1-3


 問題。

 悪の組織と、正義の味方がぶつかれば、一体なにが起こるのか?


 答え。

 戦争である。


「フハハハハ! これはこれは、正義の味方諸君! わざわざ我らに倒されるために集まるとは、まったく、ご足労そくろうなことだな!」


 というわけで、俺はこそこそと隠れるのを止め、正義の味方がたむろしている採掘場を見下ろせる崖の上から、少しでも極悪非道な悪の総統らしく見えるように、身振り手振りに気を付けながら、思い切り派手な登場を決める。まあ、ご足労もなにも、呼ばれてやってきたのは、こちらの方なのだが。


 こういうのは、第一印象が大切だ。虚勢を張った俺の背後には、見た目も含めて、恐ろしいくらい悪の女幹部オーラをみなぎらせたデモニカにレオリア、そしてジーニアもいるので、見栄えの方は、バッチリだろう。


「むっ! 貴様は、シュバルカイザー!」


 ようやく登場した悪の組織の存在に、色めきだった正義の味方集団の一人が大きな声を上げたが、それが誰かは判然としない。それはつまり、判然としないくらい大量の正義の味方が、この場に集まっているから……、というわけなのだが、これは本当に、ぞっとしない光景だった。


「天が呼「輝く夢は「絶対に「光の戦「お前の罪を「豪快「なんの因果か「勇気がみんなの「トップギ「最強無「許さない!」


 いや、そんなバラバラに、そして全員同時に、しかもそんなに大声で、いっぺんに口上を叫ばれても、正直なに言ってるんだか、全然分からないし。


 もちろん、この採掘場に集まった正義の味方たちの中には、複数人でチームを組んでいるようなタイプもいるし、そういう個々の呼吸は、見た感じちゃんと合っているようなのだが、どうやら全体的な統率は、イマイチのようだ。


 これなら、なんとかなるかもしれないな……。


 それにしても、正義の味方ってやつは、どいつもこいつも戦う前に。ああいう決めポーズを取らないと、気が済まないのだろうか?


「フッ! もはや、問答無用! そんなに敗北の味を知りたいと言うのなら、絶望と共に、たっぷりと味わうがいい!」


 そもそも、これだけの人数を相手に問答なんて不可能だし、それに最初からする気もないので、とっとと話を進めてしまおう。善は急げである。別に善じゃないけど。


 ――さあ、戦闘開始だ!


け! 我らがヴァイスインペリアルの恐ろしさを、マヌケな正義の味方共に、たっぷりと味合わせてやるのだ!」

「ジーク・ヴァイス!」


 俺の……、悪の総統の命を受け、すぐ後ろに控えていた三人の悪の女幹部たちは、不敵な笑みを浮かべながら、この高さ三十メートル以上はあるだろう崖から臆することなく飛び下り、正義の味方の群れへと突っ込む。



 そして次の瞬間、開戦の火蓋は、あっけなく切って落とされた。



「――全ては総統のために!」


 悪魔あくま元帥げんすいデモニカが、そのまま地面に激突するかと思われた瞬間、足元に淡く輝く光の輪を展開し、ふわりと浮遊したかと思えば、そのまま彼女を中心として巨大な紋様を複雑に組み合わせた方陣……、魔方陣が高速で展開し、眩しい閃光と共に、純粋な力の奔流ほんりゅうを生み出し、正義の味方を吹き飛ばす。


 あのまるで現実感のない、完全に空想の領域に足を踏み入れている超常現象こそ、魔術まじゅつ……、この世界に確かに存在しているが、常人では認識すら不可能な、魔素エーテルと呼ばれる万能物質を感知できる者のみが到達できる、神秘の力だ。


 デモニカの意思に従って、次々と中空に出現する魔方陣から、地獄のような炎の渦やら、ゾッとするような鋭い氷の嵐、空気を引き裂く蛇のような雷撃が繰り出されている様子を見ていると、かつて自分も、あの常軌じょうきいっした力を行使することができていたなんて、にわかには信じられない。


 ……そう、俺が魔術を使えていたのは、かつて、の話になる。


 俺があれほどの、超常的な力を使用できていたのは、全てはもう失ってしまった、カイザースーツのサポートがあってこそだ。


 だから今の俺に、もう魔術は使えない。

 悪の総統シュバルカイザー弱体化の原因、その一である。



「――行くぜ! オラオラー! お前ら全員かかってこ―い!」


 破壊はかい王獣おうじゅうレオリアが、高所から飛び下りた勢いそのままに、激しい轟音を響かせながら、地面に激突したかと思えば、そんな衝撃なんてなんのその、派手に舞った土煙を一瞬で吹き飛ばし、凄まじい勢いで採掘場を駆け巡り、まさに目にも止まらぬスピードで、縦横無尽に正義の味方をかき乱す。


 まったく、本当に恐るべき身体能力だが、あれはなにも、全てが自前の筋肉だけによるものではない。というか、レオリアはそんな筋肉ダルマではない。その鍛え抜かれた肉体に、女性らしい細さと、しなやかさを兼ね備えているという、本当に見事なプロポーションをしている。


 あれこそまさに、命気プラーナの力。人間が、そしてこの世界に生きる全ての生物が、その魂の根幹に秘めている、限界なんて存在しない、生きるためのエネルギーだ。


 自らの命を燃料にすることで、爆発的な力を生み出し、生物として本来持っている基本的なスペックを驚異的に引き上げ、超人といっても過言ではないどころか、むしろそれでは言葉が足りないほどの力を得られる……、のだが、本来、ただ生きることすら困難だった太古にこそ有用だったものの、生きるだけなら一定以上の安全が得られる現代に置いては、それを使える者は極めて少ない。


 ……極めて少ないのだが、なんとこの俺、シュバルカイザーは、レオリアの協力もあって、つい最近まで、あの命気を使えていた。


 そう、使えていた……、これまた過去形だ。つい先日、敵対組織ワールドイーターとの決戦で、勝利を掴んだはいいのだが、かなり本気で死にかけて以降、俺は自らの命気を、うまく引き出すことができなくなっていた。


 つまり今の俺は、命気も使用不可能となっている。

 悪の総統シュバルカイザー弱体化の要因、その二というわけだ。



「はいは~い。それじゃ~、サクサクっと~、やっちゃうわよ~」


 無限むげん博士はかせジーニアが、その小さな物置程もある巨大な機械の塊を器用に操り、空中で上手に姿勢を制御しつつ、軽やかなホバリングでゆっくりと地面に着地すると、蜘蛛の足のような多脚を素早く動かし、敵に的を絞らせないように細かい移動を繰り返しながら、背部のユニットから多数のレーザー砲を伸ばし、撃ちまくる。


 当然あの巨体なので、いくらスムーズに動けるといっても、攻撃の回避には限界があり、正義の味方からの反撃も受けるのだが、その全てをきらめくような薄い膜……、いわゆるバリアと呼ばれるもので防ぎながら、軽快に大規模破壊を繰り広げるその様子は、まさに戦略兵器と呼ぶに相応しい。


 なんという圧倒的な火力、なんという無慈悲な製圧力。まさに圧巻だが、その驚異的な戦闘能力を実現しているのは、全てジーニア自身が開発した兵器の性能であるという事実が、なによりも彼女の才能の恐ろしさを、如実に表している。


 現代科学の領域なんて、遥か彼方に置き去りにしている。もはや別次元というか、完全にサイエンスフィクションの世界に足を踏み入れているが、あれが現実だ。天才という言葉では、まだ足りない。ジーニアの手にかかれば、常識なんて紙くず同然、彼女の辞書に、不可能なんて言葉は存在しない。


 ……そんな異次元の科学者が、その才能の全てを注ぎ込み、膨大な時間と、莫大な資金と、貴重な資材を、ありったけ投入して作り上げた奇跡の最高傑作が、悪の総統シュバルカイザーの根幹を支えていたと言っても過言ではないカイザースーツだったわけなのだが、そんな最高すぎる最高傑作は、前述の通り、俺自身の情けない力不足のせいで、今はもう失われてしまっている。


 ただの素人だった俺を、まがりなりにも悪の総統として振る舞えるように支えてくれたカイザースーツの消失……。


 悪の総統シュバルカイザー弱体化の要因、その三だ。



「うーん……、それにしても、凄まじいな……」


 とりあえず自分の不調は棚に上げて、俺は眼下で繰り広げられている、悪の女幹部と正義の味方の激戦に、思わず感嘆の声を上げてしまう。


 先手を取ったのは、確かに俺たちヴァイスインペリアルだが、いやはや敵も流石に正義の味方とでもいうべきか、一瞬乱れた体勢もすっかり立て直し、今やこの戦闘はギリギリのラインで拮抗している。


 とはいえ、こちらは三人だけで、相手は五十人以上もいることを考えれば、拮抗しているという状況自体が、正義の味方からすれば異常事態だろう。


 しかし、それは別にこの場に集まった正義の味方の皆さまが弱いだとか、情けないだとか、そういう話ではない。むしろ彼らの実力は、本物だ。今まさに大暴れしているうちの幹部たちが、全員この前の戦いで受けた傷が、完全に癒えてはいないということもあるが、もっとまともにぶつかり合えば、戦況ももっと違っているはずだ。


 この状況を生み出しているのは、やはりコンビネーションの、連携の差だろう。


「――レオリア!」

「あいよ! お任せ!」


 凶悪な形状をしている漆黒の蛇のような長い鞭を鋭く振るい、周囲の空気を切り裂きながら、デモニカから発せられた、短い呼びかけの意図を即座にみ取り、超高速で多人数を相手に、無差別な殴り合いをしていたレオリアが、ジリジリと包囲網を狭めようとしていた正義の味方を妨害するように、意図的に動きを変化させる。


「よっし! そんじゃ、ジーニア!」

「はいは~い、ボーナスチャ~ンス」


 レオリアが暴れることで、体勢を崩した正義の味方に向けて、ジーニアが自らを組み込んでいる巨大な機械の塊……、正式名称クレイジーブレイン君から、肉眼では見ることができない極小サイズのメカの群れを分離し、まるで霧のように飛ばす。


「うおっ! なんだ!」

「は~い、オッケ~。それじゃ~、デモニカ~」

「言われるまでもなく!」


 ジーニアの放った無数の細かい粒子のようなメカにより、持っていた銃型の武器を一瞬で分解されてしまい、狼狽した正義の味方の隙を逃さず、デモニカが魔方陣から不可避の電撃を飛ばし、相手を攻め立てる。


 まったく、見事な連携だ。まさに三位一体、これこそ阿吽の呼吸。圧倒的人数差を物ともせず、我らがヴァイスインペリアルの最高幹部たちは、正義の味方の大群を相手に、大立ち回りを演じている。


 その姿はまさしく、強大な悪の女幹部と呼ぶに相応しい。


「くっ! こちらも行くぞ! 喰らえ、必殺……、あっ、すまん! 足踏んだ!」

「ちょっ、射線に入らないで! 危ない! 危ない!」

「ああっ、ごめん! ちょ、待って、そっちから攻められると……!」


 ……それに比べると、正義の味方の皆さんは、随分と苦労しているご様子だ。


 まあ、元からチームを組んでいるタイプの正義の味方もいるのだろうけど、流石に普段は個別で動くことが多い彼らでは、いきなり集まって、完璧な連携をしろと言われても、なかなか難しいだろうことは、想像に難くない。


 そもそも今回の戦いは、正義の味方の大元締め……、この国を守るため、秘密裏に様々な活動を行う政府組織である、国家こっか守護庁しゅごちょうが計画したのだろうが、どうも単純に戦力をつぎ込むだけで、細かい調整ははぶいたような印象がある。


 俺たちが弱っているうちにと、勝負を急いだのかもしれないが、だとしたら、上役からの命令で、無理矢理集められた正義の味方の皆さんには、少し同情してしまうかもしれない。


 ……とは言え、だ。


「やっぱり、数が多すぎるのは脅威、――ってか!」


 乱戦をすり抜けて、崖上にふんぞり返っていた俺こと、悪の総統めがけて、正確に飛んで来た輝く光線をギリギリで回避することには、なんとか成功した。


『申し訳ありません、総統! 二名ほどそちらに!』

「了解、こっちは任せろ!」


 デモニカからの通信に、できるだけ余裕に聞こえるように答えながら、俺は久しぶりに感じる戦闘の空気に、身を引き締める。


 大丈夫、やれる。

 やれると思ったから、俺は今、ここにいる。


「って、いきなり危ない!」


 思い切り格好つけた直後だが、俺の直感が、俺の本能が、最大限の警報を鳴らし、この場にいるのは危険だと告げた。


 俺はその警告に素直に従い、高さ三十メートルはあるだろう崖の頂点から、意を決して身を躍らせる。


 ……いやいや、やっぱりちょっと無茶か? もう飛び立っちゃったけど!


 いや、いける! 大丈夫! いけるって! いけるだろ、俺! 頑張れ、俺!


「――っ!」


 わずかな葛藤の間にも、俺が先ほどまでいた崖上は、何処からか飛来したミサイルのような物体により、爆発炎上してしまっている。もはや退路はない。覚悟を決めろ!


 確かに、これは崖だが、なにも完全に切り立っているわけではない。わずかながらにでも角度はあるし、足さえつけば、走れないこともない!


 確かに、命気は使えないが、それでも身体自体は鍛えている! 大丈夫、自分で自分を信じろ! ビクトリー!


 確かに、今着てるカイザースーツもどきは、正直かなり頼りないが、足りない分は気合でカバーだ! 気合だ! 気合だ! 気合だ!


 俺はやれる! やれるんだ!


「――ぐええ!」


 まるで潰れたヒキガエルみたいな声が出てしまったが、なんとかギリギリで、着地には成功した。五点着地、最高。五点着地、万歳。そのまま勢いを利用して、立ち上がることにまで成功したのは、ただの奇跡である。


「うぅ……、身体中が痛い……」


 とはいえ、被害はかなり甚大だ。ガチャガチャと重いスーツを着て、高所から勢いよく接地した上に、ゴロゴロと転がり回ってしまったので、もう身体のあちこちを打ちつけたやら挟んだやらで、いろんな箇所が、痛いこと痛いこと……。


 なんて、弱音を吐いてる暇なんて、ないわけで。


「ついに追い詰めたぞ、悪の総統シュバルカイザー! 貴様の悪行もここまでだ!」

「追い詰めた……? フハハハハ! まったく、勘違いもはなはだしいな!」


 採掘場に落下したこちらに向けて、全身をメタルな感じのアーマーで武装した正義の味方が、格好良く啖呵を切ってきたので、俺はとりあえず全身の痛みは無視して、可能な限り尊大な悪の総統らしく見えるように、見栄を切る。


「全ては遊びよ! お前らがここに来れたのも、ただの暇つぶしにすぎん!」


 なんて、言ってみたのはいいのだが、正直かなり不安なのは、絶対に内緒だ。


 いやいや、落ち着け、落ち着け、俺……、相手は物凄い威圧感を放つ、どう見ても歴戦の猛者だが、自分を信じろ!


 そう、もはや自分を信じることでしか、道は開かれないのだから!


