4.
千尋は気の向くままに走った。そして行く先々で、先程と同じように敵を一瞬で屠る。浩介程ではないにしろ身体能力に優れた彼女は、近接戦に置いても刀に炎を纏わせて敵を一瞬で裂いた。時折「これはテロリストを制圧する訓練」ということを思い出して、鎖で敵を縛ったりもしたが、そういった行動は稀で、大抵は容赦の無い攻撃を加えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ、ここは……っ」
息を切らした千尋が辿り着いたのは、第一練武場だった。ゴールである第二練武場とは番号が一つ違いだが、場所としてはかなり離れている。
「だいぶ遠くまで来たようね。まあ、これだけ倒せば神草くんとのポイントも相当開いたでしょう……って、あ、プレート……」
ここに来て、ようやく千尋は自分がプレートを持っていないためにポイントを確認出来ないことに気付く。ペアで動くことを前提として2人で1つ支給されたプレートであるし、浩介が持っている間に千尋は駆けだしてしまったのだ。持っていないのは当然だった。
千尋は顎に手を当ててふむと考え込んだが、すぐに顔を上げた。
「まあいいわ、後でいくらでも確認すれば良いし。……ん?」
何かの音が聞こえて見上げると。
「――っ!」
千尋は、印を使う間も無く横っ飛びで転がった。
ごぉぉん……っという物々しい音を立てて、何かがゆっくりと腰を上げる。
大きかった。
身の丈3メートル近くはある、筋骨隆々の、上半身裸で両肩から交差するように鎖を巻いている男だった。まるでローマの闘技場に出て来るような、戦闘の為に生きているような体格だ。ふしゅぅぅ……と怪物のように息を荒げて、目の前の美少女を睨み付けている。
「……テロリストなんだから、せめて人間として常識内の範囲で設定しなさいよ……っ!」
千尋は愚痴を漏らしながらも、先程までと同じように両手を敵に翳す。
「『斬』『斬』『斬』『斬』『跳』『飛』『速』『速』――数多の斬撃よ、跳ねて弾けて切り刻め――」
千尋が唱えると、三日月型の空気の刃が現れ、印から高速で発射され練武場内を跳ねまわり、敵を切り刻んだ。頭部から足まで、余す事無く斬撃が注がれ、何十という刃が幾度となく敵の身体に傷を負わせる。
先程までの敵なら、傷を負うどころかばらばらになってもおかしくない程の攻撃だ。
――しかし――。
「……? ……硬いのね、随分と」
千尋はため息を吐いた。
敵はまるで薄皮一枚のダメージを受けたかのごとく、身体から血を流せど何事もないかのように立っていた。致命傷に至っていないのは明らかだった。
面倒な――と千尋は思う。広範囲での攻撃は派手さもあり好んで行うのだが、一点突破の攻撃というのは使う場合が少なくて不慣れだった。ゲームのようにやたらと防御力が高い敵が現れることはそうそう無いので、多少の防具を纏った敵程度なら何十人でも同時に薙ぎ払えるように魔法印の技術を磨いていた。
さて、どうしようか……と千尋が顎に手を当てて考える。その間に敵はゆっくりと近付いてくる。警戒心もあってか、その動きは牛歩のように鈍重だ。
「まあ、攻撃の幅を増やす良い練習ね。何から試そうかし――」
千尋の言葉を遮って、食堂の扉が突然開いた。
ばぁん、と荒々しく引き戸が叩き付けられて、千尋は目を見開いて後ろを向く。
そこには、先程別れた筈の浩介が立っていた。
「……ったく、何なんだあんたは。自由すぎるだろう。もしかしたらプレートにあんたの位置が表示されたりするんじゃねぇかと思ったんだが……そもそもペアが離れるなんて想定してないよな」
浩介は呆れたようにプレートと千尋を交互に見やる。よほどの体力を備えているのか、ここまでかなりの速度で走らないとこのタイミングでの登場は有り得ない筈なのに、ほとんど息を切らしていない。
「……ふん。私だって、自分のポイントを確認出来なかったんだから。おあいこよ」
「なっ、はぁ!? あんたが勝手に走ってったからこうなったんだろう!?」
浩介の至極真っ当な反論を意に介することなく、千尋は浩介の下へとつかつかと歩み寄りプレートを掴んだ。
「いいから。まずは私にポイントの確認……を……?」
プレートのメニューに表示されてる「各生徒獲得ポイント」という項目をタップして、自分と浩介のポイントを見た千尋は愕然とした。
神条千尋:230ポイント
神草浩介:250ポイント
――ちなみに、この時点で他の生徒の平均獲得ポイントは60ポイント程。この2人の優劣を付けることは可能だが、それでも平均的な生徒とは比べるべくもない差が付いていた。
「……な、何で……っ」
千尋は唖然とした。
ここまでの道中、かなりの敵を屠ってきた。しかもどの敵も1分とかけずに、だ。千尋を探して駆けずり回っていた浩介が、この短期間にこれだけポイントを稼げるとは思わない。
どうして――? と浩介を睨み付ける千尋に、浩介は苦笑いをして、
「……あんたを探して、足に印を施してかっ飛ばして校舎内をかけずり回ってたらな。苦戦してるペアが山ほどいてよ。それで助けながら敵を倒しまくってたら……こんなことになってた」
そう言って、浩介は照れくさそうに頬をぽりぽりと掻く。千尋の表情に対する遠慮が特に見受けられない、純粋な照れだった。
「……な……っ」
千尋は言葉を失ってわなわなと震えていたが、目の前の敵の大きな足音でハッと我に返る。
「……取り敢えず、このでくの坊を仕留めるわよ。とどめは私が刺すから」
「喋りがやたら恐い上に横暴なことを言うなよ」
「なに? 私に逆らう気?」
「うるさい。その豊満すぎる胸を揉みしだくぞ」
「は……はぁっ!?」
千尋が顔を真っ赤にして、普通の女の子のように怒る。浩介はそんな千尋を見て、「やっぱそういうとこ見ると、可愛いよなー」などと呑気なことを言って、あろうことか千尋の髪を撫でた。
「……柔らかい……さらさら……」
浩介が一人で感動していると、鍛え上げられた腹筋に千尋のボディーブローが入った。
「うぐぉぉ……っ」
印による強化も何も無しの、純粋な肉体攻撃で、浩介は悶絶していた。
「か、神条、あんた肉弾戦も強いじゃん……」
「……だからあなたは嫌いなのよ……っ」
浩介の言葉を無視して、千尋は敵へ向き直る。声は平静を装っていたが、耳が赤くなっているのを浩介は見逃さなかった。
「……可愛いなあもう」
「……次言ったら、最大火力であなたを消し炭にするわ」
「それ一体いくつ同時詠唱するんだ……」
千尋の全力……下手をすれば、自分どころか校舎が消し飛びかねない。浩介はぞっとした。
「ほら、行くわよ。スケコマシ」
「わかったよ、ツンデレ」
胸板にチョップが入る。浩介は悶絶した。
2人は並んで敵の前に並び立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます