第24話 彼女の意志は。

 ある朝、シェーラは普段の如く早くに目覚めたあと、今日も今日とて騎士団修練場にて己を磨いていた。

 型に沿って木剣を振るだけの基本的な修練方法だが、彼女が剣を振り抜くたび、空気が震え、踏み込んだ足から振動が地面を走った。シェーラが最後の型を披露――本人にそのつもりは無いのだが――し終えると、同じく鍛錬に励んでいた数人の騎士たちから拍手が沸いた。

 シェーラも彼らに一礼して応え、それから修練場を後にした。朝食までまだあるが、シャワーを浴びることを考慮すると丁度良い時間だろう。


 専属の庭師たちによって綺麗に整えられた中庭を眺めながら、シェーラは自室へ向かって外周廊下を歩いた。

 その際、《窓の使徒》の部屋の前を通ることになる。

 勿論、少々回り道をすることも可能だったが、それは己の責任から目を背けているようで何となく忌避していた。しかし矛盾するようだが、通過する際には決まって早足になってしまうのだった。


 トーマが死――いや、行方が分からなくなってから早くも二週間が経とうとしている。


 にも拘らず、アサヒは依然部屋に引き篭もったままで、あれから一度としてダンジョンへ赴いていない。しかし彼女がああなってしまった一因はシェーラにあり、またアサヒの気持ちを理解できるゆえに、強く言う事が出来なかった。

 ただ朝食の後にアサヒの部屋を訪れ、『今日は行くつもりはありませんか』と問い、『行かない』という答えを貰うという日々が続いている。シェーラはその数少ないごく短いやり取りによって、罪滅ぼしをしているつもりだった。言わずもがな、それがただの自己満足でしかない事を承知の上で……。




 だからこそ――――。

 その後の食事の折にて自分の父親、すなわち国王が宣言した内容に、シェーラは言葉を失ったのだ。




「《窓の使徒》を城に置いておくのも、そろそろ潮時か」


 シェーラはまず、己の耳を疑った。食事を口に運ぶ手を止め愕然と国王を見やる。

「つまり……アサヒを城から追い出す……という事ですか」

「それ以外に何があるというのだ? 聞けばあの《女の窓の使徒》、毎日運んで行く食事はちゃんと食べているくせに、ダンジョンに潜ろうともせずずっと部屋に籠っているだけというではないか。そんな者をいつまでも城に置いておく訳にはいかぬだろう。《窓の使徒》は役に立つと思ったのだが、やはりの見込み違いであったらしい」


 国王の言い分はもっともだった。恐ろしく客観的に現状を分析するならば、まさしくその通りだった。働かない者は食ってはならない。当たり前のことだ。

 だけれど、シェーラはどうしても納得することが出来なかった。

 何故なら。


「父上、彼女は先日仲間を失ったばかりです。もう少し時間を与えてやっては頂けませんか?」

「《窓の使徒》が消えるまであと八ヶ月といったところだ。だがあの《窓の使徒》はようやくレベル30になったばかり……。シェーラよ、あの者がお前とともにダンジョン攻略へ臨める日は、いつになると思っておるのだ?」

「それは…………」


 恐らく、そんな日は永遠に来ない。レベルは勿論のこと、何よりアサヒは戦闘のセンスが無さ過ぎる。現在のダンジョン最下層は六十二層だが、それほどの深さになると幾ら魔法が容易に使えるとは言え、上手く立ち回れなければ足手纏いになってしまう。

 その点において、アサヒは戦闘に必須と言える状況把握能力が絶望的に不足していた。


「しかし、それでは余りにアサヒが――」

「そのぐらいにしておきなさい、シェーラ。フフッ」

 尚も食い下がろうとしたシェーラを宥めたのは、彼女の姉――アトラール王国第一王女だった。続いてその隣に座る二人目の姉、第二王女も加勢する。

「シェーラ、父上の仰ることは素直に受け入れるべきよ? 貴女も自分が王女であるという自覚があるなら、もう少し振る舞いを改めなさい。いつまで弱者に寄り添っているつもりですか。ホホッ」


 その言葉を聞いたときシェーラは、『ああまただ……』と思ってしまった。

 彼らは、自分とは違う。あくまで王族という立場を貫き、絶対的な権力者として君臨せんとしているのだ。そんな自分とは正反対である意識の差を、今までに数え切れぬほど感じてきた。だからこそシェーラは王族でありながら、直接的に人々の助けとなる攻略者として生きる道を選んだのだ。幸いシェーラには類い稀な才能があり、また王位継承順位が低かったため、その望みも今こうして現実となっている。

 そんなシェーラからすれば、父親や姉たちの『弱者を切り捨てる』という主義を容認する事など、到底出来るはずも無かった。


 何より、ここで見捨ててしまったらシェーラは生涯に渡って己を責め続けることになるだろう。

 仮にも三か月もの間、みっちり付き添って戦術指導をしていたのだ。地位や立場、出身など関係ない。命の恩人であり、弟子であり、一人の友人。その上トーマを失わせてしまった。これ以上どんな理由が必要だというのか。

 シェーラは一度大きく息を吸って、吐き出す空気と一緒に自らの意思を口にした。


「……私はそれでも、アサヒを城から追い出すことに断固反対します」


 それを聞いた国王はそっと食器を置くと、しばし瞑目したまま腕を組んで黙考した。耳が痛くなるほどの完全なる静寂が、広いダイニングホールを満たす。シェーラは勿論、姉二人も固唾を呑んでその様子を見守っていた。

 その間、たった数秒だったのかもしれない。しかしシェーラには酷く長く感じられた。心臓の鼓動が普段の何倍も大きく聞こえる。

 不意に国王が、すっと短く深呼吸をした。


「シェーラ、お前は恐らく《窓の使徒》を追放することそのものではなく、ということを否としているのだろう」

「はい……」

「ならばお前も、ともに城を出れば良いではないか」

「……っ!?」


 思わず息をするのを忘れた。『城を出る』。言うのは簡単だが、言葉の通りそう単純なものではない。王族が城を出るというのは……それはつまり――……。


「ただしその選択をした場合、それ以後お前を王族の人間とは認めぬがな」

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