第4章 精算

(1)新公爵誕生

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 カフスランに女性の公爵が誕生するのは、実に150年ぶりの出来事であった。

 エフィカでの事件の後、カトリシアたちはカフスランに帰国した。

 エフィカでの滞在時間はおおよそ1週間だったが、あまりに濃密な時間を過ごしたためそれ以上に長く感じられた。

 帰国後、エフィカ国民を救った功績をたたえ、軍務省から帝国騎士団『サルビア』のメンバーは2階級特進となった。これにより、パルカンを除くメンバーは公学校入学の時点での階級3等陸尉から1等陸尉となった。また、カトリシアは団長としての功績が追加され、さらに1階級昇進の少佐へとなった。(筆者注:カフスランの軍の階級は、基本的に日本の自衛隊の階級とほぼ同じ設定です。騎士団『サルビア』のメンバーが通っていた公学校は陸軍の養成学校のため、階級表記は陸上自衛隊のそれと同じと考えてください。ただし、第9公学校入学の時点で3等陸尉、卒業で1等陸尉になるのがカフスランでの一般的キャリアです。ただし、その上からは自衛隊のそれとは異なり、少佐→中佐→大佐(軍における最高位)となります。)

「でもよ、俺たち戦場に立って戦ったわけでもないのに、いいのか?」

「まあまあ、何はともあれ拝命できたのですし、ありがたく頂戴しましょう。そのくらいに恥じない働きをしないといけませんね。」

「でもカトリシアすごい!少佐だってよ!」

「これで幹部候補生入りだな。エリートはやっぱ違うわ~。」

「ちょっと!冷やかさないでよ!少佐だなんて、私まだ早いわよ!」

「ま、雷でビビッて泣いてる少佐なんて御免だけどな!」

「うるさい!!」

「って、痛ってーな!本気で蹴るなよ!!」

「少佐に蹴られるなんて、カリウス1等陸尉は幸せ者ですね。」

「バスティーニ、バカにするな、俺のことを。」

「ははは。まあ、公爵になった余がいるのだ。気にするな。軍務省は余の命を救ったことで公国に大きく貢献したとしているのだ。今回の件で公爵家がお主らに大きな迷惑をかけたのは事実だ。余の父が、その立場もわきまえずやってはならぬことをやったのだ。その最悪の結末をお主らは回避してくれた。」

「まあ、公爵様がそういうのだから、そうなんだろう。」

「でもすごいわよね、私たち公爵様と同じ騎士団なのよ。」

 そう、エフィカでの一件でカフスラン=フレッドは軍務省に身柄を拘束され、公爵位を剥奪された。それに伴い、公位継承第1位のパルカンが公爵となり、カフスラン公国国家元首となったのである。

「なんでカトリシアのお母さんのお姉さんがならなかったの?奥さんはだめなの?」

「代々カフスランの公爵位はその家の者が継ぐっていうのが習わしなの。だから、公爵家の血を引いていないフリメラ叔母さまは公爵になることができないのよ。だけど、パルカンはまだ若いから、フリメラ叔母さんもパルカンのサポートという形で支えているわ。」

「そうなんだ・・・。」

 今はエフィカの事件が収束してからおよそ3ヶ月が経った7月中旬だった。メンバーは公爵邸の応接室でだらだらとおしゃべりに興じていた。

 公国では前公爵の弾劾裁判が行われていて、エフィカで行われていたことが公になっていた。

 スーパーコンピューター『ベルテシャツァル』を用いてエフィカを裏から支配していたこと、非人道的な手段を用いてエフィカ国民の権利行使を制限したことなどが裁判では指摘された。

「おそらく流刑になるだろうな。わが国では2年前に死刑制度は廃止された。もし発覚が早ければ余が父を断頭台に送っていたかもしれん。」

「ギロチン使ってたらしいからな・・・ああ、怖い!」

 弾劾裁判は公爵の元行われるよう憲法で定められている。

「パルカンはつらくないの、自分のお父さんの裁判に立ち会うのは。」

「なぜだろうな、つらいとは思わんな。まるで、肉親ではないような、そんな様な気がする。母には親らしい何かを感じるのだが、父親には感じないのだ。」

「それはきっと、お父様が公爵という特別な立場にあるからではありませんか?父親、というより為政者としての姿が目に焼き付いているのですよ。」

 バスティーニが言った。

「そうかもしれないな。親らしいところを見たことがない気もするな。」

「なんだか、それは寂しいことね。」

 フロリアは両親に素直に甘えられないパルカンが可愛そうに思えてきた。

「ただ、そういう環境下にあったからこそ、こうやって突然公爵になっても何とかやっていけるのかもしれんな。」

「にしても」カリウスが立ち上がり、こういった。

「すげーな俺たち。顔パスでここにこれんだからよ。公爵と対等にお喋りできるなんて俺の親も羨ましがっていたよ」

「ははは。そうか。余はお主らを同じ騎士団のメンバーとしてみている。また、余の数少ない友人だ。あまり屋敷の外に出たことがない余にとって、お主らは貴重な存在だ。友人をこうしてもてなすのは人間として普通のことだからな。」

「そう言ってくれると嬉しいわ、私たちも。」

「ええ、僕もこうしていられるのが幸せです。」

 公爵府から正式に、いつでも公爵邸への訪問が許可される特別来賓客に、騎士団のメンバーは指定されている。パルカン公爵になってから特別来賓客に指定されているのはメンバーだけである。

「もう公学校も卒業したことなんだし、腹が減ったら公爵府に来ればよい。何か食わしてくれるんじゃないのか?」

 パルカンが笑いながら騎士団の男性メンバーに目をやる。

「俺たちを飢えた野獣みたいな扱いしないでくれよ・・・。」

 カトリシアたちは先日、公学校の卒業試験を受け、全員合格した。階級が1等陸尉になったため、受験資格が与えられたのだ。

「授業もろくに受けていないのに卒業とかしちゃって大丈夫なのかな・・・。」

 フロリアがぼそっとつぶやく。

「そのための卒業試験じゃない。試験できちんと認められたんだから、大丈夫よ。」

「で、俺たちはこれからどうなるんだ?もう公務員か?」

「それは軍務省から勅令が来るはずよ。それが来るまでは待つしかないわね。」

「はぁ~、無職か・・・暇だな~。」

「そんなこと言ってられるのも、今のうちだけかもよ。」

「かもな。」

「お、そろそろ17時か。帰るかな。」

「そうだな。余もそろそろ晩餐の時間だ。」

「今日は誰か来るの?」

「ああ、国連の関係者が来るらしい。エフィカのことで話があるそうだ。」

「他人と飯食うの、落ち着かないんじゃねえか?」

「まあ、それが公爵の仕事だからな。仕方あるまい。」

「じゃあパルカン、また会いましょう。」

「ああ、また。メルリ秘書官、彼らの見送りを頼む。」

 秘書官にメンバーの案内を任せたパルカンは執務室へと向かった。


2

「国連は、余の首が欲しいのか?」

「そんなつもりはございません。しかし、お辛いでしょうが、前公爵の弾劾裁判はきちんと行っていただき、それ相応の処分を下していただかなければなりません。」

 パルカンは執務室で国連のイケノス氏と会談をしていた。会談内容はもちろん、エフィカのことに関することである。

「辛くはない。父とは言え、国際的に非難されて当然のことをした人間である。その人間に対し適切な処罰を下すことは当たり前であろう。」

「ご理解いただいているのなら何よりです。」

「ならばなぜこうしてイケノス殿は頻繁にカフスランに来るのだ?弾劾裁判に怪しい点があるとお思いで?」

「いいえ、裁判記録もきちんと国連本部に提出されているのは知っております。」

「なぜだ?」

「私が来るのがそんなに嫌なのですか?」

「あまりいい気分ではないな。信用しておらんのか?」

「いいえ。」

「ならばなぜだ?」

「上層部からの命令です。念のため、訪問を通じて監視せよとのね。」

「国連本部は余を疑っておるということだな。ま、すぐに信用せよというのも無理があるのはわかるが。」

「ご理解いただければ何よりです。」

 イケノスは、軽く頭を下げた。


「ただいま」

 カトリシアは自宅に帰った。

「おかえり、カトリシア。公爵様とはお会いになったの?」

「ええ、他愛のない会話を数時間ほどね。」

「そうか。パルカン殿も弾劾裁判や国連関係者との面会などでいろいろ大変だろうから、メンバーの一人として支えて欲しい。」

 カトリシアの両親、エレン=プロシュテットとエレン=パトリシアはエフィカの任務から戻ってからようやく元気になった娘の姿を見てほほ笑んだ。

 エフィカの任務から帰国してから、カトリシアは体調を崩し、1週間ほど寝込んでいた。あまりの任務の重さ、受け止めた現実の重さに耐えきれず、体を壊してしまったのだ。

 父のプロシュテットは娘にあまりに重すぎる任務をさせたことをずっと詫びていた。自分のやっていることの真実を家族にすら伝えず、負担を強いたことを。

 しかし、徐々に元気になり、また少佐への特進という出世に喜んでいる娘の姿を見て、やっとほっとしたのであった。

「そういえばお父様、軍務省からの勅令がまだ来ないのだけれど、私たちは卒業後どうしたらいいのかしら?」

「ああ、その件は今検討中なんだ。今回の件で特進したのはいいんだが、こういうケースは珍しいものでね、省内でもどうしようかその対応を検討しているんだ。普通なら公学校での演習を通じてそれを学ぶんだけれども、それをすっ飛ばしてしまっているからね。」

「国から栄誉としてこうした位を頂けるのはうれしいのだけれど、周りと違うやり方で不足分を補わないといけないのは正直辛いわ。」

「ははは。父さんもそんな悩みをいってみたいものだな!こっちは命からがらの任務で少佐になったというのに!できる娘を持つ父親も大変だな!」

「ちょっとお父様・・・。」

 ケラケラと笑う父を見て、カトリシアは褒められているのか、嫌味を言われているのか、はたまたからかわれているのかがわからなくなってしまった。

「まあ、そのことは省の人間もわかっている。突然前線に行くような役職には就かないだろう。そこは安心したまえ。それに、カトリシアの場合、武器をもって前線で戦うより、作戦を練るといった任務をこなすようになるだろう。だから、そういった部署にいくのではないか。」

「そうですか。」

「最初は上官の補佐をしながら、必要な知識を自ら勉強し、習得して身に着ける。そのステップはいくら優秀な軍人でもスキップすることはできないからな。」

「わかりました、お父様。」

「さ、堅い話はここまでだ。夕ご飯にしよう、飲むぞカトリシア。」


「母上」

 イケノス氏が帰った後、執務室にはパルカンの母、元公爵夫人のカフスラン=ペスカートが入ってきた。

「パルカン、ご苦労様。母さんが公位を継げればよかったのだけれど、そういうわけにはいかなかったからね。すまないね。」

「いいえ、この家に生まれた故、いずれはこの私が継ぐべき立場なので。それが少し早かっただけです。」

「イケノス氏には何か言われたの?」

「まだカフスランには来るようです。上層部からの命令なんだとか。私はもう会いたくないのだが。」

「お父さんのこと、恨んでいるの?」

「恨んではいません。このような悪事に手を染めたのも、何か理由があってのことでしょうから。しかし私が公爵となり、弾劾裁判を主宰しなければならない立場故、父と面会すら許されないのはつらいです。なぜこのようなことをしたのか、本当の理由だけでも教えて欲しいのですが。」

「私も会いに行けないのよ。公爵が弾劾裁判にかけられるのなんて、公国史上初のことですから。」

「そんなことをすれば世界からの信用もなくなる。私の行動が、カフスランのすべてにつながる。一般の家族なら許されることでも、公爵の一家だから許されないことがある。どちらかといえば、この家の人間になった自分が恨めしいです。」

 パルカンの目には涙が浮かんでいた。

 15歳の少女にはあまりに重すぎる現実である。まだ、子供としていろいろやりたいことがあったろうに、こうなった故にそれは一切許されないことになってしまった。そして、一国の代表として、たくさんの大人と関わり、この国を守らなければならない立場におかれてしまった。そんな娘を、自分はどうやっても助けてやることができない。パルカンを抱きながら、ペスカートは自分の無力さに涙するのであった。


 7日後、以下の様な告示が公爵庁から出された。


<告示>

弾劾裁判において、以下の判決が下されたので、ここに告示する。

被告:カフスラン=フレッド

罪状:隣国エフィカへの不法な方法での支配権実行およびエフィカ国民の人権侵害

弾劾裁判の結果、被告は上記罪状において有罪とし、被告を流罪に処する。

カフスラン公国公爵 カフスラン=パルカン

カフスラン公国内務省大臣 クロレア=タージリア


 流罪地へ出発する際、公爵家による見送りは対外的な観点から禁止され、フレッドはごくわずかな部下とともに、カフスランを去って行った。

 こうして、後にカフスラン公国エフィカ侵攻未遂事件と呼ばれるこの出来事は、終止符が打たれることとなった。


(2)国連のイケノス氏

3

 弾劾裁判の告示が出てから5日後、帝国騎士団『サルビア』のメンバーへの、配属勅令が出た。

<告示>

以下の通り、人事を告示する。

エレン=カトリシア少佐:軍務省陸軍局所属作戦参謀

カスティノ=フロリア1等陸尉:カフスラン陸軍第2師団司令部補佐官

クロレア=バスティーニ1等陸尉:軍務省陸軍局所属情報課課長補佐

アルバノ=カリウス1等陸尉:カフスラン陸軍第5師団第2連隊副隊長

なお、帝国騎士団『サルビア』はパルカン公爵直属の騎士団とし、召集は全てにおいて優先されるものとする。

カフスラン公国軍務省


「すげーじゃん、カトリシア局入りじゃん!」

「さすが、少佐なだけあるね!一発で局入りなんて初めてなんじゃない?」

「みたい・・・だね。それはそれで、一体どう振舞えばいいのか、分からなくて不安なんだけど・・・。」

「うわー、俺も言ってみたいわーそんなセリフ」

「そういうフロリアやカリウスも最初から師団の司令官入りじゃない。それもすごいことよ。」

「そうですね。副隊長なら、すぐに隊長になれるのではないですか?これまで第2連隊には副隊長はいなかったみたいじゃないですか。」

「だといいけどな!ま、がんばるよ!」

「バスティーニは・・・これは局入り?」

「いいえ、僕の場合は局の下ですね。」

「情報課ってことは、軍務省の諜報部員じゃないか。お前、ホルシュタインみたいなことするのか?」

「ホルシュタインさんは外務省ですよ。僕はそんなことしませんよ。」

「陸軍の情報課は、有事の際敵軍の位置や戦力、作戦などを偵察し、私たち作戦参謀に伝えるのが仕事よ。相手の戦略や戦力を的確に推察し、状況を判断する力が求められるわね。」

「強力なバックアップ部隊ってことね。」

「へぇー、じゃあカトリシアの部下ってことか?」

「情報課はあくまで情報課。作戦参謀の下じゃないわ。」

「そういえば、カトリシアってなんとか課とかつかないんだな?」

「みたいね。作戦参謀は、各師団をどう展開するのかを陸軍司令部と協議し、その作戦内容を考案するのが仕事だから、特定の部署や師団には所属しないのよ。陸軍局には複数名の作戦参謀がいて、その作戦参謀が必要に応じて師団に派遣されるの。噂では、師団の司令部からは“煙たがれる邪魔者扱い”されるらしいわ。それが本当ならいやな立場ね。」

「俺たちなら歓迎するぜ、なあフロリア」

「もちろん!司令部のおっさんたちを私が黙らせるわ!」

「ありがとう。でも、お父様曰く陸軍の司令部の方は普段は比較的温厚な方が多いらしいわ。だから、多分大丈夫だと思う。」

 軍務省庁舎前でそんな会話をしていた彼らに、声をかけてきた人物がいた。

「えーっと、君たちは例の騎士団の子たちかな?」

 そう声をかけてきたのはカフスラン公国陸軍統帥イカロス=ゲルリッヒだった。

「ゲルリッヒ統帥。いかにも、我々が帝国騎士団『サルビア』メンバーであります。」

 最敬礼でカトリシアが応える。

「そうかしこまるな。君たちは公爵直属の騎士団だぞ。陸軍統帥にそこまでかしこまる立場ではなかろう。」

「そんなことはございません。確かに、我々は公爵直属の騎士団のメンバーではあります。しかしながら、我々は統帥の様に実戦で手柄を立てたわけではありません。経験のない我々が、統帥と対等に話をしようなんて・・・。」

「君たちは何か勘違いをしているのではないか?」

「勘違い、と申しますと。」

「そうだ、配属は明後日だろう?陸軍に入る前に、少し私と話をしようじゃないか。さ、統帥室へ案内しよう。ついてきなさい。」


4

 ゲルリッヒはカトリシアたちを軍務省庁舎6階にある統帥室の応接室に通した。

「おい、彼らにお茶を持ってまいれ。彼らは若いが、立派な帝国騎士団に所属する軍人だ。丁重にもてなせ。」

 ゲルリッヒは職員にそう指示した。

「さ、少し話をしようか。」

「はい」

「君たち、これまでの軍人はどうやって手柄を立ててきたか、知っておるか?」

 この問いにはカリウスが答える。

「は。軍人は戦場において、敵軍に勝ち、なおかつ公国の勝利のために貢献することで手柄を得ます。」

「そう。学校ではそう習うな。間違ってはいない。では、そこの君、戦場というのはどういうところかね?」

 指名されたバスティーニが答える。

「はい。敵味方に分かれ、争うところであります。」

「そうだな。戦場というのは常にあるのかね?そこのお嬢さん?」

 フロリアが戸惑いながら答える。

「戦場の解釈にもよりますが・・・剣や銃といった武器を持って戦う戦場は、そう滅多にはないかと・・・。」

「そうだ。その通りだよ。軍人は手柄を立てなければならない。確かに公学校ではそう教える。そのほうがわかりやすいし、生徒はそう理解していれば手柄を立てるために戦術を得、高めようとする。しかしね君たち、戦場というのがそうしょっちゅうあっては困るのだよ。第2次世界大戦以降、世界は平和を目指してここまで努力している。軍隊というのは実に矛盾を抱えた組織なのだ。我々カフスラン公国軍は、カフスランの平和を守るために日々活動や訓練をしておる。しかし、その訓練は戦場でしか発揮されないのだよ。平和を守るために、戦場でしか役に立たない訓練をしておる。これは実に矛盾していると思わんかね?」

 陸軍のトップにある統帥がこんなことを言っていいのか、カトリシアたちは妙な気持ちでゲルリッヒの話を聞いていた。

「そしてだ。軍人の出世は手柄を立てることにより得られると答えたな。じゃあ、軍人は争い事がおきないと出世できないのかね?もっといえば、軍人は人殺しをしないと出世できないのかね?それはおかしいと思わないかね?」

「学校での教えだけだと、確かにそうなりますね。」

「軍の存在意義を示すために他国へ侵攻し、わざわざ争い事を起こす。自分の国の国益を守るためとか口実を作って侵攻する。そして、そこで武功を上げれば上層部が評価し、出世する。そこで、大量の人の幸せを奪って出世するのだ。おかしいと思わんかね?」

