襲撃
大通りから少し外れた脇道をクロウは足早に進んでいた。
酒場で少し休んでいたら、異様な気配が近づいてくるのを感じたからだ。
随分と早いお越しじゃないか。
裏のドアから店を出て、嫌な気配から遠ざかる。
このまま気づかれずに逃げおおせれば良いのだが、そうはならないだろう。あちらとて大人しく見過ごすとは思えない。これ程早くこちらの場所を突き止めたのだから。
さてどのようにまいてやるか?
そんな思案を巡らせていると。
「クロウ様!」
我と我が目を疑った。
驚いて咄嗟に言葉もでない。
何でこいつが此処にいる?
綺麗に髪をひっつめにして、可愛いワンピースを着たマリーがそこに立っていた。
「こんな所に何でお前がいるんだ!」
「森で皆に聞いて、知っている町だったから……」
全くなんて間が悪い。
舌打ちをしてマリーを抱えあげた。
「話は後だ。今は黙ってろ」
「おやぁ、既に同伴者がいるとは妬けますねぇ」
背後の細い路地を塞ぐように黒い水が地面から湧き、その中からレルネーが姿を現した。もやもやと足元にわだかまり、押し寄せる
それを見越したようにレルネーは指ひとつ鳴らし、クロウの背後にも黒い水溜まりを出現させた。
「貴方に逢いたいと思うと必ず女性の邪魔が入る。困ったことですね」
「まぁ、俺はもてる方なんでね」
『押しかけはお断りだがな』と軽口を叩く。
レルネーがポケットから宝石を取り出して黒い水溜まりにばら蒔いた。水に沈んだ宝石は異様な煌めきを放ち、黒い靄をまとって影のような化け物の姿に変わった。
ひょろりと背が高く2足で歩く者、複数の足で這う者。あるいは角が生え、異様に長い爪の腕を垂らし、核となる宝石の目をこちらへ向けて何の感情もなく虚ろに見つめている。
化け物に前後を挟まれて、クロウたちは逃げ場を失った。
「それは大丈夫。僕は押し掛けたんじゃなくて、貴方を貰いに来たからね」
「どっちも間に合ってるんでね。お断りだ!」
その言葉を切っ掛けに影の化け物がクロウに襲いかかる。
それを受け、クロウを小さく囲うように円形に砂塵が舞い上がる。次の瞬間、暴風の
「舌を噛むなよ!」
マリーへ早口に声をかけ、大きく跳躍すると、通りを挟む両脇の壁の窓辺に付けられた鉄製の花台を踏み台にして屋根の上に飛び上がる。少女を抱えたままガシャリと素焼きの瓦を踏みしめ見事着地して見せた。
その後をレルネーを抱えた怪物が壁に爪を立てながら這い上がってくる。グロテスクな虫を思わせる気味の悪い動きだ。
その邪悪な輿を先頭に、わらわらと彼に使役されている化け物たちが壁をよじ登る。それは屋根だけではなく、壁面を伝って回り込もうとしてくる。そんな奴らを蹴散らしながら、クロウは隣接する屋根に飛び移り駆け抜けた。
見る間に距離が開いていくのに追って来るレルネーはどこか余裕の表情だ。そのようすが何かを待っているような気がしてクロウは眉を潜めた。だが、このまま逃げおおせればその予感も杞憂にすぎない。
怪物の森へ向けて転送魔法を使おうとしたその時、マリーを抱える腕に焼け付くような痛みが走った。思わず足が止まり、何が起こったのか分からず、思わず足が止まり腕を見る。攻撃はすべてかわした筈だ。それなのに何故?
抱えた少女に攻撃が当たったのではないかという嫌な予感に焦燥を覚えた。しかし、それは的はずれな予想だった。
小さな手が細いナイフを握りしめ、クロウの腕に極浅い切り傷を作っていた。その刃は見るからに禍々しい青い液体が塗られている。
「マリー」
「ごめんなさい」
手から滑り落ちたナイフが、微かな金属音を立てながら瓦の上を滑り落ちていく。マリーはクロウの腕のなかから逃げ出した。急いで呪文を唱えたが、毒の回る速さに解毒が追い付かない。ナイフにはヒュドラーの毒が使われていたのだろう。
ゆっくりと追い付いたレルネーが、晴れやかな笑顔で手を叩きマリーを誉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます