3.

「出たぞ、敵だ! こいつはどうやら接近戦しか出来ないみたいだな」

「よし、遠距離なら俺がやる! 『火』『球』『投』――燃え盛る火球よ、我らの敵を焼き尽くせ――」


 生徒の一人が作り出した火球が、人型をした何かに当たる。ぶすぶすと音を立ててゆっくり倒れると、あっさりと消え去った。


「よっしゃ! やったぞ! 早速進んで……ん?」


 2人が走り出そうとすると、プレートに『注意事項』の文字が浮かんだ。何事かと2人で覗き込むと、大きく文字が表示された。


『この訓練では、ペアによって強さの異なる敵が用意されるよう配慮している。しかし例外はある。例えば実力のあるペアが、指示されたルートから大きく外れている場合。その場合、元々そのルートを進んでいたペアの手に余る敵が大量に出てくることもある。注意せよ、注意せよ』

「……そういうこともあるのか。まあ、そんな運の悪い事態にはそうそうなら……な……っ」


 画面から顔を上げたペアが凍り付く。

 つい先程まで、廊下にはたった一人の敵が素手で立っていただけなのに、今度は剣を持った敵、弓矢を構えた敵、手の上に雷球を携えた敵――ありとあらゆる敵が、教室のドアを開けて廊下にのろのろと出現していた。


「……な……っ、何だよこの数……? くそっ、誰かとんでもないヤツがこっちに来てるのか!? ええい、『矢』『火』『射』――火を纏いし矢よ、目の前の敵を射抜け――」


 一人が慌てたように放った火の矢を、鉄製の大きな盾を携えた敵があっさりと弾いた。


「なっ!? くそっ、全然歯が立たねぇじゃねぇか。さっさと逃げて――」

「こちらに来なさい。巻き込まれるわよ」


 彼らの背後から聞こえた凜とした声に、2人は慌てて振り向く。

 そこには、学園一の才媛、神条千尋が立っていた。


――これは、本当にやばい……っ!


 彼らは大量の敵を目にした時以上の危機感を覚えて、彼女の言う通り引き下がった。転げまわるようにして彼女の背後に回り込むと、千尋はめんどくさそうに艶やかな髪を手で払った。


「多いわね……いいわ、まとめて相手してあげる」


 言うや否や、両手を前に翳した。


「『雷』『雷』『雷』『水』『水』『水』『川』――雷撃を纏いし水流よ、目の前の景色を変えろ――」


「んな――っ!?」


 彼らは仰天する。彼女がやろうとしていることがどれほど危険なことか、詠唱を聞いた段階で分かったからだ。

彼らが全力で後ろに逃げるのと同時に、千尋の両手の前にいくつもの印が重なり、まるでダムの放水の如く水が噴き出した。更にそこに目に見える程の電流が流れながら敵の下に向かう。千尋が行った攻撃は、簡単に言えば「鉄砲水に雷を落とした」ようなものだ。狭い廊下では水圧も洒落にならないものになるというのに、更にそこに三重詠唱で雷を混ぜ込んだのである。

 轟音と共に、十数体いた敵が残らず水流に呑み込まれる。

 ドアを押し破って教室にまで流れ込んだ水は、漏電したようなおぞましい音をしばらく立てた後、敵が全員消える頃に同じようにして消滅した。


「……ふぅ。あっけないわね。あなたたちもあの程度の敵に手こずるようでは……って、あら?」


 千尋が振り返ると、彼らは既に姿を消していた。どうやら恐れをなして逃げてしまったらしい。この場合、彼らが恐れたのは千尋の訳であるが。

 千尋が自分の手を開いて見て、にぎにぎとする。


「……そんなに恐いことはしてないと思うのだけど……」


 千尋は若干傷付いていた。

 しかし間もなくすると、何事も無かったかのようにまた走り出した。

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