第4章

1.

 浩介と千尋は第二練武場に足を踏み入れた。


「……やっぱ、広いな……」


 浩介がぽそりと呟く。

 練武場は通常の学校で言う体育館の役割を果たしているが、魔法印を使った実戦訓練も行う為、壁や天井・器具に特殊な加工が為されている上に、純粋に物理的に広い。特にこの第二練武場は最大規模で、通常の学校の体育館の約5倍もの面積を誇る。天井も通常の体育館の倍程高いことも相俟って、対角線などを見ると遥か彼方に思える。


「……あれ、かしらね」


 千尋が何でもないように呟いて、練武場の中央を指差す。


「ん、何が……って、うおっ!?」


 浩介は驚いた。

 つい数秒前まで何も無かった練武場の中央に、先程見たものとは比べ物にならない大きさの黒渦が現れて――そこから、後ろ手に縛られた霧ヶ峰の1年生が何十人と現れたのだ。それと同時に黒装束の者が10人程現れる。


「……久我山!? お前も捕まったのか!」


 浩介は、捕らえられてうなだれた生徒たちの中に見知った顔を見付けて叫んだ。


「……おう、なんだ、浩介。そういうお前は捕まってないんだな。……って、神条さんとペアならそれも当たり前か」

「……俺だってそれなりにやるっての」


 疲弊した中でもうっすらと笑みを浮かべるクラスメイトに、浩介は僅かながらも安堵する。

 浩介が心配そうに同級生の様子を見ているのをよそに、千尋はずんずんと敵陣に近付いていき、長い黒髪を鮮やかに手で掬い上げた。

 千尋の堂々とした様子に敵は一斉に身構える。それを見て千尋はくすりと笑い、敵の一人一人を指差していく。


「あれも、それも、これも……どれも、さっき闘った奴らと同程度の力量しか無いわね。私たちをここに呼んだ頭領とやらを呼びなさい。時間の無駄だから」

「なんだと……っ!?」


 千尋の傲岸不遜の態度に、敵陣が俄かに殺気立つ。

 ……なんでこんな煽り方をしちゃうんだか……。

 浩介は後ろで呆れ返っていた。


「貴様……どれだけ我らを舐めているのだ!」


 敵の言葉に、千尋は耳を塞いで鬱陶しそうな顔をする。


「やめてよ……そんな雑魚のテンプレートみたいな台詞。だってあなたたち、冴えない瞬間移動だけが取り柄の陰気集団でしょう? 大体何で今の時代に忍者コスチュームなのよ。もっと他にやりようがあるでしょう?」

「き……さま……っ」


 敵の怒りがピークに達した時――


「ぶ……っ、くく……っ」


 拘束された生徒の一人が笑いを堪えきれず、噴き出してしまった。

 その声を聞いた敵の一人が、笑った生徒にゆらりと近付く。


「……貴様、今、我らを笑ったな? 少々痛い目を見ないと気が済まんらしいな!?」

「うわ……っ!?」


 敵が刀を上に振り上げた瞬間――

 研ぎ澄まされた火の矢が、刀身の上半分を焼き払い、練武場の壁に突き刺さった。


『な……っ』


 敵陣に動揺が走り、拘束された生徒たちも驚く。

 その視線の先には、千尋が手を翳していた。


「……ダサい上に逆ギレして、その上この学校の生徒に手を出すとは……中々しょうもない奴らね……死にたいの?」

『……っ』


 両手に荒れ狂う炎を踊らせて、千尋がゆっくりと敵に歩み寄る。


『ひ……っ!』


 自分たちが負けることなど露ほども考えていなかったのだろう、敵が千尋に恐れをなして後ずさる。

 例え闇の印を使おうと、どうとでも料理する気で千尋が歩みを進めると――


「お前は魔王か何かか」

「ひゃあんっ!?」


――浩介が、千尋の胸を後ろからがっちりと揉んで止めた。

 生徒たちがどよめく。

 何だか浮ついたどよめき方だった。


「…………」


 千尋は蹲った体勢で、涙目で浩介を睨む。


「ちょっと余裕が無さ過ぎると思ってな。どうだ、落ち着いたか?」


 浩介はわざわざ煽る。

 千尋は立ち上がると、天使のような笑みを浮かべた。


「今の光景を見た皆さんを、まとめて焼き払います」

『ちょっと待って!?』


 生徒たちと、敵と、浩介の声が見事にユニゾンした。


「待て待て待て神条。落ち着――!?」


 浩介が目を見開く。

 満面の笑みを浮かべながら怒りを露わにしている千尋の肩の少し上に――見覚えのある、小さな黒渦が発生したのだ。

浩介は印を唱える間もなく千尋にタックルするように飛び込むと、つい数瞬前まで千尋がいた場所に、黒渦から飛び出した何十もの手裏剣が突き刺さった。


「な……っ」


 千尋はそのおぞましい光景に驚きの声を上げて、


「な……っ」


 浩介がどさくさ紛れに千尋の胸を揉みしだいているのに絶句した。


「あなた、何やってるの!?」


 全力でビンタをせんとするが、浩介は軽く避けながら胸を揉み続ける。


「いや、そこに魅力的な胸があったら揉むべきだろう。例え命の危機に晒されていても」

「へえ……じゃあ、これでも揉んでいられる?」


 千尋の手の中に圧縮された豪火球が浮かぶ。


「いつ印を唱えたんだ!? 流石にやべえ!」


 浩介が慌てて手を離した。


「まったくあなたは……助けるか痴漢をするか、どっちかに出来ないの?」

「え、痴漢に絞ればやってもいいのか? 成る程、純粋な気持ちなら許してくれる訳だな」

「殺すわよ?」

「ごめんなさい」

「焼き殺すわよ?」

「具体的になった!?」

「縛り上げて、足元からちりちりと焼き焦がして殺すわよ?」

「魔女裁判か何かか!?」


 そんな会話をしていると――宙に浮いていた黒渦が見る間に大きくなって、何者かがずるりと出てきた。


「よく避けたわねぇ」


 現れたのは――女性だった。

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