@Coast-D

第1話

 京都市の伏見区に住む大学生のTさんは、毎晩稲荷大社を一周することが日課だった。以前から、せっかく京都に下宿しているのに稲荷神社に行ったことが無いのをもったいなく思ってはいたのだが、一人暮らしならではの偏った食生活でお腹の出っ張りが気になりだしたのも手伝って、運動がてら毎夜一周散歩をすることにしたのだ。

 最初のうちこそ怖く、足早に通り過ぎるだけの一周だったが、毎晩登っていることでだんだん慣れてきて、三カ月ほど経つころには季節の移り変わりや、虫たちの鳴き声に耳を澄ませるほど余裕ができてきた。

 中でも特にTさんの心をひきつけたのは、稲荷山の猫たちであった。山の中で暮らしている猫たちは多く、警戒心が強いものもいたが、膝の上に乗って甘えてくる猫もおり、Tさんはだんだん、猫と戯れるのが習慣になってきた。

 そんな猫の中でも、とくになついた三毛猫がいた。この猫はTさんが稲荷山を歩き回ってくるとき、いつも1、2メートル後ろを歩いてついてくるのだ。


 その日もTさんは三毛猫と共に散歩をしていたが、とある鳥居の先から、三毛猫が一切進まなくなってしまった。これまでこんなことはなかったので、どうしたのだろうと思い少し先に行って待ってみたが、三毛猫は進むどころか鳥居の先に向かって威嚇を始めてしまった。不気味に思いはしたが、今いる地点からは引き返す方が時間が掛かる。翌日は1講から授業があるため、早めに帰宅したい。仕方なく進もうとしたとき、鳥居の向こうにふっと動くものが見えた。なんだろうと目を凝らした瞬間、鳥居の向こうからものすごい速さでやってきた真っ白な人影が、隣をすり抜けていった。驚いて振り向いたが、人影はもう見えなかった。


 後ろをついてきていた三毛猫は、いつの間にか別の猫と喧嘩をしていた。鳥居の向こうを威嚇していたのは、別の猫の縄張りに入ったからのようだった。

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