1-5


「さて……、それじゃあ、一段落したことだし、そろそろ始めようか」


 俺がそう切り出すと、みんな思い思いに花を咲かせていた雑談を切り上げ、居住いずまいを正して、真剣な顔で向かい合う。


 正義の味方との激戦を勝利で終えて、再び悪の組織ヴァイスインペリアル本部跡地へと戻ってきた俺たちは、大量の瓦礫の中でも少し開けた場所に建てられた、小さなプレハブ小屋に集まって、少しお茶なんてして休んでから、今度のことを話し合うことにしていた。


 とりあえず、今後の方針はしっかり立てないと、色々とまずい。


 確かに、一時的な勝利はもぎ取ったが、状況は相変わらず崖っぷちで、言い訳のしようもなく、切羽詰まっているのだから。


「とりあえず、もう一度大まかにでも、全体的な状況から確認しよう」

「かしこまりました」


 俺のリクエストに応えて、すでに変身を解いているけいさんが、少し古めで、きしんでしまいそうなパイプ椅子から、静かに立ち上がる。


 そう、いくら急ごしらえの掘っ立て小屋といっても、ここにはちゃんと、椅子も机も用意されているのだ。正直、そのせいで、かなり狭いんだけど。


「悪の組織として覇を争いながらも、これまで奇跡的な均衡を保っていた三つの組織ですが、我々ヴァイスインペリアルは弱体化、そしてワールドイーターが完全に壊滅したことにより、国内のあらゆる地域の水面下で、混乱と争いが起きています」


 契さんの静かな報告を聞きながら、俺は内心、色々と責任を感じてしまう。


「特にワールドイーターがいなくなった関西地区は、かなり荒れた状況のようです。これまで溜め込んだ不満に加え、再起や再興を狙った数多の悪の組織が、ところかまわず暴れ回り、激しい派閥争いを繰り広げています」


 悪の組織が暗躍していたとはいえ、表面上は守られていたはずの平和も、今や風前の灯火とでも言うべきか、もはや群雄割拠なんて言葉では生温い、血で血を洗う抗争の時代へと突入してしまったようだ。


 そんな状況に陥った責任の一端は、やはり自分にあるのだと思えば、後悔と重責で押し潰されてしまいそうだが、ここで立ち止まるわけにはいかない。


 俺は、悪の総統なのだから。


「派閥争いといえば、こっちもかな。オレたちヴァイスインペリアルが撤退した関東以北いほくでも、これまで隠れていた悪の組織が、ぞろぞろと出てきてる。ただしこっちの奴らは、正義の味方というか、国家こっか守護庁しゅごちょうの方が出張でばってて、もの凄い勢いで鎮圧されてるみたいだぜ!」


 こちらも変身を解いた千尋ちひろさんが、契さんに続いて情勢を報告してくれた。しかしそれにしても、本当にどこもかしこも、大混乱って感じだな……。


「こっちの地域は~、国家守護庁の総本部も近いしね~。状況の混乱を上手く利用することで~、とりあえずは足場固めと~、支配力と組織力の強化を優先って感じかしらね~、主力は~、ほとんど~、そのために展開してるみたいだし~」


 確かにマリーさんの言う通り、国家守護庁の本拠地は、この国の首都にあり、俺たちがこれまで支配していた地域は、その近辺だったことを考えれば、単純に物理的な距離の問題もあるが、まずは近場から抑えていくのが、セオリーというものだろう。


 どうやら正義の味方は、正義の味方らしく……、というわけでもないのだろうが、かなり堅実に動いているらしい。


「しかし、そう聞いちゃうとどうしても、国家守護庁には、上手く立ち回られ過ぎているように思えるな……」


 こちらが失った支配地域を、そのままさらわれているような状況に、焦らないといえば嘘になる。相手が大きくなればなるほど、不利になるのは俺たちなのだ。

 

「いや、そうでもないぞ」


 しかし、そんな俺の懸念に対して、渋い声でボソリと答えたのは、本来ならこんな悪の組織の集まりには似つかわしくない人物……、元・国家守護庁所属であり、この辺りの地域の防衛長官だった男……、十文字じゅうもんじ隼斗はやとだった。


