変身
あまりに静かなひとときが流れ、ルカは二の腕にかゆみを覚えて触れた。柔らかな皮膚のした、硬い芯のようなものに触れて違和感に視線を落とす。
肌にはシミのように黒い点が無数に現れ、次第に色を濃くしている。その斑点はやがて表皮を突き破り、棘のように鋭く延びていく。恐怖のあまり一言も発することができず、驚愕の表情を浮かべたままルカはそのようすに目を見張っていた。変化は腕だけに止まらず、首や頬、足に至るまで広がっている。
ヤマアラシの棘のように長く延びた先端が、扇のように花開き艶やかな羽根を形作っていく。ルカの肌は黒く美しい光沢を持った、羽毛におおわれようとしていた。
狂気の前触れのような、怯え交じりの荒い息を繰り返し、鉤爪のついた手を震わせながら彼は大鴉をみた。けれど、そこにクロウおらず、代わりに銀髪の赤い目をした美しい黒衣の美女が、椅子にもたれて微笑んでいる。
めまいを覚えながら、ルカは人とは思えない自分の身体と女性とを交互に見比べ、状況を理解できないようだ。カラスと人が混ぜこぜになったような姿で立ち尽くす。
「鳥になった気分はどうだい?」
クロウの声に振り向けば、いつのまにやら黒ずくめの男が薄笑いを浮かべてこちらをみていた。声と瞳が大鴉にそっくりだ。
どうしてカラスが人の言葉を話すか、不思議には思わなかったのか?
この森で生きる者は皆、姿を変えられた人間さ。人間の舌を持っているから言葉を話せるんだよ。
男の姿をしたクロウはそういって笑った。
今までにないものが見られるだろうよ。
そして大きく伸びをすると、とても嬉しそうに微笑んだ。
あぁ、俺は自由だ。カエルも虫もうんざりだ。町のレストランへうまいものを食べに行こう。
そう言ってドアを出ていく彼の後を、鳥男になったルカは追う。待ってくれ。しかし、クロウは振り向きもしなかった。
椅子に静かに腰かけていた魔女はそれを見て口を開いた。
あのカラスと私は賭けをした。もし、お前にそそのかされて薬を飲むものが現れたら、自由にしてやろうと。
ルカが口にしたワイン。それはカラスに変えられた者の呪いを代わりに引き受ける薬だった。
「望み通り違う世界にこれたでしょう? 何が見える?」
魔女の言葉に羽根が逆立つのを感じた。
そばにあった窓のガラスに、うっすらと映る怪物のような自分の姿を信じられない気持ちで見つめる。そんな彼の足元で、虎毛の猫は再びため息を吐いた。
「だからダメだと言ったのに」
憐れみを込めた瞳で青年を見上げる。
また、騙された。
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