 もう、何も言い返せない。

「私はね、5年前のエフィカとの戦いがきっかけでこの立場に就いた。攻めてくるエフィカ軍を壊滅させたことを評価されて統帥になった。戦死者は両軍合わせて5千人だった。5千人の命と引き換えに私は統帥になった。この時、私は自分を恨んだよ。陸軍に入隊し、統帥になりたいと思っていた。しかし、実際になった時には悲しかった。こんなことをしないと評価されない世界にいる自分が悲しかった。その5千人には、親がいる。先祖がいる。彼らは、こんなことを願ったのかね。こんなところで死ぬことを、彼らが喜ぶかね。悲しかった。」

「そうですか。申し訳ありませんが、私たちには実戦経験がないもので、そのお気持ちに同意することができません。」

「それはわかっておる。それに、君たちに同じような経験をしろとは言わない。」

「お言葉ですが、統帥、一つよろしいでしょうか?」

「なんだね、カトリシアといったかな?」

「はい。統帥がそのようにお思いになるのは、今回の件があるからではありませんか?」

「というと、どういう意味かね?」

「失礼を承知で申し上げますが、統帥がそのように命がけでエフィカと戦われていたことが、今回の前公爵に対する弾劾裁判において、まったく意味のなさないことであったことであったから、そうお思われたのでありませんか?カフスランを守るためと必死で戦われたことが、実は前公爵の悪事に加担する出来事であったその事実に、そう思われたのではありませんか?」

 カトリシア以外のメンバーは、ひやひやとした。確かにそうかもしれない。しかし、それを統帥に直接言って大丈夫なのか、そう思ったのだ。

「君はなかなか肝の据わった人だな。さすが、ご立派なお父様に育てられたことだけある。私の一番痛いところを突いてくるな。ああ、確かにそうかもしれないな。自分が、この国のためにと、やってきたことが、すべてフレッド様の悪事につながっていたと思うとね、複雑な気持ちなんだ。知りたくなかったというか、知らないほうが幸せだったというかね。しかしね、改めて考え直す機会を与えてくれたこともまた事実なんだ。軍人としてどうあるべきなのか、正義とはいったい何なのか、といったことにね。」

「正義ですか。」

「ああ。その答えはどれだけ考えてもわからんな。何が正しいのか、さっぱりわからない。」

 今回の一件が、この国の様々なところに影響を及ぼしているのだなと、カトリシアたちは思うのであった。

「それでだな、こんな話をした後にするのも気が引けるのだがな、実は君たちにお願いしたいことがあるのだ。」

「え・・・?この流れでですか?」

 カリウスが動揺する。

「申し訳ない。省内の人間に怪しまれるかと思ってな、この流れでこの部屋に通したことにしたかったんだよ。」

「はあ。なんかこれまでの話が・・・。」

 動揺しつつも、カトリシアたちはその統帥の依頼内容を聞いたのだった。


5

「統帥、かなり動揺してるんだな、今回の件で。」

「前公爵の、外部への姿は素晴らしいと絶賛する公国民も多かったからね。そんな公爵がまさかあんなことをしていたなんて、未だに受け入れられない人も多いのよ。特に軍務省の幹部らは公爵のためにと尽くしてきた人が多いから。」

「私たちがやってきたことって、本当に正しかったのかしら?」

「言い方は悪いですが、やはり、あの時公爵が自ら命を絶たれた方がよかった、とも言えなくはないですね。」

「それは父も言っていたわ。だけど、やはり真実は公にしなければならない。そう思って止めたと言っていたわ。」

「正義って、なんだろうな。」

 統帥室を出たカトリシアたちは、正しいと思っていたエフィカでの任務が、本当に正しかったのかどうか、疑問に思うようになった。

「なあ、軍務省の人間の中には、俺たちのことをいいように思っていないやつもいるんじゃないか?公爵に恥をかかせるようなことをしたやつらだって思っているんじゃないのか?」

「わからないわ。軍務省の人たちみんなと話をしたわけじゃないし。そう思っている人がいても不思議じゃないわね。それに、今回の騎士団には次期公爵であるパルカンがいた。パルカンがいたから、私たちはこんな特進をしたんだって思っている人もいるかもしれないわね。」

「わからなくなってきましたね、私たちがしたことが本当に正しかったのか。」

「でも、非難されるべき行為を前公爵がしていたのも事実よ。たとえ、公国民や軍務省から尊敬を集めるような人であっても、やってはいけないことをやったのなら、それはきちんと裁かれるべきよ。ただ、前公爵が流罪に処せられてからまだ日にちも経っていないし、その事実を受け入れられていないだけだと私は思うわ。」

「だといいんだけどな。明後日からの軍務省での任務が、ちょっとつらいな。」

「さ、じゃあ例のやつ、片付けましょうか。」


 一方、公爵邸ではパルカンと国連のイケノスが公爵執務室にて話をしていた。

「あなたは気づかなかったのですか、お父さんがあのようなことをしていたということに。」

「なんだね、今度は公爵一家に罪を問う気か?」

「いいえ、ただ家族であれば気付くのではないかと思いましてね。」

「国連が内政に干渉してくるとは聞いていないぞ。」

「落ち着いてください、パルカン殿。私はただ疑問を口にしているのです。お父様の意変に気づかなかったのかと。」

「気づいていたらなんだ、余も同罪となるのか!」

「だから、落ち着いてと申しております。今後、同じようなことが他国で起きたときに、同じ過ちを犯さないようにといろいろ聞いているのです。」

「そなたは任務としてそのようなことを聞いているつもりかもしれないが、余らにとってはそれは非常につらいことだということがわからないのか!」

―――これだから若い女じゃ国家元首は務まらないのだ。なんでこの女に公位を継承したのだ。

 イケノスは話が進まないことにイライラしてきた。しかし、あくまで冷静にと自分を戒める。

「カフスランが国際社会に対し重罪を犯したことはよくわかっておる。この国の国家元首として、その罪を償う必要があることもよくわかっておる。お主から求められたことには素直に従っているのだ。余は父がそこまでして得ようとしていたエフィカの石炭採掘権も手放したではないか!」

「よくわかっております。」

「ならなんだ!国連はこの国に何をしたいのだ!植民地にでもしたいのか!」

「そんなことは申しておりません。」

「もういい。今後我が国に要求があるのなら書面で通達せよ。もう余はお主に会いたくない!おいメルリ、この男をさっさと執務室から追い出せ!早くしろ!」

 パルカンが感情的に秘書官に指示を出した。

―――埒が明かないな。なんでこの私がこんな小娘の相手をせねばならぬのだ。

 イケノスは大きくため息をつきながら、公爵執務室を後にした。


「申し訳ありません、パルカンがイケノス様にいろいろと言ってしまったようで。」

 ペスカートは見送りの際、イケノスに娘の無礼を詫びた。

「いいえ、大丈夫です。これも仕事ですから。」

「娘はまだこの状況に耐えられる状態じゃありませんでして・・・。突然公爵位を継いで、その上父親を自ら犯罪者として裁くことにかなり精神的苦痛を感じているようなので・・・。」

「そんな中でもきちんと裁判をされて、ご立派な娘さんだと思いますよ。ご協力感謝いたします。パルカン殿にも、ぜひそのようにお伝えいただければと思います。」

「ありがとうございます。では、私はここで。」

「ご丁寧なお見送り、感謝いたします。」

 イケノスは深々とペスカートに頭を下げ、車に乗った。

 車が公爵邸を出た後、イケノスは電話を取った。

「どうも、イケノスです。はい、ええ、会ってきましたよ。もう私のことが嫌いになったようです。・・・ええ、まだ署名はいただいておりません。もう少し機が熟すのを待った方がいいのではないでしょうかね。・・・ええ、慎重に事を進めないと、我々の目的は達成することができません。今回はチャンスなのです。弱体化したカフスランを利用すれば、我々はもっと強くなれる。その材料を持った国を利用できるチャンスなのですから。慎重に行きましょう。大丈夫です、私がきっと“落として”みせますよ。」


 ペスカートは公爵執務室に入った。

「パルカン、国連の方にあんなことを言っては・・・って、何しているの?」

 パルカンは外務省の職員に、自身のサインを入れたある書類を渡していた。

「母上、しばらくお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」

「待ちなさい。あなた何やっているの?その書類を見せなさい。」

 嫌な予感がしたペスカートは職員からその書類を奪い取った。そして、その中身に驚愕した。

 それは、イケノスの偵察を外務省に指示する書類だった。

「イケノスはどうも胡散臭い。余はこれから国連に問い合わせる。イケノスというのはいったい何者なのかってことを。」

「疑っているの、イケノス様を」

「ああ、国連がここまで内政に干渉してくるのは怪しい。家族が共犯なのではないかなどと、よくもいけしゃあしゃあと余に言ったものだ。信用ならん。」

「私たちは国際社会からそのように疑われるようなことをしたのです。嫌かもしれないけど、協力しないともっと疑われるわ。」

「いいじゃないでしょうか、ペスカート叔母さま。」

「カトリシア・・・。そういえば、今日はサルビアのお茶会の日でしたわね・・・。」

 カトリシアが、ある書類をわきに抱えて入口に立っていた。

「カトリシア。待っていたぞ。統帥から話を聞いたのだな。」

「ええ、聞いたわ。私のお父様が外務省を通じて国連に問い合わせてくれたわ。」

「で、結果はどうだった?」

「これをみて。」

 カトリシアは封筒の中身をパルカンが座っている机の前に広げた。

「カフヴァノ=イケノス。国連外交安全保障委員。各国の外交上の問題を平和的に解決するその立ち合いを行う人間ね。確かに国連の関係者であることには間違いないわ。だけど、問題はその経歴。」

「経歴?」

 ペスカートが書類をのぞき込む。

「ああ、彼はマラカノの出身、さらに今回特任でこの役職に就いているのだ。」

「加えて、公爵一家の皆さんはご存知かと思いますが、今回のことについて国連は事実関係を捜査するためエフィカの大統領府の調査を行っています。実際に前公爵が何をしていたのか、それを調べるための捜査です。そして、その捜査を指揮しているのが、マラカノ共和国なんです。」

 マラカノ共和国とは、この世界において強大な軍事力と経済力で大国の地位にある国だ。国家規模は、カフスランのおよそ40倍ともいわれている。国連での発言力も大きく、国連安全保障理事会の常任理事国のメンバーでもある。もちろんカフスランとも交流のある国だ。しかし一方で激しい内政干渉をし、地域紛争を引き起こしていると厳しい批判にさらされている部分もある。

「マラカノの出身って・・・。」

「そう、そしてイケノスはこのマラカノの元軍務大臣を務めていた。10年前に始まった宗教戦争を勃発させた張本人だ。」

「だが、捜査チームにはほかの国々も参加しておろう。」

「ですが、その国々は皆マラカノの友好国ばかりです。国内にマラカノ軍の基地があり、マラカノとはかなり親しい国々ばかりです。」

「なるほど。マラカノの意向が通りやすい状況にあるということだな。イケノスが特任というのも気になるが、任命されたのはいつなんだ?」

「私たちが大統領府で死にそうになった日よ。」

「たしか、あの日の時点ではそのことは公にしていないはずでは・・・。」

 エフィカの事件が起きたことをカフスラン政府が正式に発表したのはカトリシアたちが大統領府でスーパーコンピューターと戦った次の日であった。

「偶然かもしれませんが、偶然にしてはできすぎている気がするんですよ。」

「でも、国連がそんな疑わしい人にそんな役割を任命することをいいというかしら?」

 ペスカートが疑問を口にする。

「国連のトップはマラカノの人間。グルになっていると考えれば、そのような不自然なことが起きても不思議じゃねえ。」

「そんな・・・。」

「この人物を安易に信用しないほうがいいと思うわ。パルカンはまだ若い。だからこそ、うまく利用しようとしている可能性もあるわ。」

「パルカン、理由はわかったわ。その書類はそのまま外務省に通して。あと、お母さんに内緒でこそこそこういう書類を作るのはやめてね。」

 1人の母親として、娘に注意をしたペスカートだった。


(3)それぞれの部署

6

 作戦参謀となったカトリシアであったが、彼女には上官も部下もいない。

 初の軍務省への出勤となった日、4階にある作戦参謀の部屋があるフロアへ行った。

 軍務省の建物は16階建てとなっており、陸軍はその2~7階を使用している。8~13階は空軍、14・15階は軍務省直轄部署、そして16階には軍務大臣室がある。海軍は軍務省庁舎別館を使用している。

 作戦参謀は特定の誰かと組むわけではなく、1人部隊に行って任務に就くことが多い。それぞれによって仕事内容も大きく異なるため、作戦参謀には各個人の部屋が与えられる。

 個室とはいっても、そんなに広い部屋ではない。少し大きめのデスクと、ノートパソコン、電話機、壁沿いに本棚がある程度。広さはおおよそ6~7畳といったところだろうか。業務を行うには十分な広さである。

 部屋に入ると、彼女はさっそく業務に必要となりそうな、父からもらった本や書類を棚に並べた。また、持ってきた少量の私物を置いた。

 デスクの前においてある椅子に腰を掛けた。椅子は妙に立派なもので、革張りでひじ掛けのある、比較的ゆったりとしたものだった。

―――こんなのに私が座っていいのかしら。しかも省内に個室だなんて・・・。作戦参謀は特別だって言ってたけど、それは本当だったのね。驚いたわ。

 カトリシアはなぜ自分がこんな待遇を受けるようなそんなポストに置かれたのかがわからなかった。15歳の少女に、少佐という権限の強い位を与え、軍務省では裁量が広く好待遇の作戦参謀に任命されたのか。やはり、父親の関係だろうか。だとしたら、きっと省内に味方はいないなと思った。

 とそこへドアをノックする音が聞こえた。初めての訪問客だ。

「はい、どうぞ」

 すると、父親である軍務省長官エレン=プロシュテットが入ってきた。

「お父様!」

「カトリシア、作戦参謀就任おめでとう。エレン家にぴったりな役職じゃないか。」

「いいえ、私にはまだまだ早すぎる役職だわ・・・どうすればいいのかわからないの」

「普通にカトリシアらしく、与えられた任務を誠実に、きちんとやればいい。たしかに作戦参謀はどこかの部隊に所属などをしないから孤独に思われがちだが、そんなことはない。業務をこなすときは必ずチームを組む。そのチームが任務ごとに、時によって変わるだけだ。必ず誰かと一緒に仕事をするのだから、その仲間が助けてくれるし、また仲間を助けなければならない。軍隊は大きな組織だからな。それぞれが与えられた職務を誠実にこなせば、回るようになっているのさ。そう心配するな。」

「そうね、ありがとうお父様。ところで、今日はどうして省へ?」

「ああ、私はこれから演習視察のために2・3日ほどここを離れるんだ。その日程表と出張の届けを出しに来たんだ。で、そのついでにカトリシアの様子を見に来たってわけだ。」

「そう。ありがとう!」

「軍務省内では父さんは長官、君は作戦参謀だ。親子であることは関係ない。そこのメリハリはきっちり頼むよ。でも、協力できることは最大限する。軍務省長官としてね。」

「はい、わかりました。」

「じゃあ、しばらく母さんを頼む。」

 そういってカトリシアの部屋を後にした。

―――やっぱり私が作戦参謀に任命されたのは、お父様が何かした、ってわけではないのかしら。私がエレン家の人間だから?

 エレン家は代々優秀な戦略家を輩出し、カフスランの勝利に貢献してきた名家だ。カトリシアはそのことが今回の人事にかかわっているのかな、と思った。この人事を父が非常に喜んでいたのは事実だった。人事が告示された際、さすがはエレン家の人間だとカトリシアのことを絶賛していた。

―――家の名に恥じぬような働きをしないといけないわね。

 カトリシアは改めて、カフスラン公国軍務省作戦参謀として、その職務を全うすることを覚悟するのであった。


 バスティーニは、庁舎の3階にある情報課のフロアで、情報課長のネルベス=ヴァレリアーノによって、新課員として課のメンバーに紹介された。

「今回、新しくわが陸軍情報課に配属されたバスティーニ1等陸尉だ。当課において、課長補佐としての任務についてもらう。彼は今回のエフィカでの功績を認められ、特別受験した第9公学校の卒業試験を合格し、ここにやってきた。まずは、全員でその功績をたたえようじゃないか」

 情報課全員の温かい拍手を受け、バスティーニは深く頭を下げた。

「ありがとうございます。今回、陸軍情報課課長補佐として配属になりました、クロレア=バスティーニ1等陸尉です。まだ実際の現場での経験もないため、即戦力とはなりませんが、ここにいらっしゃる諸先輩方のサポートを受けながら、全力で努力し、いただいた位、役職に恥じない働きをできる一人前の課員となるよう、精進いたす所存です。皆様、どうぞご指導のほどよろしくお願いいたします。」

「君には情報課員みんなが期待している。ぜひ、頑張ってほしい。」

「ありがとうございます。」

「よし、今日の朝礼はここまで。みな各自の業務に励んでくれ。」

 毎朝行われる朝礼が終わり、バスティーニは改めてヴァレリアーノに挨拶をした。

「今日から、どうぞよろしくお願いいたします。」

「こちらこそだ。どうだ、不安だらけか?」

「正直、不安しかありません。こうなることは考えてもいなかったので。」

「そりゃそうだろう。でも若いうちは吸収力も成長力もある。大丈夫だ、心配しなくてもこの私がしっかりとサポートするから安心しなさい。君のデスクは私の席の隣だ。デスクは自由に使って構わない。」

「ありがとうございます。」

 バスティーニは自分のデスクに向かった。デスクは、情報課のフロアが見渡せる位置にあった。

「私の仕事は、どのようなものでしょうか?」

「日々情報課は有事に備えさまざまな情報を管理している。敵国の動き、情勢、そういったものの情報を集めている。陸軍の情報課は軍務省唯一の情報管理専門部署だ。海軍・空軍には情報課が存在せず、有事の際にはわが陸軍情報課が各軍に情報を提供することになっている。我々の働きが軍全体に貢献する。まずはそのことをわかったうえで業務に励んでほしい。」

「はい」

「そして、君のポストの仕事は私の補佐だ。日々集まってくる情報を整理し、適切に管理するのが私の仕事だ。今はエフィカの件があってこれまでにない大量の情報が集まっている。君はエフィカの一件にもかかわっているだろうから、その手の情報には明るいだろう。ぜひ、エフィカの一件を中心に私の補佐をしてほしい。」

「わかりました、よろしくお願いします。」

 デスクの上には、すでに情報課の職員が集めてきたエフィカの情報を整理した書類が置かれていた。

「情報課の仕事はただ情報を集めるだけではない。その情報の中で怪しい点や検証が必要な点、また我が国にとって危機となるものがあればそれを事前に調べ、対応することも任務の一つだ。ただチェックするだけでなく、そういう視点からも情報を見てほしい。」

「なるほど、わかりました。」

 情報から事前にわかる危険の兆候もある。その兆候をつかむことが、ある意味では情報課の一番大事な仕事である。

 バスティーニは自らの任務の重さを感じながら、その書類に目を通すのであった。

―――見慣れた書式だと思ったら、これは僕たちがエフィカにいたときに軍務省から送られてきた情報ファイルとおなじ書式だ!なるほど、情報課の集めてくれた情報が僕たちの任務をサポートしていたのか。

