2.

 上下黒のスーツに、黒のハイヒール。大きな胸の膨らみから始まる身体のラインは見事の一言に尽きる。艶やかな黒髪で髪型はショートボブ。サングラスをかけているのが様になっている。黒で固めた外見の隙間から覗く白い肌は、まるで妖精のように白い。


「ほう……」


 浩介が無駄に大物ぶった声を漏らして身構えると、千尋がすかさず浩介の後頭部をひっぱたいた。


「何で俺は今叩かれたんだ?」

「『良い女だな……』とか思ってたでしょう」

「すごいな、一言一句まで当たってる。なんだ、妬いてるのか?」

「うん、そうよ、焼いてるの」

「字が違う!」


 浩介と千尋のやりとりを見ていた何者かが、あはははと高笑いを上げる。さして音量の無い筈のその声は、不気味な程よく通って練武場の隅々まで行き届いた。


「楽しそうねえ。お姉さん妬いちゃうわ」


 そう言って、かつかつと足音を鳴らして浩介たちの下へ歩み寄ってくる。


「頭領!」


 敵の一人が発した言葉に女性はぴくりと反応して、サングラスをずらして片目を覗かせた。全ての光を呑み込んでしまいそうな程、綺麗で深淵な瞳だった。


「……だから、その言い方はやめろって言ってるでしょ」

「あなた、こっちのモブ敵と随分格好が違うわね。私服かしら?」


 千尋がずけずけと質問をする。こいつすごいな……と浩介は感心した。

 女性は千尋の言葉に、ふっと息を吐いた。そしてサングラスを取ると、胸ポケットにしまった。


「私服ではないわ。最近色々と組織の体制が変わってね。私はこの部隊の長につい最近なったのだけど……この部隊だけ、何故か皆忍者みたいなのよね。他のところは私がいた部署も含めてこんな格好はしていないわ。だから、私が他の部署と同じくスーツ姿でいることで、徐々にこのダサい様式を変えていこうと思ってるの」


 女性の言葉にモブ敵たちが「そんな……」と悲しんでいる。不平を言わない辺り、割と慕われてはいるらしい。


「そう、大変ね……お互いに」


 何で苦労を分かち合ってるんだ、と浩介は内心ツッコミを入れた。


「あんたが頭領か」

「その呼び方はやめてちょうだい、坊や。一応主任という立場ではあるのだけど……私は名前で呼んでもらいたいの。弥生っていう名前で。どう、素敵じゃない?」

「そうですね、弥生さん。とても素敵な響きだ。良ければ連絡先おぐほぅっ!?」


 浩介が頬を緩めて弥生に歩み寄った所で、千尋が浩介の腹部に正拳突きをかました。蹲って震える浩介を見てフンと鼻を鳴らすと、千尋は弥生を睨み付けた。


「あなた、何を考えてるの? 何者なの? この学校のセキュリティは並ではないわ。それこそ怪しいやつなんて魔法印を使っても一切侵入出来ないくらいには。それがこれだけ大掛かりな侵入をするだなんて……先生方も助けに来られないようにしているわね。ただの衝動的な犯行じゃないわ。恐らく、かなり大規模の組織ね」


 千尋の言葉に、弥生はにやりと口の端を吊り上げる。どこか相手を舐めたような態度だった。


「そうよ、今回の作戦はとっても大変だったわぁ……」


 弥生がふっと息を吐く。


「私の所属する組織はね、魔法印を軸に色々な活動をやっているのだけど……その中でも、人材の育成と派遣はかなり重要な位置を占めているの。だけど間違っても公に出来る活動ではないから、集めるのが中々大変でね……。それで、今回の大規模な誘拐作戦を思い付いたって訳」

「ふうん、随分と思い切ったことをしたものね。これだけのことをしておきながら、あくまで活動の一環と言い張れる……トップはどれ程の大物なのかしら」


 千尋の質問に、弥生は意地の悪い笑みを浮かべた。


「ごめんね、その質問に答える訳にはいかないの……神条のお嬢さん」


 弥生の言葉に、千尋は身構えて表情を険にした。


「……あなた、私のことを知っているの?」

「名前だけならここにいる生徒全員知っているけれど……あなたについては特によく知ってるわよ。……あなたの経歴、とかね」


 部下にはそれとなくしか伝えていないのだけど……と話す弥生の言葉に、千尋の表情が強張る。どこまでも暗い闇に沈んでいくような瞳に、浩介は言い知れぬ不安を覚えた。


「……何を言っているのかしら?」


 千尋の質問に、弥生は突然大声を上げて笑い始めた。理知的な雰囲気が一変して、狂気を帯びる。


「あっはっはっは! とぼけたって無駄よ! 何せ私たちの組織は、あなたの故郷が辿った命運のことをとってもよく知っているんだから」

「な……っ」


 千尋が動揺し、生徒がざわつく。

 弥生は両腕を広げて、ハイヒールをかつかつと鳴らしながら歩き出した。


「言い方が正確ではなかったわ。何故ならあなたの故郷――魔法印の起源と言われる里、あなたの苗字と同じ名の《神条の里》を滅ぼしたのは、私たちの組織なのだから」


 その言葉により生徒が更にどよめいたが、全員すぐに黙り込んだ。

 何故ならば、千尋の澄んだ瞳がまるで修羅のような炎を湛えていたからだ。


「……その話、詳しく聞かせてもらえる? ……30秒後に、あなたが生きていたらだけど」


 練武場の空気がぴしりと冷え固まる。

 呼吸さえままならない程に張り詰めた空気の中、その場に居る皆が千尋の身体に起きた異変に息を呑んだ。

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