夜会の回想

 帰りの馬車のなか、レルネーは先程味わった甘美な接吻キスを思い出して口のなかで舌を這わせていた。


 彼、接吻をしても死ななかった。


 指環を奪えなかったのは悔しいが、あのカラスの従者に接吻ができたのは幸運だった。もっと先を望んでいたが邪魔が入ってしまった。全く残念なことをした。誰にも見られていないうちに本当に拐ってしまえば良かったと後悔する。


 退屈な魔界の夜会パーティー

 欲しいと思うものは何でも簡単に手に入ってしまう。

 それは結構なことだがスリルがない。面白味に欠ける集まりに惰性で参加していたその時だ、彼を見つけたのは。


 誰もが自分に徳になるよう目をギラつかせて相手を値踏みしているなか、彼だけは壁際で退屈そうに女性と話をしていた。


 始めキルケに目が止まった。

 彼女は滅多に夜会へ来ないから珍しいと思ったのだ。それから隣の男に興味をもった。キルケは男性を――特に夜会に来るような貴族を――側に置きたがらなかったので、相手の男は誰だろうと知りたくなったのだ。


 それで、からかい半分声をかけた。

 キルケといるより伯爵であるレルネーと話した方が魔界で上を狙うなら断然お徳だ。キルケは魔王の覚えめでたいが出世欲がないから口添えを頼んでも無駄なのだ。だから当然尻尾を振って来ると思っていたのに。


 その男は迷惑そうにレルネーをあしらおうとしたのだ。


 伸ばしっぱなしの黒髪に堀の深いグレーの瞳、引き締まった顔はどこか野性味がある。上品な服装をしているが仕方なく着せられているといった様子だ。


 思わず口説いていた。

 初めはキルケからお気に入りを取り上げてやろうと言う悪戯心に過ぎなかったのが、ナビこうとしない彼に興味をもった。声をかければ誰もが頬を染める美貌のレルネーを鬱陶しそうに見つめる。そんな彼をひざまづかせたいと言う欲が湧いた。


 キルケの手助けが入り、これ以上粘るのはよくないと悟ってその場は引き下がるしかなかった。離れると男はあからさまにホッとした様子を見せる。小憎らしいがそこもそそられた。取り巻きに囲まれながら彼の名を尋ねれば。


「あぁ、あれはキルケ様の使い魔でクロウと言いますよ」

「そう、クロウって言うの」

「魔女に服従する魂の無い者ですよ。相手にするだけ無駄むだ」


 魂がない?


 あぁ、素敵だねクロウ。

 あなたは近々僕を愛するようになるよ。

 虜になって永遠の愛を誓ってくれたら、コレクションに加えてあげる。


 屋敷についたレルネーは真っ先に私室へ向かう。

 その足取りは軽やかだ。ドアを開け放つと美しい調度品に彩られた部屋に数人の男女が椅子やソファーに座り歓談していた。



「ただいま! 僕の愛しい人たち!」


 楽しそうに一人一人に笑いかけ、手をとり髪を撫でるも、誰1人返事をせず反応もない。それでもレルネーは上機嫌で側にいた娘を抱えあげた。くるくると周りながらダンスの真似事をする。

 彼1人の笑い声が部屋に響いた。


 彼ら、彼女らが返事をしないのもそのはずだ。すべて人形なのだから。かつて人だった彼らの骸から剥いだ皮で、そっくりに作られた剥製(デスドール)。抱き上げた娘の髪に顔を埋め、頬にキスを落とす。


「君たちにまた新しい仲間が出来るからね。楽しみにしていてね」


 そう言って、彼はまた人形相手にワルツをくるくると踊って見せた。


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