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 そこはまさに、正義の味方の見本市のような有様ありさまだった。


「うわ~……、うようよというか、うじゃうじゃというか……」


 かなり広く開けた採掘場の、切り立った崖の上から、細心の注意を払いつつ、こそこそと隠れながら、眼下の状況を確認し、俺は思わず嘆息してしまう。


 つい数十分前に、かなり格好をつけて出陣したにも関わらず、今はこうして地面にいつくばりながら、恐る恐る崖下を覗きこんでいる俺の姿は、正直かなり情けないとは思うのだが、仕方ない。状況が状況だ。無駄に相手を舐めて、万が一にも不覚を取る訳には、いかないのだ。俺たちにはもう、後なんてないのだから……!


 なんて、見事に自分を騙し、納得させたのはいいが、それはそれとして、こうしてじかに敵の姿を確認すると、色々と思うところが出てくるのも、確かだった。


 だって、単純に数が多すぎるもんなぁ……。


「どうやら、千載一遇せんざいいちぐうの好機とみて、数を揃えたようですね」

「相手が弱ってるところを叩くのは、定石じょうせきだしなー」

「だからって~、別に叩かれる気もないけどね~」


 地に伏せる情けない総統とは違い、うちの最高幹部たちは、それぞれの特技を使うことで優雅に立ったまま姿を隠し、余裕の表情だ。各々、まだ変身すらしていないというのに、その頼りになりすぎる風格には、安堵すら感じる。


 例えこちらが四人しかいなくて、相手が五十人以上いたとしても、だ。


「ふーむ……、しかしそれでも、この人数差は、少し大変かもな」


 なんとなく気恥ずかしくなってしまい、俺はわざと余裕がある感じを装って、その場に立ち上がり、自分の服についてしまった土を払い落とす。


 そもそも、今の俺の姿はけいさんたちの力によって、彼女たちと同じように、周囲から非常に発見されづらくなっているのだから、別に全力で地面にへばりつく必要もなかったのだが、そこは、まあ、雰囲気というか、その場のノリみたいなものである。


「あれが烏合の衆なら楽勝だけど、割と手練てだれを揃えてきたみたいだし」


 あくまでも、俺がざっと見た限りの主観だが、採掘場に集まっている正義の味方の皆様からは、誰も彼も、一筋縄ではいかなそうな空気を、びんびんと感じてしまう。


 色とりどりの全身タイツに身を包んだ五人組だとか、全身をメタルなアーマーで武装した宇宙の刑事っぽい戦士だとか、なにやら明確、かつ突飛なモチーフが見て取れる仮面のライダーだとか、その風体は様々だが、皆ただの戦闘員ではない……、特別な力を持つ、一騎当千の力を持った猛者が放つ、独特の空気とでも言えばいいのか、少なくとも、簡単に蹴散らすのは難しそうだ。


「かもなー! 奴らも結構本気出してきたって感じだな! でも、まだ全力って感じでもないから、なんだか物足りないぜ! そこそこの熟練者はいるみたいだけど、死力を尽くして! って感じはしないんだよな~」

「まあ~、結果的にだけど~、うちとワールドイーターが共倒れみたいになっちゃったから~、今はその漁夫の利を狙った悪の組織が~、各地で暴れてるみたいだし~、この国を守る正義の味方としては~、そっちの鎮圧にも人員裂いてるんでしょ~」


 あまりの敵の多さに、正直少しびびっていた俺とは違い、千尋ちひろさんとマリーさんは余裕の表情だ。俺なんかより余程多くの修羅場をくぐってきたであろう彼女たちの、それが冷静な戦況分析だというのなら、まずは朗報と言ってもいいだろう。


「とはいえ、状況が状況ですし、決して気は抜けせん。数の差もありますし、このまま戦闘に入れば、統斗すみと様にも敵の相手をしていただくことになると思いますが……、いかがなさいますか?」


 そう、契さんが言うように、今回の作戦の問題点は、そこにこそ存在する。


 確かに、契さんに千尋さんにマリーさん……、我らがヴァイスインペリアルが誇る最高幹部三人組ならば、これだけの正義の味方を相手取っても、まだ余裕があるのは間違いないが、それでも単純に、敵の数が多すぎる。


 流石に、これだけの人数と同時に戦うことになれば、その全員を即座に制圧することは難しく、敵の動きを完璧にコントロールすることも、不可能だろう。


 つまり、これから激しい乱戦になるということだが、そこで問題になるのは、現在まさに絶不調な俺だった。


 より正確に言ってしまえば、それはもう思い切り絶不調で、戦力として数えることは不可能なレベルの役立たずにも関わらず、悪の総統という重要すぎるポジションである俺という存在が、無数の気合満点な正義の味方に囲まれ、これから狙われることになる、ということである。


