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「だ……、誰だ!」


 俺こと悪の総統シュバルカイザーに対して、今まさに必殺の一撃を見舞おうとしていたにも関わらず、突然の乱入者から妨害を受け、見事に失敗した正義の味方こと、マインドリーダーが、崩れた体勢を立て直そうと、装備している全長三メートルほどのパワードスーツを必死に操りながら、声を荒げる。


 せっかくの勝機を潰された怒りと、不測の事態に対する焦りのようなものをにじませながら、奴は天をあおぎ、近くの崖上に視線を向けた。


 そう、そこだ。


 俺を助けた、俺の愛する、俺の仲間たちは、そこにいる。 



「この世に悪がある限り!」


 まばゆい逆光に照らされた五つのシルエットの中央で、ピンクと黒をベースとしたゴスロリ風の戦闘用コスチュームに身を包んだ清廉せいれんな少女が、よく通る声を張り上げながら、堂々としたポーズを決める。


 まるで仮面舞踏会に参加した貴婦人のように、目元を隠す漆黒のマスクをつけて、その正体は隠されてこそいるが、見る者が見れば、一目瞭然。


 彼女こそ正義の……、いや、正義の味方。


 桜田さくらだ桃花ももか、その人だ。



「地獄の業火は燃え盛る!」


 そんな桃花に続いて、軽快に派手なポーズを決めたのは、こちらも黒を基調としながらも、大胆な赤の差し色が目を引く、ゴスロリ風でありながら活動的にアレンジされた戦闘用コスチュームを着こなす、爽やかな少女だ。


 彼女もまた、顔の上半分を隠すようなダークレッドの仮面を身につけているが、俺にとっては既知の相手……。


 赤峰あかみね火凜かりんだ。



「凍てつく水の静けさに!」


 さらに続いて、清らかな空気を漂わせつつも、冷たい氷のような鋭利さを感じさせる所作で、静かに前に出た少女の格好は、深い青と黒を基調にして、和風にアレンジされたゴスロリ型の戦闘用コスチュームなのだが、彼女にはよく似合ってた。


 あの実に悪役然とした、濃紺の仮面をかぶった女の子の素顔も、俺は知っている。


 水月みつきあおい、それが彼女の名前だ。



「暗き森よりい出でて!」


 そしてもう一人、今度は大胆な大人っぽいアレンジにより、ロリータというよりはドレスに近い形状の、緑と黒を基調とした戦闘用コスチュームを優雅にひるがえし、どこか妖艶な仕草を見せたのは、他のみんなと比べて、少し成熟した少女だ。


 高貴な気品すら感じさせる、精巧な作りをしたクロムグリーンの仮面の下を、俺は当然知っている。


 緑山みどりやま樹里じゅり、彼女もまた、俺にとって大切な人間だ。



「黒き光が天を討つ!」


 最後にド派手なポーズと共に登場したのは、黒い生地に鮮やかな黄色が眩しい、少し幼く見えるが非常に華やかなデザインが印象的な、ゴスロリ戦闘用コスチューム姿が良く似合っている、小柄な女の子だ。


 他のみんなとは違う、眩しいくらいによく映えたイエローの仮面が、彼女の内面をよく表していた。


 黄村きむらひかり、騒がしくも愛らしい後輩である。



「我ら、シュバルカイザー親衛隊! エビルセイヴァー、ここに推参!」


 見事に息の合った名乗りを上げた五人の少女が、トドメとばかりに全員でポーズを取るのと同時に、彼女たちの背後で爆発が起こり、漆黒の煙が吹き上がる。


 ……そういえば、そんな機能を組み込んだとか、ジーニアが言ってような気もするのだが、なんだろうか、元とはいえ正義の味方ともなれば、ああいう演出は、やはり欠かせないのだろうか。


