3 ジェームズ・スコット特務大佐
基地の風景も、普段通りだった。若い、様々な人種の兵士たちが
じわりと、地面からしみ出す水のように感情が滲むのが分かった。けれども、それをどう表現するか悩んでいるうちに、自身のオフィスへと着いてしまった。
バイクを適当なところに停め、公共の建物らしい、簡素ながら権力を発散させる建物へと足を踏み入れる。
ジェームズ・”スレイブ”・スコット特務大佐。それがあの戦争の後、おれに与えられた立場だった。カイジンどもとの戦いを終えたおれたちを待っていたものは、次なる選択だった。
すべてを捨て、市井の中に戻るか、国連(実質的には、ステイツだろうが)、管理された兵器として生きるか。もしも第三次大戦が起こるとすれば、それはM・A・M・∞の力が振るわれるだろう。誰もの中に、そんな予感があった。
クノイチは前者を選び、俺は後者を選んだ。しかし、バックドラフトと暴風は姿を消した。正確には、事故で死んだことになった。
シビル・ウォーのようにヒーロー同士が戦うような未来も、当然なくなった。
そして、社会は平和とは言い切れないまでも、ある種の安定があった。あちこちをカイジンに破壊しつくされ、復興に追われることで、戦争などという余裕は、ほとんどの国でとうに消え去ってしまった。
未来はおれたちの想像通り、ヒーローの必要ない世界だった。大きな危機は話し合いによる折り合いや妥協と言った政治的駆け引きで解決し、そして戦争が起こったとしても、冷戦構造終結後の民族対立のようなものがほとんど。アメリカをはじめとするPKFの出動でなんとかなるようになるものばかりだった。
100mを5秒フラットで走れる脚力も、戦車を軽々と持ち上げることの出来る腕力も、その砲にすら耐えうる頑強さも、必要のない世界。
おれだけが、2001年のあの日に置き去りにされている。そんなズレを捨てきれずに、おれは生きている。
けれども、死ぬにはこの世界はあまりに優しかった。あまりにも、
広い講義室。その教壇に俺は立っている。席には、一様に頭頂部を残して髪をそり上げた、逞しい精悍な男たち。海兵隊の兵士だ。
何人かは眼を輝かせているが、ほとんどは退屈そうにおれの方を見ている。いや、聞いてくれればありがたい方で、携帯端末をいじり、音楽をきき、とにかく聞き流しているようだった。それを悪いとは思わない。今では使うことの無い知識だからだ。
「カイジン。そう呼ばれた者は、現在では倒せない相手ではなくなっています」
「ヒーローがいるものな」
口の悪い兵士の一人の言葉。それに笑いがあちこちで起こる。そいつを無視して、話を続ける。
「適切な装備と戦いさえ身に着けていれば、普通の兵士でも――」
おれに与えられた、唯一と言っても良い仕事がこれだった。カイジン対策専門家。世界で最も――いや。3番目くらいにカイジンを知るおれは、こうして教壇に立ち、時には下品なバラエティ番組の雛段や三流ゴシップ誌で、カイジンについて語る。
「彼らの鱗は強靭で、動きも素早い。拳銃弾程度であれば、ものともしない。けれども、強力な弾丸を連続でぶつければ、動きを鈍らせることが出来る。ショットガン、大口径のマシンガン。動きを止めて、グレネードなどの爆発物でとどめ。これが基本戦術になる。1匹の怪人に対し4人があたれば上手く行く」
言っていて、乾いた笑いが込み上げて来そうになることをどうにか堪えて話を続ける。数年前までならば真に迫るものだったかもしれないが、今ではこんな話をまともに受け取る人間などどこにもいない。カイジンなど、どこにもいないのだから。
まるで、ゾンビの研究家にでもなった気分だ。もしくは、ヴィラン研究家か。いないものについて大真面目に語るコメディアンたち。彼らは〝そんなものはいない〟と自覚しているだけ、おれよりマトモだ。
最前列に座り、やたらと眼を輝かせる数人を除き、にやにやとしながら、あるいは退屈そうに兵士たちは講義を聞いている。
これも慣れたことだった。最初の頃おれがここに立った時の、憧憬や尊敬にも似た視線はほとんどない。腕時計に目をやる。5分ほど早かったが、切り上げることにした。未来と才能ある若者を相手に、いつまでもノスタルジーに浸るのは悪い。
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