 正直、これはかなり厳しい。


 厳しいが、だがしかし、俺の答えは決まっていた。


「大丈夫、行けるよ」


 自信があるとは言わないが、過信しているわけでもない。


 確かに状況は厳しいが、だからといって尻込みしてはいられない。この程度の逆境で逃げ出すようでは、これから先が思いやられるというものだ。


 状況は厳しい、しかしだからこそ、立ち向かわなければならない。


 なぜなら俺は、悪の総統なのだから。


「ヴァイスインペリアルが未だ健在だとアピールするなら、やっぱり、総統自らが、きちんと存在感を示した方がいいだろう。こういうのは最初の印象が大事だし、ここで牽制けんせいに成功すれば、今後のリスクも軽減するだろうから」


 そう、今の俺たちを取り巻く状況が厳しいからこそ、ここは引くような真似はできない。相手に隙を見せたり、舐められたりした結果、万が一にも今なら倒せるなんて思われて、今後もガツガツ狙われるなんてことになったら、困るのはこちらなのだ。


 ここは最初にガツンと決めて、下手にこちらに手を出すのは危険だと、敵に対して思い込ませることで、ある程度の時間的余裕を確保したい。


 そのためにも、ここはまさに、正念場であると言えた。


「かしこまりました。我らは総統のご意思のままに……」

「ああ、頼む。……ありがとう」


 当然、契さんは俺のそんなこざかしい思惑なんて、最初から理解した上で、それでもどうするか聞いてくれたのだろう。しかしそれでも、こうして俺が答えを出してしまえば、静かに頷き、確固たる決意を持って、それを受け入れてくれる。


 それは本当に、本当にありがたい話で、俺なんかには、勿体ない忠義だった。


「……よし!」


 決して彼女を、そしてみんなを、絶対に失望させないためにも、俺は自分の決断に対して、最大限の責任を負わなければならない。


 俺は気合を入れ直し、愛する忠臣たちに、号令を発する。


「ヴァイスインペリアル、戦闘準備!」

「了解しました! 千尋! マリー! 行きますよ!」

「よっしゃー! 久しぶりに思い切り暴れるぜー!」

「は~い! それじゃ~、気合を入れて~、頑張りましょ~!」


 悪の総統の下した命令に、頼れる最高幹部たちは素早く応え、あっという間に日常を捨て去り、戦うための力を開放する。



 それはまさに、一瞬の出来事だ。



契約けいやく解放かいほう!」


 深く、深く、刹那で集中を深めた契さんが、静かに、あるいは高らかに、まるで大いなる宣誓せんせいのように叫び、重ねた両手を前に突き出す。


 次の瞬間、大門だいもん契の背後に突如、複雑な紋様が複雑に絡み合い、まるで複雑を極めたかのような円形の方陣……、魔方陣が出現したかと思えば、そのまま彼女の身体を透過するように、前へと進む。


 淡く輝く魔方陣が触れた先から、契さんのタイトなビジネススーツは、まるで光の粒のようになって消え去り、それと同時に彼女の肌も、母なる海を思わせる青へと染まり、その頭部には、まるで立派なヤギのような角が二本生えたかと思えば、彼女の瞳は金色に染まる。


 その光景に見惚れる間もなく、幻想的な契さんの裸体は、瞬きするよりも短い時間の中で漆黒のボンテージに包まれてしまった。そのあまりに扇情的な格好に、思わずクラクラしてしまいそうだが、彼女の変化は、それで終わらない。


 続けて、契さんの頭上に現れた別の魔方陣が下降すると共に、妖艶なボンテージに様々な宝石やプレートのようなものが装飾され、その右手には、見ただけで身震いしてしまいそうな、長い鞭が握られる。


悪魔あくま元帥げんすいデモニカ!」


 麗しの社長秘書……、大門契は一瞬で、妖艶なる悪の女幹部へと変貌を遂げる。




原初げんしょ解放かいほう!」


 目も眩むような気迫と共に、満面の笑顔を浮かべた千尋さんが、全身に激しく力を込めながら、天に向かって高々と拳を突き上げる。


 それと同時に、彼女の身体の内側から、凄まじい力そのものとでも形容するべき奔流が溢れ出し、千尋さんが着ていた安いペラペラのジャージを吹き飛ばしながら、まるで嵐のように荒ぶり、収束していく。


 千尋さんの鍛え抜かれた美しい肉体を、煌めくような獣毛が覆い尽くし、その精悍せいかんな顔立ちさえも、まさにネコ科の動物を思わせる変貌を遂げたかと思えば、彼女自身から立ち昇った膨大な力が収束……、そして凝縮し、その肢体を、さらに獣らしく、しなやかに、大きくしてみせる。


 これぞ獣と人のハイブリッド……、まさしく獣人と呼ぶに相応しい姿と化した千尋さんから溢れ出す輝く力の流れは、そのまま彼女の肩や胸、そして四肢を包み込み、確かな質量を持った堅牢な防具となった。


 全身を、金色の獣毛で包み込み、その肉体に獣の力強さを兼ね備えた百獣の王が、その圧倒的な威圧感と、畏怖すら感じる存在感をみなぎらせながら、獲物を射抜く鋭い瞳を大きく見開き、吼える。


破壊はかい王獣おうじゅうレオリア!」


 頼れる警備部長……、獅子ヶ谷ししがや千尋は一瞬で、豪放ごうほうな悪の女幹部へと化身した。




英知えいち開放かいほう~!」


 甘くとろけるようにゆったりと、しかしハッキリと声を上げ、不敵な笑みを浮かべたマリーさんが両腕を軽く振るっただけで、その変化は訪れる。


 以前までだったら、彼女の周囲の空間が、文字通り切り裂かれ、次元を超えた彼方から、様々な超兵器がやってくるはずだったのが、その超常現象の根幹であるワープ技術が、無残にも破壊されてしまった今は、そうはいかない。


 だがしかし、そんなことはなによりも、マリーさん本人がよく分かっていることでしかなく、つまりは結論として、もはやそんなことは、問題ではないということだ。


 彼女の合図を受けて、この辺り一帯に潜んでいた目に見えない、マイクロサイズの超小型メカが結集し、まるで黒いつむじ風のように渦巻いたかと思えば、気の遠くなるような結合を繰り広げ、あっという間に巨大なオブジェのように組み上がる。


 その小さな物置程度の、銀色の蜘蛛を思わせる機械の集合体に、マリーさんはその細身を組み込み、まさに船首象フィギュアヘッドのように一体化することで、その規格外すぎる科学の力を、最大限に発揮することが可能となるのだ。


無限むげん博士はかせジーニア~!」


 規格外の開発部主任……、才円さいえんマリーは一瞬で、狂態きょうたい振りまく悪の女幹部としての本性を現す。




「よし! それじゃ、次は俺だ!」


 かくて、俺が心から信じる、最強の幹部たちが出揃った。こうなれば、後はどう考えても、彼女らを束ねる立場にある総統こと、この俺の番と言う訳なのだが……。


「……えーっと、これが小手で、こっちが具足かな?」


 非常に残念なことに、今の俺ではみんなのように、格好良く一瞬で、世界に恐怖を振りまく悪の総統に変身することは、できないのだった。


「総統、それでは手甲の向きが、逆ではないかと」

「あっ、本当だ。ありがとう、デモニカ」

「ほらほら、総統! オレが鎧を着せてやるよ!」

「うん、レオリアにお願いするよ。いや本当に、どうなってるんだ、これ?」

「一応~、着やすいようには作ったんだけど~、ごめんね~、総統~」

「いやいや、ジーニアには無理してもらって、本当に感謝してるんだから、そんなに謝らないでよ」


 ヴァイスインペリアル本部跡地からこの採掘場まで、えっちらおっちら運んできた大きな箱から取り出した、日本甲冑と西洋鎧の中間のような漆黒の戦闘用スーツを、人智を超えた力を持つ最高の悪の女幹部たちに、甲斐甲斐かいがいしく着せてもらいながら、俺は情けなくも、今はもう存在しない相棒……、カイザースーツに思いをはせる。


 そう、ついこの間まで、超ド級の悪の組織だったヴァイスインペリアルが、その持てる超技術の全てを注ぎ込み、ついでに規格外の資材を投じて、新たな総統のために作り上げた最高の強化スーツ……、この新米悪の総統を、まさに真の意味で、支え続けてくれた最高の相棒は、先の悪魔との決戦により、すでに失われてしまっている。


 慣れ親しんだ装備の喪失は、まるで自らの半身を失ったかのようで、それだけで辛いものがあるのだが、そういう感傷的な問題を抜きにしても、単純に凄まじい戦力ダウンあるという事実は、くつがえしようがない。


「よし、こいつで完了っと……」


 こうして最後に、敵を威嚇することを目的として、禍々しい悪魔の角や、凶悪な獣の牙を意匠しつつ、全体をサイバーな雰囲気でまとめたヘルメットを被り、背中のマントを整えれば、一応、その見た目だけは、これまで通りの悪の総統……、シュバルカイザーと寸分違わず同じなのだが、中身はまさに、雲泥の差といえた。


 とはいえ、今更そんなことを言っても、なにも始まらない。弱気は禁物。それに、確かに状況は難しいが、今あるカードだけでも、十分以上にお釣りがくるはずだ。


「それじゃ、みんな、行くぞ!」

「了解しました。私たちにお任せください」

「おー! へっへー! やってやるぜー!」

「それじゃ~、かる~くひねって~、さっさと帰ろう~」


 こうして、俺は俺が信じる最高の切り札たちを引き連れて、自らの、いや、俺たち全員の未来を懸けた戦場へと、足を踏み入れる。



 ――さあ、悪の総統として、ここからが正念場だ!


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