第3章 抗いの末に

(1)苦悩と衝撃

1


 カリウスの言葉を聞いて、一同は唖然とした。

 そして、カリウスが何をしたいのかが全くわからなかった。

「カリウス、今あなたが発した言葉が、どういう意味を持つ言葉なのかはわかっているわよね?それを分かったうえで発言したのよね?」

 カトリシアが厳しい口調で問う。

「ああ、わかってる。俺たちの本来の任務から外れたことであり、下手をすれば公爵殿への反逆ともとらえられるだろうな。でもさ、ここ4日間で分かった事実から導き出される結論としては間違ってないと思うぜ。」

「それしか方法がないのですか?」

「ああ。正当な方法で迫って、エフィカ政府が隠したがっている事実を公表してくれると思うか?」

「それを探すのが交渉でしょ?カリウスの考え方だと、この世界は戦争だらけになってしまうわ。」

「でも、今回は武力行使に出るしかないだろ?これだけエフィカの人々が汲々としているんだぞ。」

「我々がそれを行う必要があるのですか?エフィカの国民でもない我々が。」

「エフィカの国民じゃあないからこそできることじゃないか!」

「カリウス、落ち着いて。いろいろなことがいっぺんに起きて今あなたの中では少し混乱しているのよ、きっと。少し落ち着いたら・・・」

「みんなわかんないかな!俺が言わんとしていることが!」

 カリウスは再び立ち上がり、机をたたいてこういった。

 カリウスが言いたいことはなんとなくメンバーもわかってはいた。ただ、それを実行していいものなのか、迷いはあった。

 5人それぞれに、今エフィカが非常に窮屈な国になっていることは実感していた。そして、その窮屈さに耐えられなくなった人々が、カフスランに亡命してきていることもわかっていた。

 軍務省からのデータによれば、エフィカ軍の軍事力は強大なもので、戦いになれば勝てるかどうかはわからないという。非常に効率的な作戦を立て、無駄な動きを一切しない「鮮やかな」作戦を立てるのを得意とする。それはきっと、この国のトップに立っているのがスーパーコンピューターだからだろう。

 もしそんな軍隊がカフスランに攻め込んで来たら、一体どうなるのか。

 エフィカとカフスランが友好関係を築いてきた理由の一つに、エフィカが資源に乏しいということがあった。カフスランには地下資源が豊富にあるため、カフスランと資源貿易を行うにはどうしても友好関係を築いておく必要があったのだ。しかし、もし効率重視政策で進んだ場合どうなるか。友好関係を築くよりカフスランよりも強大な戦力を準備し、攻め込んだ方がより効率的であると考えるだろう。

 そのような事態に陥る前に、エフィカの暴走を止めたいという思いはメンバーそれぞれにあった。

「みんな、俺たちは騎士を目指している人間だ。個々それぞれに、カフスランでトップを争う技術を持っているのだぞ。俺たちの力があれば、戦うことは可能だ。」

「そなたは、我々5人でそれを実行しようと考えているのか?」

 今まで黙ってことを眺めていたパルカンが口を開いた。

「最初のうちはそうなるだろう。ただ、今後カフスランの方から援軍が来ることは期待したい。」

「カフスランが援軍を送る見込みはそなたの中では立っているのか?」

「それは五分五分だな。俺たちがただ暴走しただけってなれば援軍はよこさないだろう。ただ、カフスランがエフィカを攻めるチャンスだと思えば援軍を送ってくるんじゃないかと思っている。」

「ほう。なるほど。で、勝ち目はあるのか?」

「それはやってみなけりゃわかんないだろ。最初から勝ちが保障されている戦いなんてねーよ」

「なるほどな。それなら余は賛同しかねるな。」

「なんだよ!腰が引けてるんじゃねえのか!」

「カリウスの考えに賛同はする。そう思う気持ちもよくわかる。ただ、準備不足で戦いに突入することには反対だ。」

「パルカン・・・。あなたがそんなことを言っていいの?」

「逆に余の発言の何が問題なんだ?」

「あなたの立場よ。公爵の娘であるあなたが、そんなことを言っていいのってこと。カリウスがやろうとしていることは、カフスランへの裏切りでもあるのだから。」

「国王の家族が国家に歯向かって国が滅んだ話はめずらしくなかろう。逆に国家元首のそばにいるからいろいろと見たくもない物も見せられる余の気持ちもわかってはくれないか。」

 それを言われるとカトリシアも何も言えなかった。

「カリウス殿の言っていることは我々が工作員としてエフィカの転覆をはかるという解釈はできませんかね?」

 ヒートアップしたメンバーに、落ち着きのあるバスティーニの声が届く。

「少し落ち着いて考えましょう。カリウスが皆さんに提案したことは、『黙示録』で氏が求めていたことではないでしょうか。そして、それが実現できればエフィカとの戦争状態を解消する可能性が高くなると思いませんか?」

「なるほど。あなたが言いたいことはわかったわ。でも、それは私たちに実現可能?」

「現段階では準備不足としか言えませんね。現状では不可能です。しかし、きちんと段階を踏んで準備を行えば、不可能ではありません。」

「段階?」

「ええ、ステージを設けるんです。そして、各ステージでの到達目標を定めるんです。例えば、人を集める、武器を集める、資金を集める、とかね。そして、到達目標をクリアしたら次のステージへ移行する。そうやっていけば、実現は可能だと考えます。もちろん、到達目標の中に軍務省からの協力を取り付ける、というのがありますが。」

「バスティーニ・・・。」

「決断を下すのは団長、あなたです。ただ、私はカリウス殿の意見には賛同します。エフィカの国民にとっては、この国は非常に窮屈であり、寂しいと思います。今はこの現状が受け入れられている人も、そのうち耐えられなくなるでしょう。通常の人間関係を築けないことほど、人間にとって苦痛はありません。孤独で生きていけないように、特殊な環境下で生活できるのも限度があるでしょう。『黙示録』の中で氏が言ったように、目を覚ますべき時なんだと思います。そのきっかけに我々がなればいいのです。そして、カフスランにとってみれば、このような国は非常に脅威であり、厄介です。人間が為政者でない国など、まともに相手ができません。この国が、まともな人間が為政者である国になることは、我が国にとって大きなメリットになるはずです。私は以上の意見をあなたにお伝えしようと思います。」

 これには彼女は何も返事できなかった。

「フロリアは?フロリアはどう思うの?」

「私にはわからないわ・・・。いろんなことがいっぺんに起きすぎて、収拾がつかない。だけどこれだけは約束する。カトリシアの決定に絶対についていくって!」

「フロリア・・・。」

 カトリシアは頭を抱えた。もう、どうしたらいいのかがわからない。

「ごめん、一回部屋に行ってもいいかしら?一人で考えたいわ。」

 皆が返事をする前に、彼女は2階の寝室へと向かった。


2


―――お父様、私はどうしたらいいのですか!

 この騎士団を任された時、与えられた任務はエフィカの内情を探り、それを報告することだった。しかし、メンバーは工作員として、エフィカ国家の転覆を行うべきであると主張しているのだ。

 正義感の強いメンバーが集まっているのはカトリシアもよくわかっていた。ただ、今その正義感をかざして行動することが正しいことなのはどうかはわからない。カリウスの主張は明らかに騎士団の活動の主旨から外れたものであり、軍務省から指示されたことではない。軍務省に相談すれば、当然却下されるであろう。

―――ああ、こういうときに気軽に相談できる妹みたいな存在がいればな・・・。

 カトリシアは一人っ子である。ただ、昔、小さいころに自分と同じ黒髪の少女と遊んでいたような記憶がある。いや、兄弟が欲しいと強く思っている自分の思いから記憶がゆがめられているのかもしれない。

 自分の周りで兄弟がいる子たちを見ていると、皆身近に歳の近い話や悩みを真剣に聞いてくれる存在がいていいなと羨ましく思っていた。

―――結局、私はどうしたらいいのかしら・・・。

 メンバーの言う通り、工作員として活動すべきなのか、これまで通り内情を探る活動を続けるべきなのか。ただ、これ以上今やっていることを継続していてもなにも進展がないような気がしているのも事実だった。何か別の策を練らない限り、前には進まないような気はしていたのだ。しかし、だからといって工作行為を行うことは全く考えていなかった。

 カトリシアの中で今一番達成しなければならないことは、黙示録にあるように、本当に大統領がスーパーコンピューターなのかどうかを確認することだった。この事実を確認しない限り、このことを事実として軍務省には報告できない。そして、この事実を確認することが一番の困難であることもよくわかっていた。これだけ国が総力を挙げて隠している事実だ。それを簡単に確認できるわけがない。何か、ある意味では卑怯な手段を用いない限り確認することはできないだろう。

 戦場ではとっさの判断力が、勝負を左右し、自己の生死を左右する。今ここは戦場ではないものの、状況としてはよく似た状況下にある。指揮官である自分が適切に判断を下さなければ、軍務省から与えられたミッションの達成という、この騎士団創設の最大の目的を達成しそこねる。ここでの判断が、非常に重く、大事なものになる。

―――あー、もうどうしたらいいのよ!

 カトリシアは枕に顔をうずめ、ただひたすらに迷っていた。


 カトリシアが立ち去った後の食堂では、重い空気が流れていた。

「カリウス、ちょっと言い過ぎたんじゃないの?カトリシアだって相当迷っているのよ。軍務省からの要求と、私たちの要求との狭間にあってつらいのに、あんな言い方はないんじゃないの?」

「ちょっと言い過ぎたかなとは思ってるよ。だけどよ、間違ったことを言っていたつもりはねえよ。今俺たちがつかんでいる事実から十分に考えられることじゃないか。」

「確かにな。ただ、今のカトリシアにそれを要求するのは少し酷ではないか?」

「だけどよ・・・。」

「とにかく、カトリシア嬢の判断を待ちましょう。きっと、彼女なりの結論を出すでしょう。我々はその指示に従うまでです。少し落ち着くためにもお茶でも入れませんか?」

「いいわね、バスティーニ。私、上のカトリシアにも持って行ってあげるわ。」

「それは助かります。是非お願いしますね。」

「ところで、外がちと暗すぎはしないか?」

 今は午後の3時だ。夏の3時はまだまだ暑い日差しが照り付ける時間だが、外はどんよりとした雲が広がっていた。

「何か、嵐が来そうな雰囲気ね。」

「エフィカもカフスランも気候は非常に穏やかですからね。嵐が来るのは非常に珍しいですね。」

「そういえば、カトリシアって雷が超苦手じゃなかったっけ?」

「そうなのか。」

「そういえばそうだったわね。」


 30分後、外は激しい雷雨となった。

「おお、土砂降りじゃねえか。こんな雨滅多に見ねえから興奮するな!」

 その時、食堂のドアが開いた。そこには青ざめた顔をしたカトリシアが立っていた。

「おうカトリシア。なんだ、雷にビビってんのか?」

「ち、違うわよ。ただ、なんとなく食堂に来ようと・・・」

 その瞬間、雷が鳴る。

「きゃーーーーー!!」

 同時に、カトリシアの悲鳴も響いた。

「雷とカトリシアの悲鳴、どっちが怖いかわからなくなってきたよ」

「そなたらしくないな。そんなに雷が苦手なのか?」

 声をかけたパルカンに、今にも泣きだしそうな顔をしたカトリシアが抱き着く。

「まるで、子供に逆戻りだな。」

「しかしまあ、よく降るわね。今日雷雨になるなんて予報だったかしら?」

「私の端末に届いていた天気予報によれば今日は快晴との予報でしたよ。ただ、予報はあくまで予報ですから。外れることもありますよ。」

「確かにそうね。」

「この辺りに雷が落ちなければいいのですが・・・。」

 バスティーニがこういった瞬間、雷光と同時に大きな雷鳴が響いた。そして、屋敷の電気も消えた。

 カトリシアがこれまでにないくらいの絶叫を上げる。

「おいおい、光ったのと雷鳴が同時だったぞ。この辺りに落ちたんじゃねえのか?」

「停電してますしね。その可能性は極めて高いですね。」

「そなたも泣くんじゃない。屋敷に落ちたわけじゃあるまいし。」

 パルカンは泣き続けるカトリシアの対応で手一杯だった。

「早くやまないかしらね。カトリシアのためにも。」


 停電から30分後。外は雨も上がり、青空が戻ってきた。しかし、停電状態は続いていた。

「カトリシアにも女の子らしい部分があるんだな。余は少し安心した。」

「なによ・・・バカにして・・・」

「バカになんてしていないぞ。かわいらしいなと思っているだけだ。」

「うるさい!」

「それより、停電、なかなか復旧しませんね。」

「首都全体が停電しているのかしら?」

「今、フロリアとカリウスが見回りしています。」

「そうなの。2人が外に出たの気付かなかったわ。」

「そりゃああれだけ悲鳴を上げて泣きじゃくっていたら気が付きませんよ。」

「なによ、バスティーニまで小バカにして!」

「小バカになんてしてませんよ。」

 そんな会話をしていたところで、見回りを済ませた2人が戻ってきた。

「おかえりなさい。どうだった?」

「おう団長殿。絶叫タイム終了ですか?お疲れっす。」

 カトリシアがカリウスに一発蹴りを入れる。

「痛っ・・・。ガチで蹴りいれただろ?」

「ええ、どう、乙女の本気の蹴りは?痛い?」

「それよりカトリシア、聞いて。どうも首都全体で停電しているようなのよ。でね、カリウスが気になることを言っていて・・・ほら、カリウス。」

「ああ、大統領府ってこの近くだよな。もし大統領府も停電してたらやばいんじゃないかって思ってね。」

「どういうこと?」

「スーパーコンピューターのことですね。」

「ああそうだ、バスティーニ。」

「さすがに非常用電源は用意しているでしょう。万が一に備えるはずですよ、普通は。」

「いやそのね、まずいことがあって・・・。」

「まずいこと?」

「首都で火事があったっていうのよ。で、その場所が大統領府の近くなの。」

「町で何か異変はなかった?人々の動きがいつもと比べると違和感があったとか?」

「俺たちが見回っている限りではなかったな。あまり人々が出歩いていないのが少し気になったけど。まーこの天気のすぐ後だからそんなものかと思っている。」

「お店は開いていた?スーパーとかやっていた?」

「スーパーは閉まってたぞ。今日土曜日だろ?普通店は閉まってるだろ?」

「カフスランではそうかもしれないけど、エフィカは年中無休よ!だってほとんど機械がやっているんだもの。店休なんて必要ないじゃない!」

 そのカトリシアの言葉を聞いたバスティーニがあるものを取りに行った。それはスマートフォンと呼ばれる端末である。

「みなさん見てください!この端末の様子がおかしいです!」

「おう、どうした?」

 メンバー全員がバスティーニのスマートフォンを覗き込む。

「なんかエラーメッセージみたいのが出てるじゃねえか。なんだこれ?」

「ネットワークに接続できなくなっています。天気予報とかの情報を閲覧するサイトにもアクセスできません。」

「おいおい、まじかいな」

「これは火事の詳細を至急調べる必要がありそうね。外の見回りは私とバスティーニで行くわ。残ったメンバーはここで情報収集をお願い。」

 そういってカトリシアはバスティーニと共に外に出た。


3


 外はあまりにも静かすぎた。

 活動が行われている気配すら感じない。気味の悪い静けさだった。

 大通りには人っ子一人いない。お店の中にも誰もいなかった。

「妙に静かね。気味が悪いわ。」

「そうですね。」

「あのお店の中、一度入ってみましょうか。」

「ええ」

 2人は大通りにあるスーパーの店内に入る。

 店内には誰もいなかった。

「カトリシア嬢、これを見てください!」

「どうしたの、バスティーニ?」

「これ・・・会計を行う機械、動いていません。どこを押しても反応がありません。スマートフォンのと同じエラー表示が出ています。」

 画面は真っ黒になっており、

“A system error has occurred.

Please to recover as soon as possible.

This could be due to a server error.”

と書かれていた。

「サーバーエラーの可能性って・・・システム自体がダウンしたってこと?」

「恐らくそういうことでしょう。この機械だけの問題ではなさそうですね。」

「こういう機械はすべて大統領府のスーパーコンピューターの管轄下にあるの?」

「管轄下にあるかどうかはわかりませんが、この国のネットワークの中心にあるのは間違いありません。中央からの命令がない限りネットワークは機能しませんから、中央がダウンしてしまうとこういうことが起こる可能性は十分にあり得ます。」

「とにかく、大統領府に行ってみましょう。」

「ええ、急いで行ったほうがいいかもしれませんね。」


 2人は大統領府の近くまで来た。すごく焦げ臭いにおいがする。そして、ものすごい黒煙が上がっていた。

 火事は未だおさまってはいなかった。

「これ以上は危なくて近づけないわ。ただ、火の手が大統領府から上がっているのは間違いないわね。」

「ええ。消防車などの類の車両なども来てないとなると・・・」

「システムが落ちて、そういった機能も使われていないってことかしら?」

「可能性はありますね。」

 黒煙が立ち上る大統領府を見ながら、2人はこれだけの先進的技術に依拠しているシステムが、たった1時間ほどの雷雨でダメになってしまった事実に驚愕していた。


 

(2)Selbstzerstörungs system~抗えぬ終焉

4

 屋敷に戻った2人に、カリウスがすぐ執務室に来るよう伝えてきた。

「どうしたの?」

「お前の父上から緊急で連絡がきた。至急で伝えたいことがあるってよ!急げ!」

 階段を駆け上がり、執務室に駆け込む。

「あ、カトリシア!お父様から緊急の連絡よ!」

「ありがとう・・・もしもし、お父様・・・」

 電話機でカトリシアがカフスランにいる父プロシュテットと会話をする。その会話をするカトリシアの顔がみるみる険しくなる。その様子を見ていたメンバーは、事態がどう見ても悪い方向に向かっていることを感じていた。

「はい・・・はい、ええ・・・そうですか。そのような連絡が。・・・ええ、わかりました。で、私たちはどうすれば?・・・ええ、ええ・・・なるほど。その要請を受けよと。」

「おい、要請ってなんだよ?」

 カリウスがバスティーニに聞く。

「私に聞かれましても・・・わかりませんよ。」

「・・・え?いいのですか?向こうはそれを知っていた・・・はぁ、なるほど、こちらから・・・そうですね、変に怪しまれるよりは・・・ええ、わかりました。私なりに円滑に事が進むように致します・・・はい、ここが?ええ、わかりました。・・・はい、わかりました。ありがとうございます。・・・はい、善処します。・・・はい、よろしくお願いいたします。・・・え?雷ですか?まぁ大丈夫です。メンバーがいましたから、まさか泣き叫ぶようなことはいたしませんでしたわ。」

「おい、カトリシア。全力で泣き叫んでたじゃねえか。何父親の前で強がってんだよ。」

「わかりました。よろしくお願いいたします。では。」

 カトリシアが電話を切った。

「おい、カトリシア。本当は雷の時全力で泣き叫んで・・・」

 全力でカリウスに蹴りを入れたカトリシアが全員に向かって今の電話の内容を告げ始めた。

「どうも、反乱を起こすような真似をしなくても、この国の真の姿は明らかになりそうよ、カリウス」

「どういうことだよ?」

「エフィカ政府からカフスラン政府へ正式に救援要請が来たわ。何でも“国の存亡にかかわる”事態に陥ったため、カフスランの力を貸してくれとのことよ。」

「救援要請があったの?」

「ええ。そして私たちがその救援要請にこたえるってこと。ただ、こちらも無条件でその要請にこたえるわけにはいかない。そこで、不可侵条約の再締結を条件に応じることになったそうよ。」

「向こうはそれを受け入れたのですか?」

「ええ、すぐに受け入れたそうよ。それを受け入れなければならないってことはつまり、かなり危機的状況にあるってことね。かなり大変な任務になるかもしれないわね。」

「なるほど。でも、他のやり方はなかったのでしょうか?何もコンピューターが壊れたからって救援要請をするのは大げさじゃありませんか?」

「そこは私も気になるわ。ただ、とりあえず今は要請を受け入れる準備をすることが最優先よ。これからエフィカ政府の担当者が来て、詳しい説明がされるから。まずはその説明を聞きましょう。」

「そうだな。」

「あ、あと、ここの屋敷、現時点からカフスランの臨時大使館となるのでよろしくね。」

「ここにカフスランの人間が来ていることを公にするってことか?」

「ええ。もうこそこそする必要はないってことね。」

―――事態の動きが早いな。軍務省は本当に何も知らなかったのだろうか?

 パルカンはあまりに物事が順調に進むことに疑問を感じていた。


30分後、エフィカ政府の担当者がやってきた。カトリシアは話を聞くため、まず担当者を全員が集まっている応接間に通した。

「初めまして。カフスラン公国騎士団“サルビア”団長のエレン=カトリシアと申します。こちらが・・・」

 カトリシアがメンバーを順番に紹介する。

「初めまして、エフィカ共和国大統領秘書官のズーラ=ホルシュタインと申します。今回は我々の救援要請に応じてくださりありがとうございます。深く感謝いたします。」

「こちらこそ、貴国のお力となるよう尽力いたします。何卒よろしくお願いいたします。まず、確認したいことがあるのですが、不可侵条約の再締結の件なのですが・・・」

「はい、その件につきましては外務大臣が現在カフスランの首都に向かっております。到着次第すぐに締結交渉に入ります。条約締結は今回貴国が我らの要請に応じる条件として提示されたものですから、確実に行います。それは私がエフィカを代表してお約束いたします。」

「わかりました。こちらも数日後軍務省を通じて確認は致します。では、条約締結はしていただけるものという前提のもと、要請に応じたいと思います。まず、現在の状況を教えてください。」

「はい、皆さんは『黙示録』の内容はご存知でしょうか?」

「ええ、知っております。」

「なら話は早いです。あの『黙示録』に書かれていることは大方事実です。前代の大統領が作成したスーパーコンピューターが、今この国の実権を握っております。そのコンピューターが、先日の雷雨によって動作しなくなってしまったのです。おそらくは、落雷の際の過電流によって停止してしまったのだと思うのですが・・・。」

「であれば、再度電源をいれればよろしいのではないのですか?」

「ええ、そうなんです。そして、電源を入れたのです。」

「動いたのですか?」

「動くには動きました。しかしながら、まったく制御できなくなってしまったのです。」

「制御できなくなった?どういうことでしょうか?」

「はい、『黙示録』に書いてある通り、何か事が起きたときには、大統領に判断を仰ぐための、質問の入力画面があるのですが、今回その画面が立ち上がっていないんです。起動はしているようなのですが、いつまでも画面には何も表示されないんです。スーパーコンピューターを制御できない限り、私たちは国民に対して指示を出したりすることができません。なので、非常に困っているのです。」

「やはり、この端末を通じて国民を操作していたのですね?」

 こう聞いたのはバスティーニだった。

「おっしゃる通りです。前代の大統領は、人間による政治を非常に嫌っておりました。そこで、まったく人間の介入する余地のない政治体制を確立したのです。あのコンピューターがある限り、私たちは何もできないんです。憲法の規定も、法律もすべて最高権力者はあのコンピューターなのです。我々はただの道具。権力を私たちに移行するためにも、まずはコンピューターが動いてくれないとどうしようもないんです。」

「人間を操り人形にしていたってことか・・・。恐ろしいシステムです。」

「で、私たちはどうすればいいのでしょうか?」

「まずは大統領府に来ていただけないでしょうか。そして、実際に見ていただきたいのです。」

「わかりました。すぐに向かいましょう。案内をお願いします。」


メンバーは、やってきた大統領秘書官と共に大統領府へと向かった。  

大統領府は旧王宮で、カフスランの王宮とよく似た構造であった。そして、王の執務室であった場所に、今動作不良を起こしているコンピューターは鎮座していた。

メンバーは、3つのセキュリティチェックを受け、大統領執務室へと通された。

部屋に入った途端にカリウスは「思った以上に小さいな」という率直な感想を述べた。

 幅は75cm、高さは150cmほどの大きさで、奥行きも40cmほどしかない。ディスプレイは大型液晶テレビサイズで、コンピューターの前におかれた机にはタブレットサイズの操作パネルがある。

「こんな小さな機械が国の最高権力者なんだな・・・。」

「これがこのコンピューターのすべてなのですか?」

「いえ、いわばコンピューターの脳にあたる機械が隣室にございます。ただ、あくまで情報処理装置ですので、開けて操作する、といったことができるものではありませんが、ご覧になりますか?」

「いいわ、必要になったら見させていただきます。」

「わかりました。」

 カトリシアはディスプレイを見た。彼女の視線の先にある画面は黒いままであり、何も表示されていない。

「ディスプレイの上にあるこの小型カメラで顔認証を、操作パネル左側にあるセンサーで静脈認証を行い、両方が操作権限のある者のものであれば、ロックが解除され、操作ができるシステムになっています。操作権限が与えられているのは、現在ですと私だけです。で、私が認証を行っても・・・。」

 大統領は何の反応もしない。

「フリーズしているのでしょうかね?」

 騎士団の中で一番機械に詳しいバスティーニがコンピューターをのぞき込む。しかし、特にこれと言って打開策は見いだせなかった。

「何か反応があれば対処のしようがあるが、無反応となると、埒が明かないな。」

 パルカンもコンピューターをのぞき込む。

「そうね・・・一体どうしたらいいのかしら?」

 カトリシアもコンピューターをのぞき込む。と、その時だった。突然コンピューターが起動し始めたのだ。

「あ、動き出しました・・・何もしていないのに、なぜだ・・・。」

 困惑する大統領秘書官。

「カトリシアが顔認証と静脈認証のセンサーに触った時に起動し始めたよな?」

「わ、私が壊したの!?」

 そんな会話をしているうちに、ディスプレイに文字が表示された。

≪Ich traf eine wirkliche Herrscher.

