第16話 城下町の見学に。

 王都。

 一言で済ませばたった二文字に終わるわけだが、その実態は直径4キロにも及ぶ巨大都市だ。東西の二方を険しい山脈に挟まれた地形に位置し、南北に頑丈な壁を設けている。

 一見すると閉鎖的であるように思えるが、しかし山脈を迂回するルートを除く唯一の南北経路であり、その重要な中継地として賑わいが絶えることはない。正直、もうちょっと人が少なくても良いんじゃないかとも思うレベルだ。

 そんな人の多い城下町の北部に、《子鹿通り》という可愛らしい名の通りがある。俺たちはそこに構える一軒の菓子店を訪れていた。そして今まさに、買い物を終えて店を出たところである。




「買えて良かったー。このお菓子、今日までの限定販売だったの」


 そう言ってエイルが嬉しそうに抱える袋の中には、焼き菓子の箱詰めが入っている。

 店内で試食も出来たので俺もちょっと食べてみたが、糖分控えめのクッキーみたいな感じで特に物珍しい味でもなかった。まぁきっとこの世界には甘物がさほど浸透していないんだろう。折角の気分をぶち壊すのも気が引けるので、素直に美味しいと答えた。


「私、あとは服も買いに行きたいんだけど、流石にそこまで付き合ってもらうのはちょっと悪いよね……。そう言えばトーマくんたちが案内してほしい場所って?」

「いや、案内っつってもこの世界を知るための見学みたいなもんだから……。一般常識とか、暮らしの様相とかさ。ぶっちゃけこんな感じでブラブラするので全然構わない」

「えっ、そうだったんだ? じゃあ二人とも一緒に服買いに行ってみる?」

「マ・ジ!?」


 突然、朝妃がずずいっと身を乗り出した。エイルを見つめるその瞳は、電機屋のゲーム売り場にいる俺ばりに輝いていた。

 まぁこいつもこれで歴とした女子だし、きっとショッピングに飢えてたんだろう。俺とてその気持ちが分からんでもない。新作ゲームとか、見てるだけで嬉しくなっちゃうもんな。それどころか公式サイトのPVを見てるだけで幸せを感じるまである。……俺だけ?


「しっかしよー、服なんぞ城に山ほどあんだよな。マジで文字通り山ほど」


 それ以前にクローゼットがアホみたいに巨大だし。中に入っていったら、クローゼットの奥が氷の女王に支配された国と繋がってるんじゃないかっつーぐらい。何ニア国物語?

 俺が呆れ半分に肩を竦めると、朝妃が何かに思い出すように空を仰ぎ顔を顰めた。


「でもお城の服って、豪華すぎてなんか落ち着かないし……」

「ああ……それはあるわ」


 普段から部屋着がTシャツにステテコパンツである俺からしても、燕尾服っぽい城の衣類は堅苦しくて敵わない。朝妃もきっとドレスっぽいものが多いに違いない。だから今日も、こうして初期装備でお出かけをしているのだ。貧乏くさい方がまだ落ち着く辺り、俺たちは異世界に来てもやっぱり庶民らしいです……。しみじみ。

 すると、それに対してではなかろうが、エイルも共感するように繰り返し頷いた。


「私も本当は、お城にいるときももっと楽な格好が良いんだけど、ちゃんとローブを着てないと魔法師長に怒られちゃうんだよね……。よーし、それじゃあ三人でお買い物だっ! いえーい!」

「イエーイ!」


 エイルの掛け声に合わせて、同様のテンションで拳を突き上げる朝妃。俺はそんなやる気満々の二人の後ろについていく。

 そして服屋はというと。

 先程エイルについて入った菓子店と変わらず、現代日本の店と比較すると、殺風景とまではいかぬまでもなんとも面白みの無い内装だった。こっちの人々は概して見栄えや客観というものに関心が薄いのかもしれない。


「いらっしゃいませー……」


 という店主の決まり文句もやる気なし。現代日本なら一瞬で潰れそうなぐらいのサービス精神の無さだが、こっちじゃこれが当たり前らしい。もはや全員バイトのときの俺と考えてもいい。……なんだ、そう思ったらずいぶん気楽になったぜ。良い服売ってくれよな俺!

 しかし一方の女子二人はそんなことなど気にも留めず、早速服を手に取り眺め始める。

 俺もざっと店内を回って見たところ、品数や種類は存外多い。


「あ、これなんかよさそう! 冬馬どう?」


 そう言って朝妃が体の前に重ねたのは、裾がももの辺りまであるトップスだった。なんて言うんだっけああいうの? チュニック? ファッション用語とか疎すぎてまったく分かんねぇな。なんせ母ちゃんが適当に買ってきたものを取り敢えず着ているだけの俺である。


「気に入ったんなら試着でもしてくりゃいいだろ」

「うーん、後でね」


 朝妃は俺の提案をそう適当に流し、ハンガーを再び元の場所に戻したのだった。あ、はい。これは長くなりそうですね……。

 さてエイルの方はどうだろう。

 そうして目をやった先で、彼女は何やらカウンターで店主と言葉を交わしていた。その手には一枚の紙切れ。何をしているのか様子を見ていると、店主がエイルから紙切れを受け取り一礼してそのまま奥の部屋へと消えていった。


「エイル、何を渡したんだ?」

「ちょっと前に仕立てをお願いしてたから……それの受取書。出来上がるの結構楽しみにしてたの」

「はー、なるほどね」


 だから服屋に来る予定だったわけか。そんなら俺もさっさと買っちゃお……。

 『即断即決、試着はしない』。わざわざ試着をするのなんてジーンズぐらいのもんで、だいたい体に重ねてみて良さそうだったら迷わず買っちゃうのが俺のポリシーである。そして今日も例にもれず、十分もかけずに選び終えたのだった。

 ウィンドウを見て驚愕に固まる店主も気にせず、料金の支払いを済ませた服からアイテムストレージに放り込んでいく。それでもまだ尚、女子二人はまだ楽しそうに衣服の数々を眺めていた。


「朝妃、お前まだ決まんねぇの?」

「いや……冬馬が早すぎだし」

「つーかよ、そんなに厳選する意味だろ。そういう費用も全部城が出してくれてるんだから、気になったやつ全部買っちゃえば良いんじゃねぇのか」


 言いつつ朝妃を見ると、なにやら『目から鱗が落ちた』みたいな顔をしていた。今気がついたのかしらこの子……。


「悪かったな朝妃……。言わなくてもそのぐらい考えれば分かると思ってたんだが、俺ってばちょっとお前を信じすぎてたみたいだ……」

「謝られたのになんか悲しい!?」


 朝妃が心外だとでも言うように悲痛な声を上げた。しかしすぐに晴れ晴れしい表情になり、意気揚々と手にした服を俺に押し付けてくる。


「じゃあ冬馬ちょっとこれ持ってて!」


 返事も聞かず俺に服を持たせた朝妃は、いそいそと他の気になっていたらしい商品を取りに歩く。果たして数十秒後には10セット近い組み合わせを手にして試着室の前に立っていた。


「全部試す!」

「おう、頑張れ。じゃあ俺はその辺の屋台ででも時間潰してるわ」

「見る人いないと意味無いじゃんっ!」

「面倒くせぇな……。そういうのは女子同士でやってくんない? ファッションセンス皆無の俺よりよっぽど為になるアドバイスくれると思うぞ」


 その時、服を手にしたエイルが脇のハンガーラックの陰からひょこっと顔を覗かせる。


「ねぇ二人とも、これから試着しようと思うんだけど、ちょっと感想聞かせてくれるかな?」

「よっしゃ任せろ」

「即答!?」


 驚声に朝妃を見やると、なんか咎めるような視線を俺に向けていた。その表情が心なしか悲しそうにも見えるのはたぶん気のせいだろうが、まぁ仕方がないな。ついでだし。


「……お前のも見てやるよ。だから早く着替えてきなさい、二分だけ待ってやる」

「あたしだけ制限付き!? でも、ありがとっ!」


 朝妃はぱぁっと表情を華やがせると、すごい嬉しそうに服を抱えて試着室へ入っていった。そして調子に乗ったのか、カーテンを閉める間際にこんなコメントを残す。


「覗いたら怒るからっ」

「……はい、十秒経過ー」

「すいません……」




 数分後。




「冬馬、どお?」


 という、朝妃にしては少々控えめな問いとともに試着室のカーテンがそっと開放された。

 彼女の服装はというと、ヘソ出しシャツにデニムっぽい生地のショートパンツ。その上からロングマントを羽織ったような形である。いったい誰に感化されたか、なーんかどっかで見たようなコーデなんですけど……。