「――っ!」

「おのれ! 許さん! 喰らえ、リボルブレイド!」


 まるで背筋を貫くような、猛烈に嫌な予感に突き動かされるように、大きく後ろに飛び退いた次の瞬間、恐ろしい唸りを上げて振り抜かれた斬撃が、一瞬前まで俺がいた空間を、縦一文字に切り裂いた。


 先ほどのメタルヒーローとは違う、まるでバッタかイナゴをモチーフにしたかのような改造人間風の男が空高く跳躍し、異様に青白く輝く棒状の物体を振り抜いたのだと分かったのは、完全に回避が終わった後のことだ。


 あ、危ない……、下手したら、いきなり真っ二つになってるところだった……、


「ちぃ! 外したか! だが、次は無いぞ!」

「悪は許さん! 正義の鉄槌を喰らえい!」


 まだ生きていることに感謝を捧げる暇もなく、尋常ではない気迫を発している正義の味方二人が、再び動き出す前に、俺は自らの直感を信じて、小さなステップを踏み込み、少しだけ横に移動する。


 そして次の瞬間、改造人間らしき正義の味方が、恐ろしい勢いで飛び蹴りを放ち、もう一人のメタルヒーローのような恰好をした方が、その手に持った小型の光線銃を連発し、無数のビームを撃ちまくってきたが、本当にギリギリのところで、その両方の回避に、俺は成功した。


「フッ……、フハハハハ! 遅い! 遅いぞ! まったく、欠伸が出るわ!」


 すいません、嘘です。もう悲鳴の方が飛び出てしまいそうです。


 とはいえ、このように内心震えがきているこの俺が、何度も何度も正義の味方からの猛攻を避けることに成功しているのは、偶然ではない。もちろん奇跡でもない。


 それもこれも全て、超感覚ちょうかんかくという力のおかげである。


「まだまだ! 次は仕留める!」

「こいつを……、喰らえ!」


 明らかに人間を超えている……、超人と呼んでつかえない改造人間のパンチやらキックをかわしながら、同時に謎の超技術によって作られたのであろう光線銃から放たれた、文字通り光の速さの弾丸を、するりするりと避けてみせる。


 そんな真似を、ただの人間ができるわけがない。


「――はっ! ふっ! よっ!」


 そんな不可能を可能にしている超感覚とは、簡単に言ってしまえば、人間という生物が本来持っている本能を、極限まで鋭敏化えいびんかさせたもの……、と思ってもらえれば、十分だろう。


 そもそも超感覚とは、命気という人間の限界を超えた動きを可能にする力を制御するために必要なものであり、いわゆる副次的な存在なのだが、これがかなり有用で、色々な場面で有効な力なのだ。


 本命である命気の方は、まったく使用不可能な今の俺だが、この超感覚はまだ使えるというか、むしろ、これまでより鋭くなっているような感覚すらある。


 超感覚が使える。


 それが現在、悪の総統シュバルカイザーが戦うための、唯一の希望だった。


「ちい! のらりくらりと!」

「この! 真面目に戦え!」


 とはいえ、とはいえ、だ。


 確かに超感覚によって、俺は事前に致命的な危険を、嫌な予感として察知することができるが、これは別に、絶対の予知というわけではない。嫌な予感は、あくまでも嫌な予感でしかないのだ。ありていに言ってしまえば、単純に相手の力量が高ければ高いほど、この予感は外れやすくなってしまう。


 だから本来ならば、相手に到底勝てないと判断したなら、恥も外聞もなく逃げ出すのが最善の策なのだが、今回ばかりは、そうも言っていられない。


「ハーッハッハッハッ! 遅い! にぶい! 正義の味方も、こんなものか!」


 本当だったら、それこそ恥も外聞もなく、頭を抱えて、悲鳴を上げて、無様に這いつくばってでも、絶対に安全な距離で避けたい敵の攻撃を、かすめるほどにギリギリで避けながら、あえて挑発を繰り返す。