Von nun, meine Sekretärin ist ein Mädchen von schwarzen Haaren zu sein, die auf der Anlaufzeit des Sensors berührt.≫

「おい、これ何語だ?」

「古代ゲルダイン語です。えっとですね、<私は本当の支配者に出会った。今から、私の秘書となるのは、起動開始時センサーに触れた黒髪の少女である。>と書かれています。」

「おい、それってカトリシアのことじゃないのか?」

「私のこと?なんで私が?」

 すると、その会話を聞いていたかのようにディスプレイに文字が表示された。その文字を秘書官が通訳する。

「<私は過去の秘書官ではこの国を任せられないとわかった。ただし、今目の前にいる少女には、この国の未来が託せるとわかった。だから、少女に私の秘書になるよう命じたのだ>と書かれています。」

「今までにもこういうことがあったのですか?」

「いいえ、このような動作を起こしたのは初めて見ました。」

≪Fragen?≫

「質問はあるかと聞いています」

「なぜ私なの?エフィカの人ではだめなの?」

 ディスプレイに文字が写る。秘書官がそれを訳す。

「今のエフィカには、私がこれから発動するプログラムを制御できる人間はいない。このプログラムを制御し、エフィカを救えるのはお主だけだとわかったから、お主を秘書に指名した。ただそれだけだ。」

「これから発動するプログラムってなんだよ!?」

 ディスプレイに写った文字は≪Selbstzerstörungs system≫だった。これを見た瞬間、秘書官は震え上がった。

「おい、どうしたんだよ?なんて書いてあるんだよ!」

「自己破壊プログラム・・・黙示録プログラムが発動したってことですよ!!」

「自己破壊プログラム!?どういうことですか!」

「このコンピューターを作ったエルスタリア氏が、誰もこのコンピューターを超越せず、依存し続けた場合に発動するように設定したプログラムです。コンピューター自身が自己の破壊を行い、次なる支配者に国を託すプログラムです!」

「自己破壊って・・・どういうこと!?」

 困惑する一同。そんな中、再びコンピューターが質問は以上かと問うてくる。

「どうすればあなたが起動しようとしているプログラムを止められるの?」

「<プログラム起動後、12時間以内に秘書の少女がパスワードを伝えれば停止する>と書かれています。」

「パスワードって・・・なんだよ、ヒントはねえのかよ!」

「<人類が忘れてはならないもの>だそうです。あと、<言語は古代ゲルダイン語で入力せよ>と書かれています。」

「人類が忘れてはならないもの・・・つまり、そなたが今エフィカにない物と考えているものだな?」

「<そうだ>と答えています。」

「今のエフィカに足りないもの・・・それを私たちが考えろと・・・。一体どうすれば・・・。」

「<質問がなければ、プログラムを開始する>と言っています!どうしますか・・・。」

「質問、質問・・・。」

 そうしているうちに、画面には次の文字が現れた。

 Programm, das Start-up.(プログラム、起動開始)

12 Stunden des Countdowns, zählen beginnen.(12時間のカウントダウン、カウントスタート)

Das Programm Stopp vergessen? :(プログラム停止のパスワードは?)

12時間の戦いが、突如始まったのであった。


5


「全員、スマートフォンを壊して!破壊して!!」

 秘書官が叫んだ。

「なんでだよ?」

「とにかく!説明は後です!!急いで!!」

 声のトーンや切迫した表情から、とにかく今は秘書官の指示に従おうと、全員言われたとおりにスマートフォンを靴でたたき割った。

「大統領府職員諸君に告ぐ。今すぐスマートフォン端末を破壊せよ。今すぐにだ!」

 大統領府の室内放送がかかる。

「秘書官さんよ、なんでだよ?訳を教えてくれよ。」

「はい、この自己破壊プログラムは、スマートフォン端末から国民を操作するプログラムがあるんです。それが発動するとどうなるのか、具体的内容は明かされてはいないのですが、とにかくまずいことになるんです。」

「おそらくは」パルカンが破壊されたスマートフォンを見ながら言った。

「この端末からある電波を発して、人間の脳を操作するのであろう。違うか?」

「申し訳ありません、私にもそれが正しいのかどうかはわかりません。何も教えられていないので・・・ただ、プログラムが発動したら、職員は必ず端末を破壊せよと、先代の大統領がおっしゃっていただけなので・・・。」

「そうか。」

「で、これからどうするよ?カトリシア」

「私が聞きたいわ・・・これからどうするべきなのかを。」

「まずはその停止するためのパスワードを導かなければなりませんね。しかし、そのヒントがあまりにも少なすぎます。『人類にとって大事なもの』だけでは・・・。」

「そうなのよ、それが普遍的なものなのか、個人的なものなのかもわからないし・・・。」

 目の前でコンピューターはプログラムを起動し続けていた。こうして話しているうちにも、自己破壊プログラムはセットアップが進んでいるのだ。

「ホルシュタイン秘書官は、これからどうするおつもりですか?」

 バスティーニがエフィカの秘書官に問うた。

「私は全力で皆様のサポートをいたします。どんなことでも、何なりと仰ってください。私が知っていること、できることであればすべて行います。」

 すると、パルカンがホルシュタインの方を向いた。

「では余から、お主に聞きたいことがいくつかある。いいか?」

「何なりと。」

「まず平常時、このコンピューターは国民に対してどのようなことをしていたのだ?」

「どのようなこと、と申しますと?」

「そうだな、どのような指示出しをしていたのか、とかだろうか。」

「なるほど。ご質問の意図がわかりました。答えは全て、ですね。」

「全て?どういうことだ?」

「我々の様な特別な役職に就いている人間は違うのですが、一般的な国民の方は、いわばコンピューターの指示通りに動いているのです。例えば朝起きる時間、朝食のメニュー、その日1日の仕事のスケジュールなどなど。ゲームの様にある一定の選択肢は与えられるのですが。」

「生活までこれが管理していたのか?」

「ええ、先代の大統領はよく言っていたのが、共産主義が失敗したのは人間が欲を捨てきらなかったからだということです。人間には欲がある。ただ、どのような欲を満たしたいかは人によって異なる。ある人はたくさん食べることで食欲を満たしたいと思う。ある人は大金を稼いで欲を満たしたいと思う。だからこそ、人間から欲求を奪えば、完全な平等社会が実現すると考えたのです。」

「そんな・・・おそろしい・・・」

「でも選択肢があるポイントで与えられるんだろ?それで欲求が発生することはないのか?」

「ありません。選択肢が与えられるポイントはかなり限られています。例えば、仕事をする際にどの仕事をするのか、今日は電車で移動するのか、自家用車で移動するのか、みたいなものです。その選択肢のどちらを選んだからと言って、結果は同じになるように設定されているのです。仕事の選択も同じ時給の仕事の中から選ぶように設定されていましたし。」

「国民は完全に操り人形ってわけか・・・。」

「だとしてもだ、余とカトリシアは先日居酒屋で自由にしている国民にあったぞ。全員が全員そうだったわけじゃないのか?」

「それはおそらく旧カフスランの方ではないでしょうか。エフィカにも元々カフスランの国民の方がいらっしゃいます。特に大統領交代の時期にこちらに移ってきた方はこのシステムに組み込むことができませんでしたので・・・。もちろん監視はしていましたが。」

「そうなのか・・・。元からエフィカに住んでいた人間は、完全にこの大統領の支配下にあるってことなのか?」

「というか、支配下にしやすかった、という言い方が正しいでしょうね。ご存知の通り、カフスランとエフィカではその辺りの価値観が大きく違います。先代の大統領は、エフィカの価値観に同調する人間を丸め込み、自分の考えに洗脳する能力に長けていましたから、誰も大統領の言うことを疑いませんでした。特に、大統領が就任した当時、我が国は所得の低い方が圧倒的に多く、完全平等という言葉に、国民の大多数を占める低所得者の方が魅かれていましたからね・・・。」