「とうっ!」


 完璧なまでの登場を果たして、一斉に崖上から飛び下りた五人組は、華麗に地面へと着地した。……本当は俺も、ああいうことしたかったのは、内緒である。


「エ、エビルセイヴァー、だと……?」


 いきなりやってきた悪の組織の援軍に、つい先ほどまで、調子に乗りまくっていたマインドリーダーも困惑気味だ。どうでもいいが、さっきから正義の味方のはずのあんたの方が、まるでやられ役の悪の怪人みたいなリアクションばかりしてるが、それでいいのか。


 ……いや、だがそれも、無理のないことなのかもしれないな。


 なぜなら、今や悪の組織の一員となった彼女たちも、元々は正義の味方……、国家こっか守護庁しゅごちょうで働く、マジカルセイヴァーだったのだから。


「おうおうおう! うちの大事な総統に向かって、ずいぶんな態度じゃ~ね~か! あ~ん! あんた、生きて帰れると思うなよ!」

「レッド、いくら悪の組織とはいえ、意識しすぎです。それはそれとして、あの敵は万死に値しますが」


 赤峰火凜ことマジカル……、じゃない、エビルレッドが、張り切っているのか少しオーバーな仕草を見せるが、その怒りは本物だ。


 水月葵ことエビルブルーは一見冷静に、そんな相方をさとすようなことを言っているが、彼女の目が本気すぎるほど本気なのは、見ずとも分かる。


「ふふふっ、私の総統に危害を加えようなんて、許されないわよね? たっぷり反省した後で、しっかり地獄に墜ちてもらわないと……、ふふふ……」

「へっへーん! なによなによ、総統ったらダメダメじゃん! もー、こうなったら仕方ないわね! このイエローちゃんが助けてあげるわ!」


 緑山樹里ことエビルグリーンは、表面的には穏やかな笑みを浮かべているが、その発言に潜むゾッとするほどの殺意に、背筋が凍ってしまいそうだ。


 黄村ひかりことエビルイエローときたら、なんとも楽しそうというか、非常に嬉しそうだ。どうやら、俺に恩を売れるのが、気持ち良くて仕方ないらしい。


「我らが愛する総統に手を出すことは、わたしたち親衛隊が許さない! 世界を敵に回しても、この絆だけは揺るがない! みんな……、いくよ!」


 そして、彼女たちのリーダーである桜田桃花こと、エビルピンクの号令により、俺たち悪の組織の一員となったエビルセイヴァーのメンバーは、まるでその敵意を噴き出すように……、戦闘を開始した。



「ちっ、数が増えたか! これじゃ、面倒なことに……!」


 マインドリーダーが慌てて声を荒げているが、それは、単純に敵の数が増えたからというだけでなく、なぜかそれ以上の狼狽ろうばいが見える。


 見えるが……、まあ別に、相手の事情なんて、知ったことじゃないか。


 俺たちは、悪の組織なのだから。


「レッド、イエロー!」

「あいあいさー!」

「イエロー、頑張りまーす!」


 阿吽の呼吸とでもいうべきか、ピンクが細かい指示を出さずとも、近接戦闘を得意とするレッドとイエローが前に出て、速攻で攻撃を仕掛ける。


「くそ! やっぱり人数が増えると、混線が酷いか……! 」


 素早いフットワークで見事な打撃を繰り出す二人を前に、先ほどまでの自信満々な態度はどこへやら、マインドリーダーの動きは、明らかに鈍くなっていく。


 レッドとイエローが奴の巨大なパワードスーツの隙を上手くついている、というのもあるが、そもそもエビルセイヴァーが登場してから、マインドリーダーの言動には不審な点が多々見受けられる。あれでは、不審というよりもまんま不審者みたいだが。


「やるよ、ブルー! マジカル! メデゥーズ・シューター!」

「お任せください。マジカル! バミューダ・アロー!」


 当然、そんな隙を見逃すはずもなく、ピンクは鮮やかな桃色の拳銃を、ブルーは深い海を思わせる弓を、光の粒子を使って形成し、輝く弾丸と矢を放つ。


「くそっ! おい、リード! とりあえず相手を限定して……、ぐわ!」


 エビルセイヴァーからの集中砲火を受けて、マインドリーダーは焦燥感を隠そうともせず、なにやら大きな声で叫んでいるが、それで結果が変わったりはしない。どう見ても、押されているのは奴の方だ。


「我々のことを……!」

「忘れるなよ!」


 これまで、その大きな図体で好き勝手暴れていたマインドリーダーが、エビルセイヴァーによって抑え込まれているのを、逆に好機と取ったのか、それまで動きを止めていた改造人間とメタルヒーローのような正義の味方二人が、こちらに……、というか俺に向かって、光線銃から一目で強力と分かるレーザーを、それぞれ放ってきた。


 絶妙なタイミングで放たれた、まさに必殺の攻撃を、俺は……、避けない。


 避けられないのではない。


 避ける必要など、ないからだ。


「マジカル! フォーリッジ・シールド!」


 二つの光線が、無防備に棒立ちしている俺に直撃する前に、グリーンが緑の幕のようなものを展開し、あっさりと弾き飛ばす。


 単純な強度の問題ではない。まるで風のように渦巻く力の動きが、威力に関係無く相手の攻撃をらしてみせたのだ。


「あなたたち如きが、総統に触れられるわけないでしょう?」


 もはや完全に悪の女幹部な風格で、グリーンは唇の端を上げて、酷薄に笑う。いや本当に、ちょっと怖いというか、ハマりすぎです、樹里先輩。


「隙あり! マジカル! カナリー・フラッシュ!」

「ぎゃ! 目が! 目がー!」

「イエロー、ナイス! あたしもいくよ! マジカル! ヴォルカン・アーム!」


 こちらのことはさておいて、イエローの放った閃光に怯んだマインドリーダーが、レッドの炎をまとった拳で、ボコボコに殴られているのが見える。どうやら、勝負は見えたようだ。


「くっ……! クソ! き、今日のところは、このくらいにしといてやる!」


 典型的な悪役のような捨て台詞を吐いた瞬間、正義の味方マインドリーダーの装着しているパワードスーツの全身から、大量のスチームが吹き上がる。どうやら、逃走用の装備のようだ。


「だが、忘れるなよ、シュバルカイザー! 俺は貴様の秘密を握ったぞ! ハハハハハハッ! そうだ、もはやネタは割れた! 大人しく首を洗って待っていろ、三下悪の総統が! ハーッハッハッハッ!」


 なにやら不穏な、かつ失礼なことを叫びながら、マインドリーダーはその巨大な足裏からジェットを噴射し空を飛び、一目散にこの戦場から逃げ出していくが、俺もエビルセイヴァーのみんなも、特に追撃はしない。


 奴の発言は気になるところだが、まあ大体タネは割れている。対策は後で考えれば十分だろうし、今のこの戦場で、いつまでもマインドリーダー一人に構っているわけにもいかないのだ。


 敵はまだ、五十人以上いるのだから。


「エビルピンクよ……、後は任せたぞ!」

「うん! 任されたよ!」


 というわけで無力な俺は、一応悪の総統としての体裁を取りつくろいながら、ありがたすぎる増援に、全てを丸投げしてしまう。


 いや、本当に、なんだかすいません……。


「行くよ、みんな!」

「くっ、悪の大本まであと少しというところで……!」


 いや、そんな、自分なんて大したものじゃないですよ?


 などと、最初に俺のことを襲撃してきた、二人の正義の味方が漏らした愚痴に、心の中で反論するくらいの余裕は、どうやら生まれたようだ。


 エビルセイヴァー個人個人の戦闘能力はもちろんだが、特にあの連携は、強力な武器だと言える。これまで彼女たちと戦ってきた俺自身が言うのだから、間違いない。


 確かに状況だけ見れば、敵の方が人数は多いが、それでもまともに連携も取れないような奴らを相手に、彼女たちが早々後れを取ることもないだろう。



 つまり……。



「まあ、こうなるよな」


 元々、かなりギリギリのラインで拮抗していた戦場に、新たな要素が加わったことにより、天秤は一気に傾いた。


 そもそも今回の戦いは、互いに死力を尽くした最終決戦だとか、そういう重要な局面ではないのだ。正義の味方からすれば、あくまで瀕死になった悪の組織を、一つ潰すくらいの意味でしかないだろう。


 そんな状況で予想外の損害が出れば、致命的な事態になる前に、早めの逃走に移るのも当然だし、元々横のつながりも弱いのだから、全体の二割から三割でも戦闘不能になれば、全面的な撤退行動に出るのは、賢い選択であるともいえる。


 俺たちからすれば、こちらがまだ健在であり、相手にとって脅威だとアピールできれば十分であり、そのため倒した正義の味方に対して、特にトドメを刺していないというのも大きいかもしれない。


 これは別に、ただ人道的な理由でそうしなかったというだけでなく、仲間を失ったことで正義の味方を追い込み、仇を討とうと死に物狂いになられたら、こちらの方が困ってしまうからなのだが、その結果として、正義の味方に対して過度な重圧を与えることなく、あくまで次があると思わせることに、なんとか成功したようだ。


 まあ、正確なところは分からないが、あれだけいた正義の味方が、蜘蛛の子を散らすようにいなくなったのは、確かである。


「一応勝てて、一安心……、ってところかな?」


 逃げ出した正義の味方たちを、俺たちも追うようなことはしない。確かに結果だけ見れば、こちらの被害は殆どゼロという大勝だが、絶対的な物量の差という問題がある以上、下手に戦闘を続けたり、戦端を広げたりして、自ら疲弊するような真似は、避けるのが得策だろう。


 つまり、戦闘はこれで終わり、ということだ。


「総統、ご無事で何よりです」

「あー、終わった終わったー! さっさと戻って風呂入ろうぜ!」

「レオリア~、お風呂も壊れちゃってるから~、シャワーで我慢ね~」


 もう周囲に敵の気配も無くなったようなので、戦いを終え、見事に勝利を飾った悪の女幹部三人組が、いつもの調子で戻ってくる。


 その様子に俺は、安堵を感じずにはいられない。


統斗すみとくん! ……じゃなくて、総統! 間に合ってよかったよー!」


 こちらも全員無事のエビルセイヴァーが、リーダーであるピンクを先頭にして、俺の元に駆け寄ってきてくれた。その笑顔を見るだけで、なんだか救われた気分だ。


「まったく、心配させないでよね! 本当に、無事でよかった……」

「レッドの言う通りです。伴侶である私を置いて、勝手に行かないでください」


 いつもは明るいレッドが、少し顔を伏せ、沈んでいる様子を見ると、本当に申し訳なくなってしまう。しかしブルー……、伴侶ってなんですか、伴侶って。俺たち結婚なんて、してませんよ?


「本当に大丈夫? 怪我はない? あったら言ってね? 私が舐めて治すから」

「ふっふーん! 統斗ったら情けないわねー! ちゃんと感謝しなさいよ!」


 完全に本気の目で、なかなかディープなことを言いながら、俺にぴったりと寄り添うグリーンのことは、この際そっと脇に置いておくことにするけども、それにしてもイエローさん、そんなに嬉しそうに、バシバシと背中を叩かないでくれ、痛いです。


 まあ、みんな大きな怪我もなく、普段通りで安心したけど。


「みんな、ありがとう。お疲れさま」


 とりあえず、今の俺では、それだけ伝えるので、精一杯だった。


「それじゃ、帰ろっか」

「おー!」


 作戦も成功したことだし、もうここには用はない。俺はみんなを引き連れて、俺たちの帰るべき場所へと歩き出す。


 随分と大所帯になってしまったが、まったく望むところだ。みんながいれば、これからどんな困難が待ち受けていても、きっと乗り越えられると、確信できた。


 ……とはいえ、まだまだ解決すべき問題は、本当に山積みなんだけど。


「さーて、これから頑張らないとな!」


 かくして、とにもかくにも、新生ヴァイスインペリアルは、新たな境遇で、新たな仲間たちと共に、新たな一歩を踏み出したのだった。 


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