちの方が早い。


「ぐ……、ぐぎぎ……!」


 とりあえず、奴の周囲にあるフレームをボコボコにへこませ、動きを封じてみた。マインドリーダーが操っているパワードスーツは、どうやら奴自身の動作と同調しているようなので、動きを封じる分には、これで十分だろう。


 さてさて、それじゃ、やりますか。


「ほいっと」


 俺が展開した魔方陣が、思い通りの効果を瞬時に発揮し、一瞬の閃光の後に、ここから少し離れた場所にある岩場を、狙い違わず粉々に吹き飛ばすことに成功する。


 そして、そこに隠れていた人間を、剥き出しにすることにも。


「……フッ、フヒッ? フヒヒ?」


 魔方陣の爆心地で、自分になにが起きたのか、理解できないといった表情で、どことなく卑屈な、引きつった笑みを浮かべているのは、女性だった。


 妙にボリュームがある真っ黒なボサボサ頭が印象的な、おそらく成人して間もないくらいの年齢だろう、一見して不健康そうな女性である。


 如何にも正義の味方をサポートする部隊といった雰囲気のコスチュームを着ているのだが、それが妙に似合っていない。なんというか、彼女本人が漂わせている雰囲気と、絶望的にミスマッチな印象だ。


 まあ、そんなことはどうでもいい。俺は当初の目的通り、広げた魔方陣を収縮し、そのボサボサ頭の女性を拘束して、強引にこちらに引き寄せる。


「フヒイイイイイイイイイ……!」


 笑い声だか悲鳴だか分からない絶叫を上げつつ、まるで空を飛ぶように、かなりの速度でかっ飛んで来た女性は、なんだかぐったりとしてしまっているが、特に怪我をしている様子はない。ちゃんとそこら辺にも気を使って魔方陣を構成したのだから、当然といえば当然だけど。


「き、貴様……! まさか、気付いて……!」

「いや、そら気付くでしょうよ、あんなに気配が露骨なんだから」


 そう、先ほどマインドリーダーは、自分が手柄を独り占めだなんて言っていたが、最初からこの採掘場には、奴の他にもう一人、確かに人の気配が存在していた。


 前回は、多数いた正義の味方に紛れていて、流石に気が付けなかったが、ここには俺と奴と、そしてそのもう一人の気配しかしないのだから、流石に分かる。


 その隠れていた気配こそが、マインドリーダーの協力者だと。


「でも、なるほどね。この女性の方が、人の心を読んでたってわけだ」

「な、なっ! なぜそれを!」


 いきなり核心を突かれたマインドリーダーが、非常に分かりやすいリアクションをしてくれたことで、どうやら俺の考えの正しさが証明されたようだ。


「いやいや、今までのあんたの言動を考えれば、こっちの考えを読まれてるなんて、気付かない方がどうかしてるだろ? 名前もまんま、心をマインド・読む者リーダー、だしな」


 そう、つまり答えは最初から、目の前に提示されていたというわけだ。名は体を表すとは言うけれど、なんにしても、分かりやすいのは、いいことである。


「別にそっちだって、自分の超常能力を隠す気はなかっただろ? 俺の心の声に対しても、あからさまに反応したりしてたしな。ただ、心を読んでるのは、てっきりあんたの方だと思わされたっていうのが、勘違いといえば、勘違いだったわけだ」

「くっ……!」


 そして、マインドリーダーの苦虫を噛み潰したような顔が、俺の推測の正しさを証明すると同時に、新しい解答への道筋を、なにより雄弁に示していた。


「そもそも、あんた自身が他人の心を好き勝手に読めるなら、このどう見ても戦闘に向かないであろう女の人を、ここに連れてくる理由がないわけだ。つまり、それでも彼女がここにいることには、理由がある」

「フ、フヒヒッ……、そんな、そんなもん、別にないですよ……」


 俺の展開した魔方陣に拘束され、そこから抜け出すこともできず、ただゴロンと地面に転がっている女性が、こちらから目をらしつつ、なにやらモゴモゴと誤魔化そうとしているが、あれではむしろ、自分からバラしてるようなものだ。