 あくまでも尊大に。

 あくまでも不遜ふそんに。

 あくまでも傲慢ごうまんに。


 あくまでも、悪の総統らしく。


「どうした、どうした! これでは暇つぶしにもならんぞ!」


 そもそも今回の作戦は、我々ヴァイスインペリアルが健在けんざいで、まだ手を出すのは危険だと、正義の味方サイドに思わせるために行っているのだ。


 そんな重要な作戦の中で、まさか組織のトップであり、象徴でもある悪の総統が、情けない姿を見せる訳には、絶対にいかない。


 それでは本末転倒、もと木阿弥もくあみというやつである。


「こいつはどうだ……! レーザークロスビーム!」

「必殺……! アクロバットキック!」

「甘い! そんな大振りが当たると思うか!」


 とはいえ、確かに危険すぎる綱渡りだとは思うが、幸いなことに、今のところ俺の目論見は、上手くいっている。


 正義の味方二人の必殺技らしき、おそらく直撃したら命はないだろう攻撃を紙一重で回避しつつ、チラリとデモニカたちの様子を伺ったのだが、状況はやはり、そう悪くはない。確かに、今だ情勢は拮抗きっこうしているが、少しづつ勢いは、こちらに傾きつつあるように思える。


 あの様子なら、もうしばらく耐えきれば……!


『総統! また一人、そっちに行ったぞ!』

『壁として仕掛けたトラップを~、全部素通りされたわ~、気を付けて~!』

「――っ!」


 レオリアとジーニアからの緊急通信を受けて、俺は自らの甘さに歯噛みする。戦況はまだ確定していないのに、楽観して気を抜くなんて、馬鹿なのか、俺は!


「チェストオオオオオオオ!」

「くうっ!」


 耳を塞ぎたくなるような金切り声を張り上げながら、突如真後ろから凄まじい勢いで突進してきた巨大な物体を、俺は身体を捻ることで、なんとか避けることには成功したが、危ない。というか、なんだよ、コイツ! 奇襲するなら、叫ぶなよ!


「国家守護庁地域防衛戦士! マインドリーダー、ここに参上!」


 いきなり乱入してきた物体……、いや、男だ。骨組みが丸出しの、おおよそ全長三メートルはあるだろうゴツゴツとした人型パワードスーツの中心で、どことなく軽薄そうな顔をした男が、偉そうにこちらを見下している。


「このリーダー様が来たからには、お前はもう終わりさ! シュバルカイザー!」


 見た目としては、まるでジャングルジムの中に潜り込んだ成人男性という感じで、さらにその男が着ているのが、異様に派手な戦闘用コスチュームということもあり、なんだか非常にシュールな感じなのだが、その自称リーダーの動きにぴったりと合わせて、奴を取り囲んでいるフレームが完璧に動いている様子を見るに、どうやらただのにぎやかしというわけでもなさそうだ。


 というか、リーダー様ってなんだ。あんた一人しかいないだろうが。


「ふっふっふっ……、しかし、驚いたよ!」


 とりあえず、マインドリーダーと名乗った正義の味方が、妙に芝居がかった仕草で笑いながら、ゆっくりと戦闘態勢に入る。


 どうでもいいが、奴が少しでも動く度に、逐一あの男が着ている巨大なパワードスーツも同じポーズをとるため、非常に鬱陶しい。


「まさかあの、悪魔を倒した悪の総統が、こんなに臆病者だったとはな!」


 ……なっ! こいつ、一体なにを知って――っ!


「隙あり!」

「くっ!」


 前触れもなく核心を突かれた動揺により、一瞬硬直してしまった俺に、まるで最初からそうなることが分かっていたかのように、マインドリーダーが絶妙のタイミングで突っ込んできた。


 その大きなパワードスーツから繰り出される、大振りの拳を避けることには成功したのだが、体勢が崩れてしまった。


 これでは、次の回避行動が取りづらい。なんとか距離を取らないと……。


「おいおい、逃げられるなんて思うなよ!」

「この……!」


 まるでこちらの弱気が分かっているかのように、軽薄な笑みを浮かべた男は、途切れることなく強気で俺を攻め立て続ける。


 こうなってしまうと、もう自分の動きが悪の総統らしいかどうかなんて、まったく構っていられない。転がるように逃げるので、精一杯だ。


 この状況で唯一好材料なのは、後からやってきたマインドリーダーとやらが、その巨大なパワードスーツのスケール感にも関わらず、周りのことなど完全に無視して、好き勝手に暴れているために、直前まで俺と対決していたメタルヒーローと改造人間風の正義の味方が、所在なさげに攻撃を中断したことくらいだろうか。 


