夏の思い出
神無月やよい
夏の思い出
「くくくっ……。
数千年の長きに渡り、魔界に封じられし、我をよくぞ解放してくれた!
愚かな勇者よ、礼を言おう!」
「くっ、そんな……!
世界各地に散らばった四宝を集めれば、世界は救われるんじゃなかったのか!?」
ぎりっ……
勇者は悔しさから、思わず激しく歯ぎしりする。
そんな勇者に構わず、復活した魔王はオレンジ色に輝く夕日を背に、泰然とした態度で腰に手を当て、仁王立つ。
「民を正しい道に導くといわれる『
この世の真理を映す『
全ての悪を
一口飲むだけで、永遠の生命をもたらす『
これらはみな全て、かつて我の所有物であり、力の根源であった。
しかし、欲深な人間達が我の強大な力を欲し、
「それじゃ……?」
両手で剣を構える勇者の額から、大きな粒となった汗が幾度も流れ落ちる。
魔王は腕を組み、胸を張って計画通りに事が進んだ事を誇った。
「四つの宝を集め、祭壇に
それは我の手下が流した真っ赤な
「くそっ!
くっそぅ!!
これから一体、どうすればいいんだ!?」
世界を救うために旅に出たはずが、逆に自分のせいで滅ぼしてしまうかもしれない。
そんな焦りと後悔の念が、勇者の中で
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緊迫した空気が周囲を支配する中、唐突に軽快なメロディが魔王の身体から流れてきた。
『♪~♪~♪♪~~』
魔王はズボンの中に入れたジュニア用スマートフォンを取り出す。
画面を見ずに通話ボタンを押せば、母親の声が聞こえてきた。
「たかし~?
いつまで公園で遊んでいるの?
もうすぐ夕飯よ~。
そろそろ帰ってきなさい~」
「は~い」
そのまま電話を切ろうと終了ボタンに指を移動させる。
しかし、何か思いついた様子で、会話を続けたのだった。
「お母さん、今日の夕飯のメニュー、何?」
「あなたの好きなポークカレーよ。
だから、早く帰ってきなさい?」
「うん!
分かった。
お母さん、ありがとう!」
勇者役の友達と遊んでいた魔王たかしは、今度こそ通話を切り、スマートフォンをズボンのポケットにしまい込んだ。
聞かずとも耳に入ってしまった会話の内容を、友達のあつしが心の底から
「カレーか……いいなぁ~。
うち、多分……今日もまた、まぐろのとろろかけごはん……」
あつしは、魚のぐにゃぐにゃした食感と、生臭さがどうしても苦手だった。
そのせいで、よく母親から怒られていた。
「こら!!
好き嫌いしないの!
まぐろには頭が良くなる成分、DHCがたくさん含まれているんだから、お前みたいなばかには、ちょうどいいんだよ!」
お母さん、テレビでいってたのはドコサ……なんとかだったと思うよ?
テストも次は平均点以上、取れるよう頑張るからさ~。
だから、たまには鳥のから揚げが食べたいなぁ~?
そんな情けない事をぼんやり考えつつ、
近くに引っかけておいたビニール袋を持ち、その中に家から持ってきた子供用木刀を中に入れる。
これはあつしの兄が、中学校の修学旅行に買ってきてくれたお土産だった。
その他に、妹が使っているビー玉、少女漫画雑誌の付録のおもちゃを入れていく。
最後に残った小さなペットボトルをどうするか?
ほんの一瞬だけ迷い、手が止まった。
そうだ!
昼夜の気温差を案じ、母親が持たせた夏用カーディガンを羽織り直しているたかしに声をかけたのだった。
「あ、たかし。
悪りぃけど、これ飲みきっちゃってくれる?」
熱中症予防に母親から渡された清涼飲料水をぐいと突きつける。
「え?
お前、
たかしが不思議そうに尋ねる。あつしは首を横に振った。
「僕はいいよ。さっき公園の水、いっぱい飲んだから。
でも、飲まずに持って帰ったら、お母さんに怒られるからさ」
「ふ~ん……」
さして深い考えもなく、たかしはまだ中身が半分、残っているペットボトルを受け取って、一気に飲み干した。
「うっわ、まずっ!」
アセロラの酸っぱさが、直射日光を浴びた事で、よりエグみを増して、たかしの
抗議しようとするも、既にあつしは猛然とダッシュしていた。
置いてかれた悔しさと、うまい具合にごみを押し付けられてしまった怒りから、握り
「あつし、お前!」
「あはは~!」
どこまでも追いかけ、げんこつの一発でも見舞ってやりたかったが、あいにく家はまるっきり反対方向だった。
ふぅ……
たかしは
ふいに少し遠くから、大声で呼び止められた。
「たかし~、今度の日曜のお祭り!
忘れんなよ~!?」
後ろを振り返り、あつしに負けないぐらい、大きな声で約束内容を返事したのだった。
「うん!
夜八時、神社の鳥居前、集合だろ!
あつしこそ、遅れるなよ~!?」
子供達がぶんぶん大きく手を振り、別れを告げる。
カラス達も家族の所に帰ろうと、かぁかぁ鳴きながら、オレンジからコバルトブルー色に変化する空を羽ばたいていた――――。
夏の思い出 神無月やよい @yayoi-kannaduki
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