「つまり、答えは簡単。自由に他人の心を読めるのは彼女の方で、お前にはそんな力は無いってことだ。これじゃそもそも、あんたが超常者かどうかすら、怪しいな?」

「な、なんだと……! 貴様あああ! 俺を侮辱するな! 俺は、俺は……、ただ少しだけ、繋がれる相手を選ぶだけだ!」


 どうやら、かなり精神的に余裕が無くなっているらしいマインドリーダーが、俺の挑発にあっさりと乗って、謎の自己弁護を繰り広げている。


 しかし、見栄を張った嘘にしては中途半端な気がするので、言っていること自体は本当なのかもしれない。ならば、その限定的に繋がれる相手というのは、俺の足元で芋虫みたいにモゾモゾしている女性ということか。


 要するに、全方位的な読心能力を持つが、戦闘は無理そうなこの女性の代わりに、彼女と繋がって疑似的に力を得たマインドリーダーが前線に出ている……、みたいなことなのだろう。


「それはまたなんとも……、難儀なことで」

「ク、クソガキが……! 俺に、俺に憐みの目を向けるな!」


 どうやら、いたくプライドを傷つけられたらしいマインドリーダーが、ボコボコに壊れたパワードスーツの操縦席で、動けもしないのにジタバタと暴れている。


「見てろ……! お前みたいな調子に乗ったガキは、この俺の無敵の能力で……!」

「無敵、ねえ?」


 この状況でそんな大口を叩ける奴の根性は、素直に感心してしまいそうだが、残念ながら言ってること自体は、誇大広告もいいところだ。


 確かに、相手の考えてることが分かるというのは、大きなアドバンテージになるのだろうが、それだけで勝てるほど、戦いというものは甘くない。


 そもそも、こちらの心の声を読んでいたはずのマインドリーダーが、今はこうして無様に倒され、肝心要の協力者まで捕縛されているという状況自体が、奴の主張する無敵性を否定している。


 簡単に言ってしまえば、幾ら心を読まれたところで、それでも覆せない圧倒的な力で叩き潰せばいいだけだし、それに加えて、前回の戦いを思い返してみれば、こちらに増援が来た途端に、奴の動きが鈍ったことから、どうやらマインドリーダーの能力では、複数の人間を同時に相手にするのは、難しいのだろう。


 さらにさらに……。


「それじゃ、こんなのはどうだ?」

「フ、フヒヒッ? い、いきなりどうしてこっちのことを、そ、そんな野獣みたいな目で見るのです? や、やめてください? や、やめて……!」


 どうやら、こちらの心を読んだらしいマインドリーダーの相方である女性が、なぜだかおびえた目で俺のことを見ているが、ハッキリ言って心外である。


 別に、そんなに酷いことをするつもりは、ないというのに。


「……い、いやあああああああああ!」

「な、なんだ? お、おい、しっかりしろ! 接続リンクが切れたぞ!」


 いきなり悲鳴を上げた相棒に、マインドリーダーは困惑を隠せないようだが、さもありなん。なぜなら、俺が直接この女性に、なにかしているわけではないからだ。


 俺はただ、考えているだけで。


「あ、あひっ! や、やめ、いや! そ、そんなところ……! あふん! は、は、初めてだから、や、やさしく……! いひい!」


 そう、いきなり地面に転がり、悶えながら、淫らな嬌声を上げている彼女に、俺は手すら触れていない。


 ただ脳内で、この女性を主役にした、ちょっとエッチな妄想をしてるだけで。


 いやー、この前やった千尋さんとの特訓が活きたな! サンキュー、師匠! なんだか人間として成長したんだが、後退したんだか、分からないけど!


 ああ、この満天の星空に、非常に嬉しそうにサムズアップしている千尋さんの笑顔が浮かんでいる気がするが……、ただの気のせいである。


「フ、フヒヒヒッ……、汚されちゃった……、汚されちゃったよう……」


 というわけで、ちょっと思い付いたので試したみただけなのだが、効果は無駄に絶大だった。どうやら心を読めるといっても、受け取り側の感受性が高すぎると、逆に酷いことになる……、ということだろう。


「き、貴様! 妹に……、リードになにをした!」

「いや、別になにも」


 マインドリーダーがなにやら激昂しているが、こちらは本当になにもしていないのだから、まったく困ってしまう。


 というか、兄妹だったのか、あんたたち。あんまり似てないな。


「まあまあ、安心してくれよ。なんだったら、彼女はここから無傷で帰すって、約束するからさ。だって、こちらとしても、そちらの妹さんには、ちゃんと無事に帰ってもらわないと、困るからな」

