第30話 王国に危機が。

「それは一体…………どういう事か説明してくれますね?」

 するとエイルは、こくりと一度首肯してから再び口を開いた。

「さっき城に連絡があったの。――――フォータ砦が墜ちたって」


 簡潔に述べられた答えに、シェーラはもともと大きな両の瞳を更に見開く。


「つまり……北の隣国、ノーザリアが遂に攻めてきたと? しかしこうも容易く侵略を許すなど……」

「かなりの兵力を投入してきたみたい……。たぶん、資源不足でこっちの国力が低下してることを確信したんじゃないかな」

「時間の問題だとは思っていましたが、いざこの時が訪れるとやはり驚きを隠せませんね……」


 何やらひどく深刻そうな面持ちで幾つか言葉を交わした二人だったが、もちろんその半分以上の内容を、朝妃は理解する事が出来なかった。エイルとシェーラの顔を交互に見比べながらオロオロしていると、シェーラが補足説明を挿んだ。


「アサヒが知らないのも当然でしょう。ノーザリア帝国とは我が国の北に位置する国で、永きにわたって領土を巡る争いを繰り広げてきた謂わば宿敵……。私たちが話しているのは、そのノーザリア帝国が侵略戦争を仕掛けてきたことについてです」

「うんうん…………え!? ヤバいじゃんそれ!」

「アサヒちゃん、これって本当は城の外には漏らしちゃいけない事になってるんだ。だからもうちょっと声を落としてくれるとありがたいかも」

「あっ……ごめ……」


 エイルに窘められ、朝妃は慌てて自分の口を手で押さえる。その所作を見て、シェーラとエイルはどこか微笑ましそうに頷いた。そして互いに向き直りまた表情を引き締める。会話を再開する。


「して、父上がどうなさるおつもりなのかは、お前も聞き及んでいるのですか」


 その質問にエイルはやや苦々しげに顔を顰(しか)め、若干の間を開けて答える。


「……迎え討つ……って」

「やはり、依然和解する気はない、ということですか……」

「そうみたい。だから人目を盗んで二人に知らせに来たんだよ、私。今は幾ら兵がいても困らない状況だから、きっと明日の朝にはシェーラはもちろんアサヒちゃんにも招集がかかるはず……。少しでも戦える人間は全員ね。だから王都を出るなら今夜しかないの」


 そこで一度言葉を切ったが、シェーラが応えを返すより先にエイルが続きを語る。


「確かにこの国の騎士団は他国と比べても相当強力だけど、向こうもそれなりの精鋭戦力が揃ってる訳だし、単純な兵力だけでもかなりの差があるよ。正直言って、ノーザリアの思惑通りあんまり勝ち目は――――」

「エイル、そうではありません」


 エイルの声を遮るようにシェーラが言葉を重ねた。目を閉じたままゆっくりとかぶりを振る。


「……最も重要なのは国民が幸せかどうかなのですよ。ノーザリアは近隣の小国を侵略し勢力を拡大していった国――……そして敗戦国側の民は例外なく強制労働に従事させられています。それが分かっている以上、抵抗しないわけにはいかないのです。ですから、もちろん私も戦には参加する所存です」

「……そっか。やっぱり形だけ王族じゃなくなっても、シェーラはやっぱり変わらないね。シェーラがそう決めてるなら、私はもう止めないよ」

「感謝しますエイル。しかし――」


 二人の視線が唐突に朝妃へと向けられる。それが自分も選択を迫られているのだということを、朝妃はすぐに理解した。


「あたしは……」


 言いかけて、固まった。

 自分がどうしたいのか、どうするべきか。その矛盾した二つをどう言い表せば良いかが分からなかったのだ。自分の考えをまとめるのに数秒を費やしてしまったものの、エイルとシェーラは急かすことなく朝妃を待った。


「ごめん、あたしは……戦争には行きたくない……。言い方は悪いけど、この国の人たちのために自分の命を懸けるようなことは、出来ない……かも」


 が、その答えを聞いた二人の反応は、朝妃が予想していたものではなかった。シェーラは朝妃の肩に手を添え小さく首を振った。


「アサヒが気にすることはありません。それが普通なのですから。アトラール王国は――いえ、この世界は、朝妃にとって縁もゆかりもない土地……。そう思うのも当然の事でしょう」

「シェーラちゃん、ありがと。でもあたし、困ってる友達を放っておくのも嫌なんだ。戦場には行きたくないけど、二人の助けにはなりたいって思ってて……」


 尻すぼみに声を小さくした朝妃だったが、エイルとシェーラは少し意外そうに眉を上げ薄く笑みを浮かべて見せた。するとエイルが顎に手を添えて少し考えを巡らせるような仕草を取ったあと、何かに思い至ったらしく『あっ』と声を漏らす。


「アサヒちゃん、回復魔法も使えたっけ?」

「え……? あーうん。エイルちゃんみたいに凄いのは無理だけど……」

「それなら、治癒魔法師として私と一緒に味方の治癒に回れば良いよ。治癒魔法師ならどの国でも重宝するし、万が一のことがあっても命の安全だけは保障されるはずだから。それに、本当は資格試験とか受けなきゃなんだけど、状況も状況だしアサヒちゃんならたぶん例外で認められると思うんだ」

「え、それマジ!? やるよ! あたしそれやる!」


 またとない妙案に、ビシッと元気よく手を上げる朝妃。それを見たシェーラは一度力強く頷いた。


「……決まりですね」

「うん。じゃあ私は朝妃ちゃんが治癒魔法師になれるように、口添えしておくよ。今日はもう戻らないとマズいから、また明日ね、おやすみっ」


 エイルは早口にそう締め括ると、半身で胸の前で手を振りながら路地を走り去って行った。残された二人もまた、彼女の姿が完全に見えなくなるまで手を振って見送ったのだった。

 ふと、シェーラが通りの方向へ歩き出す。


「アサヒ、私達もそろそろ店に戻りましょう。女将が心配しているやもしれません」

「あ、うん。そうだね!」


 返事をして、けれど未来に対する一抹の不安を抱えつつ、朝妃もシェーラの後を追うように路地を後にした。

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