 というか、俺の親父なんだけど。


「そうね。国家守護庁の方も、そんなに余裕がある状況じゃないはずよ」


 そんな俺の実の父親に続いたのは、こちらも元・国家守護庁所属であり、正義の味方の戦闘教官をしていた女性……、十文字安奈あんなだった。


 というか、俺の実の母親なわけだが。


 そう、実は俺は最近まで、自分は悪の組織の総統なんてやりながら、両親は正義の味方を率いる立場だったという、非常にこじれた関係に悩んでいたりしたのが、今はこうしてめでたいことに、家族揃って、同じ組織にいる。


 いや、家族全員、揃いも揃って悪の組織ですなんて、正直めでたいのかどうかは、分からないけれども。


「先ほどの話に出た通り、関西地区の情勢が極端に悪化したために、国家守護庁は治安維持に加え、悪の組織の存在を隠蔽するために、どうしてもリソースを裂かざるをえない。本来は、そちらが本業だからな」


 なるほど、と俺は父の言葉に頷かざるをえない。


 ついこのあいだまで、正義の味方陣営の中でも、かなり偉い地位にいたためか、親父は俺たち悪の組織の人間よりも冷静に、かつ広い視野を持って、状況を分析してくれている。正直、かなりありがたい。


「要するに、人手不足なのよね。あそこはいつだってそうだけど、それなのに情勢がいきなり大きく変わってしまったことで、実はかなり慌ててるんじゃないかしら?」


 親父と同じく、元々は正義の味方側の戦闘教官なんてしていた母の意見も、当然だけど重要だ。敵の内情を知っているなんて、非常に大きなアドバンテージだし。


「そうだな。勢力の拡大と、乱れてしまった治安の鎮静化……、両方を同時にこなそうとして、無理が生じている気配は、確かにある。今回の戦闘にしても、投入すべき戦力の質と量を、完全に見誤っているからな」


 確かに、親父の言う通り、国家守護庁がさっきの戦いで、俺たちにトドメを刺したかったのならば、あの編成は失敗だったといえるだろう。


 それぞれの粒は悪くなかったが、まったく連携が取れていないのに、あれだけの人数を闇雲に集めてしまっては、互いの良さがまったく活かせず、宝の持ち腐れだ。


 正直なことを言ってしまえば、正義の味方がもっと少数精鋭にこだわるか、もしくは多少質を落としても、きちんと連携の取れた編隊で挑んできたならば、今回の戦いの結果も、まったく違うものになっていた可能性だってある。


 もしかしたら、正義の味方にとって、ずっと目の上のたんこぶだった巨大悪の組織である、俺たちヴァイスインペリアルに勝利できると、功を急いたのだろうか?


 だとすれば、確かに国家守護庁も焦っているというか、完璧に立ち回れているわけでは、ないのかもしれない。


「まあ、ともあれ、だ。自分が劣勢な時は、どうしても相手の方が圧倒的有利に思えてしまうだろうが、実はそうでもないかもしれないってことだな」


 おお、なんだか感動してしまいそうだ……。


 なんというか、普段は無口を通り越して、不愛想の極みみたいな親父から、まるで人生の訓示みたいなことを言われたのは、生まれて初めてのような気すらする。いやマジで、それもどうかと思うけど。


「ほほ~う、なるほど、なるほど。流石は元・正義の味方! なかなか奴らの内情について詳しいのう。まさかお前が。鼻をかんだチリ紙より役に立つことがあるとは、このワシもびっくりじゃわい!」


 しかし、そんなちょっと良いこと言った風の親父を、思い切り小馬鹿にしたような態度であおりながら、不思議なシルエットをした人影が近づく……。いや、アレを人影と呼んでいいのかは、微妙だけども。だって、見た目は完璧に、ロボットだし。


 そう、あのキャタピラの上にドラム缶を乗せて、そこにゴムホースとマジックハンドを組み合わせたように両手を取りつけ、まるでブラウン管テレビのような頭部に、頑固そうな老人の顔を映しているあの物体こそ、俺の祖父……。


 先代ヴァイスインペリアル総統、十文字統吉郎とうきちろうである。


 本当なら一度死んでいるはずなのだが、自らが指揮していた悪の組織の超技術を総動員することで、自分の魂を機械の身体に押し込めて、見事に復活したという、なんでもアリのとんでもない存在だ。


 ちなみに、俺の親父……、十文字隼斗にとっては、実の父にあたる。


 ……あたるんだけど。


「……チッ、死にぞこないが」

「ああ~ん? なんじゃ~? アホがなにか言っとるの~?」


 この二人、非常に仲が悪い。


 まあ、これまで悪と正義に分かれた親子なんて、複雑な関係だったのだから、ある程度は当然かとも思えるのだけれども……。


「どうでもええが、口の利き方には気を付けろよ、アホ息子。そんないい歳して無職のお前を、慈悲の心でここに置いてやっとるんじゃからの~! お~お~、バカで無能な子供を持つと、苦労するわい! いつまでも親のすねをかじりおって!」


 うわっ、実の息子にそこまでいうか、祖父ロボよ。


 しかも、親父が無職というか、国家守護庁を裏切ったのは、ヴァイスインペリアルとワールドイーターの共倒れを狙った上層部の、街がどれだけ破壊されても、二つの悪の組織が壊滅するまで手を出すなと言う方針に反発したからというのが、一応の理由にはなっているけど、多分それ以外にも、絶体絶命だった俺を助けようとしたのが大きな理由だと思うので、そんなに悪く言わなくても……。


 いや、それにしても、一度でも命令に背いたら裏切り者の烙印を押して、処分対象というのは、厳しすぎると思うぞ、国家守護庁。


「黙れ。お前に齧るすねなんて、もうないだろうが、クソキャタピラ」

「はあ~? この機能美が分からんとは、頭も悪けりゃセンスも悪いのかの~?」


 まあ、親父も全然、祖父ロボに負けてはいないんだけど。


 というか、死んだはずの肉親が、実はロボットになって生きていたという突拍子もない事実を知った時でさえ、あの親父は特に動揺したり、感動したりするようなこともなく、祖父ロボと顔を合わせた瞬間から、以前とまったく同じように険悪な喧嘩を繰り広げるようになってしまったのだから、正直こわい。


「はっはっはっ、……スクラップにしてやる!」

「ほっほっほっ、……粛清してやるぞい!」


 ああ……、遂に手が出始めた。これが始まると長いのだが、止めようとする者は誰もいない。触らぬ神に祟りなしである。


「お茶のおかわりなど、いかかでしょうか?」

「あら? ありがとう、大門だいもんさん」

「どうか、契とお呼び下さい、お義母様かあさま

「自分だけ点数稼ぎなんてずるいぞ、契! ならオレは、お義母様の肩を揉むー!」

「ずるいのは~、千尋ちゃんもでしょ~! ワタシもお義母様と仲良くする~!」


 少し目を離した隙に、契さん千尋さんマリーさんの三人が、俺の母親を囲み、なにやら談笑している。


 詳しい内容までは聞こえないが、どうにも、の言い方に含みがある気がするけども、しかし耳で聞いただけでは、その違和感がなんなのか、よく分からない。


 ……まあ、いいか。母さんも楽しそうだし。


「とりあえず、もう少しポジティブに考えてみるかな。せっかくエビルセイヴァーのみんなが頑張って、もう一つの作戦を成功させてくれたんだし」


 親父に祖父ロボ、そして母さんたちのおかげで、なんだかリラックスできた俺は、もう少し前向きになることにする。そうだな、気負いすぎはよくない。


 それに今回は、先ほどまでの戦闘とは別に、大きな収穫もあったことだし。


「みんな、元マジカルセイヴァー秘密基地の奪取、お疲れさま」


 そう、正義の組織を裏切ってまで、俺たちの仲間になってくれたエビルセイヴァーのみんなを、最初から採掘場での戦いに連れて行かなかったのは、実は彼女たちに、別の作戦を頼んでいたからだ。


 このヴァイスインペリアル本部跡地の地下には、貴重な技術や兵器が、大量に埋蔵されてしまっているため、瓦礫の撤去は急務なのだが、だからといって、それだけをひたすらに優先し、いつまでもこんなプレハブ小屋を、仮設本部にしてはおけない。


 これでは、まともな戦力分析もできないし、後方支援だって望むべくもない。


 しかし、だからといって今の俺たちに、新たな基地をゼロから造り出すだけの余裕は存在しない。だったら、どうするべきか?


 簡単だ。もう有る物を奪えばいい。悪の組織らしく。


 というわけで彼女たちには、この街に存在する国家守護庁の施設……、うちに来るまで親父たちと働いていた基地を、攻略してもらっていたのだ。


「あっ、ありがとう、統斗すみとくん。でも、本当のこというと、実はそんなに苦労してないから、大丈夫だよ?」


 見事に作戦を成功させたというのに、謙遜してみせる桃花ももかが愛らしい。


 今まで自分たちが働いてた場所を襲撃させるなんて、辛いことをさせてしまったと思うだけに、その明るい笑顔には、幾分か救われる思いだ。


「相手は自動で動く警備システムだけだったしね。それを突破しちゃえば、基地内にはもう誰もいなかったから、後は簡単だったし」

「まさにもぬけの殻でした。あの基地における最大戦力だった私たちが裏切り、そのまま逆に攻め込んだわけですから、冷静といえば、冷静な判断なのでしょう」


 火凜かりんに大きな怪我はなさそうだし、平気な顔をしているが、やっぱり少し疲れて見える。既知の相手と戦うことは、それだけでも辛いことだったのだろう。


 もしあおいさんの推測が当たっているなら、それは、ただこちらが有利になったというだけではなく、別の意味でも、良かったのかもしれない。


「だけど、それもちょっと無責任な感じはするわね。一応あそこは、正義の味方の秘密基地であると同時に、この街の行政機関の中枢だったのに」

「本当に、だーれもいなくなっちゃってたから、ちょっと不気味だったー! あんまり壊れてないみたいだったのに、まるで廃墟みたいで!」


 しかし、樹里じゅり先輩の不満も分かる気がする。


 例え戦略的撤退だったとしても、悪魔によって甚大な被害を受けてしまったこの街を放棄するなんて、少なくとも、正義の味方のすることではない。


 おかげで、本来なら国がやるべき復興作業は、全て俺たちが代わりに行っているのだが、人手も資材も足りないしで、どうしても遅れが出てしまっている。もう一月いちがつも半ばだというのに、学校も休校したままだった。


 だけど、一見能天気なだけの、ひかりの証言は見逃せない。


 こんな余裕のない状況で、接収した基地まで大規模な修復が必要となれば、大変なんて言葉じゃ済まなかっただろう。


 もちろん罠の可能性も考慮して、綿密な下調べをする必要はあるけれど、あまり壊れていないというのは、ありがたい情報だ。



 うーん、そうだな。まずは自分たちのできることから、コツコツと始めよう。



「それじゃ、奪取に成功した基地の調査と回収は、マリーさんと開発部に任せるよ」

「は~い、お任せあれ~」


 資材も設備もとぼしい現状、マリーさんたち技術班が、この瓦礫の山の中でやれることは、そう多くはない。


 だったら適材適所、彼女たちには、新たな基地を使えるようにしてもらおう。向こうの設備が使えれば、あらゆる面で、効率化が図れる。


「千尋さんと警備部は、防衛ラインの強化と、引き続き瓦礫の撤去を頼みます」

「おっしゃ! やるぞー!」


 今回の戦闘で、正義の味方の混成部隊を退しりぞけたことにより、国家守護庁も、こちらのことを攻め辛くなったはずだ。


 俺たちが大きな動きでも見せない限りは、そうそう再び向こうから、強引に侵攻してはこないだろうが、警戒は、おこたるべきではない。


 そう、組織としてやれることは、なんでもやるべきなのだ。


「それから、契さん」

「はい、なんなりとお申し付けください」


 だから俺も、俺自身がやれることを、やらなければならない。


 正直、今のままの俺では、悪の組織のトップに立つ者としては、役立たずもいいところだ。戦線にまともに立てず、せいぜいこうして偉そうに、応急策を指示する程度のことしかできない。


 しかし、それでは駄目なのだ。

 それでは足りない、あまりに足りない。


 もっと力が、圧倒的なまでの力が、必要だった。


「特訓を、お願いできますか?」


 俺がまた、悪の総統らしく、あるために。


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