「……き、貴様の方が、こ、困る……、だと?」


 こちらの言動に不信感と疑問を抱いたらしいマインドリーダーが、逃げ道を探すように目を泳がせ、声を震わせているが、その感覚は是非とも大事にして欲しい。


 なぜなら、その不安は、まさしく正しいのだから。


「ああ、だってあんたはこれから、見るも無残なボロ雑巾になって、口もきけなくなるんだから、今日のことを正しく上に報告する人間は、別に必要だろ?」

「な、なんだと……! ま、待て! 待てよ!」


 マインドリーダーも、どうやら俺が本気だと察したらしいが、残念ながら、遅い。もうすでに奴のパワードスーツは破壊してあるため、あれでは棺桶と同義だ。


「いや、悪いけど待てないし、やめるわけにもいかない。だって、ここであんたを逃がしたりしたら、ヴァイスインペリアルのシュバルカイザーは、実は臆病だの、小心者だの、ただのクソガキだの、色々と周囲に言いふらすかもしれないだろう? それとも、もうしてるのかな?」

「くっ……!」


 うーん。

 マインドリーダーの反応を見るに、どうやら俺の予想は、正しいようだ。

 

 これはやっぱり、手を抜く訳にはいかないか。


「それはさ、こっちとしても不味いんだ。もしそのせいで、シュバルカイザー恐るるに足らず! ヴァイスインペリアルを倒すなら今だ! なんて、国家守護庁に思われでもしたらさ」


 そう、そうなのだ。このまま奴を放置すれば、前回、正義の味方の大群を相手に、あんな大立ち回りを演じてまで得た折角の成果が、全て台無しになってしまう。


 それは困る。

 非常に困る。


「だから、悪いけどあんたには、生贄になってもらう。俺に……、俺たちに手を出すということが、一体どういう惨劇を招くのか、嫌というほどハッキリと、誰の目から見ても明らかなように、分かりやすくするために」


 というわけで、俺は悪の総統らしく、問題の解決を図ると、心に決めていた。


 迅速に、かつ効果的な方法で。


「や、やめ……!」

「おいおい、正義の味方のくせに、悪の総統に命乞いとか、やめてくれよ?」


 自らの絶望的な窮地に、マインドリーダーが怯えた声で、こちらを制止しようとしてくるが、それは正直、甘すぎる認識だろう。


 これは決して、遊びではないのだ。悪と正義の戦いは、当然ながら怪我だって絶えないし、最悪ならば死だってありえる。そんな戦いの場に出たということは、覚悟はあってしかるべきなのだ。


 自らが傷つく覚悟が、そして当然、誰かを傷つける覚悟も。


 というか、さっきまで無抵抗な俺のことを、その全長三メートルはあるだろう凶悪なパワードスーツで、ガンガンぶん殴りまくっていたくせに、いざ自分がやられるとなると及び腰だなんて、それはまた、虫のよすぎる話というやつである。


「こ、こいつ! ついこの間まで、内心あんなにブルってたくせに……!」

「男子三日会わざれば、刮目かつもくして見よ……、ってやつかな」


 なんて、少し格好つけてみたが、俺の内面は、別になにも変わっちゃいない。


 いつだって、持ってるカードを使って、必死に戦っているだけだ。


「大丈夫だって、別に死んだりしないように、加減はするから。まあ、そっちがもう殺してくれって言っても、やめないってことなんだけど」

「あ、あわ、あわわわわわわ……! に、兄さん、に、逃げ……」


 なので今回も、俺は俺の持てる力の全てを使い、目の前の問題に対処しよう。


 脳ミソをフル回転させて、限界まで魔術を行使する。

 魂を燃やして、あらん限りの命気を生み出し、全力で暴れ回る。

 新しいカイザースーツの性能を存分に発揮し、敵を蹂躙じゅうりんする。


 どうやら、また俺の心を読んだらしいマインドリーダーの妹が、なにやら絶望的な表情を浮かべているが、可哀想だけど、彼女に構っている暇はない。


 さあ、始めよう。こちらもまだ、本調子じゃない。


 全ては、俺がこれからも悪の総統として戦うための、試行錯誤なのだから。


「それじゃ、せいぜい頑張って、悲鳴でも上げてくれ」

「ぎ、ぎゃああああああああああああああ!」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいい!」


 冬の寒さが支配する、夜の静寂に満ちた採掘場に、まだまだ新米な悪の総統の手によって、正義の味方の大絶叫が木霊する。



 全ての決着が付くまでに、それほどの時間を必要としなかったということだけは、ここにつつしんで、ご報告しておこう。


 それでは、敬具。


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