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 状況は、激変していた。


 悪魔マモンの撃退に成功し、結果的にワールドイーターを壊滅させることには成功したが、我々ヴァイスインペリアルが受けたダメージも、決して小さくない。


 いや、小さくない、なんて自分を慰めるようなことを言うのは、やめよう。現実は直視しなければならない。


 正直、深手という言葉でも、まだ足りないほどの被害が、出てしまったのだから。


 我らがヴァイスインペリアル地下本部は、全壊。そして、その上層に位置していた俺たち悪の組織の隠れ蓑、複合企業インペリアルジャパン本社ビルも倒壊。


 この国で三本の指に入っていた悪の組織の本拠地も、今は見る影もなかった。


 人的被害も決して無視できない。致命的な事態は避けられても、怪我を負っている者が多すぎる。とてもじゃないが、万全とは言い難い。


 確かに敵は退けたが、その代償として、この国で最大級の悪の組織として君臨していた我らがヴァイスインペリアルは、今は見る影もなく、弱体化してしまった。



 それが、現実だ。



 この俺……、十文字じゅうもんじ統斗すみとが、新米悪の総統が、今まさに直面している、どうしようもない、現実だった。




「うーん……! 今日もいい天気だなあ!」


 運んでいた荷車に積んだ瓦礫を降ろして、俺は肩にかけたタオルで汗を拭い、抜けるような青空をあおぎ見る。


 年が明けてから、まだ二週間ほどしか経っていないので、季節はまだまだ冬模様なのだが、幸いなことに雪が降ったりするようなこともなく、太陽が輝く晴れの日が続いてくれているおかげで、作業が非常にやりやすい。


 これは本当に、ありがたいことだった。


「統斗様、お疲れ様です。こちらをどうぞ」

「あぁ、ありがとう、けいさん。助かったよ」


 崩壊した地下本部跡地の近くに設けられた瓦礫の集積場前で、俺のことを待っていてくれたのは、小奇麗なオフィススーツがよく似合う、クールな雰囲気を漂わせながらも、健全な青少年には目の毒すぎるナイスバディの美女……、大門だいもんけいだ。彼女から手渡されたスポーツドリンクを口にして、俺はようやく、一息ついた。


 朝から瓦礫の撤去を手伝っているとはいえ、まだお昼前だ。大して動いていないというのに、すでにかなりの疲労を感じてしまっている自分が情けない。


「おっ! 頑張ってるなー、統斗! でも、あんまり無理はするなよ!」

千尋ちひろさんこそ……、あっ、なんでもありません。ご苦労様です。はい」


 僅かな瓦礫を運んだだけで、息が上がってる俺の後ろから、山のようなコンクリートの塊を片手で軽々と運んで来た、安っぽいジャージの下に、見事に鍛え抜かれながらも、女性らしい柔らかみを兼ね揃えた肉体を隠した美人……、獅子ヶ谷ししがや千尋ちひろは、爽やかな笑顔を浮かべながら、こちらを気遣ってくれている。


 流石に千尋さんと同じくらい……、というわけにはいかないけれど、もう少し俺も動ければとは思うが、仕方ない。一応、自分は病み上がりの身なのだ。無理をして、みんなに心配をかけるのも気が引けた。


「統斗ちゃ~ん! 大丈夫~? 調子悪くなったら~、すぐに言ってね~?」

「大丈夫ですよ、マリーさん。……いや、本当に大丈夫ですから、本当に」


 自らの不甲斐なさに、少し遠くを見てしまった俺を心配するように、どこからか現れた、知的な眼鏡がよく似合う、白衣からスラリと伸びた細く長い脚が眩しい、穏やかな空気をまとった美しい女性……、才円さいえんマリーが、こちらの全身をぺたぺたと触りながら、心配そうな表情を浮かべている。


 マリーさんには、言ってしまえば、俺の主治医のようなことをしてもらっているということもあり、基本的に、彼女に逆らうような真似はしないことにしていた。


 とはいえ、この触診は、少し熱が入りすぎている気がするのだけれど……。


「あー! ずるいぞ、マリー! オレも統斗に触るー! ベタベタ触るー!」

「千尋。統斗様のご負担になるようなことは、控えてください」

「もう~! そんなこと言いながら~、契ちゃんも我慢できてないじゃない~!」


 医師と患者というよりは、親密な男女の距離にまで接近しているマリーさんに触発されたのか、千尋さんと契さんも、俺に密着してきた。


 とはいえ、別に揉みくちゃにされているわけじゃない。確かに彼女たちのぬくもりやら、ほどよく香る良い匂いなんかを感じてしまったりするが、そのタッチは実に優しいものであり、それは本調子とは言い難い俺を心配してなのは明らかだ。


 そう、今の俺は、決して本調子ではない。むしろ絶不調と言ってもいいだろう。



 つい先日まで、かなり本気で死にかけていたのだから、当然と言えば当然だけど。



 悪魔マモンとの死闘によって、俺は生死の境をさまよった。それはもう、問答無用でさまよった。正直、どちらかといえば死の方にどっぷり浸かっていた気がするが、どうにかこうにか、こうして生還できたのは、奇跡みたいな出来事だ。


 悪魔から受けた致命傷を、何度も何度も、その場その場で強引に、かつ急速に自己治癒し続けた弊害というか、もしくは代償とでも言えばいいのか、とりあえず、全てが終わった後の俺は、殆ど死体と言っても過言ではないくらい、あらゆる生命活動を止めてしまっていた……、らしい。


 どうにかこうにか、単独で大気圏を往復しながらも、みんなの元に帰還することには成功したのだが、その直後に俺は昏倒し、即座に意識を失ってしまったので、その辺りの詳しい話は、後から聞いただけなのだが、どうやら、本当に危険な状態だったようで、マモンとの決戦からおよそ一週間後に、ようやく目を覚ました俺を囲んで、みんな泣いて喜んでくれていたのを見て、全員に感謝すると同時に、凄く悪いことをしてしまったと思い、深く深く、反省したのだった。


 そして、それだけでも悪の総統としては十分以上に情けない話なのだが、それ以上に残念な点として、死の淵からの帰還を果たした俺自身の、どうにもならない調子の悪さが挙げられる。


 とはいえ、別に体調が優れないとか、意識が朦朧とするだとか、そういう話ではないので、一応は安心していただきたい。これは本当にシンプルな話……。



 ただ単に、今の俺は、戦うための力が、上手く使えないというだけの話だ。 



「千尋、マリー、統斗様が困ってます。というか、邪魔です。二人とも、やることは山積みなんですから、さっさと自分の仕事に戻りなさい」

「なに言ってんだよー! 仕事が終わらないのは、契だって同じだろ! むしろオレなんて、延々と肉体労働なんだぞ! 癒しをくれよー!」

「あ~! 千尋ちゃんだけ忙しいアピールずるい~! 大変なのはワタシだって一緒なのよ~! 機材だって全然揃ってないんだから~!」


 まあ、そんな俺の不調なんて些事さじに構っていられるほど、今のヴァイスインペリアルの状況には、余裕なんて無いのだけれども。


「契さん。事後処理は、まだかかりそうですか?」

「とりあえず、当面の活動資金は確保しました。ですが、状況は相変わらず混沌としていて、現在は事後処理というより、その場しのぎに注力せざるをえません」


 悪の組織として、総本部が崩壊してしまったことは確かに大問題だが、それと同じくらい、俺たちヴァイスリンペリアルとしては、裏の顔を隠すための隠れ蓑であり、そして重要な資金源でもあった複合企業、インペリアルジャパンの本社ビルも同時に倒壊してしまったという事実もまた、無視できない痛手だった。


 こればっかりは立地が悪かったというか、地下本部の直上に本社ビルが存在していたために、地下が崩れれば同然の帰結として、地上の建物もただでは済まない。


 結果として、この国でもトップクラスの利益を叩き出す複合企業として、様々な活動をしていたインペリアルジャパンの本社が、世間から見れば突然壊滅してしまったということで、はっきり言って、業務に致命的な支障をきたしてしまっている。


 ありていに言えば、株価は暴落、市場は混乱、投資家たちは大慌て……、いやいや本当に、色んな方面の方々に迷惑をかけてしまって申し訳ないのだが、それでもやはりというか、なんというか、一番困っているのは、俺たちだった。


 そう、俺たちヴァイスインペリアルは、困っている。


 それも、かなり深刻に。


「うーん……、それじゃ、瓦礫の撤去作業の方はどうですか、千尋さん?」

「そっちは大体、予定の三割ってとこだな。……ぶっちゃけ、かなり遅れちゃってるんだよなぁ。慎重にやる必要があるのもそうだけど、人手も全然足りないし」


 俺たちの地下本部は、問答無用なくらい完全に崩壊してしまったので、本来なら手のかかる復旧作業よりも、どこか別の場所に、新しい本部を造るなりなんなりした方が早いとは思うのだが、それはできない理由があった。


 俺たちヴァイスインペリアルの地下本部は、その地上部分に存在していたインペリアルジャパンの本社ビルが倒壊し、その大量の瓦礫が、まるで穴を埋めるかのように雪崩れこんでしまったので、現在は内部の様子を探ることすら難しいのだが、しかしその埋没してしまった場所にこそ、決して放置はできない重要な物品や技術が、それこそ山の様に埋蔵されてしまっているのだ。


 マリーさんが開発した武器や兵器の数々はもちろんのこと、その研究用に契さんや千尋さんが提供していた貴重な品々は、このまま地下に放棄してしまうには、あまりにも惜しすぎる。


 そしてなにより、例え大破してしまったといえど、この地下に眠っている我らが組織固有の超技術の数々……、その中でも特に、ヴァイスインペルアルのみが持っていたワープ技術に関しては、なんとしてもサルベージが必要だった。


 それらの超技術を再びゼロから作り出すには、莫大な資金と時間が必要となってしまう。今の状況が色々と厳しいことを考えれば、少しでもコストカットしたいというのは、実に切実な懐事情ふところじじょうだった。


 それだけ俺たちは、切羽詰まっているとも言えるだろう。


「そっちもイマイチか……。じゃあ、マリーさんの方は、どうなってます?」

「こっちも~、あんまりかんばしくないわね~。一応~、最低限の防衛ラインは固めたけれど~、やっぱり~、色々全然足りないわ~」


 今回の件を受けて、我らがヴァイスインペルは、色んな意味で大幅に弱体化してしまったといってもいい。少なくとも、その支配力が低下したのは、間違いない。


 その結果として、これまで俺たちに押し退けられていた他の悪の組織たちが、この好機を逃すまいと、次々と動き出している。


 それらを迎撃するために、早急な準備というやつが必要なので、マリーさんに現状の少ない物資でも可能なプランを練ってもらっているのだが、それもなかなか難しいようだった。


 まさに全方位的に問題が山積し、状況は四面楚歌というか、なんだかとっても八方塞がりな感じだということを、これでは認めざるをえない。


「……そういえば、ローズさんとサブさん、それとバディさんの三人は、今はどこでなにしてるんですか? 最近、姿を見ませんけど、あの人たち、には、参加してないんですよね?」


 ぷにぷにというか、むにむにというか、なんとも幸せなぬくもりに囲まれながら、なんとか理性を保ちつつ、俺は周囲をぐるりと見渡しながら、ここ数日で気になっていたことを尋ねてみた。


 ざっと確認しただけだが、近頃あの無駄に目立つ三人組の姿を、この地下本部跡地で確認できない。


 俺と、俺を囲む美女たちの周囲で、こちらの様子をチラチラと気にしているのは、いつもの全身タイツ型戦闘服に身を包んだ、いつもの戦闘員たちだけである。


 いや、それはそれで、なんだか問題というか、非常に恥ずかしいのだけれども。


 というか、あんまり見ないでください……。情けない総統で、すみません……。


「ローズたちでしたら、今は各地の支部を回って、地方の構成員を集めています」

「このままじゃ、各支部は孤立状態だからな! 本部の人手も足りないし!」

「だから~、全員ここに呼ぼうと思うんだけど~、ワープが使えないからね~」


 非常に息が合った報告をしてくれた契さん、千尋さん、マリーさんに感謝しつつ、俺は自らの浅はかさを恥じる。


 俺たちヴァイスインペリアルが、この国トップクラスの悪の組織として、その支配領域を広げられたのは、遠く離れた場所まで、まさに一瞬で移動できるワープ技術を保有していたからに他ならない。


 例えどんな組織から、どれだけの襲撃を、どこで受けても、あっという間に俺たちが持ち得る最大規模の増援を送り込み、鎮圧できるからこそ、それほどの戦闘力を持たない一般戦闘員たちだけでも、遠方に複数の支部を作ることが可能だったのだが、その要であるワープが使用できないということは、それらの支部は今まさに、多大な危険にさらされてしまっているということなのだ。


 本来ならば、組織としての安全を確保するという意味でも、各支部を早々に引き上げさせるような命令は、総統である俺が下さなければならなかったのだが、それよりも前に、頼りになる部下たちが、速やかに正しい決断をしてくれたらしい。


 こういう判断は、早ければ早い方がいい。だから、今に至るまで、そのことに考えが及ばなかったのは、俺のミスだ。


 死にかけていたことなど、関係ない。これは、俺の未熟さだ。


 いやむしろ、責任ある立場であるはずなのに、死にかけるということ自体が、そもそも未熟の表れであるともいえる。


 これはやはり、しっかりと反省しなければいけないな……。


「なるほど……、つまりローズさんたちは、護衛役ってわけか」


 とはいえ今は、じめじめと落ち込んでいる暇はない。目的さえ分かってしまえば、うちの貴重な戦力である怪人三人組が、なにを期待されて出張しているのかは、明らかだった。


 ローズさんも、サブさんも、バディさんも、ワールドイーターと繰り広げた死闘によって、全員見事に死にかけたはずなのだが、なんというか妙に元気というか、死線をくぐり抜けたことで、新たな力に目覚めたとでも言えばいいのか、疲労や怪我で弱るどころか、むしろパワーアップしているような状態なので、彼らが動いているとなれば、まず問題はないだろう。例え強敵と戦闘になっても、一般戦闘員をかばいながらも逃げ切るくらいは、十分できるはずだ。


「組織としての勢力は、確かに小さくなってしまいますが、これで足りない人手も補えますし、組織基盤も維持できるはずです。しかし、今回は一刻でも早くと、総統にご指示を仰ぐ前に、我らが独断で動いでしまいました。申し訳ありません……」


 頼りない総統のフォローをしてくれただけだというのに、非常に辛そうな表情を浮かべてしまった契さんを見ていると、胸が苦しい。彼女にそんな顔をさせたのは、自分の不甲斐なさであると思えば、あまりの情けなさで頭が痛い。


 だから……、というわけでもないが、俺は契さんを安心させたくて、彼女の頭を、優しく撫でる。艶やかな髪の毛の感触が、心地よかった。


「いや、むしろ助かったよ。後手後手に回っていたら、ただでさえ悪い状況が、更に悪化しかねない。本当にありがとう、契さん」

「統斗様……、私などには勿体ないお言葉です……」


 年上の彼女にするには、少し背伸びした行動だったかもしれないが、整いすぎて冷たく見えかねない契さんの相貌が、まるで可憐な少女のようにほころんだ様子が見られれば、それだけで十分だった。


「むむっ! ……こほん! あーあ! それにしても本当に大変だよなー! もう、本当に人手が全然足りなくて! 壊れたのが、うちだけならまだ良かったのに、街中が滅茶苦茶なんだもんなー! そっちもなんとかしなきゃだし、オレも寝る暇とか、全然ないんだよなー! だよなー!」


 ちょっぴり良い雰囲気になってしまった俺と契さんに触発されたのか、千尋さんが絵に描いたようなふくれっ面を見せながら、自分の頑張りをアピールしてくる。


 その様子は、大人の女性に対しては失礼かもしれないが、非常に可愛らしく、いやはや、本当に今すぐ抱きしめてしまたいくらいだが、流石に太陽も明るい午前中の、しかも屋外で、そんな大胆なことはできない。


 というわけで、千尋さんの苦労に報いるせめてもの手段として、俺は空いている方の手を使い、彼女の頬にそっと触れる。


「本当にありがとう、千尋さん。これからは、俺も一緒に頑張るから、少しでも早く元に戻れるように、みんなで力を尽くそう!」

「えへへー! うんうん! オレ、頑張るー!」


 そのすべすべで柔らかな、彼女の頬に乗せた俺の手の平の下で、にこにこと子供みたいな笑顔を浮かべている千尋さんを見ていると、心が安らぐのと同時に、申し訳ない気持ちを感じずにはいられなかった。


 悪魔の攻撃による被害は、俺たちの本拠地だけにとどまらず、この街そのものに、多大な被害を及ぼしてしまっているのだが、正直、その復興は殆ど進んでいない。


 その理由は明らかで、本来なら率先して動くべきこの国そのものが、俺たちの街に対する支援を、露骨なくらい渋っているためだ。


 そのために、本当だったら国という巨大な機関が担うべき負担を、俺たちヴァイスインペリアルが肩代わりし、その資材や人材を投入することで、なんとか少しづつ、復興作業を進めているような状況だった。


 その分だけ増えた仕事量は、本当に心苦しいのだが、現場で陣頭指揮を執っている千尋さんに、ダイレクトに圧し掛かってしまっている。なんとか俺も力を貸して、少しでも彼女の力になりたいのだが、病み上がりの上に絶不調のこの身体では、それすらもままならず、本当に、自分の無力さを恥じるしかない。


 なによりも、国家権力が俺たちの街に手を貸さない理由なんて、簡単に想像がつくというのに、上手く立ち回れない状況には、焦りすら感じる。そう、答えは簡単で、本当に、嫌になるほどシンプルだ。


 つまり、この国が遂に、俺たちの正体に、気が付いたのだろう。


「も~! 二人とも卑怯よ~! ワタシだって大変なんだから~! 少ない資材と足りない設備でも我慢して~、一生懸命やりくりしながら~、敵から攻められることも想定しつつ~、なんとか使える装備を揃えるのだって~、もう死ぬほど苦労してるんだから~! だから~、ワタシだけ除け者にしないで~! 統斗ちゃ~ん!」


 契さんと千尋さんのアピールによって、結果的に一人だけ距離を感じてしまったらしいマリーさんが、寂しそうな声を出しながら、俺を後ろから抱きしめてきた。彼女は非常にスレンダーな体型をしているので、背中に感じるボリュームも、ちょっぴり物足りないような気もするが、その分の激しい密着と、耳元で囁かれるマリーさんの甘い吐息によって、非常に幸せな気分になれる。


「もちろんですよ。俺がこうして生きているのも、マリーさんのおかげです。本当にありがとう、大好きですよ、マリーさん」

「ああ~ん! 統斗ちゃん優しい~! 可愛い~! 愛してる~!」


 ぴったりと俺にくっ付きながらも、決してこちらの身体に負担をかけるような真似をしないマリーさんに、俺は本当に、本当に、心から感謝していた。


 瀕死の俺を救ってくれたこともあるが、その後の危機的状況に立ち向かうために、地下本部の崩壊によって地中に埋まってしまった数々の超兵器に代わる兵装を、このギリギリな台所事情の中でも、なんとか作り出してくれている。


 その過酷すぎる生みの苦しみは、まったく筆舌に尽くし難いだろうに、マリーさんは常に明るく振る舞い、ともすれば地の底まで落ち込みかねない現場の雰囲気に、確かな光を灯し続けてくれているのだ。本当に、感謝の言葉しか出てこないし、彼女の負担を考えれば、申し訳ないなんて言葉でも足りないだろう。


 だが俺たちは、崖っぷちの悪の組織は、それでも足を止めてはいけないのだ。


「おーい、お前ら! いつまでも乳繰り合っとる場合じゃないぞい!」


 無数の瓦礫が散乱する地下本部跡地の片隅に、突貫工事で建てられた小さなプレハブ小屋から、勢いよく飛び出してきたのは、まるでドラム缶の上に古いテレビを設置して、腕のようなホースと、手のようなマジックハンドを取りつけた上に、下半身はキャタピラという、なんとも出来の悪いブリキの玩具のような物体だった。


 なんて、失礼な形容詞を並び立てられたと知れば、あのポンコツロボットは……、いや、俺の祖父である十文字統吉郎とうきちろうの魂は、烈火の如く怒るだろうから、俺は無駄口は開かずに、内心を隠し平静を装う。


「おう、じいちゃん。どうしたんだ? なんだか楽しそうだけど」

「どうしたもこうしたもあるか! 遂にきおったんじゃよ!」


 すでに亡くなっているはずの祖父の魂を宿したロボット……、略して祖父ロボは、古いブラウン管テレビにしか見えない頭部モニターに、生前そのままの顔を映し出しながら、これまた生前そのままの表情を浮かべて、ニヤリと笑った。


「正義の味方のやつらが、徒党を組んで攻めてきおったぞ!」

「……なるほどね」


 それは、この最悪の状況において、最悪の知らせであると言えるのだろうが、特に驚きはない。弱り切った悪の組織を叩くために、正義の味方が動き出すなんて、予想の範疇はんちゅうすぎて、むしろ驚きようがないだろう。


 そんな覚悟は、とっくの昔に決まっているのだから。


「さてと! それじゃ、行きますか!」

「了解しました、統斗様。すでに準備はできております」

「よっしゃー! 久しぶりに暴れるぜー! うおー!」

「そうね~。久しぶりに~、ストレス発散しましょうか~」


 俺も、契さんも、千尋さんも、マリーさんも、いつもの調子で笑い合い、普段通りに手を取り合って、仲良く並んで歩きだす。


 それだけで、もう、負ける気なんてしなかった。


 焦る必要はない。気負う必要もない。

 状況は確かに最悪だが、だからどうしたというのだろうか?


 なにを失ったのだとしても、まだ俺には、大切なみんながいるのだから。


「よし! 悪の組織ヴァイスインペリアル、出陣!」

「ジーク・ヴァイス!」


 駆け出し悪の総統の号令に、我が組織が誇る最高の女幹部三人が、応えた。



 そう、俺たちの新たな戦いは、ここから始まる。


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