「立場の弱い人間をうまく利用してってやつか・・・いつの時代も変わらないな。」

「そういった指示はスマートフォンを通じて行われていたのか。」

「はい、アラームが鳴って、指示内容が画面に表示されます。その指示通りに動いていないことがわかると端末から電気ショックが与えられます・・・それが反抗した罰となるわけですね。また、指示に背いたという記録がこのコンピューターに蓄積されて、ある一定の回数を超えると危険分子と認識され、監視が強化されます。そして、それでも指示に従わなかった場合には・・・警察に捕まり、処刑されます。」

「処刑!?」

「ええ、その内容については関係ありません。とにかく、指示に従わなかった時点でアウト。ゲームオーバーというわけですね。」

「ということは、国民はスマートフォンの指示には絶対に従うってことだな。」

「はい、どんな内容の指示であっても従うでしょう。」

「そうか。」

 人間が完全に機械の支配下に置かれる。そんなことが現実世界で起きる。メンバーは秘書官が語ったエフィカの現状に驚きを隠せなかった。

「こんなやり方をしないと完全平等は実現できなかったのか・・・。」

「むごいですね、このやり方は。」

 ここまでずっと黙っていたカトリシアが口を開いた。

「ホルシュタイン秘書官、この国には空軍のような部隊はありますか?空から偵察を行うことができる部隊が。」

「あります。あと、町の監視であれば大統領府の中にあるモニター室で監視しています。」

「町の監視までしているのね・・・。ではそのモニター室にフロリアを案内して。フロリアはそこで町の現状を教えて。そして、航空偵察隊を使って郊外の様子を監視して伝えてちょうだい。」

「かしこまりました。フロリア様、こちらです。」

「はい。」

 ホルシュタインとフロリアは大統領執務室を出た。

「今、町はどうなっているのでしょうか。」

「わからねえ。わからねえから2人が見に行ったんだ。」

 これまでにない、かなりの緊張感が執務室に流れていた。

 そして、ディスプレイには次の文字が表示されていた。

≪Bis zum Programm beendet, Rest für 11 Stunden 26 Minuten≫(プログラム完成まで、残り11時間26分)


(3)それぞれの過去

6


―――人類に大切な何か・・・今聞いた話の中で、私たちにあってエフィカの人たちになかったものは何?

 必死に考えた。12時間しかない。12時間を過ぎてしまったらこの国は大変なことになってしまう。

 焦っているだけに、冷静に分析して考えることができない。

 カトリシアは考えることは好きだった。小さいころからいろんなことに興味を持ち、いろんな本を読んだ。そして、人生とは何か、生きるとは何か、といった哲学的な思考を行ってきた。1日中ゆっくりと思考を巡らせ、そんなことにふけっているのが楽しかった。

 だけど、今は違う。時間までに、求められた正しい答えを導かなければならない。ゆっくりと、紅茶を飲みながら考えるわけにはいかないのだ。

―――この大統領は、エフィカの人々に何を取り戻せと言っているの?

「只今戻りました!」

 フロリアの声が聞こえてきた。そうだ、町の現状をモニター越しに見に行ってもらっていたんだ。

「どうだった、フロリア?」

「今のところ目立った動きはないわ。ただ、街中を歩いている人は相変わらずいない様子だったわ。あ、それから、大統領府内でスマートフォンの影響を監視している人がいたから、その人とかにもあってきた。電波が漏れないような密閉容器に入れて、どのような指示が来るのかを見ている人がいた。」

「そんな方がいたのですか?」

「ええ、かなり高官の方だったわ。放送が流れたときに、事態を察知して。」

「それはすごく助かるわ。で、どうだった?」

「ものすごい強力な電磁波が観測されているみたい。ただ、人間がその強力な電磁波を受けることでどうなるかまではわからないそうよ。」

「電磁波で人間を狂わせることができるのか、バスティーニ?」

「あまり事例を聞いたことがありませんからわかりませんが、可能という意味では可能でしょう。人間の脳は指令を電気信号で送っています。また、脳内で何か考え事をしている時、脳内では多くの電気信号で細胞同士がやりとりをしています。強力な電磁波を発すれば、それを狂わせることはできなくはありませんね。ただ、狂わせ方をコントロールすることが果たしてできるのかどうか・・・。」

「おそろしい話だな・・・。」

「それから、スマートフォンの監視をしている人が言っていたんだけど、どうもスマートフォン自体に12時間以内にこのプログラムが完成するようにシステムが組まれているみたい。このコンピューターと連動してってよりは、起動開始の指示だけ送って、あとは各スマートフォンがプログラム起動のセットアップを進めているのだって言ってた。」

「そう、ありがとう。」

 自分が思っている以上に、事態は深刻である。

 でも、焦っても何もいいことはない。まずは自分も含めて落ち着く必要がある。

 人間が忘れてはならない大事なこと。それなら、まずは自分の中で大切なことは何か、それを考えたほうがいいのではないだろうか。

 カトリシアはそう思い、各自にこう指示した。

「みんな、自分の過去を振り返って、その中で一番大事なことを考えて。」


7


 俺の名前はアルバノ=カリウス。代々“銃の騎士”と呼ばれてきたアルバノ家の次男だ。

 アルバノ家は銃の騎士であるにもかかわらず、公国大会の射撃大会ではずっと4位止まりだった。だけど、俺が出場した2年前の大会では悲願の優勝を勝ち取った。

 俺の兄も射撃はうまいが、戦が嫌いだとか言って軍人になることをあきらめた。今は弁護士になるとか言って法律の勉強をしている。

 俺が初めて射撃をしたのは小学校の時だった。父親と一緒に軍務省の射撃場でやった。最初はトリガーを引いた瞬間の音に驚いて、撃つのが怖かったけど、だんだんとそれにも慣れた。10歳の時に、親から自分は銃の騎士の一家であり、その称号に恥じない跡取りにならなきゃならないことを教わった。それから俺は毎日のように射撃場に行って練習をしている。俺には生まれつきの才能はない。だから、毎日のように練習しなきゃならないんだ。

 俺が大事にしていること、それは“努力”だ。射撃に限らねぇ。全てにおいて俺は努力を忘れたことはない。

 人類も同じだ。便利な世の中にしたい。自分の分からないことを分かるようにしたい。身に着けていない技術を身に着けたい。だから、努力する。兄だって、法律で人々を助けたいから勉強すると言っていた。同じだ。自分の夢をかなえるために努力する。

 恋愛もそうだ。俺はカトリシアに惚れた。だから、カトリシアに好意を寄せて欲しいと思って努力をしている。バスティーニなんかに負けられねえ。俺はバスティーニのことは同じ騎士としては尊敬しているし、親友だと思っている。だけど、カトリシアのことに関しては負けられねえ。

 そうだ、俺の人生の中で大事にしてきたのは努力だ。

 でも待て。本当にそうか?

 この騎士団のメンバーはどうだ?大事じゃないのか?

 親はどうだ?俺をこれまで大切に育ててくれたのは親じゃないのか?それは大事じゃないのか?

 そもそも大事なことってなんだ?大統領が言っている人類にとって大事なこと、忘れちゃいけないものってなんだ?

 家族への愛?友達を思う思い?それとも努力すること?

 努力することって忘れることか?いや、忘れることかもしれない。

 いつでも、常に、どの瞬間も俺は努力を忘れていないか?

 ご飯を食べている時、寝ている時、皆と話をしている時。どうだ?忘れている瞬間は絶対にある気がする。

 そうだとすると、これもその大事なことに入るんだろうか?

 わからない。該当しそうなことがたくさんありすぎてわからない。

 一体、自分は人生の中で何を大事にしてきたのか・・・。


 僕の名前はクロレア=バスティーニ。15歳。誕生日は7月10日。男性。身長は172cm。代々“剣の騎士”と呼ばれるクロレア家の息子だ。

 そのために、僕は剣の修業を小さい時から積んできた。3歳のころにはもう始めていた気がする。

 お父さんにならい、毎日練習した。今では7人を同時に相手できるようになった。

 そんな自分の人生にとって、大事なことって何だったんだろうか。自分は今まで何を大事にしてきただろうか。

 両親。どうだろう。本当に大事にしてきたのだったら、両親と喧嘩したりするだろうか。一瞬でも厳しいことを言ってくるお父さんのことを嫌いだと思ったりするだろうか?

 友達。僕にはありがたいことに沢山の友達、仲間がいる。でもどうだろう。両親の場合の様に、嫌いに思う瞬間がある場合、大事にしていると言い切れるだろうか?

 もっと哲学的に考えよう。

 命。これは人間の生命維持に欠かせないものだ。命が尽きたら、人間に限らずあらゆる生物が死を迎える。命の大切さを忘れる瞬間があるだろうか?

 でも、人間は恨みに思った相手を殺すことができる。そもそも、戦場で、いちいち命とは、なんて考えていられるだろうか。

 僕が身に着けた剣術は、まさにその人殺しの手段じゃないか?

 では、僕は命すら大事にできていないのだろうか?だとしたら、僕は何のために剣術を身に着けているのだろうか?

 だとしたら、僕が大事にしていることって何だろうか?

 自分?お金?名誉?

 

 私の名前はカスティノ=フロリア。花の公学校1年生。“弓矢の騎士”カスティノ家の娘。“矢の貴公子”の妹。

 私はこれまで友達を大事にしてきた。もちろん家族も大事。それは前提条件。その上で、友達を大事にしてきた。

 そんな中でも中学からの友達のカトリシアはとても大事な存在。私はあまり頭がいい方じゃないけど、チームを組んだ時カトリシアは私のことをいつも助けてくれる。カトリシアの冷静な判断に何度救われてきたかしら。

 カトリシアがいなければ、きっと今の私もいなんだろうな~って思う。私が中学でいじめられていた時も、助けてくれたのはカトリシアだけだった。

 きっと、カトリシアに万が一のことが起こったら、私は命懸けで助けるんだろうなって思う。

 だって、カトリシアには返しきれないほどの恩があるもの。

 だから、私にとって一番大切なのは、友達。間違いないわ。


 余はカフスラン=パルカン。公爵を父に持つ娘だ。

 父親は国家元首。だからなのか、父とは若干の距離感を感じながらこれまで生活してきた。

 私にとって一番大切なこと。それは間違いなく国だ。それは、カフスラン家に生まれたものが逃れることのできないことである。

 国家元首たるもの、それが言えないということはあり得ない。

 父親はよく言っていた。自分にとって国を治めることが一番大切なんだと。国の安定が一番なんだと。そのためであれば、自分が犠牲になるような手段であってもかまわないと。手段はいとわないと言っていた。

 私には兄弟がいない。だから、父が死んだら余が国家元首となる。

 国を率いていくものは寛容であれと父親はよく言っている。そして、こうとも言っていた。国を最優先に考えろと。

 余にとって大事なのは国。これ一つだけである。


 みんなに一番大事なものは何か考えよといったけど、私はいったい何だろうか?

 ここまで、大統領の前に座って考えていたけれども、さっぱり思いつかない。思いつかないかならみんなにも考えてもらっているのだ。

 家族?お金?名誉?いったい何かしら。

 私はお父様から何を教わってきただろうか。

 エレン家は、これまで何を大事にしてきたのだろうか。

 お父様の姿を見ていると、国への忠誠心を大事にしているように見える。

 これは国民全員にあてはまることかしら?

 エフィカの人々には、忠誠心がないのかしら・・・?


 メンバーは皆、各々の考える大切なモノを考えた。

 カトリシアがメンバーに問いかけてから30分ほど経った頃、その答えを問うた。

「みんな、どうかしら」

「俺は途中で分からなくなってきたよ。何を自分がこれまで大事にしてきたかを。」

「私もです。家族なのか国なのか、名誉なのか、お金なのか」

「私はわかったわ。友達よ。人とのつながりがなくなったら生きていけない。人間ってそういう生き物じゃない。それに今のエフィカの人々、周りとのつながりがないじゃない。」

「確かに。国家は共同体だからな。余もその意見には同調できる。」

「そういうパルカンはどうなの?」

「余は間違いなく国だな。それは余の立場が次期公爵であるから、ということもあるが、フロリアが言う通りそれは結局友人という答えにも結び付くだろう。聖書にも隣人を愛せと書いてある。やはり周りとの付き合いを忘れてしまい、皆と共同して生活しているという意識がなくなるのが一番問題だ。」

「なるほど。友人か。」

「カトリシア、ならそれを入力してみたらどうなんだ?」

「そうね。やってみましょう。」

 カトリシアは大統領に向かい、秘書官を通じてその答えを入力した。古代ゲルダイン語で≪Freund≫と。

 すると大統領はこう返してきた。

Nicht die Antwort programmiert wird. (プログラムされている答えではない。)

Die Eingabe wieder.(再び入力を。)

Passwort vergessen?(パスワードは?)

「違うのか!なら、金と入力したらどうなんだ?」

 カリウスが秘書官にそう入力するよう命ずる。しかし、大統領から返ってきた答えは一緒だった。

「じゃあなんだ?命か?」

「落ち着けカリウス。最初に大統領が提示したヒントを思い出せ。今エフィカに足りていないことだと言っている。」

 パルカンが興奮するカリウスをなだめる。

「そういう意味では私は友人だと思うのですが・・・。あ、隣人でしょうか?」

 バスティーニが隣人と秘書官に入力させる。これも違った。

「違いますか。では一体・・・。」

 すると、大統領の画面に文字が表示された。

 Schneiden Sie die restlichen 10 Stunden.(残り時間は10時間を切った)

Ob die Antwort unerwartet ist aus noch?(まだ答えは出ぬのか?)

「一体、答えは何なのですか!?」

 カトリシアは一層焦りを感じた。


「おい、隣国の様子はどうなんだ?何か報告はないのか?」

 カフスラン公国国家元首カフスラン=フレッドは軍務省長官エレン=プロシュテットに問うた。

「は、まだ何の連絡も来ておりません。」

「そうか。あと10時間もないのだろう?早くするよう彼らに伝えよ。」

「かしこまりました。しかし公爵様、このようなことをお尋ねするのは失礼かと思うのですが・・・」

「なんだね?」

「その10時間というのは何でしょうか?エフィカの方から何の報告も受けていないのですが。」

 公爵の顔が、強張った。

「お主は気にせんでよい。」

「失礼いたしました。では、仰せの通りに。」

 公爵の執務室から長官は退出した。

 公爵は電話を取った。

「もしもし、おい、現状はどうなんだ?」

 電話の相手が公爵の問いに答える。

 その問いを聞いた公爵は、相手にこう伝えた。

「もう待っておられん。10時間たとうが何だろうが、結果は変わらん。やってしまえ。それが、我が国のためである。」


 カトリシアたちが焦りを感じながらパスワードを探している時、ホルシュタイン秘書官は連絡がきたと執務官に呼ばれた。

「今ですか。どなたから?」

 相手の名前を執務官に告げられた時、ホルシュタインは焦った。

―――まさか!?

「わかった、すぐに行く。」

 そう執務官に告げると、カトリシアたちに

「すいません、ちょっと執務官と打ち合わせをします。席を外してもよろしいでしょうか?」

 と問うた。

「ええ、かまいませんが、どうかされたのですか?」

「ちょっと地方のほうから連絡が来まして・・・。こんな時に申し訳ありません。」

「いいえ、どうぞ行ってください。」

「ご厚意感謝いたします。」

 そういって執務室を出た。

 この時、パルカンは何となく嫌な予感がした。ただ、その予感は何か根拠があって、というわけではなく、何となく感じたものなのでその時には口にはしなかった。

「なにか動きがあったのかしら?」

 ホルシュタインが席を外したことを気にするカトリシア。

「こんな時に妙だよな?」

 カリウスも気になっていた。

「まぁまぁ、私たちはこっちに集中しようよ。時間ないんだし。」

 フロリアの言葉で皆我に返る。

「なんだ?人類にとって大事なことで、エフィカの人間にないことって?」

 パルカンはずっとホルシュタインのことが気になった。そして、カトリシアを小声で呼んだ。

「カトリシア。ちょっと話したいことがあるんだが、よいか?」

「どうしたのよ、そんなひそひそと。」

「察してくれ。根拠があって言っているわけではない。皆に知られたらパニックになる。」

「わかったわ・・・どうしましょう。」

「余に任せよ。」

「わかったわ。」

 また、パスワード見つけに戻る。

「わー、もうわかんねえよ。何なんだ?」

「困りましたね。」

「いつまでも悶々と考えていても仕方あるまい。一度、軽い休息を取ろう。時間がないとはいえ、9時間はある。15分くらいの休息であれば問題なかろう。」

 パルカンが提案する。カトリシアはパルカンの意図を察し、続けてこういう。

「そうだわ、さっき給湯室にいいお茶があった気がするわ。パルカンと入れてくるわ。」

「ああ、そうしよう。」

 そして、2人は執務室から出た。ただ、バスティーニはこの時、2人がさりげなく拳銃を持って出たことに少し違和感を覚えたが、敢えて口にしなかった。


「何、話って?」

 給湯室に入った2人は声を潜めて話していた。

「ああ、ホルシュタインのことだ。余はどこかで彼のことを見た気がするのだ。」

「それは・・・公爵邸でってこと?」

「余が市街地をうろうろしていたとでも思っておるのか?」

「ってことは?」

「もし余の記憶が正しければ、彼はカフスランの人間ということになる。余はずっと気になっていたんだ。エフィカ入国からここまでの一連の流れが。お主も気になっておらんかったか?」