「まぁ良いんじゃねぇの」

「あっ! テキトーは無し!」


 言ってびしっと指を突き付けてくる朝妃だが、今のは俺なりのちゃんとした感想なんだよなぁ。


「別に適当じゃねぇよ。つーかお前、基本的なルックスは良いんだから、どんな服でも似合わんことなんてそうそうねぇだろ。雑誌のモデルと同じだっつの。イケメンが着るからカッコイイのであって、俺が着ると『なんか変』って言われるのが落ちなんだよ。あれ以来、何があろうと母ちゃんのファッションセンスに任せる事を俺は誓った」

「何で途中から自分の話になったし……」


 いやマジで当てになんねぇからな、あれは……。むしろ逆説的に、雑誌モデルのコーデが似合うなら自分はイケメンだと思ってももはや問題無いまである。


「要するに似合ってるから安心しろって事だよ」

「あ、ありがと……」


 素直に褒められたことが照れくさかったのか、朝妃は頬を染めて俯きがちにお礼を言った。そういう反応されるとこっちも照れるからやめてくんないかな……。

 そんな感じで合わせ辛くなった視線をつい右へ泳がせたとき、ちょうど隣の試着室のカーテンがほんの少しだけ動く。その隙間から顔を覗かせたエイルが、なにやら不安げに苦笑しつつこんな前置きをした。


「私も着替え終わったんだけど――……その、笑わないでね?」

「お、おう」


 俺の返事を待ってから恐る恐るカーテンを開け始めるエイル。テレビならここで一旦CMが挿まれそうなもんだが、幸いそんな心配もない。いったいどんな服を着てるんだろう……!? と、俺は期待に胸を膨らませ固唾を飲んで見守った。

 まぁ結局のところ、明らかになったエイルの姿に俺は堪らず笑みを零してしまったわけだが。


「……ふっ」

「あっ!? 笑わないって言ったのに!」


 途端、エイルが口をへの字に曲げてカーテンの後ろに隠れてしまう。咎めるような眼差しに、俺は慌てて取り繕う結果となった。


「あー待て、いやごめん。別にエイルの服を笑ったわけじゃなくて、ただお前らの考えてることが面白かったからさ……。二人とも、ちょっと互いの格好を確認してみ」


 言いながら、朝妃とエイルを交互に見比べる。すると二人は怪訝そうな表情を浮かべつつも、俺に従って試着室から出てきてくれた。顔を見合わせ、そして一瞬遅れて吹き出すように破顔した。

 エイルの服装はというと、上は白っぽい生地を基調としたブラウスに紺色ベスト。首周りにはネクタイに似たスカーフ巻いており、そしてなんと、ボトムスがまさかのミニスカートだった。色合いは微妙に異なるものの、組み合わせに関しては朝妃の初期装備からヒントを得たに違いあるまい。

 つまるところ朝妃とエイルは、単に互いの普段着を入れ替えてみただけみたいな状態になっていたのだ。隣の芝は青いとはよく言ったもんだな。


「あははっ、実は最初にアサヒちゃんを見た時からずっと可愛いなって思ってたんだ。こっちの世界じゃ、こんなに丈が短いスカートなんて見た事なかったから……。でも実際履いてみるとすごいスースーするんだね……」


 言って、エイルがスカートの裾を押さえて困ったような笑みを浮かべてみせる。興奮した様子の朝妃も、胸の前で両手を握りながら、エイルを上から下までキラキラした目で眺め回す。


「エイルちゃんすっごい可愛いよ! もう私が着るのより全然っ!」

「本当? ありがとー。アサヒちゃんもすごい似合ってるよ。私よりもよっぽど攻略者みたい」


 女子二人がきゃぴきゃぴはしゃぐ姿は、えらく目に嬉しい光景だった。うんうん、仲睦まじいことで何よりですね。

 それにしても普段から見慣れてるはずの服装も、着る人間が変わるとこうも新鮮だとは……。たぶん二人とも美少女だからこそ成り立つんだろう。少なくとも、ジャニーズと俺が衣装チェンジしたところでこうはなるまい。よし、ちょっと悲しくなってきたからこの話はやめよう。