 そのファイルにはさまざまな情報が書かれていた。エフィカの国家規模、ここ最近の大統領の動静、国民性などなど。

 ふと、バスティーニは思ったことがあり、そのことをヴァレリアーノに尋ねた。

「課長、情報課ではマラカノの情報というのは収集しているのですか?」

「ほー、やはり公爵殿から聞いているのかね?」

 まずいこと聞いたかな、と思ったが、ここは素直に答えることにした。

「はい、メンバーなので、パルカン殿は。」

「ちょっと、こっちに。」

 ヴァレリアーノは応接室にくるよう、バスティーニにジェスチャーで示した。

 応接室に2人が入ると、ヴァレリアーノは話し始めた。

「知っているとは思うが、いまイケノスという人間が公爵と頻繁に会談している。公爵から直々に通達が来てね、そのことに関して調べるよう指示があった。イケノスのことを疑っているようでね」

「直々にですか。」

「ああ、最初は驚いた。国連職員を疑うとはどうしたものかと思ってね。あまり考えないだろ?」

「私も意外でした。」

「でも調べるうちにマラカノと国連が密接にかかわっていることが分かった。私たちが考えている以上にね。」

「それは金銭面も絡んでいるのですか?」

「ああそうだ。国連への出資が一番多いのはマラカノだ。あれだけの国家規模だし、創設に大きく関わっているのだから当然なんだけどな。ただ、資本主義の世界においては、お金を持っているものが一番強い。最初は平和目的で、善意として設立したのだろう。設立当時のマラカノの大統領は非常に人徳の高い人物だったといわれている。しかし、創設から60年以上がたつとね、いろいろ変わってくるのだよ。大人というのは汚い存在だからね。今の国連トップもマラカノの人間だ。」

「でも、それだけでは疑う理由にはなりませんよね?」

「もちろんだ。もう一つの理由は、君のデスクの上に置いたエフィカのファイルを見ればわかる。ただ君、一つだけ忠告しておくよ。ここで知った情報を安易に外部に流さんようにね。当然だがここには秘密情報もわんさか溢れている。職員同士ならまだしも、それを情報課以外の人間に提供する際は必ず私に許可をもらうこと。その情報を誰に提供したのか、きちんと私に通告するんだよ。君の立場は非常に特殊だ。君の所属する騎士団は公爵直属の騎士団だ。もしかしたら我々が知らないような任務にもかかわるかもしれない。公爵直属の騎士団というのは、最高機密任務にかかわることもしばしばある。もちろん、その任務情報を私に言えとまでは言わない。だけれども、君の立場を利用してわが情報課の情報を利用するのであれば、騎士団活動に使うということをきちんと伝えて利用してくれよ。そこはしっかり頼むよ。内密に申告する必要があるのなら、こうやって応接室で行ってくれればいい。この部屋は私しか鍵を持っていない。その点は安心したまえ。」

「ご厚意、感謝いたします。」

 課長から言われた話を聞いて、なぜ自分が課長補佐としてここに配属になったのか、公爵府の意図が見え隠れするような、そんな気がしたのだった。


 第2師団の司令官補佐官となったフロリア、そして第5師団第2連隊副隊長となったカリウスは、特別演習場で行われた全師団があつまる集会にて、前隊員にむけその役職に就いたことが発表された。

 陸軍の前隊員の前に出て、がちがちに緊張する2人。第2師団の師団長ケルベルト=アッサム中佐と第5師団の師団長カール=イクス中佐は緊張を解こうとするのだが、やはり厳しかった。

「そう緊張せんでも、全員が2人に向けて発砲するわけでもないのだから。ほら、肩の力抜いて。挨拶とかもないのだから。」

 イクスはそう2人に声をかけるが

「そういわれましても、師団長。なかなか厳しいですよ。」

 カリウスががちがちになりながら答える。

 たしかに、師団長が言う通り、全体に向けて話をすることはなかった。しかし、約1万人の隊員の前にさらされるのは未経験のことであり、緊張が解けることはなかった。


 集会が終わり、壇上から降りたことで初めて、2人の緊張は解けた。

「あー、途中倒れるかと思ったよ。」

「カリウス、顔真っ赤じゃない。」

 そんな会話をしていたところへ、第2連隊隊長のキルケン=ボフマン少佐がカリウスに声をかけた。

「君がカリウス1等陸尉かな。」

「はい、ボフマン少佐。これから、お世話になります。」

「そうかしこまるな。私はみんな知っての通り、少佐の位にある。本来なら連隊隊長は1等陸尉の地位にある者が務めるのが一般的だ。ただ、今隊長候補の隊員がいなくてな。そこで、カリウスには補佐という形で体調業務にかかわってもらい、経験を積んで私の後任者になってほしいのだ。」

「ありがたいことです。ありがとうございます。ご指導のほど、お願いいたします。」

「こちらこそ、突然の入隊の上に副隊長に任命されて動揺しているかとは思うが、きちっと私が指導するから、必要以上に心配しなくていい。しっかりと経験を積んでほしい。」

「はい、日々精進いたします。」

「フロリア殿は第2師団の司令部入りかな。」

「はい、補佐官として司令部に所属させていただきます。」

「将来の司令部を担う人材という意味だ。アッサム中佐は非常に温厚で優しい方だ。彼の下で、しっかりと経験を積んでくれ。これから、よろしく頼むよ。」

「はい、ボフマン少佐。」

 こうして、メンバーそれぞれの部署で、それぞれの任務が始まったのである。


(4)決意

7

 初登庁日の翌日、バスティーニはマラカノの資料を読んでいた。

―――しかし、大きな国だな。カフスランは到底かなわない国家規模だぞ。

 マラカノは、今からおよそ150年前、ブリテン帝国で起きた宗教対立で迫害された人々が、海を越えた大陸にある地に建てた国であった。人民が、自らの力で作った国。この国の国民は、自分たちの先祖が自力で作ったマラカノを非常に誇りに感じて生きているという。国の記念日になれば、各国民が自宅に国旗を掲げる行為が、その象徴ともいえる。国家元首である大統領は国民による直接選挙で決められ、議会・司法とは独立した存在であり、大きな権力を握る。

 マラカノは一昔前までは、中立主義を貫き戦争等には絶対に参加しない国だった。しかし、戦争によって産業が潤い経済が活発になること(いわゆる戦争特需)の重要性を認識してからは、むしろ積極的に戦争に関わり、世界のリーダーと称し、民族紛争や内戦に干渉するようになったのだ。最近では、マラカノが行った統治により反って宗教対立が深まり、深刻な民族紛争を引き起こしたとして国際社会から激しい批判を受けている。

―――世界のリーダーですか。やっぱり、今の世の中、お金がすべてなのでしょうか。

 マラカノの国家予算の規模は、カフスランのそれのおよそ10倍だ。世界における発言力も大きい。マラカノの政府関係者が発する言葉に世界は振り回されているといっても過言ではない。

―――そんなマラカノがエフィカに固執しているというのは、やはり気になるな。なんでだろう、一体何があるのでしょうか。

 バスティーニはエフィカの調査結果に目を通す。ここに何かヒントがあるかもしれないからだ。

 たしかにエフィカには石炭の鉱脈がある。しかし、マラカノの生活事情を資料で読む限り、それほど石炭の需要があるとは思えないのだ。

―――いやまてよ、これを機にエフィカの統治権を握り、石炭を需要のある国に売れば、マラカノにはメリットがあるのか・・・?

 だとしたら、他人が掘り当てた宝物を横取りするような行為である。汚いことを平気でできるものだなとバスティーニは呆れた。

―――それにしても、この調査結果って・・・。

 バスティーニが気になったのは、「詳細な調査はできず」という記述だった。

「ヴァレリアーノ課長、この『詳細な調査はできず』というのはいったい?」

「ああそれか、それは私もよく知らないんだ。この調査報告書が情報化に上がった時点でそう書いてあった。現場の都合でそうなったみたいなんだけど、上からもその部分はそのまま通してくれと言われた。」

「そうですか。上層部がそのように。」

「ああ。少しもやもやするけどな。」

―――僕はあの大統領府にいたのに、何も調べなかった。おそらく国連が何か絡んでいるんだろう。あそこでなぜしなかったんだ。

 現場にいたのに、何もできなかった自分が悔やまれた。


「そうか。それはなかなかすごいな。」

「そうなの。びっくりしたわ。でも私何をしたらいいのかわからないわ。何にも言われていないんだもの。」

「ま、お主が動くとなればそれはすなわち有事が発生したこと時だ。動かなくていいということは、今は穏やかな状況である証拠ではないか。」

「まあそうなんだけれどね。」

 カトリシアは今日お休みだったので公爵邸にいた。パルカンは執務室で書類にサインをしながらカトリシアと話をしていた。

「ところで、パルカンの公爵就任式典はしないの?」

「余が公爵になった経緯が経緯だからな。お祝いムードとはいかぬまい。父が犯罪者になったのだ。その犯罪者の娘が公爵になってもいいものなのかも余は疑問に思うぞ。」

「そうね。別にパルカンが公爵になるのは問題ないとは思うけど、そう思う気持ちはわかるわ。」

「皆に祝われて公爵になりたかったが、やはり現実は厳しいな。」

 この気持ちはきっとパルカン本人にしかわからないものだろう。特殊な立場ゆえにそれを慰めてくれる友達もいなければ、肉親もいない。カトリシアはパルカンが抱くその独特の寂しさを感じていた。

「ところで、イケノス氏は最近来なくなったの?」

「ああ、来てないな。ただ、エフィカで国連の調査を指揮しているとは聞いているな。」

「そうなの。」

「今回の件のリーダーを務めているようだ。カフスランの関係者は調査に参加できていないみたいでな、どういう情報を探っているのかはわからん。まあ、カフスランは今回の事件の当事者だからな。参加できないのは致し方ないというべきだろう。」