「ええ、あまりに順調すぎるわね。なにか、私たちが利用されているような。」

「そもそもの話だ、公学校1年に、隣国の偵察を任せる国がどこにある?たしかにメンバーはお主も含め皆優秀だ。公国でも上位に位置するといっても過言ではないだろう。かといって、そこまでの業務を任せられるとは普通考えんだろ?しかも、本当に大臣の説明通りなら、非常に危険なミッションだ。そんなミッションに、お主らの様な将来の公国軍を担うような人材を派遣するか?いろいろと妙すぎるのだ。」

「そうね・・・だけれども、もし軍務省の人間が勝手に動いている、もしくは中将の指示で動いている連中が私たちを利用しているのなら、このような騎士団を結成することはできないはずよ。それはあなたが一番よくわかっているでしょ?」

「ああ、あの手紙は公爵が関わっているという証拠だ。だからだ。」

「どういうこと?あなたの言わんとしていることがわからないわ。」

「公爵が、糸を引いているのではないかということだ。」

 カトリシアは動揺した。公爵ということは、つまりパルカンは実父を疑っているというのである。

「あなたね、いくら何でも公爵の娘だからってそれはないんじゃないの?公爵を疑うの?実のお父さんを疑うの?」

「ああ、疑うね。やりかねない。それに、そうだとすればすべてのつじつまがあう。」

「はい?」

「よく思い出すんだ。任務を告げるときの大臣の表情を思い出せ。お主の父上は何か言っておらんかったか?」

 父の言った言葉。

『父さんは、お前のことは何があってもすべてを捨てて守ってやるからな。』

 なかなか任務内容を口にしなかったバレンシュタイン。

「我々は公爵の道具であり、軍務省の道具なんだ。」

「道具・・・。どういうこと?」

「そうなんだろ、ホルシュタイン大統領秘書官、いや、そなたの名前はホルシュタイン外務省諜報局員の方が正しいかもな。それとも、今は諜報局員を辞めたのか?」

 そう言ってパルカンは扉裏に拳銃を向けて言い放った。

「出てこい、ホルシュタイン、話しているうちに思い出した。お主が公爵と密会していたのを。」

「え・・・どういうこと?どういうことなの、パルカン、話してよ!」

「待て、まずはやつがどちら側の人間なのかを把握する必要がある。カトリシアも拳銃を持て。下手したら、殺されるぞ。」

 そういわれ、カトリシアも構えた。すると、扉の向こうから声がした。

「気づきましたか。公爵からは偽名を名乗れを言われていたのですが、せめてパルカン様には気づいてもらいたいと思いまして。」

「どういう意味だ。ここで余らを殺す気か?」

「いいえ、そんなつもりは毛頭ございません。」

 そういってホルシュタインは両手を上げ、姿を現した。

「あなたのお父様は、クーデターを起こそうとしているのですよ、カトリシア様。」

「クーデター・・・そんなわけないじゃない。私のお父様は公爵様に忠実よ。そんな・・・。」

「ただ、余の話を聞いたら、そうは思えないかもな。」

 カトリシアは動揺した。どういうことなのか、全く理解できない。

「ホルシュタイン、まず確認したいことがある。真の猶予時間は、9時間か。」

「いいえ、もう5分もないでしょうね。」

「そうか。なら話はあとだ。まずはこの屋敷の人間を保護するのが先だ。」

「どういうこと?」

「ホルシュタイン、お主は騎士団『サルビア』に忠実に従うか?」

 再び銃を向けてパルカンは問うた。

「はい、このホルシュタイン、命に代えて忠実に従います。」

「その言葉、真の言葉と受け取るぞ。もし疑わしきことをすればこの引き金をお主に向けて引く。よいな?」

「かまいません。」

 するとパルカンはカトリシアにこういった。

「すまぬが、ことが落ち着くまで騎士団の指揮権を余に預けてはくれぬか。」

「そうね、あなたの方が今の事態をよくわかっていそうね。」

「感謝する。一先ず、執務室に戻るぞ。」

 パルカンは2人を率いて執務室に戻った。


(4)真の大統領

8


 執務室に戻ると、3人が大騒ぎをしていた。

「おい、カトリシア!制限時間がいきなり10分になって!どういうことだ、もう5分しかない!」

「わ、私に言わないで。いま、指揮権はパルカンにあるから。」

「どういうことだよ!」

 パルカンが口を開く。

「事の詳細は後できちんと話す。約束する。その代り、今は無条件で余の指示に従ってほしい。」

「へぇ?何が・・・。」

「とにかく、今はパルカンの指示に従って!」

「カリウス。そなたの銃で、今から指示する箇所を撃ち抜け。1発で撃てるな?」

「射撃なら任せろ。撃ってやるよ。」

 パルカンはホルシュタインにその場所を図面で支持して伝えるよう命じる。

「フロリアは万が一に備え大統領府の人間を全員屋外に退避させろ。」

「わかった!」

 フロリアは残っている職員がいる部屋ヘ走って行った。

「カリウス、2分後に頼む。退避時間だ。」

「おう。」

「どういうこと、なんでそこなの?」

「撃てば分かる。私の勘が正しければ、だが。だから、屋外退避を命じた。」

「・・・もう、あなたを信じるしかなさそうね、今は。」

 カトリシアはそう小さくつぶやいた。

「終わった!退避完了!」

「よし、カリウス、やれ」

 その言葉を聞くと、カリウスは集中力を高め、静かにトリガーに手をかけた。

「撃つぞ。」

 そういって、引き金を引いた。

 弾は、図面で指示された場所へ、命中した。

「どうだ?」

 大統領は止まらない。

―――違ったか?まさか違うのか?

 パルカンは焦った。

 これまでにない高い緊張感が、漂った。

 カリウスが撃ってから1分が経った。画面には、秒単位でのカウントダウンが始まっていた。

 止まらない。止まってくれない。

―――お願い!止まって!

 残り、3秒。

―――止まって!

 残り、1秒。

 そして、0秒となった。

 画面に現れた文字は、こうだった。

≪Mission abgeschlossen≫(任務完了)

「どうなの?止まったの?」

 すると、ホルシュタインが口を開いた。

「おそらく、パルカン様が撃てと命じた箇所には、最後の指示を出すスイッチがあったのでしょう。それを破壊したことで、最終段階の指示を出せないようにしたのだと思いますが」

「つまり、指示は伝達されていないと」

「おそらくな。そして、そろそろあのお方から連絡が来るのでは?ホルシュタイン」

「ええ、多分。怒りの連絡が来ると思いますよ。」


9


 大統領府の食堂に、騎士団のメンバーが集まった。

「ホルシュタイン、全てを話してもらおうか。」

「はい、仰せの通りに。」

 ホルシュタインが語った真実は、次のようなことだった。

 エフィカが隣国との国境地帯に石炭の鉱脈を見つけたのは今から7年前のこと、当時エルスタリア氏が大統領だった頃の話だ。エネルギー資源が乏しいエフィカにとってこれは国家自立のための大きなビッグチャンスだった。しかし、隣国はその採掘権をエフィカに認めず、一触即発の事態となった。

 エフィカは同盟などを組まない外交政策を採っていた。自分たちだけで、自立できる国を作る。その信念のもと、エルスタリア氏が大統領となる前から、あらゆる同盟から脱退していた。唯一、国連には残っていたものの、他の諸外国からの賛同を得ることはできず、エフィカより軍事力の勝る隣国に日々圧力をかけられるようになってしまった。