 協調性がないとか、正義の味方としてどうなんだと、思わずにいられないのだが、そんな自己中にじわじわと追い込まれているのだから、本当に泣きたくなる。


「ハハハハハ! 今度は泣き言か! 本当に情けない悪の総統だな!」

「――っ! こいつ……?」


 敵の言動に疑念がかすめるが、今はそんなことよりも、実際に鼻先をかすめる凶悪な暴力の方を、なんとかしなければならない。


 どうする? 防御しようにも、あいての攻撃の質量やら速度やらを考えれば、このカイザースーツもどきでは、着ている俺ごと即座にスクラップにされるのは、自明の理ですらある。


 どうする? 反撃しようにも、超感覚しか持たない今の俺では、ろくな攻撃ができない。正義の味方に対してダメージを与えられる有効打を放つなんて、不可能だ。


 どちらにせよ、今の俺が下手なことをしても、悪の総統としてのメッキが剥がれるだけだろう。


 というか、攻撃も防御もできるなら、そもそもこんなに苦労してないんだよ!


「どうした! もう手詰まりか!」

「ちっ!」


 勝ち誇った顔をしたマインドリーダーが拳を振るうと、奴の動きに連動した骨組み剥き出しのパワードスーツ前腕内部にて、巨大なタービンのようなパーツが、不気味な音を立てて加速度的に回転数を高め、その腕が思い切り地面に叩きつけられた次の瞬間、轟音と共に大地がぜ、激しい土煙が巻き起こる。


 攻撃の直撃は避けたが、視界をふさがれた! この急造カイザースーツもどきには、それほど気の利いたセンサーは搭載されてないんだよ!


 こうなれば……!


「――こっちだ!」


 俺は神経を研ぎ澄ませ、自らの超感覚に全てをゆだねることにした。なにも見えなくても、俺のやることは変わらない!


 ……左に逃げる!


「おっと! そっちは行き止まりだ!」

「なっ――!」


 嘘だろ! 動きを読まれたのか!


 ……いや、動きを読んだなんてレベルじゃない。行動に迷いがなさすぎる。これはまるで、俺が左に逃げると心の中で決めた瞬間に、もう動き出していたかのような、異様な素早さと正確さだ。


 なんて、考えてる暇はない! 奴はもうすでに、完全にきょをつかれた俺に対して、攻撃態勢に入っている! もう、避けられない!


「こいつで……、フィニッシュだ!」

「――っ!」


 勝利を確信したのか、マインドリーダーが不愉快な笑みを浮かべながら、その恐ろしい威力を秘めた拳を繰り出す。


 回避は不可能だ。

 防御は論外だ。

 反撃は夢物語だ。


 デモニカもレオリアもジーニアも、まだ離れた場所にいる俺を、瞬時に助けるほどの余裕はないだろう。


「――ははっ」


 まるでスローモーションのように、自らに絶望を告げる、最悪の一撃が迫ってくる瞬間、その刹那、俺は思わず、笑ってしまった。


 ああ、そうか……。


 そうだった……!


「ぐあ! な、なんだ!」


 悲鳴を上げたのは、俺ではない。


 突然降り注いだ光のシャワーを浴びて、派手に体勢を崩して転び、必殺だったはずの攻撃に失敗したマインドリーダーのものだ。


 本当に、自分の間抜けな悪の総統ぶりには、笑わずにはいられない。


 まったく、こんな大切なことを忘れるなんて……。


「そこまでです!」


 俺と共に歩むことを選んでくれた、彼女たちのことを!



 こうして、悪と正義がしのぎけずる、混沌とした戦場は、新たな要素の突然の乱入によって、次の局面へと向かうのだった……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る