「でも当事者だから知っている情報というのがあるんじゃないの?」

「そこを国連がどう考えているのかだな。知ってても言わないと思っているのか、あるいは知らせないようにしているのか・・・。」

「それは国連が情報を独占しているってことじゃない。」

「こういうとき、当事者国はどうするのが一般的なのかまでは知らぬからな。」

「それは私も知らないけれども・・・。なんかおかしいと思うわ。」

「おかしいのか。」

「なんとなくね。何か根拠があってそう思っているわけではないわ。」

 カトリシアは何か妙にカフスランがこの一件から排除されているような気がしてならなかった。

「あ、そうそうそういえば。」

 そういってカトリシアはある書類の入った封筒をパルカンに渡した。

「これを私に来たのが主目的だったわ。私の父がパルカンにって。これはしっかり公爵邸で厳重に保管してほしいって。」

「ほう、ありがとう。」

 パルカンはそれを受け取った。

「なんなのかね、中身は。」

「それは私も知らされていないわ。とにかく渡しとけって言われただけだわ。」

「そうか。確かに受け取った。父上の指示通り、こちらで保管しておこう。何か大人の事情ってものがあるのであろう。もしかしたら母には何か伝わっているかもしれん。必要があれば余に言ってくるであろう。」

「たぶんね。」


 フロリアは第2師団の演習場にいた。アッサム中佐とともに司令部での業務に参加していた。

 中佐いわく、今日の司令部は妙な緊張感に包まれているとのことだった。というのもそのはず。軍務省ナンバー2の、プロシュテット長官が視察に来ているからだ。

―――カトリシアのお父さんって本当にすごい人なのね。

 以前エレン家に遊びに行ったときに見たプロシュテットは非常に優しいお父さんだった。娘のことを一番誇らしく、また大切にかわいがっていることがとてもよく伝わってきた。

 しかし今ここにいるプロシュテットはまったく違う。長官として、またカフスランの国防を担う責任者として、非常に威厳がある。正直、近寄ることすらも許されないほどの威厳を感じるほどだった。

―――長官としてのお父さんはすっごい厳しいって言ってたけど、想像以上に厳しい人。

 そんなことを思っていると、さっそくその厳しい指導が入る。

「おい、そこの君。きちんと状況を分かっているのか?今この状況でその小隊を動かしたらどうなる?相手はそこに付け込んでくるぞ。よく考えろ。この作戦において大事なのはなんだ?国境線に隙を作ったらだめだぞ!いいか?」

「はい、長官。申し訳ありません!」

 するとアッサム中佐がフロリアにそっと耳打ちする。

「あれはかなり厳しいご指摘だ。確かに長官が言っていることは正しいが、司令部に入って1か月で気づけることじゃない。長官は若いとかそういうの関係なしに指導されると聞いたことがあるが、本当なんだな。」

「そうなんですか。」

 長官の指導に手加減はないようだ。

―――どうしよう!私補佐官失格とか言われないかしら・・・!

 そんなことを考えていると、その長官がフロリアのところにきた。

「フロリア君はここの配属になったのか」

「はい」

「そうか。エフィカでの任務中はカトリシアのことを支えてくれてありがとう。父親として、礼を申す。これからは長官として、きちんと指導をするから、よろしく頼むよ。」

「はい、よろしくお願いします!」

―――なんだろう、友達のお父さんなのに、妙に緊張する!!

 立場が変われば、ってやつだなとフロリアは思うのだった。

 今フロリアの師団では、国境を越えて他国が侵攻してきた状況を想定した訓練が行われていた。中佐の説明によると、エフィカからの亡命者が増加したここ数年、国境警備の強化が課題となっていた。4方のうち3方が陸続きのカフスランにとって国境警備は非常に重要である。海よりも簡単に国境を越えられるからだ。もちろん、国境沿いには検問もあり鉄条網もある。しかし、それらは乗り越えようと思えば乗り越えられるものだ。陸続きの国境から他国に責められた場合、国境警備隊がきちんと対処しないとあっという間に攻められてしまう。

 特に今、エフィカは国連の支配下にある。軍としては、マラカノの息がかかった国連が、カフスランに対して何をしてくるのかがわからない。マラカノが国連を利用し、正義と称してカフスランに侵攻してくる可能性を警戒し、こういった訓練の頻度を上げているのだという。

―――国連という組織はいったいどういう組織なのかしら。公学校で習った国連像と実際の国連像は全然違うのね。

 これが現実なんだな、とフロリアは思うのであった。


8

 メンバーの初登庁の1週間後、国連からエフィカ大統領府の調査が終了した。それに伴い、カフスラン公国関係者の出入りも許可された。

 パルカンとカトリシア、そしてバスティーニを含む軍務省情報課の調査メンバーがエフィカ入りし、現地調査を行うことになった。

「しかし、今から調べて何か出るのかしら?そしてなんで私たちが?」

「見てみなければわらかん。それに、あの建物に入ったことがあるのは我々だけだ。ホルシュタインを含む大統領府メンバーは今国連の調査のため拘束されているからな。」

「そうなのね。」

「逆ですよ、カトリシア。ない物を探すんです。」

「はい?」

 カトリシアにはバスティーニの発した言葉の意味が理解できなかった。

 そんなカトリシアにバスティーニが差し出したのは、課長から許可を得て持ち出した、エフィカの調査報告書だった。

「これは国連が調査をする前のものです。我々と入れ替わりに、実はカフスランの情報課が内密に調査をしていたんです。」

「そうだったの?それは知らなかったわ。」

「余らが食堂でホルシュタインから話を聞いている時に大統領府にいたんだ。そなたの父上の指示でな。」

「お父様はこうなることを知っていて・・・。」

「さすが、作戦立案に長けた一家だ。全て先読みしていたってことだ。」

「ただ、この調査報告書の問題点は、詳細な結果が抜けていることです。ま、時間があまりなかったので仕方がないといえば仕方がないのですが。少人数の調査チームでしたから。」

「ああ、あの人数では厳しかったろうな。」

「というかちょっと待って。バスティーニはあの時に情報課のチームが来ていたことを知っていたの?」

「僕は配属してから知りました。この調査報告書を見たとき、初めて。」

「余もそうだ。軍務省からの報告書を見て初めて知った。おそらく、国連にこのことが明らかになったらまずいと考えたのではないか。」

「配属になって初めて知ったのですが、我々のことをエスコートしてくださったカフスラン政府関係者は、大半がこの調査チームのメンバーだったんです。我々を送り届けるという名目であの大統領府に入っていたのではないでしょうか。」

 さすがだと、カトリシアは思った。父の考える作戦には抜けがない。カトリシア自身も、そんなことには気づかなかった。

「そうなの。ちょっとびっくりだわ。」

 カトリシアはバスティーニから受け取った調査報告書を見た。報告書にはどのようなタイトルの本があったとか、資料室にあった資料の情報などが書かれていた。このようなテーピングがしてあるファイルがあったといった記述なので、その書物の内容までは書かれていない。チームの人数は6人。調査時間は2時間。たしかに、2時間以内に6人ですべてを調べ上げるのは困難だ。大統領府にある膨大な書物のタイトルを把握するだけで精いっぱいだろう。

「今回の調査の目的は、残っている資料の詳細を把握すること、そして国連が持ち出した資料がどれなのか、それを把握することで彼らが何を調べていたのかを探ることです。」

「なるほどね。確かに、この資料とかはすごく気になるわね。」

 カトリシアが指さして示したのは、大統領府の資料室にあった、研究所のデータが記された記録帳である。

「エフィカは何の研究所を作っていたのですかね?」

「わからんな。しかし、あれだけの先進的技術を持った端末を作っておった。高い科学技術力があったのは間違いないだろうな。それにかかわる情報かもしれん。」


 建物は現在、国連の警備隊が警備している。パルカンが警備隊に対し、国連から与えられた許可証を提示し、建物の中に入る。

 パルカンとカトリシアは大統領執務室に入った。

「私たちが出た後の、そのままの状態になっているのね。」

 カリウスが撃って強制停止させた“元大統領”は、そのままの状態でおいてあった。

「なんだかあの時を思い出すな。」

「ええ、いやな緊張感を思い出すわね。」

 あの時、その機械を公爵が操作しているとはゆめゆめ思っていなかった。それはきっと、ここにいたメンバー全員がそうだったはずである。

 パルカンは、執務室にある机の引き出しを開けた。そこにはエルスタリアの日記帳が入っていた。

 そこには、隣国との紛争に苦悩している氏の悩みが書かれていた。

 政治経験のない氏にとって、全てが未経験のことだった。国民と汚職のないクリーンな政治を約束した以上、どれだけ優秀な政治家だったとしても政治の舞台から追放してきた。その結果、氏の周りに残っていたのは経験の浅い政治家だった。氏は日記にこう記していた。

『優秀な政治家は、あらゆる人脈を使ってトップへと上ろうとしているのが現実だった。政治は、私が思っているような世界ではなかった。私は、政治はみな真に国民のことを考えてしているのだと思った。だからこそ、汚い手段を用いて政治の世界にいる人間は、追放してかまわないと思った。だけれど、現実は違った。そういう手段を用いている人間ほど、政治力に長けており、外交に優れている。受け入れたくないが、それが現実だ。政治の世界というのは、我々庶民が生きているのとは全く違う世界だった。』

 また、別の日付のページには、こう書かれていた。

『隣国が国境線沿いにある未解決地帯の石炭を求めて侵攻してきた。先日外務省の役人がある資料を私に渡してきた。その資料には、隣国に不可侵と引き換えに多額のお金を渡していたことが記されていた。予算上は“国防費”と書かれていた。なるほど、国防費とはよく言ったものだ。国防のために、隣国政府にお金を払っていたのだ。私は素直に国防費だと思い、わが軍に必要な費用しか計上しなかったし、役人にそう指示した。だから、隣国に侵攻されてしまった。きっと、隣国は向こうのトップは素人なのだから、今がチャンスだと思われたのだろう。そうか、私が隙を見せたから、国境が破られた。真に国境を守っているのは、国の長なのか。つくづく、私はこの国の大統領になってはいけない存在だったのだと思う。』

 パルカンは、その氏の言葉に、自分を重ね合わせた。

 自分自身もそれに近い。まだ16歳だ。自分は政治家素人だと言っていい。母の話だと、父は祖父から公位を継承する際、数年間祖父と一緒に政治活動をしていたらしい。そこで、政治に必要なノウハウを身に着けたようだ。でも自分にはその時間がなかった。それどころか、自分は父から何も聞くことなく弾劾裁判にかけ、流刑に処した。自らの力を使って、父をこの国から追い出したのである。自分にも同じ苦悩が降りかかっているのかと思うと、胸が締め付けられるような思いに駆られた。

 自分はきっと今、マラカノのトップに、国連のトップになめられているのだろう。あの小娘を黙らせれば、エフィカどころかカフスランすら自らの制御下に置けると。そうすれば、カフスランは傀儡国家になりかねない。そんなのは絶対いやだ。自分には、先祖代々から受け継いだカフスラン家の血が流れている。数百年の間、この国を守ってきた一家の人間である。

―――絶対に、命に代えてこの国を守る。あんな成り上がり国家に、この国を渡すものか。数百年の歴史を守るのだ。

 パルカンは、静かにこう決意したのだった。

「どうしたのパルカン、そんな怖い顔をして」

 ふと顔を上げると、カトリシアが心配そうな顔をして自分の顔を見ていた。

―――氏と違うのは、私には信頼できる仲間がいることだ!あのメンバーは、私のことを守ってくれる!

「お主は余を裏切ったりしないよな?」

 涙目でカトリシアに尋ねる。

「どうしたのよ急に。当たり前じゃない。同じ騎士団のメンバーよ。私じゃなくたって、フロリアもバスティーニもカリウスだって裏切らないわよ。じゃあ、パルカンは何かあった時、私のこと裏切るつもりなの?」

「そんなバカな・・・!」

 必死に首を横に振る。

「それと一緒よ。私も今あなたが抱いたのと同じ心境よ。」

「そうか・・・!」

 パルカンは思わずカトリシアに抱き着いた。

「もう、どうしちゃったのよ。急に小さい子供みたいになっちゃって。」

 カトリシアはそう言ってパルカンを強く抱きしめた。


「パルカン、カトリシア!」

 執務室で書棚などの中身をチェックしていたところに、バスティーニが飛び込んできた。

「どうしたのバスティーニ、何かわかったの?」

「これを見てください。」

 そういって差し出したのは研究所による研究報告書だった。

「何かの設計図?」

「ええ、そのようです。」

「ロボットか何かかしら?」

「だろうな。」

「そして、これも見てください。」

 別の研究報告書には、被験者5人に関する膨大なデータが記されていた。

「なにこれ?数式ばっかり。」

「情報課のメンバーによると、5人の遺伝子情報のようです。」

「遺伝子情報?」

 ぽかんとした顔をしているカトリシアにパルカンが説明する。

「聞いたことがある。ゲノム情報だろ?その個人に関するありとあらゆるデータがわかるという。」

「そうです。その人の祖先、人種といったことから、自分すら知らない情報まで解析できるんです。」

「なぜそれをエフィカが・・・。」

「わかりません。ただ、この研究所では何かが行われていたことは明らかです。これは、研究所を探し捜査する必要がありそうですね。」


(5)新たな戦いの予感

9

 まずはその捜査対象の研究所を探さないといけない。

「しかしどうやって探すんだ?」

 手がかりは報告書にある『国立研究所』という単語だけである。

「地図から探すしかありませんが・・・。せめて地方の見当がつけばいいのですが・・・。」

 所在地に関する手掛かりは何一つない。

「町の人に聞くという手段はあるかもしれないわね。」

「町の人が知ってますかね?」

「市民の力を侮ってはいけないわ。案外足で探す方が早かったりするものよ、こういうことって。」

「では手分けしましょう。僕たち情報課は地図から探すことを試みます。パルカンとカトリシアの2人には、聞きこみをお願いできますか?」

「いいわ」

「かまわん」

「ではお願いします。」


「にぎやかになったわね」

「ああ、我々が来たときは人の声すらしなかったからな」

 聞き込みに回ることになった2人は町の商店街を歩いていた。

 騎士団がこの街にやってきたときには、人の声さえしなかったのに今は非常ににぎやかだ。

―――これが本来のエフィカの姿なのね。

 とその時、カトリシアの足がピタッと止まった。

「お主、まさか・・・。」

「最近飲んでないわね。しかし私のことをこうやって誘惑するお店がいけないのよ。」

「そなたはそんなことをいう人じゃないよな?」

「え?何か言ったかしら?」

「エレン家は皆優秀だ。しかし、代々酒好きが多いのもエレン家だな。なぜなのだ?」

「さぁー、何故かしらね。とにかくねパルカン、お店がいけないの。ね?」

「好きにせい。ほどほどにな。」

 カトリシアは意気揚々と居酒屋に入った。

「いらっしゃい、2名様かな?」

「はい、禁煙席で。」

「はいはい、じゃあこちらへどうぞ。」

 店員がオーダーを聞きに来た。

「ご注文は?」

「生2つ、あと枝豆ちょうだい。」

「はい、かしこまりました。」

「あら、お姉ちゃん、あの時の。」

 と声をかけてきたのは、以前エフィカの内情のヒントをくれたおじさんだった。

「ええ、おじさんこそ元気そうじゃない。」

「ああ、姉ちゃんに会うために元気にしていたぞ~。」

「あら、うれしいわ。」

 そんな会話をしている間に、ビールが到着。おじさまと乾杯するカトリシア。そして

「っぷはー!うまいわ!」

―――おっさんゼリフは絶対言うんだな。

「そういえば今日は何してんだ?」

 ここから戦略家エレン家の実力が発揮される。

「あのね、お父様に着替えを届けようと思ってね・・・だけどここの居酒屋が開いているせいでお酒飲みたくなっちゃって、来ちゃったの!」

―――居酒屋が悪いのかい。

「でも本当は俺に会いに来たんじゃないの~」

「あら、ばれちゃった?」

―――騎士団男性陣には聞かせられないな。

「あら、お酒がなくなっちゃった。どうしましょう?」

―――なくなっちゃったじゃないだろ!胃袋に注いだんだろ、自らの意思で!

「すいません~同じの2つ!」

―――2つ!?

「そういえば姉ちゃんの親父さんはどこにいるの?」

「研究所にいるって言ってたわ。だけど、研究所が見つからなくて。」

―――なるほど、そういう風に聞こうとしていたのか。しかし、知っているのか、このおじさんは。

「ああ、研究所ね。そういえばこの辺りにあったな。」

―――知っているの!?

「お待たせしました~」

「あらありがとう。やっぱりビールは命の水ね!」

―――いや違う。

「ただ俺が聞いたところだと、その研究所は火災にあったって噂になってたぞ。」

―――焼けた?マラカノが焼いたのか?

「ええ~火事で焼けたってそんなはずはないわよ!私のお父様はそこに務めているのだから!」

「でもそう聞いたけどな。新聞にもそう載っていた。」

「それっていつのこと?」

「初めて姉ちゃんにあう前だよ。」

―――我々がエフィカに来る前ってことか?

「ずいぶん前じゃない!」

「ああ、確か図書館が焼けたのと同じ日だった気がするな。」

―――まさか!?あれが?

「図書館が研究所だったの?」

「ちがうちがう。図書館の近くにあったんだよ。」

―――同じ敷地内になったということか。

「で、図書館と一緒に焼けちゃったってこと?」

「そういうことだな。」

「えー、じゃあこれどうしたらいいのかしら?お父様はどこにいるのかしら?」

「研究所は再建される予定もないと言っていたからな。もう家に帰ってるんじゃないか?」

「そう・・・。じゃあもう一回お母様に聞いてみるわ。」

「そうしたほうがいいな。それよりもさ、もう一杯いかないか?」

「いいわね!」

―――良くない!

 なかなか終わらないカトリシアの飲み会の終了をひたすらに祈るパルカンであった。


「つまり、図書館火災は、図書館を焼きたかったのではなく、研究所を焼きたかったってことか?・・・って聞いておらんか。」

 あの後、カトリシアはビールからワインを飲み始め、すっかり酔っぱらってしまったのだ。

「お主が酔うとは珍しいな。どうしたんだ?」

「わかんないわ~。」

 顔を真っ赤にして、ふらふらとパルカンの肩に手をかけて歩いている。まさかこんなことになるとは思いもしていなかった。

 ただ、重要な情報を得ることはできた。おそらく、研究所は図書館の敷地内にあった。ただ、今は図書館と共に焼かれてしまい、跡形も残っていない。

 研究所での研究を記した資料なども図書館にあったのであろう。ただ、図書館も消失してしまった以上、その資料を見ることはできない。結局、研究所で何の研究をしていたのかを知ることはできないのである。

―――図書館の敷地を調べてみないとわからないが、別の場所などにバックアップなどはないのであろうか?それこそ大統領府などにはないのであろうか?

 そんなことを考えながら歩いていると、大統領府へ戻ってきた。

「おかえりなさい、パルカン。・・・カトリシア?」

「ああ、カトリシアは情報を聞き出すためにその人物とお酒を飲んでいたのだが・・・その結果・・・。」

「ああ、大丈夫ですよ。カトリシア嬢の酒好きはよく理解しています。カトリシア嬢が“お付き合い”で居酒屋に行くとは思えません。自らの意思であることはわかります。」

「そうか。余がきちんと引き留めればよかったのだが」

「どこかに寝かせておけばそのうち酔いもさめますから。それより、聞きだした情報を教えてください。」


 応接室のソファにカトリシアを寝かせながら、パルカンはバスティーニに例のことを話した。

「図書館ですか・・・。つまり、図書館というのは我々が思っているようなものではなく、研究資料を保管していた施設ということになるのですか?」

「実際焼かれる前の図書館を見たことがあるわけではないからわからないが、その可能性もあるといえる。」

「まさにアレキサンドリアの図書館じゃないですか!」

「ただな、ここから先は余の憶測なのだが、普通そういった重要な情報はバックアップを取ると思うのだ。紙に書かれているということは、このように災害等でなくなってしまう可能性も十分にある。失われると支障のあるデータなら何らかの形でバックアップを取るのではないか?」

「確かにそうですね。しかし、そのバックアップはどこにあるのですか?」

「この大統領府の中、とか。」

「しかし、そのようなものはありませんでしたよ。」

「そうか・・・。では別のところか?」

「考えられるのは郊外の施設ですね。首都は戦争などが起きた際敵の攻撃を受ける可能性が高い場所です。しかし、郊外の、人気の少ないところであれば攻撃を受ける可能性が低くなります。人気が無くて、かつ重要な場所でないところ。その地方を探してみるのがいいのかもしれませんね。」

「そのような、あやしい施設は地図上にあったのか?」

「今情報課のメンバーが探していますが、見つかっていませんね。」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。そういうものを探すのが一番大変だ。」

「ええ、でもパルカン殿の憶測は十分に考えられます。その視点をもってもう一度探してみるのも手かもしれませんね。」

「スーパーコンピューターの・・・メモリーは調べたの?」

 カトリシアが言う。

「酔いがさめたのか。早いな。」

「当たり前でしょ・・・。ってバスティーニ!」

「どうかされました?」

「いや、なんでもない・・・。で、メモリー。」

「はい、確かにと思いました。」

「どういうことだ?」

「黙示録に書かれていたことを覚えている?これを動かすために、エフィカの歴史や風土、文化などあらゆることをインプットさせたってこと。」

「そういえばそういうことが書いてありましたね。」

「もしかしたら、図書館のデータも記憶していたかもしれないわ。」

「調べてみる価値はありそうですね。さっそく分解して、分析してみましょう。」


 バスティーニの指示のもと、スーパーコンピューターのメモリー室に入り、部品を分解していく。

「すごいな。部屋のスペース全てを使っているのだな。」

「国政を担っていたコンピューターなら、このぐらいのメモリーがあってもおかしくないわね。」

「しかし、公爵が遠隔操作していたのだろ?このコンピューターが自己判断していなかったのなら、こんなにメモリーは要らんだろ。」

「こういう可能性も考えられない?このコンピューターに全部記憶させて、公爵が閲覧していた可能性。」

「なるほど。」

「遠隔操作ができるのなら、そこからこのコンピューターに記憶させた情報を閲覧することも容易なんじゃないかしら。」

「そうだな。なら、この内部のメモリーを調べるのは有効かもしれないな。」

 次々と運び出されていくメモリー。その量は膨大である。

「これをすべて調べるのは大変だろう。」

「1週間はかかるでしょうね。ただ、マラカノにデータを破壊されていなければいいけどね。」

 その後も分解作業は続き、終了したのは夜中であった。

「お疲れ様。今日はもうここに泊まりましょう。明日、これらのデータをカフスランに持ち帰って、調査を開始してもらうわね。」

「そうですね。」


10

 大統領府の調査から戻ってきてから4日後。

 カトリシアは軍務省の自分の執務室にいた。

 未だ軍から作戦参謀としての業務が与えられていない。本当に何をしたらいいのかわからなかったカトリシアは、隣室の作戦参謀に何をしたらいいのかを尋ねることにした。

 隣室はキール=アックス少佐。30代半ばといった風貌の男性の作戦参謀だった。

「アックス少佐。少佐は軍からの要請がない間、何をされているのでしょうか。恥ずかしながら、私は何をしたらいいのかわからなくて。」

「私は国際情勢を把握するように新聞を読んだり、気になる国について徹底的に調査をしたりしているよ。作戦参謀はいつ、どこに配属されるかわからないからね。いつ、どこに配属されてもいいようにいろんな予備知識を入れるようにしているよ。他には師団を視察している者もいれば、自ら戦術訓練をしている者もいるし、様々だ。」

「そうですか。ちなみに、最近要請はありましたか?」

「どうだったかな?私は受けていないと思うよ。ま、作戦参謀が暇ってことはカフスランが平和ということだ。いいことだけどね。ただ、任務に就くことも少ないから出世できない役職でもあるんだよね。名誉ある地位ではあるけど、この上に上がることが難しい。ばりばり出世したいってタイプにはかなりいやな地位かもしれないね。」

「わかりました。ありがとうございます!」

 部屋を後にし、カトリシアは自室に戻ることにした。

―――ならば、私はマラカノについて徹底的に調べてみるか。

 そう思い、部屋のドアを開けると

「おうカトリシア、元気だったか。」

 カリウスがいた。

「おう、じゃないわよ。何勝手に人の部屋に上がってんのよ!」

「いや、ノックしても返事ねえからさ、開けてみたらだれもいないから入って待ってたんだよ。」

「何当然みたいな顔してるのよ!もう!」

「まあまあそう怒るなよ。」

「で、用事って何かしら?」

「ああそうだそうだ。エフィカがマラカノの領地になるって話、聞いたか?」

「どういうこと?」

「今回の一件で、また再びカフスランが同じことをしないように、エフィカをマラカノが管理するっていうんだよ。」

「つまり、今回の事件の代償としてエフィカをもらうってこと?」

「そういうことだ。今エフィカには統治者がいない状態だ。そこへマラカノが入ってきたっていうことだ。ただな、マラカノ以外にもエフィカを狙っている国があってな、国際社会からは大国の暴挙だって批判されているんだ。」

「国連はそれで何も言っていないの?」

「言っていない。それに、国連はマラカノの言いなり状態だ。あの国のやっていることに口出ししないんだよ。」

「そんな。エフィカの人たちはそれでいいの?」

「さあな。ただ、マラカノは今後必要に応じて住民投票をするって言ってるけどな。」

「順番逆でしょ?この事件に乗じて勝手にエフィカを支配しようって都合よすぎじゃない?」

「『我々は世界の平和を守る責任がある。カフスランの様な国からエフィカの国民を保護するためにも、マラカノが保護しなければならない』とか言っているらしいぜ。」

 絶対マラカノには別の目的がある。カトリシアは徹底的にマラカノについて調べる必要があると思った。


 公爵邸では、カトリシアとカリウスがしていたのと同じことが話題となっていた。

「これを決めたのは誰なのかね?」

「イケノス氏です。」

 執務室でパルカンと会話しているのは外務省の事務次官であった。

「イケノスが勝手にエフィカを支配しているのか?」

「国際法上は不法支配とはならないようですが。国連も特にまだ声明を出しておりません。ただ、国境警備隊からの報告によると、国境線には国連軍に代わってマラカノ軍がやってきたようです。こちらに向かって攻撃をするような気配は見られなかったということですが。」

「そなたもマラカノ軍の強さは知っておろう。」

「もちろんです。」

「そんな強国がわがカフスランのすぐ近くにいるのはよくない。もしマラカノが我が国に攻撃してきたらどうなる?」

「しかし、攻撃してくるとしたら、マラカノは何を狙ってそんなことをするのですか?」

「資源だ。わが国には豊富な地下資源がある。その地下資源を狙って我が国に攻めてくる可能性は十分にある。」

 隣国で自国の強大な軍事力をちらつかせ、脅迫してくる可能性も考えられる。カフスランとしてはあまりうれしい事態ではない。

「カフスランとマラカノは、対立関係にはない。しかし、友好関係にもない。マラカノにとっては絶好のチャンスなのだ。これを機に、カフスランがマラカノの軍事力におびえて友好的な態度を見せれば、友好的関係を築く代償として、資源を優先的に販売しろとか、マラカノの意向に従えと要求される可能性がある。かといって敵対行為をとれば、軍事力でもって抑え込んでくるであろう。これで、我々は身動きが取れなくなってしまうのだぞ。」

―――国家元首として、余は完全になめられているな。

 そのことに対する口惜しさと、怒りと、様々な感情がパルカンを襲った。

―――父が行った行為に対する代償がこれなのか。数年間、いやもしかしたら今後ずっと続くこの屈辱がその代償なのか。だとしたら、いくらなんでも・・・。

「余はカフスランの国家元首だ。マラカノの言いなりになってたまるか!我が国は、ここまでの屈辱を受けなければならないような罪を犯したのか!!」

 パルカンはそう叫んだ。


「少々手荒な手段でしょうか?」

 イケノスはある人物と会談していた。

「そんなことはない。むしろ向こうが手荒な反撃をしてくるかもしれん。でも、こちらには“ジョーカー”がある。それを使えば、あんな小娘も黙るであろう。」

 相手は大丈夫だと言っている。しかし、大きく膨らみすぎた風船が自ら爆発するように、限度を超えた膨張は自己破壊を招く。

 マラカノは拡大し続けている。そして今回、大きな切り札となるものをエフィカで見つけた。

―――しかしあれは諸刃の剣だ。使い方を誤れば、自分たちがだめになる。

 人類がいまだ誰も手を出すことのできなかった聖域に、エフィカが踏み込んでいた。

―――カフスランは、それに気づいていたのだろうか。あの前公爵はそれを知っていてこんなことをしたのか?だとしたら、カフスランにその情報が残っていたとしたら・・・。

 何とも言えない嫌な予感を感じた気がした。しかし、その予感は自分の考えすぎだとイケノスは考えた。そして、グラスに残っていたウォッカを、飲み干したのであった。

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