毒蛇
レルネーは見送りするふたりへ投げキッスを送り、待たせていた4頭立ての馬車へひらりと身軽に乗り込んだ。
彼の少女のような姿からは想像もつかない葬儀に使われるような漆黒の馬車は、同じく漆黒の首なし馬に引かれて走り出す。やがて目前に開いた異界へ通ずるホールに吸い込まれて消えた。
始終笑顔で見送りをしていたクロウだが、馬車が異界へ消える同時にキッチンへ駆け込んで吐いた。
「あんの毒虫がっ! 2度と来るなっ!」
込み上げる吐き気の合間に
「あら~、なかなか
「いつから居た!?」
どうやらチェシャは偶々部屋に入って来たわけではないらしい。それを空気から読み取ってかまをかければ。
「そうねぇ、長椅子に押し倒される少し前辺りからかしら」
「見てたなら早く止めろよ」
手袋をしていて正解だったなチェシャ。
あいつの正体を全部みたら、お前だってキスされた右手を掻きむしりたくなること間違いなしだぞと言って再びシンクに顔を伏せた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ無い!」
クロウはぶつぶつと呪文を唱和しながらふらつく足でキルケの書斎へ行く。いつもと違う様子に、チェシャは心配になって後を着いていった。棚を開け、ラベルの文字を読むのももどかしい様子で薬を探す。
「私が探す?」
「あ、あった!」
瓶を開け、手近にあった布に染み込ませると首もとに付けられた傷に当てる。ジュッと何かが焦げる臭いが漂う。
クロウは体を硬直させて痛みに耐えているようだ。
「ちょっと、本当に何なの!?」
「ハァ、毒だ」
首を押さえたまま書斎の椅子に座り込む。チェシャが傷口を確かめようと手を伸ばすのを断り、代わりに何かキツイ酒をくれと言う。
「あの野郎毒牙を立てやがった」
「……まぁ、そうでしょうね」
「例えじゃない! あいつは
「ヒュドラー!?」
「キルケの家だと思って油断したぜ」
手渡されたブランデーを煽りながら眉間のシワを深めた。冷や汗をかいている様子にチェシャが動揺して『死なないわよね?』と心細げに尋ねる。
「バカ言うな、このくらいで死ぬか! 嫌がらせだよ!」
死にはしないがまともに食らったら、1週間はおねんねだ。力の半分も出せなくなる。そう言って、飲み干したグラスを机に叩き付けるように置いた。小刻みに震えだした手を苛立ちながら握りしめて『あの野郎』と再び毒づく。
「本当に拐うつもりだったんじゃないの?」
「はぁ?」
キルケの家にはそれなりの結界が張ってある。
しかし、力の強いものにとっては、地面の上に描かれた線のようなものににすぎない。
その結界が守られている1つの理由は、キルケの縄張りであると言う事実だ。縄張りに入り彼女の領域を荒らす行為は、キルケに対する挑戦ととられてもおかしくはない。好き好んで彼女の怒りを買いたい者などいないのだ。
それをやってのけるなど。
「彼、本気で貴方が欲しいんじゃないの?」
チェシャが少し意地悪っぽくいった言葉を打ち消すように、クロウはひらひらと手を振って否定した。
「やめてくれ。やめだ。そう考えることすら馬鹿ばかしい」
チェシャはまだ『どうだか?』といった視線で微笑んでいる。
「勘弁してくれ。あの野郎キルケと何か揉めたんだろうよ」
それで嫌がらせに来たに違いない。きっとそうだ。
キルケが帰ってきたら聞いてみる。それまで少し俺は休むから留守番の代りを頼むと言って部屋に引っ込んでしまった。
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