「あのー、君たち。楽しそうなとこ悪いんだが早く終わらせちゃってくんない」

「あ……トーマくんごめんね。私はもうこれに決めたから、このままお会計済ませちゃうけど……アサヒちゃんはまだ試着したいのがあるんだよね?」

「うん、やっぱりトーマに言われたみたいにいらない服とか買うのはなんかやだし。だからもうちょっと待ってて!」

「もちろん」


 といった具合に勝手に話を進めてしまう女子二人である。すると朝妃は再び試着室へと引っ込み、エイルはここまで来てきた服を抱えてカウンターの方へ歩いていく。俺もその後ろを付いて退店する際、こそっと一言だけ断りを入れておく。


「んじゃ、俺はその辺の屋台ででも時間潰してるから、終わったら声掛けてくれ」


 しかしエイルは去ろうとする俺の手を取って慌てた様子で引き留めた。


「ちょっと待ってよトーマくん。それ本気なの?」


 どこか怒っているような口調で問いかけ、朝妃が着替え中の試着室を見やる。その視線に、俺はエイルが言わんとするところを理解した。

 ははーん……やっぱりエイルも、自分のは見てほしいけど他人のを見るのは面倒くさいんだな。たぶん朝妃を押し付けられたのが気に入らなかったに違いない。だから、俺は肩を竦めて己の言い分を口にした。


「だってそういう話は女子同士の方が良いだろ。エイルも買い物終わったんなら、わざわざ俺なんぞがアドバイスしてやる意味なんて――」


 ところがエイルは俺の言葉を途中で遮るように、俺の肩に手を置いた。そっと瞑目してかぶりを振る。


「トーマくん、違うよ……。そういう事じゃないよ……」


 その声音には明らかな落胆の色が含まれていた。しかし、自分がいったい何を期待されていたのか、俺にはまるで心当たりが無い。俺が言葉の意味を目だけで問うと、エイルは伏し目がちに下唇を噛んで、口を閉じた。

 数秒の間を開けて、まるで親が子供に言い聞かせるような穏やかな口調でこう尋ねてくる。


「もうちょっとだけ、アサヒちゃんのことも考えてあげられないかな?」

「……え、いや何の話?」


 マジで何の話だよ。俺がアサヒのことを考えてなかったらあいつ、ダンジョンでとっくに死んでるんですけど……。

 だがエイルはまたしても何も答えることなく、代わりに大きな溜め息を吐いてみせる。すると何を思ったか、突然俺を回れ右させたかと思うと、そのまま背中を押して試着室の前まで連れて行った。


「何の話か分からなくてもトーマくんが見てあげて。アサヒちゃんだって、私よりもトーマくんの感想の方が嬉しいに決まってるんだから」

「……エイルがそこまで言うなら拒む理由はねぇけど」

「なら決まりっ」

「あのーお客さん、この服うちの商品じゃないみたいなんですが……」


 一転して笑顔で頷くエイルに、店主から呼び掛けがあった。どうやらまだ会計の途中だったようで、更には来てきた服をカウンターに置きっぱなしだったらしい。そりゃ店主も混乱するわな。


「あっ、すいません!」


 慌ててカウンターの方へ戻っていくエイルを見送ってから、今度は俺が溜め息を吐く番だった。

 うーん、やっぱ納得いかねぇ……。だいたい、朝妃がエイルの感想より俺の感想の方が貰って嬉しいとか、どう考えてもそんなわけないんだよなぁ。俺なんぞから感想もらってどうすんだっつーの。土に埋めて肥料にするぐらいしか使い道が思い付かねぇわ。

 もう考えるのも面倒くさくなってきた俺は、暇つぶしに朝妃に催促してみることにした。


「あーさひちゃん、もーいーかい」

「そんな簡単に着替え終わんないし、言い方キモいし」


 間もなくしてカーテン越しにそんな返事があった。

 何でそういうとこだけノリ悪いんだよ……。そういえば話変わるけど、俺ってば味付け海苔よりもただの焼き海苔の方が好きなんだよねー。それなのに、関西出身のばあちゃんが作ってくれるおにぎりはいつも味付け海苔でちょっとがっかり……。以上、ノリの話。

 と、そんなくそ益体もない事を考えている間に、朝妃が着替えを終えたらしい。シャッと音を立ててカーテンを開け放つ。


「これはどうかな?」


 ……ただまぁ、こんなに楽しそうに笑う朝妃を見るのも、結構久しぶりな気もする。面倒くさいことに変わりはないが、たまにはこいつに付き合ってやるのも悪くはないのかもしれない。


「おー可愛い可愛い」

「やっぱりテキトーだ!?」

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