 そこに目を付けたのはカフスランだった。カフスランは、対外的には不可侵条約を結びエフィカとは友好関係を築いてきた。しかし、現カフスラン公爵カフスラン=フレッドはエフィカをカフスランの支配下に置き、以前のカフスラン公国の領地に戻したいと考えていた。そして、この事態をうまく利用してエフィカを支配することを考えたのだった。

 そこでフレッドは国連に根回しをし、両国に制裁を加えるよう指示した。そうすることでエフィカは国連をも離脱すると考えたためである。

 予想通り、エフィカは国連を離脱、ついに孤独な国家となってしまったのである。

 そして、フレッドは次の手を打ったのだ。

 ある日、フレッドは内密にエルスタリアを屋敷に呼び出した。エルスタリアは文化省の役人を装って屋敷を尋ねた。

「そなたの国、かなり厳しくはないか?外交では失敗したといってもいいだろ?」

「恥ずかしながら。自立した国家を目指した結果が、どの同盟にも所属しない孤独な国家となってしまった。カフスランからはエネルギー支援を得てはいるが、国民はよくは思っておらん。政治経験のない私が、こうした職に就くのは向かないな。」

「ならば、だ。政治経験豊富なこの私が、そなたのアドバイザーとなろうか?」

「どういうことだ。エフィカを乗っ取る気なのか?」

「ははは。乗っ取るか。ま、為政者を裏から操るなら乗っ取りと変わらんか。」

「公爵殿。いったいどういうおつもりで!」

「でも、そうも言っておられる場合か?同盟関係にある国がない今、隣国にいつ攻められるかわからない。助けを呼べない状況下、でだ。」

「正直、厳しい。」

「なら、この話はいい話なのではないか?」

「しかし、一体どうやってなさるおつもりですか?」

「カフスランから、1人秘書官を派遣しましょう。彼は我が国においても経験豊富な秘書官だ。きっと、力になるだろう。」

 こうしてエフィカに派遣されたのが、ホルシュタインだったのだ。

 ホルシュタインは定期的にフレッドと連絡を取り合い、エフィカを乗っ取る作戦を遂行したという。

 その究極が、スーパーコンピューターだった。

 スーパーコンピューターが作られる契機となったのは、エルスタリアが病に倒れたことだった。

 フレッドは、絶好のチャンスだと考えた。こちらから操作できる機械で全国民を支配できれば、エフィカを乗っ取ったもほぼ同然。そのためのプロジェクトを進めたのである。

 まず、エルスタリア氏の会社をフレッドが別名義で買収、支配下に置き、スーパーコンピューターの開発を進めさせた。

 ホルシュタインにはエフィカ国民へのプロパガンダを展開、全員が政府の言いなりになるよう仕向けた。さらに、憲法改正を強行。大統領の権限を絶対のものとし、次期大統領の指名権を現職の大統領に与えた。

 ホルシュタインはエルスタリア氏に大統領の権力を自分に譲るよう進言した。隣国との紛争を解決し、エフィカの政治を完璧にこなしていたホルシュタインに対し、エルスタリアは絶対的な信頼を寄せており、その進言に従い、ホルシュタインを後続の大統領に指名した。その3日後、エルスタリア氏は入院先の病院で、ホルシュタインの指示で投薬された毒薬により、息を引き取った。もちろん、投薬の指示を出したのはフレッドである。

 エルスタリア氏の死亡は、すぐには公表せず、死亡から2日後、大統領権力をベルテシャツァルに委任したという書面を発表、権力の移譲は平和的に行われたと発表された。

 そこからは、スーパーコンピューターを、フレッド自身が通信で操作していたという。


 ここまで聞いていたカトリシアたちは、まさか自分たちの国が隣国に対しそのようなことをしていたことが、いまだに信じられなかった。

「外務省の諜報局員として、あなたはそのようなことをしていたのですね。」

「公爵に言われるがままにしておりました。それが、カフスランのためであると公爵殿に言われて。」

「最初は、公爵の真の目的を知らなかったのですか?」

「公爵が告げるわけないでしょう。」

「そうですか・・・。」

「お主が、公爵の真意に気づいたのはいつだったんだ?」

「2ヶ月ほど前です。カトリシア様のお父様の、プロシュテット長官に指摘されたのです。主に、黙示録のことを聞かれたのですが・・・。」

「黙示録?そこからどうやって・・・。」

「どこまでが真実で、どこからが違うのかを詳細に説明しろと言われたのです。私は最初、詳細は話せないと返事したのです。しかし、そんなはずはないのだから話せと、きつく問われまして。」

「それで、話したということか。」

「はい。そうして、この大統領府の執務室にお越しになって。それで見た瞬間に、これは公爵の陰謀だと言われたのです。」

「もしかしたらカトリシアの父上はある程度公爵が何かをしていることに気づいていたのかもしれんな。」

「まさか・・・。お父様がそんな!」

「で、我々はどうして使われたのだ?」

「エフィカの国の“滅亡”に立ち会ってもらうためです。しかし、軍務省の諜報局員が行けばすぐにこれがカフスランの仕業だとわかってしまう。だから、公学校の生徒を行かせることにしたのです。」

「俺たちをなめてたってことか。」

「言い方は悪いですが、そうなりますね。ただ、公爵は皆さんが来るとは思っていなかったようで。」

「そうなのか?」

「皆さんを選んだのはバレンシュタイン大臣です。彼はこのクーデター計画を進めていた一員です。あなたたちであれば、事の真相に気づいてくれるだろうと思ったみたいで。」

「なるほど。」

「ただ、あの館・・・ええ、皆さんが滞在していた館が公爵庁によって盗聴されていたのは予想外でした。なので、ここで保護したのですが・・・」

「盗聴していたの!?」

「ええ、なので公爵はまさか黙示録をあなたたちが読むことになるとは思っていなかったと思います。それを知ってさぞ慌てたでしょうから。慌てている様子は私たちに指示を下す公爵の言い方にも表れていました。」

「パルカン、どうしたの?」

「余は恥ずかしい。そんなことをしていた人間が父親であることが非常に恥ずかしい。国のため、と言っておきながら、自分の欲を満たすためにそんなことを・・・エフィカの国民を騙し、さもなくば殺そうとしていた。そんな人間が、為政者としていてはならぬ。」

「パルカン・・・。」

「クーデターはどうなっているんだ?連絡はないのか、ホルシュタイン!」

「いえ、まだ何も・・・。向こうで今どうなっているのかはわかりません。しかしながら、エフィカで何事も起こっていないことには公爵も気づいているでしょうから、怒りの連絡が来てもおかしくはないと思うのですが・・・。」

「もしかして、もう殺害されたってことはないでしょうね?」

 カトリシアは、まさかお父様はそんなことをする人じゃないと思って問うた。

「そこまでは聞いておりません。」

「ホルシュタイン秘書官!連絡が来ております!」

 その時、執務官が食堂に飛び込んできた。

「どなたから?」

「言っても構わないのですか?」

「構わん。彼らはもう関係者だ。」

「そうですか・・・。エレン=プロシュテット長官からです」

「お父様!」

 カトリシアが叫んだ。

「私に、私に代わってくださりませんか!お願いします!父と話がしたいんです!」

 ホルシュタインに懇願した。彼は、黙ってうなずいた。


「もしもし、お父様!私よ、カトリシアよ!」

 秘書官執務室の電話機の受話器を取るなり、カトリシアは電話の相手にそう呼びかけた。

「カトリシアか。この電話を取っているということは、事の真相をホルシュタインから聞いたのだな。」

「ええ、聞いたわ。そして、お父様に聞きたいことがあるの。」

「なんだね?」

「公爵様はどうしたの?」

「どうしたと思う?」

「え・・・?まさか、お父様が・・・。」

「逮捕だ。」

「逮捕?」

「正確には、自ら命を絶とうとしていたところを拘束したよ。事の真相を明らかにせずに亡くなってもらっては困るからね。すべて明らかにしてもらって、弾劾裁判を受けてもらうことになるだろう。」

「そう・・・。」

「父さんがやったことが信じられないか。」

「ええ、正直。あれだけ、公爵様への忠誠を大事にされてきたのに。」

「そうか。とにかく、これからカフスランに戻るだろ?また戻ってきてからいろいろ話をしよう。」

「はい、お父様。では、ホルシュタインに代わるわね。」

 そういって、電話の受話器をホルシュタインに渡した。

 ほっとしたのと同時に、これから自分たちはどうすればいいのか、また新しい不安がカトリシアを襲った。


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