怪物

 魔女が家にいないとき、小麦粉が底をつきてしまった。

 美味しい焼き菓子やパンを食べ慣れてしまった森の住人は、とても残念そうだ。


 魔女は一度出掛けてしまうと、いつ戻ってくるか分からないという。明日の場合もあるし、下手をすると半年以上戻らないことも。

 そこでルカは、村に小麦粉を買いに行くことを決意した。

 今の姿で人前に行くなど、不安でたまらない。けれど、皆が喜ぶことをやめたくなかったのだ。


 ローブを借りて深々とフードを被り、宵闇迫る森の道、荷車を引いて村へ向かった。


 もうすぐ閉まろうとする粉屋から、荷車に積めるだけ小麦粉を買うことができた。頑なにフードを取ろうとしない客を訝しそうに店主は見ていたけれど、何とか気づかれずに買物を済ますことができた。


 これでまた。皆にパイを焼いてあげられる。

 すっかり暮れた静かな村の通りを、意気揚々と森を目指してルカは重くなった荷車を曳く。怪物になっていいところは力持ちになれたことだ。前は小麦粉の袋を1つ持つだけでも大変だったのに今は何とも思わない。牛や馬が必要になりそうな荷車もこの通りひとりで引ける。


 すると、細い通りから悲鳴が聞こえてきた。

 その悲鳴が女性のものであると分かった時、ルカは放っておけずにこっそり様子を見に小道へ入って行った。


 暗い道の片隅で、恐怖に青ざめた娘が、ガラの悪い男に囲まれていた。

追剥だろうか。荷物はとっくに巻き上げているのに、悪漢たちは娘を解放しようとしない。そのようすから、ルカはこれから娘の身に悪いことが起こるとすぐに分かった。


 走り出し、男と娘の間に割って入る。

 腹を立てた男のひとりが、ルカのローブにつかみ掛かった。その手を鉤爪のついた手で握りつぶして引きはがす。仲間の悲鳴を聞いてナイフを持った男がとびかかってきた。破れたローブの下、頼りない月明かりに照らされて、青く浮かび上がった異形の姿に追剥たちは逃げ出した。


 化け物だ! 怪物が出たぞ!


 助けられた娘ですら、その姿に恐怖し目を見張っている。口元を両手で覆い驚愕に見開いた瞳が凍り付いたようにルカへ注がれた。

 それを見て、ルカの心に深い悲しみがわいた。


 思いがけず助けた娘はかつての恋人だったから。

 昔、ルカへ愛情に満ちた微笑みをくれた美しい顔を、今は恐怖に引きつらせ彼を見上げている。いたたまれなくなり、彼はローブを拾うことも忘れて走り去った。

 荷車を力任せに引き、森へ逃げ帰った。


 森のなか、家へと続く道をたどりながら、それでも彼は心の片隅で、自分が怪物でよかったと思っていた。

 そうでなければ、彼女を助けてあげられなかっただろう。

 人間だったの頃の彼では、悪漢に立ち向かえるほどの力はなかったのだから。


 その晩ルカは、眠れぬ夜をパン生地を練り続けることで明かした。

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